現想の交差点にて   作:d.nob

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一部幻想郷らしからぬ表現があります。背景設定の一部ですのでご容赦いただければ幸いです。


5話:沈黙の店員

 小雪ちらつく師走の明け方の人里は、誰もが慌ただしく駆ける。子供たちは雪に、大人らは慶事の支度にそれぞれ忙しなく奔る。

 

 そんな浮足立つ人の海を雪を踏みしめて歩く人影が一つ。

 

 西洋風の傘を差し雪を除け藍色に身を包まれたそれを、繁忙さを滲ませ進む人たちは気に留めない。

 

 人影は大通りの大商店の脇道に潜り込み、欧州の色が濃く滲む建物に向けて歩を進めた。目的の場所へ到達すると、玄関の軒下で傘を閉じ僅かに積もった雪を払う。銀糸の髪がふわりと揺れ、切れ長の蒼い瞳が覗く。

 

 入口には「CLOSE」と書かれた小板が提げられているが気に留めることなく扉を開き、ドアチャイムを鳴らして店へと侵入する。店内は暖色の照明に照らされ、早朝にも関わらず薄暗さは感じない。温暖な店内には忙しなく動き回る影がいくつかあるだけで、静謐はどこかに忘れられてしまっているようだ。

 

 慌ただしく店内を磨く影達に一言挨拶をし、休憩室の隣の更衣室へ向かう。更衣室は隅々まで手入れが行き届き、年季を感じる床や壁は清潔感あるものとなっている。一番奥には十六夜咲夜と書かれた真新しい札の提げられたロッカーがあり、少し塗装の褪せたそれに手を掛けた。

 

 

 

 今日は十六夜咲夜の初出勤の日だ。

 

 

 

 中にかけられていた糊のきいた白いシャツに袖を通し、ボタンを一つ一つ留めていく。正確に採寸されたワイシャツは、細身の-けれども健康的な肉付きの-躰体をきっちりと収め、緩やかな曲線を描く。同じく支給された黒のチノ・パンツへ、白魚のような瑕疵の無い足をしまい、細くくびれのある腰へベルトを巻き付ける。白と黒のコントラストを示す腰の上に黒いショートエプロンを重ね「Cross road」の制服と成る。

 

 着替えを済ませた咲夜は事前に知らせれていた通りに休憩室に向かい、そこで今日行う仕事について指示を受ける。

 

休憩室には制服に身を包み、眼鏡をかけた青山康輝が壁際の椅子に座り、壁の方を見つめながら算盤の様な起伏のある板を両手の指で叩いている。壁を見つめて板を叩くあまりにも不審な行動をしている康輝に咲夜は訝し気な目線を送る。

 

 視線に気付いてか否か、康輝は振り返り咲夜を見止める。疑惑のこもったに気付き一拍子置くと、言葉を探しながらたどたどしく釈明を始める。

 

 説明をよく聞くとどうやらこの店の売れ行きや在庫客層などの統計をした帳簿の様なものらしい。

 

 帳簿を付けているようには見えない動作から疑念はさらに大きくなり、一歩近づき康輝が見つめていた先に目を遣る。壁を見つめていると思ったがどうやら違うようで、卓の光を放っている薄い箱を見ているようだ。硝子の様な界面からは無機質な光が放たれ像を結んでいる。康輝の手元の動きに合わせ窓の奥の文字が変化していることから、何かしらの業務であるのだろう。ガラクタばかり置いてある店で似たようなものを見たことをふと思い出した。

 

 咲夜にとっては未知の領域であり、その未知を既知へと変えていくことが従者としての研鑽になるだろう。

 

 一段落したのか康輝はぐっと伸びをして眼鏡を外し、休憩室の机へと座りなおし仕事の説明を始める。従者としての経験のある咲夜は即戦力として扱われ、簡単な業務の説明のみを康輝からうけ休憩室から送り出される。

 

 いつの間にか開店を迎えていた店内は朝時だというのにそこそこの椅子が埋まっている。開店前の喧騒は鳴りを潜め、普段咲夜が訪れていた時と同じ温度のある静穏が隅まで行き渡っている。

 

 休憩室での談話はあまり長いものでは無かった筈だが、短い間に様変わりした店内にどこか置いて行かれた気になる。遅れは取り返さねばならないとと気合を入れなおし、確かな足取りでフロアーへ出る。

 

 白のシャツ、パンツルック、黒のショートエプロン、「Cross road」の正装に身を包んだ咲夜の登場にざわめきが生まれるが、直ぐに治まり静謐を取り戻す。可笑しな格好の客が新顔の店員として出てくる可笑しな状態だ、ざわめかないというもの難し話だろう。

 

 雇用してもらっている手前、修練の場であっても店員として粗相をすることなど言語道断であり、不倶戴天の敵に挑む覚悟で仕事に臨む。本業でないからと手を抜いては完全で瀟洒など名乗れようも無いのだから。

 

 

 

 

 

「ご注文を確認させていただきます。木苺のタルトおひとつに、エスプレッソコーヒーおひとつですね。少々お待ちください」

 

 もとより本業として従者をしているだけあり、接客に瑕疵は見受けられない。給仕の経験があるとはいえ、業務内容が完全に一致するわけではない接客をこなすのは見事というほかない。

 

 咲夜の接客は一見怜悧に感じるが、実際には肌理細やかな気遣いが見え隠れする物腰柔らかな対応である。

 

 そういった意味では梓に近しいものがあるが、梓についてはもっと近しい悪く言えば気負わないで済む雑さが混じる。

 

 康輝も咲夜に近い接客スタイルを取っているが彼については気遣いが得意というわけではなく、想定外の事態に停止しやすい。できる限り頑張ろうとしていることはよくわかる。

 

 初日であるにも関わらず小慣れた手つきで正確に雑務をこなす。咲夜の言う完全で瀟洒というのも伊達や酔狂ではないのだろう。

 

 

 

 

 

 平静な表情とは裏腹に咲夜の心情は衝撃を受けていた。同輩の技量にである。

 

 この店の接客の品質は外から見ただけでも、非常に水準の高いものであるとわかる。だからこそここならば学べることも多いと志願したのだ。しかし裏から見てみるとどうだ、自分の考えていたよりも一枚も二枚も上手であるとわかる。己の技量ならなんとかなると考えていた事を恥じる。確かに業務に瑕疵は無い、だがそれだけなのだ。

 

 同じくフロアーで忙しなく動き回る御手洗梓を見れば、ひとりひとりによって対応が変化している事がわかる。子供であれば怖がらせない様に屈んで目線を合わせ優しく声を掛け、年配であればさり気なく荷物を預かり席に案内、そこに加えて表情や所作から体調や憂慮まで読み取り案内をしている。もちろんよく観察し詰問すればできなくもないが一人一人に割ける時間を考えるとどうしても画一的な対応になってしまう。それが悔しかった。

 

 また昼時には調理のできる咲夜は厨房に駆り出された。広く清潔な厨房は見たこともない造りで、どの器具についてもよくわからないものが多い。飯盛期には厨房は戦場と化し、下拵えを任されるが追いつかない、時間を止めて(ズルをして)やっと何とかなる程だ。飯盛期を過ぎると、調理に気を遣ることもできるようになり、横目で店長を観察する。特別な技術を振るっている訳ではないが、そのどれもが速く、正確で、無駄がなくまるで厨房における機構の一つと錯覚してしまいそうなほどだ。これも咲夜にとって目指すべき頂の一つだろう。炊事では後れを取らないと思っていたが井の中の蛙であることを思い知らされまたも打ちのめされる。

 

 経験に裏打ちされた技術は能力をもってしても一朝一夕で身に着くものでは無いだろう。しかしだからこそ挑む価値があるのだろう、と己を叱責しより一層励むこととした。

 

 時には能力すら使い職務を全うする様子は、他人からしてみれば超然としていてある種の畏敬の念を抱くほどだ。

 

 

 

 

 

 全力で任命を果たそうとしていた為か、勤務時間が超過していたことにも気付かず、肩を叩かれたことで知らされる。

 

 一言挨拶をしようと休憩室を覗くと、梓が席に座っているのが見える。咲夜に気付いた梓は手招きをして休憩室へ迎え入れる。腰を下ろしたところで梓が問いかける。

 

「今日働いてみてどうだった、咲夜ちゃん」

 

 「ちゃん」という呼び方を同年代に見える女性から言われることにむずがゆさを覚えるが、気にしないようにして返す。この幻想郷では見た目の年齢と実際が一致しない事もままあり、下手に詮索する必要もないが今までにない呼ばれ方はこそばゆい。

 

「それはもう驚かされることばかりでした」

 

「へえ、そつなくこなすものだからそんなことは無いと思ってたよ」

 

 相好を崩した咲夜は嘘偽りのなく答えるが、その答えに少し驚いた風に言葉を返す梓に、手品で誤魔化していた咲夜はばつの悪さがこみあげてくる。

 

「いえ、本当に驚かされることばかりでしたよ。能力を使って(ズルをして)しまいましたし」

 

 手を振り苦笑しながらそんなことは無いと咲夜は答えるが、言葉の後半は尻すぼみに小さくなっていってしまった。その言葉に梓は空になったカップを弄びつつ軽い調子で返す。

 

「私も皆も少しはズルしてるよ、気に病む事じゃないよ」

 

 想定外の発言に耳を疑うがその真意を問おうとするが、不意に開かれた休憩室の扉に会話が遮られる。

 

「梓さん、休憩時間大分過ぎてますよ。と、お邪魔でしたか」

 

マグカップの二つ乗ったトレイを片手で器用に持ち扉を開くと同時に声を掛ける。康輝が扉を開けた事によって梓と咲夜の会話が中断された事がわかると居心地がが悪そうにしながら、おずおずと休憩室に入る。咲夜の前にホットココアの入ったマグカップを置き、逃げる様に二人から離れた位置の椅子を引き座る。

 

「ま、そうゆうことで、咲夜ちゃん今日はお疲れ様」

 

 梓は康輝君後は任せたよと残し部屋を後にする。つい最近にも同じようなことがあったとデジャビュを感じる。状況は呑み込めない康輝に咲夜が口火を切る。

 

「皆様がズルをなさっているとの事でしたが、一体どういうことなのでしょうか」

 

 能力を持つ咲夜と能力を持たない人ではズルの定義が異なってしまう。咲夜にとっては能力で下駄をはいたことを指したが、一般には手を抜く事を指す。その差異があるにも関わらず、手を抜いている(ズルをしている)と断言した梓に猜疑を抱いてしまう。疑心は冷たさをはらんだ言葉となって康輝の鼓膜を叩く。

 

 誤解を産みかねない梓の言い回しに康輝は頭が痛くなる。気を回す癖に一言足りないのだあの人は、更には今回の様に投げるのこともあるのだから困る。誤解を一つ一つ解きほぐすように言葉を選ぶ。

 

「まず一つ誤解しないで貰いたいことは、梓さんの言っていた『ズル』は『手を抜く事』ではありません」

 

 話をしながら咲夜の顔をちらと見るとどこか安堵の色が浮かんでいるように伺えた。修行に来た所の実態が、仕事に手を抜くような所だったなど考えたくもないだろう。

 

「おそらくですが、『暇な同僚に仕事を回している』という事を指しているんだと思います。自分が気付いた仕事でも、手の空いている人、ないし自分の手が空かない状況であれば他の人にその業務を任せるということです。実質自分の業務量が減るからズルと言ったんでしょう」

 

 咲夜はなるほどと小さく頷く。他人に任せるということはあまり考えた事が無かった、屋敷では全て自分でやっていたからだ。よくよく思い出すと勤務中に「康輝君お願い」といった声が何度か聞こえたような気がした。

 

「今日は能力使ってまで気付いた仕事全部やってくれてたみたいですけど、気兼ねなく任せてください後輩に任せて手持無沙汰ってのも嫌ですし。できる限りのサポートはします」

 

 そこまで知られているとなんだか気合の入れすぎで空回りしていたようで気恥ずかしく思う。私は未だ未熟な挑戦者だ、頼ることは恥ではない精一杯寄りかかってみよう。マグカップに注がれたホットココアをゆっくりと味わい嚥下する。

 

 咲夜はカップを下ろし目線を上げる。強い意志の篭った瞳で見返され康輝は背筋を正し真剣に聞く姿勢を取る。

 

「人の機微を見抜くコツを教えて下さい」

 

 康輝は苦虫を何匹かいっぺんに噛み潰した妖夢渋い顔を作りたっぷりと沈黙した後、蚊の鳴くような小声で呟く。

 

「……それは梓さんに聞いて下さい」

 

 その回答は今日の勤務状態から見ても想定内、咲夜は再度尋ねる。

 

「調理の秘技を伝授して下さい」

 

 先程よりも長い沈黙の後ぼそぼそと零す。

 

「…………店長にお願いします」

 

 苦々し気に返された箸にも棒にもかからない回答に咲夜は嘆息し、頼ってくれと勢いよく啖呵を切った上で碌な回答を出せていない康輝はバツが悪そうにしている。咲夜は三度目の正直とばかりに気を取り直し三投目となる質問を投げかける。

 

「手の抜き方を教えて下さい」

 

 二人きりの部屋に咲夜の凛とした声が響く。咲夜は真面目な声音と表情で不真面目な言葉を放ち、康輝は一瞬呆気にとられた後に堪え切れずに笑いを漏らす。真剣に手を抜こうとしている咲夜がどうにも可笑しく感じてしまったからだ。

 

「よし、わかりました。本気で手を抜くコツを教えましょう」

 

 口角を上げた康輝は砕けた態度で応える。

 

 休憩室で行われた「本気の手の抜き方講座」は業務の効率化に始まり、道具の配置の最適化、業務の分担までに及び、如何にして手の空いた時間を捻出するかというものだった。講義後は受講者からの改善案も挙がり、教授と白熱した議論を交わし、暖房の効いた休憩室をさらに暖める。二人の不思議な議論の喧騒は師走の人里の慌ただしい空気の中に溶けていく。

 

 手を抜く為に効率化して空けた時間に、本当に手を抜くのかは疑問である。

 

 

 

 

 

 咲夜が人里で働くようになって暫くしてからから紅魔館は一つ変わったことがある。それは妖精メイドが屋敷の雑務をこなすようになったことだ。雑務をこなす量と質は咲夜の足元には及ぶべくもないが、ある程度ではあるがしっかりと掃除するようになったのである。居ないよりまし程度だった以前と比べれば天と地程の差がある。どのようにして焚き付けたのか判らないが咲夜の仕業だろうとレミリア・スカーレットは思索する。

 

 従者が他者を統べるようになったのだ、主人としてその成長を喜ばぬはずがない。最近では時間に追われることも、時間を止めて作業することもほとんど無くなったようだし、良い傾向である。執務中にも関わらず普段よりも上機嫌なレミリアは喉の渇きを覚える。大きく伸びをして執務で凝り固まった体をほぐし咲夜を呼ぶ。

 

「少し休憩を取るわ、茶菓子の用意を」

 

 従者の修行も順風満帆なようで最近では茶菓子のレパートリーも増え、以前にもまして期待ができる。紅魔の展望と茶菓子に心躍らせていると、咲夜がティーセットを持って戻る。

 

 

 

 

 余裕ができたからといって、妙な茶を試す回数が増えることはいただけない。

 

 

 

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