千川さんの下で働く事になって分かったこと。
それは彼女がいかに有能なアシスタントなのかということでした。
私がアシスタントしていた際は言われた事を黙々とこなしていたんですが、
彼女はプロデューサーたちの行動を観察して、何か言われるよりも早く行動されます。
「アシスタントとして当然です!これぐらいできないと346ではやっていけませんよ♪」
などと軽く言ってますが、私には到底真似できないです。
そもそもここへ来て人の役に立ったことがあるのだろうか?と思うぐらい何もしてないのです。
一番充実していたのが警備のお仕事でした。
セキュリティーがしっかりと機能しているこのプロダクションでは警備員などお飾りのようなもので、ただ見回っているだけで「ご苦労様」と言ってもらえたのです。
ただそれだけでやり甲斐を感じてしまうほど私って単純なんです。
その時とは違い、ここ数日は雑務雑務の繰り返し。
それも毎日慌ただしく仕事をしているプロデューサーの手伝いをしていたので、労ってもらうどころか声を掛けてももらえないような日も珍しくありませんでした。
それに比べて千川さんはというと、逆にプロデューサーが委縮してしまうくらいテキパキテキパキ。
たまに悩みを持っている人の相談を聞き、アドバイスまでしている。
彼女を見れば見るほど自分に自信がなくなります。
「どうしました?何を落ち込んでいるんですか?まさか私と貴方を比べて自分が劣っていると思って落ち込んでいるんですか?」
冗談をいうかのように笑顔で言ってますが、その通りです。
はい、全く反論はございません。
「ちょ、ちょっと真面目に受け止めないでくださいよー。冗談ですよ、冗談。」
軽く私の肩を撫でながら彼女は言う。
彼女に嘘がバレて奴隷のようにこき使われるかと思っていたのですが...
意外なことに親切に仕事を教えてくれています。
プロデューサーが働いている現場に一緒に連れて行ってもらい仕事の進め方や、相手との話し方など事細かに説明してくれました。
時には知り合いのディレクターの方に紹介してもらい名刺交換を促してくれたり、先輩プロデューサーの方との食事に同行させてくれたり...
私を教育するというのはどうやら本気だったみたいです。
そんなある日、彼女からある提案を受けることになります。
「では、見習い君。そろそろ本格的にプロデューサーの仕事を始めましょうか♪」
本格的にプロデューサーの仕事?
それってもしかしてアイドルをプロデュースするって事でしょうか?
「そうです。これからは貴方が主体となって動き、私は陰ながらアドバイスをすることになります。」
まさか本当にプロデューサーとして働く日がやってくるとは...
いえ、ここに入った時は結構志高く足を踏み入れたんですが、その数か月ですっかり熱が冷めてしまったというか、いまの環境もそんなに悪くないというか...
「何を言っているんですか!プロダクションに貢献する為にはプロデューサーとなって功績を残すのが一番良いんです!頑張ればそれに見合ったお給料が出ますから、やる気出していきましょう!」
そういうえば、私は現在、絶賛無償奉仕中だったのでした。
いえ、覚えてはいましたが、家賃は会社から出てますし、遅くまで千川さんと仕事をしてるので夕飯もいつも千川さんが買ってきてくれました。
あれ?これって結構すごい事なんじゃないですか?
「何をボーっとしているんですか?ちゃんと私の話聞いてます?」
気が付くとすぐ目の前で千川さんが腰に手を当てて立っている。
私は申し訳ないと直ぐに謝罪し、千川さんは話を進める。
「それでまず最初の仕事ですが、これはすっごく大切な仕事なので人生を賭けるつもりであたって下さい。」
最初の仕事で人生を賭けるってそんな大袈裟なことをするんでしょうか?
一体何をするのでしょうか。
ここ数日千川さんと一緒にプロデューサーの仕事を見てきましたが、打ち合わせや打ち合わせ&打ち合わせばっかりだった気がします。
打ち合わせに人生を賭けるんでしょうか?
「ぶっぶー!不正解です。今まで何を見てきたんですか?」
何をって打ち合わせしか見てないんですが...
「"何のための"打ち合わせでした?」
何のためって、それはもちろアイドルの...あ。
「そうです、アイドルのために働くのがプロデューサーさんのお仕事です。そして貴方がプロデューサーになるにあったって足りないものは何でしょう?」
それはもちろんアイドルです。
担当アイドルがいないのにプロデュース出来ません。
「大ー正解!それではいってらっしゃい♪」
いってらっしゃい?
今からアイドルに会いに行けとのことでしょうか?
えっと、どこに行けば会えるんでしょう?アイドル課でしょうか?
「いいえ、今いる346のアイドルは全員担当プロデューサーが付いています。」
それってまさか...
「さぁ!全国好きなところに行き、まだ見ぬダイアの原石を発掘してきてください!」
本気で言ってるんでしょうか?
いきなりスカウトに行けってことですよねこれ。
いや、それ以外の意味に受け取る方が難しいです。
全国好きなところ?いやいや、大雑把すぎるでしょう。
第一今の私に旅費なんてありませんし、経費貰えるんですか?
給料すら貰えない私に。
「何を言ってるんですか!もちろん旅費は出ます。事前に行き先を教えて下されば費用をお渡しします。申請書などは私の方で書いておきますのでご心配なく。」
千川さん、やはり出来るアシスタントさんです。
申請書を書けと言われると面倒くさいので歩いていける所しか行かないと思います。
それを代わりにやってくれると言われると、ちょっと遠くへ行ってみようかなって気になってしまいます。
「そうですね。今346に所属しているアイドルは都内周辺が多いですから、ちょっと遠くへ行ってみては如何ですか?出来ればこちらもまだ346にいないタイプの子を連れてきてもらいたいんです。」
そう言われるとそうせざるを得ないのが世の常と言いますか、折角ここまで親切にしてくれているので少しぐらいは役に立たないと心苦しいです。
そうすると何処に行けばいいのでしょうか。
漠然と好きなところと言われると困ります。
特に思い入れのある地域とかありませんし、地元は変な噂立つと嫌なのであまり行きたくないですし。
んーでは、学生の事修学旅行で行った神戸でも行ってみましょうか。
神戸だったら見つからなくても、帰りに大阪や名古屋といった大きな街に寄れますし。
「じゃあ早速、明日朝一の新幹線で向かってください、頑張ってきてくださいね♪ あ、今日はもう上がって良いですよ、早めに休んで英気を養って下さい。」
そう言われ、何か月ぶりかの定時にプロダクションを出ることになりました。
その時間になるとレッスンを終えたアイドルの子たちと時間が被るわけでして、普段見ない顔のせいか「あんな人いたっけ?」みたいな会話が遠くから聞こえてきたりします。
若い子たちにまじまじと見られるのは恥ずかしかったので、私は速足で出口まで向かいました。
恥ずかしさのあまり下を向いていたせいで周りに注意することが出来ず、一人の少女にぶつかってしまったのです。
「ちょ、どこを見てるんですか!」
私とぶつかった少女は尻もちをついてしまい、大変お怒りのご様子でした。
「私は貴方が下を向いて歩いていたので、右に動き道を譲ってあげました!それなのに何故貴方はこっちに向かって歩くんですか!」
どうやらこの少女は予め私に気付いており、わざわざ避けてくれたみたいです。
それに気付くかずに私は何故か少女に向かって突進したと。
何故でしょう?
「何故でしょう?じゃありません!私に聞いてどうするんですか!質問してるのは私です!」
はい、おっしゃる通りでございます。
でも、本当に理由なんてないのです、強いて言えば貴女の存在に気付かなかっただけで...
「な...なんて失礼な事を言うんですか!わ、私がいくら身長が低いからって馬鹿にしてるんですか!?心外です!貴方には女性に対する礼儀というものがないんですか!」
何なんですかこの少女は。
確かに私がぶつかったので反論できませんが、それにしても怒り過ぎではないでしょうか?
それと大きい声で怒鳴るのは止めて下さい、耳が痛いです。
「何ですかその態度は!私は被害者で、貴方が加害者なんですよ!理解してます!?」
はい、おっしゃる通りです。
大変申し訳ございませんでした。
ですから、この辺りで勘弁してくれませんか?
以後気を付けますので何卒お許し下さい。
と私は渋々この強気の少女に頭を下げた。
「少し府に落ちませんが、反省しているようですし、私だって子供ではありません。許してあげるとしましょう。」
いや、見るからに子供ですよ、貴女。
「何か言いたそうですね?」
滅相もありません。
気のせいです、こんな素敵なレディーを目の前にして緊張しているだけです。
「そ、そういう事なら大目に見てあげます。仕方ありませんね。」
何やら満足そうな顔をしているので、これで一段落ですね。
明日も早いですし、さっさと失礼させてもらいましょう。
そう思い私は少女をまた怒らせないように、念のため彼女に一礼して立ち去ろうとした。
立ち去ろうとしたのだが...
「ちょっと待ってください。」
呼び止められてしましました。
何なんでしょうこの少女。
私もう疲れました。
「貴方の顔、お見かけしたことがないのですが、本当にここのプロダクションの方ですか?」
あ、確かに普段残業ばかりしている私の顔を知る人間なんてこのプロダクションにほとんどいないはずです。
つまりこの少女、私が部外者ではないかと怪しんでいるわけですか。
とりあえず一番手っ取り早い名刺を少女に見せ自己紹介をした。
「プロデューサー見習い?プロデューサーに見習いなんてあるんですか?」
そのようです。
私もここに入って初めて知りました。
でも本物ですよ、346のロゴもあるでしょう?
「確かに本物っぽいですね。信じてあげます。」
何でこの少女はこんなに上から目線なんでしょう?
私に恨みでもあるんでしょうか?
あ、恨みというか突き飛ばしてましたね、すみません。
「名刺をいただいたからにはこちらも自己紹介するのがマナーですね。」
そう言って彼女は姿勢を正すと私に一礼し
「橘ありすと言います。アイドルです。まぁ見れば分かると思いますけど。」
アイドルだったんですか...ってきり親に付いてきた子供かと...
「何か言いたそうですね。」
少女の表情が曇る。
これはいけません、先ほど経験したので分かります。
ここで機嫌を損ねればまた振り出しに戻ってしまいます。
いつもまでも帰れません。
ありすちゃんは何か用事があったんじゃないのかな?と多少ワザとらしいですが、話題を変える事にしました。
こっちに向かって歩いてきたということは出口から向かってきたということで用件があったはずです。
「気安く名前を呼ばないでくれませんか?橘です。」
何やら話を逸らすどころか怒ってしまいました。
これは地雷というやつですか?
名前を呼ぶことが貴女の地雷なんですか、何て高難易度な..
「良いですか、私の事は橘と呼んで下さい。絶・対・に!です!」
私は了承致しましたと伝えると、本当に用事なかったのかと橘さんに言い直しました。
かれこれ10分以上怒られている気がします。
用事があるとすれば早く行かないとマズいのでは?
「あ、そうでした。レッスン室に忘れ物をして取りに戻ってきたんでした。貴方に突き飛ばされて忘れてしまうところでした。」
すみません、本当にごめんなさい。
だからもう勘弁してください、お願いします。
「では、私は失礼します。大人なんですから、ちゃんと前を向いて歩くようにしてください。」
そう言って一礼すると橘さんは奥へと走っていった。
廊下は走ってはいけませんと言ってやろうかと思いましたが、これ以上は疲れたくないので黙認です。
あんな小さい子までいるとは...
確かにアイドル事務所ですもんね。
ああいう小さい子のプロデューサーは大変なんでしょうね。
私には無理そうです。
さっきも結局言われっぱなしでしたもん。
情けなくて泣いてしまいそうです。
折角のプロデューサー業初日前夜を私が重い足取りで帰ることになってしまいました。
今日は夕食代を千川さんにいただいたので一人でささやかなお祝いをしようと思っていたのに...コンビニでも言ってお弁当買おう...
ご拝読ありがとうございました!
やっと一人アイドルを出せました。
橘さん好きです。
担当の次ぐ良いアイドルだと思います。
次からいよいよスカウトが始まります。
今更ですが、原作に比べるとキャラ崩壊があります。
全部私の勝手な設定ですので悪しからず。