クロスもの   作:とましの

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1話

都内で流れる多くの報道番組では午後八時から立てこもり事件の中継が続いていた。しかし午前二時に犯人の身柄が確保され人質も無事に解放される。

 

そして午前二時を少し過ぎた頃、事件現場に最も近い月城医大に救急車が滑り込んだ。夜間救急に運ばれた男性は腕を刃物で切られ出血もしている。しかしその夜は急患が立て続いておりオペ室もすべて使われていた。

 

出血する患部は圧迫止血されているが、処置室は外科医不在のまま騒然としている。看護士が走り回り連絡を取る中、男性は目を閉ざしていた。

血に染まる腕が見ていられず、逃げるように耳だけを澄ませている。

「徳川先生は緊急オペに入っておられるよね?」

「まだ一時間はかかるらしいです」

看護士たちがささやきあいながらすれ違う。そうして看護士がバタバタと出ていくのと入れ違うように別の入り口から新たな人物が現れた。

ひとり落ち着いた足音の主はそれでも足速に男性のもとへ近づく。足音の主が近づくと煙草独特の苦い匂いが鼻に触れた。

医師らしからぬその匂いに目を開かせてその人物を見上げる。

 

男性が見上げるそこで処置台の横に立った医師は患部の圧迫を確認した。そのそばには救急救命士が今もついていて傷の説明をする。

だが血を見ることのできない男性はふたりの手元を見ることすらできない。

「じゃあ縫合することになるな。オペ室はいっぱいだからここでやるか」

「ではこのまま引き継ぎを……」

「おう、お疲れ」

救命士は医師との会話を終えると処置室を出ていく。ここで傷を縫うと言われても、男性は自分の腕を見ることができない。

その状況下で看護士たちが集まり処置が始まる。局部麻酔をするとの説明を受け、注射が打たれた。間もなく腕の感覚がなくなり触れられていることすらわからなくなる。

 

うつらうつらと意識を落としかけながらも遠く看護士たちの声を聞く。そして何日徹夜しているのかとささやく彼女らの声に眉をひそめた。自分の事かと思ったが、徹夜をした覚えはない。

ややあって目を開かせた男性はそばに先程の医師がいるのに気づいて目を向けた。

「目ぇ覚めたか? 出血は多かったが輸血するほどじゃなかった。ラッキーだったな」

「輸血しない事が、ラッキーなのか……」

理由がわからない男性は眠気を振り払うように言葉を向けた。すると唐突に目の前の医師に手を握られ驚きに目を見張る。

「……っ」

「触られた感覚あるか? 指、動かしてみ?」

思わず息を呑んだ男性の目の前で医師はさらりと質問を向けてきた。言われるまま指を動かせば医師は満足げに笑う。

「ん、麻酔の影響は残ってなさそうだな。もう帰っていいぞ。しばらく安静にな」

医師は笑顔のまま言い放つと処置室を出ていく。その背中を眺めていると看護士に声をかけられ会計などの説明が始まった。

「すみません、さっきの先生は……」

親切に説明してくれる看護士に男性が問いかけを向ける。すると看護士はにこやかな顔で医師の名前を教えてくれる。

「……明紫波先生」

自分と同年代だろう医師の顔を思い出しながら名前をつぶやく。

この時間に外来にいるということは救急外来の医師なのだろう。だとしたらもう会うことはないだろうと思いながら男性は会計を済ませて帰路に就いた。

 

 

 

 

 

 

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