クロスもの   作:とましの

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最終話

煙草を取り出して火をつけると吐き出された煙が風に流れていく。それに目を向けながら光秀は空を見上げた。

「…ここの外科部には天才がふたりもいるんだよ。他にも優秀な連中がそろってる」

煙草を吸い、ゆっくりと噛み締めながら煙を吐き出していく。そうして視線を落としていくと腕を組みフェンスに背をもたれさせた。

「けど俺は違うんだよ。天才でもねぇし、優秀でもない。医者なんて神様じゃねぇから、救えない人間だってざらにいる。けどそれなら、少しでも救える可能性の高い天才に譲るべきだって、思うだろ?」

同意を求めるつもりのない問いかけを口にしながら光秀は口許を緩めた。自嘲の笑みをこぼしながらゆっくりと視線を落としていく。

「そうやっていろんなモンから逃げてさ。ずっと書類の相手ばっかしてんの。けど…そんな時におまえが搬送されてきたんだ。おまえは知らねぇだろうけど、腕、かなり出血してたからな。傷も深かったし、本来ならオペ室に運ぶとこだったんだわ」

自分の知らないあの日の状況を告げられ魚住は眉を浮かせた。しかし光秀の目が魚住に向けられることはない。

「血も見られねぇくせに、そんな怪我を誰かをかばって負ったのかって。そう思ったらダメだった。そういうのをヒーローって言うんだろうな、とかさ。あの手は誰かを救う手なのか、とかさ。そんなことばっか考えておかしくなってた」

最後まで言い放ってやっと光秀の目が魚住へ向けられた。

「だから、おまえは今のうちに俺の前から消えたほうがいいぞ。じゃねぇと……」

言葉の途中でガシャンと音を立てて魚住の両手がフェンスをつかんだ。光秀の眼前に接近してのその行為に光秀は慌てて煙草を横に離す。

そうして光秀は魚住の両腕に挟まれた状態のまま眉をひそめて上目に見た。

「火ぃついてんのに危ねぇだろ」

「やけどしても先生がいりゃ大丈夫だ」

「大丈夫じゃねぇよ。火傷は痕に残りやすいんだぞ」

義憤を向ける光秀に魚住はゆっくりと顔を近づける。

「それくらい構わねぇよ」

警察官である限り怪我のリスクは付き物だ。もちろん進んで怪我を負うことはないが、それでも恐れるものではない。

そんな軽い考えで返した先で、光秀が何か言おうと唇を動かす。しかしすぐに視線をそらすと言葉を飲み込むように口を閉ざした。

 

そのまましばらく光秀が再び言葉を向けてくれるのを待つ。だが光秀は視線を落としたまま口を開かせてはくれなかった。

「…先生は」

何を考えているのかと、そう問いかけようとした魚住の耳に着信音が響く。自分のものではないその音に動いたのは光秀だった。

白衣のポケットから携帯を取り出すと電話に出る。その間に魚住はフェンスから手を離して数歩引き下がった。

 

携帯で話をしているうちに光秀の顔付きが一転する。ここまで案内してくれた石黒が話していた通り、鋭い眼光を手に魚住を見やった。

「悪い、急患」

一瞬だけ携帯をはずした光秀は短い言葉を残して歩き出した。携帯を肩に乗せて通話を続けたまま煙草を携帯灰皿に押し込む。

立ち去るその背中を眺めていた魚住はふとその目を自分の手元に落とした。

「俺は…先生のことが」

やっと気付いたその気持ちは、本人に届くことなく秋の風に流され消えていく。

 

 

 

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