クロスもの   作:とましの

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2話

ノンキャリからのたたきあげで現場一筋の男性は荒事には慣れている。むしろ職務上その手のことはあって当然なことだ。捜査一課は殺人から強盗にいたるまでの凶悪犯罪の捜査をしているのだから。

 

その日の男性は捜査中に遭遇したひったくり犯を捕らえて所轄に引き渡した。確保の際に激しい抵抗を見せた犯人も手錠をかけるとおとなしくなる。そんなことはよくあることだった。しかし今回はそれがあだとなったのか、所轄を出たところで部下から指摘される。

「魚住さん、腕…血が出てますよ」

部下の指摘に目を落とした男性―――魚住は赤色を見た瞬間顔を青ざめる。

すぐに目を背けると傷が開いたのだろうと平静を装いながら捜査車両に乗り込んだ。

運転する部下に頼んで以前運ばれた病院で降ろしてもらう。そこで捜査からはずれることを部下に詫びてひとり院内の外科外来へ向かった。

 

外科外来では出血しているということもあり、簡単な処置をされながらすぐに診察室へ通される。そこにいたのは若い医師なのだが、診察をはじめてすぐに看護士が飛んできた。

「徳川先生大変です!」

救急に運ばれた患者がステージ3だと告げられた若い医師の目付きが変わる。真剣な目を見せた医師はすぐに立ち上がり魚住には代わりの医師が来るからと告げた。

 

そうして医師が立ち去ると、魚住は看護士に与えられた布で傷を押さえたまま待つ。院内の喧騒は街中のものより遠く落ち着いているように感じられた。そのため歩く人の足音までもが明確に聞こえてくる。

 

目を閉ざして耳を澄ませていた魚住は近付く足音に目を開かせた。

「お待たせしました。さて、と…」

新たに現れた医師は机の上に置かれたカルテに目を通す。その上で魚住が押さえている幹部を見やった。

押さえていた布をはずして傷を見た医師は眉をひそめる。

「…簡単に開くような縫合はしてねぇつもりだったんだけどな」

唐突に険悪な声色に変わった医師は看護士に声をかけた。すぐに処置をすると告げられた看護士はその準備を始める。

急に慌ただしくなる中で魚住の鼻孔に煙草独特の苦い香りが届いた。そこで目を戻した魚住の眼前に医師の顔がある。椅子を引いて距離を近づけた医師は真剣な眼差しで魚住の傷を見つめていた。

 

 

処置を終えた魚住は最終的に腕を吊るされることとなった。その理由を聞くと、医師は安静にさせるためだと言う。

「どんな肉体労働か知りませんが、しばらくはおとなしくしてください。柔道なんかの類いも禁止です」

カルテに記入しながらさらりと言う医師に魚住は驚きの声をあげた。

「なぜ柔道のことを」

「それくらい、手を見ればわかりますよ」

医師はそう言いながら口許を緩めていた。

 

 

仕事へ戻った魚住は提出されていた書類に目を通す合間に自分の手を見つめた。

手を見ればわかると言ったが、あれは職業柄持ち得る特技なのだろうか。それにあの医師はあの日の夜に魚住の傷を縫合してくれた医師でもある。救急外来の医師だと思っていたが外科医だったらしい。

しかしもしあの医師が夜間救急も昼の外来も行っているとしたら、看護士の話と重なる。

警察官でも夜間の当直はあるが、その際には数時間の仮眠を取っていた。公務員ということもあり、休みはそれなりに取るようになっている。

だが医師というものは、やはり公務員とは違うらしい。

「どうかしたのか?」

考え込む魚住の元へ直属ではないが部下がやってくる。

「どうもしない」

「そうか。てっきり傷の手当てをしてくれた医師のことが忘れられないと思ったのだがなぁ」

そう言い放ち楽しげに笑う部下に魚住は眉をひそめた。しかし相手は和やかな表情のまま腕を組みさらに口を開く。

「天下の一課長を射止めるとは、さぞかし美人な医者だったのだろうな」

「相手は男だぞ」

「ほう…なるほど」

性別を知っても、部下は自分の考えを変えることをしない。あげく背を屈めて顔を近づけてきた。

「悪化したわけでもあるまいに、腕を吊るさせて使わないよう配慮したのだろう。そこまで思いやってもらえるとは魚住さんも隅に置けんな」

「それが医者の仕事だろうが。ごたくを並べてないで仕事に戻れ」

軽くにらんでやると部下は笑いながら立ち去る。その背中を眺めていた魚住は眉をひそめたまま自分の手に視線を落とした。

 

 

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