「魚住さん、おかしくないですか?」
仕事に集中する魚住から少し離れたデスクで一課の鏡谷が首をかしげる。そのそばでは班長の有栖川が穏やかな目で書類を作成していた。
そして鑑識の茨城が真剣な顔で考え込む。
「あれは恋だな」
真顔で結論を出した茨城に鏡谷はそうかもとうなずく。そんなふたりの会話が盛り上がる中、姫夜が有栖川の元へやってくる。
「有栖川さん、立てこもり事件の被害者のところへ行ってきます」
「魚住さんと? いってらっしゃい」
有栖川は姫夜に笑顔で返す。しかしそばにいたふたりはその会話を聞き流さなかった。
「なあ姫夜、魚住さん最近変じゃね?」
真顔で問いかける茨城に姫夜はきょとんとした顔を見せる。すると茨城はやけに深刻な顔を近づけてきた。
「魚住さん、もしかしたら大切な人ができたかもしれなくてさ」
「あの事故現場のお医者さんですか?」
「知ってるのか!」
姫夜が返した瞬間、茨城に勢いよく肩をつかまれる。そのため姫夜はこくこくとうなずきながらかなり優秀な医師だと告げた。
「多重事故で負傷者が多くいた中でも冷静に応急処置を行っていましたから」
姫夜の説明を聞いた茨城は確信した様子でうなずく。
「それだ。灰原さんが言ってた美人医師」
「はぁ…」
何の話なのかわからない姫夜は首をかしげつつも盛り上がる茨城を眺める。事故現場で見た医師たちはふたりとも整った顔立ちをしていたかもしれない。しかしやはり美人というよりも、優秀という言葉のほうがしっくりくる。
部下と捜査に出た魚住は一ヶ月前の立てこもり事件の被害者と会うことになった。加害者本人から被害者のストーカーだったとの供述があったためだ。しかしその裏付けのため被害者宅に行くが本人は不在だった。
どうやら被害者は三日前から事件とは関係ない理由で入院しているらしい。
「ケモノショウというと、たしか先祖返りと言われる病気ですよね?」
法律関係ならともかく医学まで手を出していない。警察庁から来たエリート新人に問われた魚住は腕を組んだ。
「らしいな。空気感染はしないらしいが…いきなり発祥するなんざ怖ぇ病気だ」
「被害者は大丈夫でしょうか?」
「早い段階で見つかったなら、良いんじゃねぇか?」
獣症という病気について何も知らないふたりは言葉を交わしながら病院の看板を見た。月城医大は大学病院であるため広大な大学敷地内にある。救急医療の設備も整っていて、負傷した魚住が運ばれたのもここだった。
「あの医者に会えるといいですね」
「姫夜はあいつに会いたいのか」
医大の正面玄関を抜けながら笑顔を見せた部下に魚住は茶化すように返す。すると部下の姫夜は素直にうなずいた。
「事故現場での活躍がまだ頭にこびりついてますから」
警察は人を守るための組織である。しかし彼らは多くの人を救ったヒーローだったと姫夜は子供のような事を言い出す。
だが魚住はそんな部下の言葉に否定も反論もできなかった。
確かに魚住自身も負傷した時とその後傷が開きかけた時と、あの医師に何度も救われている。もしあの出来事がなければあの医師と知り合うこともなかっただろう。
それにあの事故現場で出会わなければ、あの医師に近付くこともなかった。