月城医科大学病院の受付で事情説明と協力を頼むとひとりの医師がやってくる。すらりと背の高い医師は魚住よりもわずかに視線が低い程度だった。
「あ、この前の…」
姫夜がすぐに相手のことを思い出して嬉しそうな顔を見せる。魚住はそんな部下から目を背けて周囲に視線を走らせた。にぎやかな病院ロビーには様々な人が行き交い、まれにだが職員の姿も見られる。
「外科部の石黒です」
「警視庁捜査一課の姫夜です。こちらが…魚住さん?」
姫夜に呼ばれて視線を戻した魚住は懐から身分証を取り出した。
それを石黒と名乗った医師に見せると眼鏡越しに冷たい目が向けられる。
「警視庁捜査一課、課長の魚住です」
「管理職の方が直々に事件被害者と会われるんですね」
「このヤマには俺も最初から関わっていたからな。何か問題でもあるのか?」
挑発的ともとれる石黒の発言に魚住は正面から返した。一瞬で険悪な雰囲気となったため姫夜が慌てて魚住を抑える。
「魚住さん、落ち着いてください」
制止の言葉を向けられた魚住は嘆息を吐きながら姿勢をただした。すると石黒は眼鏡を押し上げながら歩き出そうとする。
「外科病棟はこちらです」
案内してくれるらしい石黒が歩き出したため、魚住は姫夜とともに後をついていった。外来を離れて病棟へ移動するとエレベーターホールにたどり着く。
そこで足を止めた石黒は腕時計で時刻を確認した。
「うちの外科部長は警察嫌いなんです」
唐突に、またしても挑発的とも取れる発言を石黒が発した。それを聞いた魚住は口の端を横に伸ばして笑みを浮かべる。
「警察を嫌うヤツなんざ山ほどいるけどな。大病院の外科部長もそういう人種か」
「子供の頃、歩いていただけで警察に疑われた事があるそうです。目力が強すぎる男なので、それは仕方ないと思いますが」
「子供の頃ヤンチャしてて補導されたって話じゃねぇか」
それだけで今も警察嫌いで居続けるなど、どれだけ頭が幼いのか。そう思いながら魚住はエレベーターのドアが開くのを見た。
三人がエレベーターに乗り込むと石黒が目的階のボタンを押す。
「で、その外科部長が警察嫌いだとどうなるんだ? 捜査妨害はしねぇよな?」
「しませんよ。それでもヒーローに憧れているそうですから」
「どれだけ子供なんだよ。それは」
「ええ、子供じみていますよね。ですがそれでも有能な男ですから、怪我を見ればその原因までたどり着けるんですよ」
そう言い放った石黒は変わらない冷めた目を魚住に向けた。
「救急搬送されるほどの傷を負った理由が、誰かをかばっての事だと言うことに。あなたの腕の傷、立てこもり事件の被害者をかばって負ったんですよね?」
唐突に一ヶ月前の話を持ち出した石黒に、魚住は眉をひそめて黙り込んだ。
立てこもり事件加害者逮捕の直後、おとなしかった加害者が突然暴れだした。さらに隠し持っていた刃物を振り回したため周囲の警察官もたじろぐ。その隙をついて加害者は被害者を刺すために突っ込んだ。
それをかばって傷を負ったとしても、元の原因は警察の不手際だ。所轄の警察官がした事とはいえ表沙汰にすることはできない。
魚住が黙り込んでいる間にエレベーターは目的階に到着する。音を立ててドアが開かれるその間に、石黒が再び口を開いた。
「ここ一月、うんざりするほどあなたの話を聞かされてきました。早急に嫌われてくれませんか」
鬱陶しげな声色で言い捨てた石黒はエレベーターを降りていく。