被害者の手術など治療の予定を考慮しながら調書の日程を調整する。そして改めて話をうかがうということになり、魚住たちは病室を出た。
すると廊下で電話をしていたらしい石黒がやってくる。
「行きましょうか」
「帰りまで案内してもらわなくても大丈夫だ」
「忙しいのは承知していますが、10分ほど我々に時間をいただけますか」
石黒はそう言い放つと魚住の返事を待つことなく歩き出した。そのため魚住は部下と顔を見合わせて後に続く。
晩秋の冷たい風が暖かな陽気に冷や水をいれる。暑すぎず寒すぎない季節であるため、内科医の前木も屋上にやってきたらしい。
屋上で一服を決め込んでいた光秀はそんな前木の質問を受ける。
「手を見て職業を当てたりってできると思います?」
「アバウトで良いならできなくはねぇだろ。科にもよるけどな」
「じゃあ、聞きたいんですけど、ヒーローの手ってどんな感じですか」
屋上のフェンスに肩をもたれさせて煙草を取り出す光秀に前木がさらに問いかけた。すると光秀は煙草の妃をつけようとしたその手を止める。
自分の手をしばらく眺めていた光秀はややあってその目を前木に向けた。
「てめぇ、それ石黒に聞いたのか」
「あっ、あー…えっと……」
不意に険悪な雰囲気をまとい始めた光秀を前にして前木は苦笑いを浮かべる。そんな前木を疑惑の目で眺めていた光秀は煙草をケースに戻した。
「仕事に戻るわ」
「あーっ! ちょっと待ってください! ここにいないといけない、ので」
じわりとわき起こる恐怖心に包まれながらも前木は光秀の腕をつかみ引き留める。しかし光秀の顔がさらに不機嫌になったことで、前木の顔も色を失った。
「なにたくらんでんだよ」
石黒が何を考えていたとしてもそれを見抜くのは難しい。だが前木を脅して聞き出すのは簡単なことだ。そんな考えのまま問いかけると、前木は怯えた顔で口を開かせた。
しかし不意に前木の視線が光秀の後方へそれる。そのため石黒が来たのかと振り返った光秀は驚きに目を丸める。
「子供をいじめるなよ」
「内科医です! 大人!」
光秀に注意を向けたつもりが被害者本人から返されて魚住は口を閉ざす。その様子を目にした光秀は何やってんだよと笑った。
「で、なんでここにいるんだ? また怪我でもしたのか?」
一瞬で険悪さを打ち捨てた光秀は楽しげな顔で魚住を見る。そんなふたりを眺めていた前木はペコリと頭を下げてその場を離れた。
屋上の入り口まで全力疾走した前木はそのままの勢いで建物に入る。するとそばに石黒と見知らぬ若者が立っていた。
「みっちゃん、作戦成功した?」
「どんな作戦ですか?」
問いかけた前木とともに若者も質問を向ける。そのため石黒の視線は前木ではなく若者に向けられた。
「たいした作戦ではありません。あなたがたが患者と話している間に、こちらの前木に頼んで外科部長の足止めをしてもらいました」
「それだけ、ですか」
「子供でもあるまいし、それ以上の面倒など見てられませんよ」
「確かにそうですね」
一見して冷たくも思える石黒の意見に姫夜は笑みをこぼした。
「実はここへ来る前、俺の職場で魚住さんの好きな人について話していたみたいなんです。俺もすべて聞いていたわけではないんですけど。でもきっと石黒先生と同じように何か協力できないかと話していたんだと思います」
「あの方も、部下に慕われる優秀な方なんですね」
「はい。管理職にも関わらず現場主義を崩さない尊敬できる上司です」
他の職種の人間、しかも人を褒めなさそうな医師に上司を褒められた姫夜は素直に返していた。