シードケーキって食べたことある?ポピーシード、ケシの実を焼き込んだケーキ。
「1パウンドのバターに1パウンドの小麦粉、そして3/4パウンドのお砂糖に6個の卵、メースとナツメグ少々、3/4オンスのキャラウェイシード、そしてブランデーを1ワイングラス分、これらを混ぜ合わせてオーブンで焼く」
キロロは分厚い料理本から目を上げた。そして目の前に立っている背の高い青年に微笑む。
「分った?出来るわよね?」
(出来ます。いつまでにお作りすればよろしいでしょうか?)
青年は全く口を動かさなかったが、その返事はキロロの頭の中に響き渡った。
「バカ!また調整がずれているわよ。そんな最大パワーで思念を飛ばすんじゃないわよ!喉をつかいなさい!声を!」
青年は首をかしげ、しばらくの無言の後
「みゅ。みゃみゃみゃーん?」
と愛らしい猫の声を上げた。
キロロは盛大なタメイキをついて椅子から立ち上がった。
「もういいわ。これ以上責めても意味ないわね。前回のブタの鳴き声よりはまだましってことで」
長い黒髪を帽子に突っ込みながら、玄関でコートを羽織り、いつもの黒い傘を手にした。
「一時間でもどるからそれまでに焼き上げて頂戴。今夜、おばあさまのおうちに持って行くからね」
玄関の扉が閉まる時、部屋の中では猫がミャオーンと鳴いた。
キロロのフラットは街のど真ん中に立っている。門にいるポーターに微笑んでキロロは元気良く歩き出した。
「どこかのタイミングであいつの音声発語の呪文をを入れ替えるか、霊体の束縛の術を一から掛け直さないとダメだわ。猫やブタならまだ良いけど、コウモリの音波を使われた時は本当に気に障った。次はどんな声になるのか考えただけで憂鬱」
プラタナスの並木道を歩きながらキロロはブツブツと呟いた。
キロロは13歳の女子学生。ここ21世紀の魔法都市倫敦で父親と二人で暮らしている。多忙な父親はほとんど家にいない。彼はスコットランドヤードの調査官。日々犯罪の軌跡を復元魔術で再現し犯人断定の一翼を担っている。この魔法都市から犯罪を減らす為の大事な仕事だ。
毎日父に会えないのは淋しいが、代わりに家にはハウスキーパーとして一人の青年が住み込んでいた。名前は〇〇。ここに記すことは出来ない。なぜなら彼は霊体であり、名前を知る者に囚われる。名前を知るのはキロロとその父のみ。青年の霊体を蝋人形館から盗んで来た人形のボディに閉じ込めているのだ。本来ならば人形のボディなどはキロロの年齢の子ならば誰でも一から作り出せる。がキロロにはそれが出来ない。
キロロを産むと同時に亡くなった母は古代ケルト族の直系だった。モリガンの血を引く最後の一人。キロロには母の能力のほとんどが引き継がれ、赤ん坊の頃から人並みはずれた魔力を発揮していた。あまりにその力が強大だった為に心配した一族の長老に力のほとんどを封じ込めらたのだ。封印の鍵はキロロが17歳になった時に発現するらしい。鍵がどういうものなのかは誰も知らない。
「ってことで、力がありすぎて良い事一つもないわ。今のアタシじゃあいつの声さえ調整できない。やり直したらもっと酷くなるかも。魔力封印強すぎよ。あーイライラする」
しばらく歩くとキロロは丘の上にたどり着いた。黒い傘をおもむろに広げ、南風が吹くのを待つ。
薔薇の香りが周りに満ちて来た。温かい風が黒い傘を空に吹き上げた。しっかり握っているキロロと一緒に。
空高く舞い上がったキロロの脇をツバメが通り過ぎて行く
(おやキロロ?今から学校?)
「そう、宿題がようやく出来上がったから」
キロロはスカートの裾を押さえながらツバメの声で答えた。
キロロはどんな動物の言葉も理解出来るし喋ることが出来る。これは封じられずにすんだキロロの能力の一つだ。
(あとで、遊びに行って良い?今日のおやつはなんだい?)
「シードケーキよ。どうぞ、カットしたかけらをあげるわ」
ツバメは嬉しそうに羽を振って北の空に飛び去って行った。
タワーブリッジにある学校に宿題を提出しキロロは家に戻って来た。
ドアの前で深呼吸する。美味しそうなケーキの香り。
「ただいま〜!」
「パオーーーン!!」 どうやら今度は象の声らしい。
次回はもうちょっと話を動かしたいです。