少女たちは『艦娘』と呼ばれた   作:からくさ犬

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勢いで天邪鬼な投稿者が書いています。ご注意ください


平塚 電

「おかあさん」

 

私の腕を引く女の人。それが私の中に残っている、あの人とのいちばん古い記憶。それよりも前、私がどのように暮らしていたかはもう、思い出すことができない。

 

「おかあさん」

 

記憶の中の私は、女の人に声をかける。彼女は一度だけこちらに視線を向ける。苛立ちと、憐れみ、それからひどい疲れが、その視線に宿っていたように思える。

おかあさん。そう、その人が、私の母親だった。私の顔と似たところがあったのか、なにか特徴的な共通点があったのかは、もう思い出すことができない。

私の腕を握る手に込められた力が、とてもつよかったこと。それだけは、はっきりと覚えている。強く強く、私の腕を引く力。まるで、彼女の決意の強さを示しているようだった。

 

「いたいよ」

 

母はもう反応を示さなかった。歩調が合わず、時折つまずく私に目もくれず、薄暗い路地をずんずんと進んで行く。

灰色の街。曇った空。町はどこもかしこも色を失っていた。煙たい空は目に染みて、そして路地の隅には、もぞ、と蠢く黒いモノ。その得体の知れないモノが、道行く私たちにぎらりと光る視線を放つ。

 

「ひっ」

 

悲鳴をあげて転びそうになった私を、母が無理矢理に引き起こし、歩を進める。そうして連れてこられた、街の灰色の中でも一層大きな建物。高いコンクリート塀で囲まれ、空が曇る薄暗い空に煙突を伸ばす工場へと、私は連れて来られた。

通用口の呼び鈴を押すもそれに反応は無く、母は扉を叩き鳴らす。工場だと言うのに苛立ちを隠さない、その音だけが狭い路地と私の耳に反響する。

すると出て来た男の人と母親が何かを話す。スーツ姿の、背の高い男の人。その後ろではスーツを着た女の人がちらりとこちらに視線を向け、そのあまりにも冷たく鋭い視線に、私は息を飲む。

男の人との話しを終えた母は、女の人が持っていたケースを受け取ると踵を返し、もう私の手を引くことなく来た道を帰って行く。母について行こうとした私を、男の人が引き止める。

 

「君にはもう、あの人と一緒にいることはできない。君には行くところがあるの」

 

 

 

 

鎮守府の鐘の音が聞こえる。同時に少女たちの喜ぶ声が辺りから広がり、まちまちに立ち上がりと鐘の音の方へと歩き始める。途中、歩きながら徐々に特定の者たちが集まり、自然と複数のグループが出来上がる。

私はその過程を見ながら、周りの人がいなくなった頃にゆっくりと立ち上がり、制服のスカートを軽く払う。同時に背中からガシャリと音がする。

 

「おおいっ、電! いなづまっ!」

 

すると私の名を呼びながら、少女たちの間を逆走する者がいた。気付いた私は迎えるために、慌ててこちらからも近寄ると、その少女は明るく微笑んだ。

加藤 深雪。ボブカットで、勝気な性格、というよりは少々男の子に似た振る舞いが目立つ。何時も元気な、私の大切な友人だ。

 

「訓練お疲れ様、電! メシ食いに行こうぜ。メシッ」

 

「深雪ちゃん! なんでここにいるのです?! ヤブ先生に怒られるんじゃ……」

 

「だって暇でさぁ、じっとしてるなんてあたしの性分に合わないって。それにこれぐらいの怪我で慌て過ぎ。あたしはここに来て長くないけど、凄く酷いの見たことあるぜ。ありゃあ、見ただけで自分の身体が痛くなったよ」

 

思い出すように、うんうん、と深雪ちゃんは頷く。私の頭の中で空想の人物が肢体から赤い液体が流れ、萎縮する。

それを振り払うように頭を振る。

 

「そんなこと言って、その人も好きでそうなったんじゃないと思うのです」

 

「まあまあ、いいじゃん。それよりメシ! 早く行こうぜ、電」

 

「あ、でも……」

 

私は自分の背中を見る。そこには船の煙突に似た鉄の塊がリュックサックのように背負われ、後方の視界が幾分か遮られる。これが結構厄介で、肩越しに後方を見ようしても良く見えず、振り向こうとすると物にぶつけたり、人にぶつけてしまうことが意外と多い。

ただ単純に私が慌て過ぎだと指摘した人がいたが、これは誰しもが経験することだ。そう思いたい。

 

「ならさっさと艤装外しに工廠に行こうぜ! 早くしないと食堂の椅子、全部取られちまうぜ」

 

ほら走った、と深雪ちゃんは松葉杖を鳴らし、病衣の裾を揺らす。片足には包帯が巻かれ、私はその下の青くはれ上がった足首を思い起こした。

病室に戻した方がいいのでは、そう思うもこうなった深雪ちゃんを止める術は私は知らない。何よりもこうして迎えに来てくれたことを無下に出来ず、この後一人で食堂に行くのも寂しくもあり、そう出来ないのは結局、私のわがままだ。

先を行く友人を追おうと船着き場を歩き出すと同時に、何かが後ろを通り過ぎた気がして、肩越しで見ようとするも、最後には振り向く。一羽の海鳥だった。視界には海と、雲一つない空が水平線まで続き、その青一色の世界に白い鳥だけが線を引く。

とてもキレイな透き通った世界、自然と見惚れ、頬が緩む。潮風が心地よく頬を撫でた。すると深雪ちゃんの催促の声が聞こえ、私は船着き場を駆け始める。

空には、青い空が広がっている。

 

船着き場をぐるりとまわり、海を挟んだ所に工廠はある。

海にせり出した造りになっていて、そこから昇降機で直接、海と工廠内を繋いでいる。その為、仮に海上を突き向ければこうしてまわって来なくてもよいのだが、昇降機を使えるのは訓練以外の理由で海に出た者だけ。ある意味ではその昇降機に乗れるのは選ばれた者だけとも言え、一部の少女たちの間で憧れらしい。

着いた頃には少女たちが数人工廠から出で行き、その横を通り、深雪ちゃんと共に工廠へと入る。室内には先ほど共に訓練した少女たちが軽く談笑をし、その間を縫うように整備員が歩き回り、その上では忙しそうにカルテや資料を片手に持った整備員がキャットウォークを行く。

一番奥に大きな昇降機があるが、工廠内で一番眼を引くのは左右の壁に沿って並んでいる装置だろう。中に人ひとり入れる程度のカプセルで、スライドドアには番号が書かれている。

いや、カプセルと言うよりは鉄の棺桶。太いパイプやナットなどが剥き出しの、鉄の箱だ。

そのドアの横にはランプが灯っていたり、してなかったりしていて、しているのは光が点滅している。

 

「えっと、電の番号って?」

 

深雪ちゃんは二、三度、松葉杖を鳴らすと振り向く。

 

「七十四番なのです」

 

「七十四番ね……七十四、七十四っと」

 

スライドドアに書かれた番号を見ながら、松葉杖をつく。その後ろから深雪ちゃんのペースに合わせてついて行くと、ランプが点いていた他の番号の前を通りかかった時に、ちょうどそのランプが消え、スライドドアが開かれた。

中から少女が現れ、箱の外に出ると猫のように背伸びをした。その少女と深雪ちゃんは軽く挨拶を交わすと、最近どうしているのかと問答する。

私はその会話に入ることが出来ず、ただただ後ろで会話が終わるのを待つ。深雪ちゃんはその持ち前の元気で、誰隔てなく仲良くしてはいつの間にかに友達になっている。この前なんか、何時ものように食事をするのだと付いて行くと、それが他の方と交えての食事で、とても気まずい思いをしたことがある。

そんな深雪ちゃんの性格は私とってうらやましいのだが、だからと言って、自分がそうなれるとは到底思えない。なろうとする努力はしている。だが私は私、深雪ちゃんは深雪ちゃん。どれだけ努力をしようとも、良くも悪くもそれだけは決して変わらない。

 

「電、なにしてるんだ?」

 

「えっ?! あっ!」

 

「ここだろ? 七十四番。早くしてくれよぉ」

 

はあ、とため息を吐いていると不意に声がかかり、顔を上げると会話は終わっていた。少女も何処かに行き、深雪ちゃんは少し進んだ所で装置に指差していて、不思議そうに首を傾げる。

私は謝りながら駆け足で近寄ると、装置のスイッチを押し、七十四と書かれたスライドドアを開ける。ドアの先の空間は何もなく、ただ私が入るのを待つように静かに口を開けている。

 

「じゃあ深雪ちゃん、少し待っててください。艤装を外して来るのです」

 

「おう、ならあたしは一足先に食堂に行って食べとくな?」

 

「ええっ?!」

 

「冗談だって! ほら、どこにも行かないから艤装を外して来なって」

 

意地が悪く笑う深雪ちゃんに、私は頬を膨らまし、精一杯の反抗を見せる。だが彼女に限ってそんなことしないとわかっていても、本当に置いて行かれたら敵わないので、早足で、背中から装置に入る。

スライドドアが自動で閉まると、中は光が一切ない暗闇に変わり、完全な封鎖空間が出来上がる。しかし直ぐに床が青白く光り、自分の姿を映し出すと同時に、壁からアームが現れ手私の足を固定する。

次々に壁からアームが現れ、手足や腰に付けていた様々な艤装を迅速かつ丁寧に取り外すと、艤装を持って壁の中へと戻って行く。そして最後に背中にある、艤装の中でも一番大事とされている、主機と呼ばれる部分に手が伸びる。両側から支え、ゆっくりと背中と主機の間に入り込み、一番時間をかけて外された。

全てのアームが艤装と共に姿を消すと、固定された手足が自由になり、床の光が消え暗闇に戻る。スライドドアから光が差し込み、最初に見えたのは、深雪ちゃんの笑顔だった。

装置から出た私は一度背伸びをすると、特有の気怠さに襲われ、ふう、と一息ついた。先ほどの少女の真似ではないが、どうしても身体のあちこちに艤装を着けていると動きが制限され、それが窮屈に思える。

 

「やっぱり艤装を着けてると肩が凝るのです」

 

「まあ、艤装って言ったって、見た目は鉄の塊みたいなもんだしなぁ。よくよく考えたらあたしたち、そんなの担いでよく動けるよな。けど、あたしはカッコよくていいと思うけどな。ほら、ロボットみたいでカッコいいじゃん!」

 

「私にはそのよさがわからないのです。どうせならもっと、可愛いのがよかったのに……」

 

「可愛い? 例えば?」

 

「その……魔法少女みたいなのとか、可愛いくていいと思うのです。それならこんな装置で艤装を着けたりしなくても済むのです! レースの付いたお洋服に、キレイなステッキ、大きなリボン! それに比べて電たちは……」

 

ひらひらとした服にハートの付いたステッキを持つ、一般的に言う魔法少女を思い浮かべ、今の自分とのギャップを考える。片や掛け声や小さな道具で変身出来るが、片や鉄のコンテナに入って鉄の塊を着脱する。全くもって比べるまでもない。

すると深雪ちゃんは、ひぇー、と悲鳴を上げながら少し顔を赤らめる。

 

「魔法少女って、仮にそうだったとしたらあたしは恥ずかしくて敵わないぜ。それに、そんなので戦えるのかー?」

 

その格好をしているの自分を想像したのか、痒いかゆい、と深雪ちゃんは笑いながら首筋や身体を掻く。確かに魔法少女を引き合いに出したのは少し子供過ぎたかも知れないが、まだ私たちの年齢なら憧れていても可笑しくはない。

深雪ちゃん自体、ロボットがどうのと言うのだから作品の違いでしかないはずで、ここまで笑われるのは幾分か心外だ。自分が言ったことを正当化しようと口を開くと、工廠内のスピーカーに電源が入れられ、ブツン、とノイズ音が入る。

 

『第一艦隊が帰還。繰り返す、第一艦隊が帰還。担当の整備員、並びに医療班は待機! もう一度繰り返す――』

 

男の声がスピーカーから流れ、工廠に響く。一層、整備員の人たちが動き回り、少女たちは自然と壁際による。

昇降機を下ろすぞ、と整備員の一人が昇降機横のスイッチを押すと、天井の黄色のランプが回り出し、音を上げて昇降機が降りて行く。無くなる床から海が見え、海面に反射的した揺らめく光が工廠の天井に差す。

 

「聞いたか、電! タイミング良いぜっ!!」

 

さっきとは打って変わって、深雪ちゃんは眼をキラキラと輝かせ、頬を赤らめる。他の少女たちも期待する声があちこちから聞こえ、各々に期待を膨らませては盛り上がり、今か今かと昇降機が上がって来るのを待つ。

先ほど出て行った少女たちも何処からか聞きつけ、待っていましたと言わんばかりの勢いで工廠のドアをくぐり抜け、戻って来る。

昇降機が上がり始め、まだ何も見えないのに拍手する者が現れる。だがそれも昇降機が上がるにつれ、拍手の量が増えて行き、最後には割れんばかりの拍手と歓声が工廠を包む。深雪ちゃんも例外ではなく、歓声を上げる。

海から上がって来たのは年齢も見た目もバラバラな、艤装をつけた六人の少女たち。年長者は美しく魅了的な女性で、年少者に至っては自分たちと変わらない少女だった。

 

「先輩っ! 今回は何体、何体倒したんですか!?」

 

周りの少女たちは口々にその第一艦隊と呼ばれる者たちに称賛の言葉を送る中、何時の間にかにキャットウォークに上った、一グループの一人が尋ねる。先輩と呼ばれた第一艦隊の一人は下唇に人差し指を当て、考える素振りと見せると指を三本立てて返す。

するとそのグループは黄色い悲鳴を上げ、持っていた誘導棒を振り回した。

 

「すげぇな! あの人、深海棲鑑を三体も倒したのか!! なあ、電!?」

 

「はい! でも、私としては怪我もなく、皆さん無事に帰投したことが何よりも嬉しいのです」

 

「なんだよ、電! 第一艦隊だぜ? この鎮守府の主力艦隊が負けるわけねぇじゃん! 心配し過ぎだぜ! それによ――」

 

深雪ちゃんは、ケタケタ、と笑っていると、第一艦隊の一人がその笑い声に気付いたのか、はたまた、たまたま目に付いたのか、昇降機から降り、キレイな髪を揺らしながら私たちに近付く。いきなりのことに、私たち二人は面食らい、周りの少女たちも何が起こるのかと声を潜めた。

 

「あなた、わざわざ病室を抜けて迎えに来てくれたのかしら?」

 

長く細い指で深雪ちゃんを軽く指差し、笑いかける。自然と私や深雪ちゃんの視線が指差された先、病衣に向けられ、本人は照れ臭そうにしながら慌てる。こんな彼女の表情は珍しく、経験上、こうなる時はひどく緊張している証だ。

 

「あ、いや、そう言うわけじゃあ……あははは……」

 

「ふふ、ありがとう。でも、怪我を早く治して、元気になって貰った方が私は嬉しいわ」

 

ぽん、とその手が深雪ちゃんの頭に置かれ、嫉妬にも似たどよめきが工廠に流れる。深雪ちゃんはされるがまま、固まるしかなさそうだった。

そんな中、待機していた整備員が第一艦隊全員に声をかける。各々誘導されながら、割り振られた数字が書かれた装置に入って行く。スライドドアが閉まり、横のランプが点滅を始めと、幾分か工廠に静けさが戻る。

だがそれでも熱が冷めたわけではなく、工廠内は少女たちの話し声で盛り上がるが、次第に整備員の人たちに追い出され始める。

 

「くうぅ! やっぱりカッコいいぜ、第一主力艦隊!! あたしも、こう『深雪スペシャル!』ってな感じで深海棲鑑を倒してみたいぜッ!!」

 

「み、深雪ちゃん……」

 

「見たかよ電! あたし話しかけて貰っちまったよ、もうドッキドキだぜ!!」

 

興奮しながら、それを表現するように何度も松葉杖で床を突く深雪ちゃんを止めようとするも、それは叶わない。暫く床を突く音が続くと共に、深雪ちゃんの口が動く。

だがそれも整備員に声をかけられ、謝りながら工廠を出で行く頃には食堂の席取りの話しになっていた。

 

 

 

 

「だからさ、やっぱり艦娘になったからには一花咲かせたいわけよ」

 

「……いきなり何なのです?」

 

今日の訓練を終え、入浴を済ませると艦娘寮のサロンのソファーに座り、雑誌を読んでいると、何の前触れもなく深雪ちゃんが言葉をこぼす。横に座る深雪ちゃんに顔を向けると、だってよ、と人差し指を天井に向けた。

 

「あたしたちは、選ばれたヒーローなんだろ? 深海棲鑑を倒せる唯一の存在、艦娘になれるって言われて、なったわけじゃん。だから学校止めて、訓練して、鎮守府で暮らしてる。だったらヒーローみたいに深海棲鑑を倒して、世界を護りたいって思うのは普通だぜ?」

 

そう言って、深雪ちゃんは自分の膝に置いてある漬け物が入ったパックに手を伸ばし、一つまみする。

 

「それにさ、なによりカッコいいじゃん! 世界を護る正義の味方! あたし、そう言うのに憧れてたんだぁ……この漬け物、不味いな」

 

「あ、深雪ちゃんも茄子が嫌いなのです?」

 

「ん、嫌いじゃねぇぜ? あたし実家が田舎でさ、隣のばあちゃんが畑を持ってて、その手伝を良くして……あー、だからか。舌が肥えちまったのか」

 

自己完結した深雪ちゃんは、そっかそっか、と頷く。

 

「えっと、それで結局深雪ちゃんはどうしたいのです?」

 

「そうそう、それな。いや、まあ、結局どうしたいかとはねぇんだけどよ――深海棲鑑の奴らに『深雪スペシャル』を撃ち込みたい!」

 

一拍置いて、拳を握りながら発した言葉がそれだったため、がっくりと私は肩を落とす。すると、なんだよー、と深雪ちゃんの手が私に伸びる。真面目な話かと思い、少し身構えたがどうやら杞憂で終わった。

『深海棲鑑』それは突如として海の底から現れ、世界の制海権ことごとく奪った超攻性生命体。政府はその生命体を深海棲鑑と命名。

数年ほど前から世界に姿を現し、同族を除く全ての船を無差別に襲撃し、沈めていった。深海棲鑑の脅威はそれだけに留まらず、結果シーレーンをズタズタにし、各国を連携の取れない鎖国状態にまで追いやり、地球上の海ほぼ全てを支配するに至った。

そんな人類の敵と戦い、世界を護るのが私たち『艦娘』と呼ばれる存在。『艤装』と呼ばれる兵器を身に着け、海上を航行しながら深海棲鑑と日夜戦う。先ほど深雪ちゃんが言った通り、世界を護る正義の味方と言うわけだ。

そしてその正義の味方と言うのにも、人が関わっている以上、アマチュアとプロがいる。そのプロと言うのが先ほどの第一艦隊。現に今しがた深海棲鑑を倒し、世界平和の一歩を確実に導いた。

正確には第一主力艦隊。この鎮守府に着任している艦娘の中で中核を担う実力者で、私たちの中で英雄と言うか、アイドルと言うか、憧れの存在だ。私も歓声を上げるほどではないが、憧れを抱いている。

彼女たちのように人に求められ、人のためになりたいと、強く思う。

 

「なんなのです、その『深雪スペシャル』って?」

 

「こう、さ……シャ、シャ、シャ、ドォーンッ!! みたいな感じだよ。わかるだろー?」

 

「ち、ちょっとわからないのです……」

 

「えぇ? まあ、要は第一艦隊みたいに活躍したいってことだよ。電だってだから艦娘に――」

 

「はい、注目ー!ちゅ・う・も・く! もうすぐ消灯時間よ!」

 

サロンに少女の声が響く。見てみると艦娘の一人が手を叩きながら席から立ち上がった。

壁に掛けられている古時計に視線を向けると、故障中、と書かれた張り紙がつけられ正しい時間を針を差していない。話しを聞くに、鎮守府内で一番の年寄りで、数日前から動いていない。ゼンマイ式の時計で、深雪ちゃんが慣れていると言う理由で巻いていたが、作業中に壁から外れ、深雪ちゃんの足を巻き込んで壊れてしまった。

その年季が入った風貌から気に入っている艦娘が多く、修理を願い出たのだが今はもう製造終了した部品が必要らしい。そのためこの時計が再度針を正しく動かすのは何時になるかわからず、その間タイムキーパー役として面倒見の良い艦娘が名乗りをあげた。

他の少女が、本当なのか、とその少女の腕時計を覗き込み、サロンから出て行く。私もソファーから立ち上がり、雑誌を元の場所に戻す。

 

「時間か、じゃあ電、あたしは病室に戻るよ。またなー」

 

「あ、病室に付き添わなくていいのですか?」

 

「大丈夫、大丈夫! あいつに付き合わせから、おーい!」

 

片足で立ち上がり、松葉杖をつきながら深雪ちゃんはタイムキーパーへと近付く。深雪ちゃんとその娘は少し会話のやり取りをすると、購買に寄るなら、と付き添いを小声で了承する。彼女は男性用の腕時計のズレを直し、深雪ちゃんと共にサロンから出て行くと、くすりと誰かが笑う。

名残惜しそうにサロンから少女たちは出て行き、私もその波に乗る。廊下に出て、階段を上ると一室に入る。

殺風景な部屋が、そこにあった。

艦娘は全員、鎮守府の領地にある寮に暮らすことになる。鎮守府によって寮の質は異なるだろうが、少なくとも私が住むここでは三畳ほどの狭い部屋に、二段ベッドと二つのロッカー。それがこの部屋の全てだった。

寝るだけならそれで十分だが、年頃の少女が住む場所としては不十分。そのため、ほとんどの艦娘は休憩中や入浴後から消灯前の間になると艦娘寮の一階にあるサロンに集まるか、各々のお気に入りの場所に行く。サロンは中々な広さだが、それでも寮に住む艦娘全員を収容するには狭く、そうやってバランスを取っている。

私は二段ベッドの下、自分のベッドにうつ伏せに倒れ込み、一息つく。

 

「全く、深雪ちゃんには困ったものなのです」

 

深雪ちゃんは顔が広い。その分艦娘同士の人間関係も良く知っていてる。私ではなく、あの娘に付き添いを頼んだのは意味があるのだろう。

ベッドから顔を上げ、小さな窓から夜空を見上げる。ガラスと鉄格子越しに見える黒い海には光の粒が浮いている。

青い空といい、海といい、都内では決して見れなかった光景だ。空気が澄んでいる。

艦娘になって良かったと思える瞬間だ。

 

『あたしたちは、選ばれたヒーローなんだろ? 深海棲鑑を倒せる唯一の存在、艦娘になれるって言われて、なったわけじゃん。だから学校止めて、訓練して、鎮守府で暮らしてる。だったらヒーローみたいに深海棲鑑を倒して、世界を護りたいって思うのは普通だぜ?』

 

深雪ちゃんの言葉が脳裏を過る。選ばれたヒーロー、深海棲鑑を倒す、それは間違いない。

正義の味方である艦娘には誰でもなれるわけではなく、艤装との適性がある者でなければなることが出来ない。産まれ持っての血で決まり、その適性を持つ者は決して多くはない。そして私はその数少ない適性を持つ適合者だった。

選ばれたヒーローと言っても、人間で、仕事であることには変わらない。艦娘には高額の給料、不十分ない生活、無制限の医療費負担、様々なことが保証される。深海棲鑑の攻撃により、国民の生活が圧迫され、食糧も配給制になりつつある現状、これ以上にない恵まれた職場だろう。

だが、適性を持つこと、本当にそれが恵まれていることとは思わない。

 

「ヒーロー、か」

 

ベッドから起き上がり、私は自分のロッカーに手を掛ける。ロッカーのネームプレートには私の名前、平塚 電、と書かれ、その隣のロッカーのネームプレートには深雪ちゃんの名前が書かれている。

ロッカーを開くと、窮屈そうにしている私物が姿を現し、下に置いてあるカバンから手鏡を取り出す。ロッカーとカバンを開けたまま、私は手鏡を持ちながらもう一度ベッドに腰掛ける。

ゆっくりと、手鏡を持っていない方の手を背中に回し、当てた指先を腰へと下ろしていく。服の感触の下から自分の肌を感じる指先が、それを感じなくなる。

肌とは違う、硬く、冷たい感触が指先に伝わる。手を戻し、上着を脱くと今度は手鏡を背中へと回す。

 

「本当に、魔法少女みたいならよかったのに……」

 

背中を映した手鏡は肌色を映さなかった。そこに映ったのは、決してあるはずのない、鉄が肌を侵していた。

艤装を着けるための接合部分。今はその口が閉じている。これが艤装を着ける時に口を開き、その開いた部分に艤装のボルトか何かが挿し込まれ、私と艤装を『一体化』させる。

艦娘になると決まり、手術を受け、背中を切り開き、皮膚を剥ぐ。そして気付いた時には背中にこの鉄の塊が当たり前のようにそこにある。

深海棲鑑と戦うための強化手術だとか、艦娘として必要なことだとか、言い方は様々だが、艦娘になった者が受ける待遇だろうか。私、平塚 電の運命として受け入れることなのだろうか。

適性があると、それだけで艦娘になった私への責務なのだろうか。

 

「……もう、寝よう。寝て、明日に備えよう」

 

空きっぱなしのロッカーもカバンもそのままに、手鏡を枕元に置き、私はベッドに寝そべった。

明日になれば青い空が広がり、青い海が水平線に消えて行く。その光景は良かったと思えるのは確かなのだから。

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