永遠の謎と言うのは案外身近にある。宇宙の端には何があるとか、死後の世界は本当はどんな所だとか。そんな大きなものじゃなくて、身近で、小さな謎。
私の場合は父親、私の父親。どんな人なのか、顔はどうだったか、名前は何と言うのか。母に聞いても教えてはくれない。
それもそうだろう、当の本人でさへ知らないのだから。
ろくでなしが人の陰口、それが私の母を言い合わらすピッタリな言葉だ。酒に溺れて、取っ替え引っ替え男を家に招き込む。身体を売って、酒を買う。
私にしてくれたことと言えば、子守唄の代わりに愚痴や悪口。ほら、言葉の意味がそのまま人間になったような存在。
弁解するならば容姿が良い。それは私にも引き継がれている。
そんな母親を見て、こんな人間にだけには絶対にならない、と子供心ながら思った。
「ふざけんじゃないわよ!!」
けど、振り返ればやってることはただの悪に憧れた子供。
鉄パイプやバット、時にはナイフなんかを振り回して夜遊びに。家にいたくないと歩き回り、気付けば非行。誰の指図も受けないと、一匹狼を気取っては暴れまわった。
だが、頭の中では何時も母親がいた。同じになりたくないと男との関係は持たず、酒もやらない。
そんな可愛らしい悪だったが、そう言うのに限って、一線を越えるのは早かった。口論になった警察の頭をパイプで撲ったのだ。
何時ものことと慣れている。後はうずくまる警察に向かって吐き捨てて、歩いて去れば何時も通り。そのはずだった。
パイプに付着し、流れて来た生暖かい液体が手に伝い、私は眼を疑う。
うずくまった警察の頭から赤黒い液体がコンクリートの床にゆっくりと広がって行くのが見える。ちょうど街灯の下、それを強調するように照らしていた。
「あ……」
手から物が落ち、後ずさる。その後はあまり覚えていない。気付けば家の玄関でうずくまって寝ていて、母が出て行く音で目が覚める。
自分の人生終わったな、短い人生だったな、とそんなことを考える日々が続くはずだった。あのスーツ姿の二人が現れるまでは。
結局、あの警察官がどうなったかはわからない。病院に行って針を縫ったのか、そのまま息絶えたのか。だが、私はそれに付いて咎められることはないのだろう。そう言う契約なのだから。
私にとってはちょうど良かった。ろくでなしから離れられることが出来るし、決められたレールとは言え生き方を示してくれたのだから。
だが、契約書にサインして艦娘になってからも、私自身が激変したわけではない。鎮守府と言う所に行っても、何かしらの問題を起こすのだろうと、他人事のように思っていた。
誰も受け入れず、誰にも受け入れられず、居場所もなくただ独りでいるのだろうと。
「吹雪型駆逐艦、五番艦、柳原 叢雲。着任したわ」
いっそのこと今問題を起こしてやろう、と鎮守府に来た私を出迎えてくれた女性に上から目線の言動をする。だが、その人はそれを気にする素振りを微塵も見せず、微笑んで手を差し出す。
「私は古鷹。艦娘同士、これからよろしくね」
本当に優しそうに、全てを包み込むような笑み。何よりも、曇り無き綺麗な瞳には私が映っている。
そんな人の差し出した右手を、私は、古鷹さんの手を叩き払ったことを今でも謝れないでいる。
・
病棟に着き、一回のロビーで軽い手続きを済ます。毎日していれば慣れて行くもので、自然と筆が進む。渡されたカルテに名前を記入して、後は看護師から見舞い許可証を貰うだけ。
その少しの間に、今日は何を喋ろうか、と今になって考え、苦悩する。会話ぐらい気楽にすればいいのだろうが、そうもいかないのが心情だ。
なによりも会話の中身がないのが問題だろう。閉鎖された生活でそうそう新鮮なことは起こらない。
だからこそ同じ話しが繰り返されるのは仕方ないことと考えるべきか、それとも自分の会話能力が乏しいと考えるべきか。後者なのだろうな、と私は一人肩を竦ませる。
記入が終わり、看護師がそれに眼を通すと許可証を出す。何時もありがとうね、と言葉を添えられながら。
連日通っていることもあってか、顔を覚えられたらしい。
「どうも」
許可証を受け取りながら会釈する。同時に、これは話しになるな、と思いながら。
こうして通うようになってから、もう二週間になる。毎日来てはここの看護師と顔を合わせ、手続きを済ます。そうしてあそこに行き、何も出来ずに帰る。
それでも、私はここに来ることを止めないだろう。
許可証を手に持ち、ロビーを抜けて階段を上る。すると私とは逆に上から下に向かって足音が聞こえる。
「んっ?」
踊り場から勢い良く現れ、その勢いのまま階段を降りて来たのは艦娘だった。
病衣を着て、片足には包帯が巻かれている。だと言うのにそれを感じさせない行動に、持っている松葉杖は飾りなんじゃないかと疑う。
姿からして退院ではない。なら、外出するのだろうか。
確かに今日は天気が良い、動けるのであれば病室にいるよりも有意義に過ごせるだろう。しかし、外出許可は出たのだろうか、と不思議に思う。
私も入院は何回かしたが、外傷の場合は全くと言っていいほど外出許可が出ない。理由としては更に怪我をされたり、悪化をさせないためだろう。数少ない戦力が体調不良で出撃できないとなれば、問題だ。
いぶかしげに見ていると一瞬目が合い、私は眼を逸らす。特に何か起こることはなく、そのまま互いにすれ違い、私は病室がある三階へと上がる。
廊下が続き、等間隔に病室の扉がある。換気のためか、病室の扉の多くが開かれ、中を見ることが出来る。とは言ってもそのほとんどが空室で、静かなものだ。
だが誰もいないと言うわけではなく、入院している艦娘同士が集まり、軽い集会をしている部屋を見つける。
そこにいる者は腕に包帯や点滴をされていたり、頬にガーゼが貼られていたりと様々だが、和気あいあいと会話を楽しんでいる。私は横目でそれを見て、歩き続ける。
そうして着いた、一つの病室。ネームプレートの確認もせず、私は扉を開く。今更部屋を間違えるとは思えなかった。
「こんにちは。来たわよ」
扉を開くとまず目に付くのは、純白。白いカーテンに、ベッドの白いシーツ。そして眠り姫――
広くもなく、消して狭くはない個室に私は足を踏み入れ、まずは部屋の電気を付ける。次にベッドを通り過ぎ、カーテンを開けると遮られていた日光が差し込む。
窓の外では青い空が広がり、また眼下には海が広がる。二つは水平線にまで続き、一つになっていた。だがそれも鉄格子越しで、感動は今一つ。
視界の端には工廠が見え、仮に窓を開ければ波の音と混じってそう言った音が聞こえて来るかもしれない。そう思っていると、鎮守府の鐘の音が聞こえた。
「今日はいい天気ね。そうそう、聞いてくれるかしら。毎日来ているせいか看護師に顔を覚えられてしまったわ、一体誰のせいかしらね?」
私は窓に背を向け、定位置である椅子に座りながら尋ねる。
「なんてね、気にしてにわよ。こんなことを言ったら、あなたは本気で謝るものね。ほんと、冗談が効かないのよね……古鷹さんは……」
私の眼の前には、ベッドに眠る女性が一人。規則正しい呼吸を続け、それに合わせて胸がゆっりと上下する。
この眠り姫こそが、古鷹さん。綺麗なあの瞳は今はまぶたの下。
少しの間、古鷹さんの寝顔を見た後、私は横のタンス上に置いてある小説を手に取る。栞が挟まれたページを開き、昨日までの続きを読む。
これが今の私の日課。古鷹さんの見舞いに来て、本を読んだ後に一言二言喋る。そうして適当な時間になったら出て行く。それだけを続けている。
あれは、予期せぬ事故のようなものだった。任務の帰投中、不意に深海棲鑑の奇襲に遭い、負傷。あの時は豪雨と言っていいほどの雨が降り、視界は最悪。更には安全海域にいたと言うこともあり、完全に油断していた。
深海棲鑑の砲撃で陣形は乱れ、荒れた海に足を取られる。撤退も反撃もままならない状況で動いたのが、他の誰でもない古鷹さん。あろうことか一人隊列から離れ、囮を買って出たのだ。
敵の攻撃は古鷹さんに集中、私たちへの砲撃が止む。そうして古鷹さんに釘着けになった深海棲鑑の横っ腹をこちらが奇襲し、撃破。その代償がこれだ。
左腕には点滴と繋がれたチューブが伸び、胸には心電図モニターの電極。本来ならモニターからは、ピッピッ、と音がなるのだろうが、どうにかならないかと言った所、アラーム時以外には消音にしてくれた。
いくらここが病棟とは言え、聞き続けていると良い気はしない。それにモニターの画面は看護師が他の所で確認出来ているはずだし、実際ここにあっても耳障りにしか思えない。
そのため病室にページをめくる音と、微かな寝息だけが続く。時折、本の内容を理解しようとして考える素振りをしたり、足を組んだりして、布擦の音がする、その正体が自分ではなく、古鷹さんなのではないかと視線を向けるも、その視線は直ぐに本に戻る。
「……なにかしら?」
窓の外から慌ただしく声が聞こえる。同時に悲鳴なような声も聞こえ、気になった私は本を置き、窓を開ける。
音の発生源は工廠から。悲鳴も良く聞けば驚きや恐怖ではなく、黄色い悲鳴だった。それに気付けば、聞えて来るのは称賛や拍手なのだとわかり、ホッとする。
「どうやら第一艦隊が戻って来たみたいよ、古鷹さん。やっぱり他の艦隊と違って出迎えが豪華ね、そう思わない?」
「……叢雲ちゃん?」
名前を呼ばれ振り向く。そこにはぼんやりと、横になったまま眼を覚ました古鷹さんがいる。
少しだけ横を向き、私と顔を合わせる古鷹さんは笑う。本人からすれば、良い顔をしているのつもりなのだろう。だが、その笑みは力なく、とても疲れている。
私は開けた窓を閉め、椅子に座る。
「あら、起きたの古鷹さん。調子はどうかしら?」
「どう……かな。うん、調子いいよ。長く起きていられるかも」
「そう? 調子がいいのなら私は嬉しいわ。あー……聞いてくれるかしら。毎日来ているせいか看護師に顔を覚えられてしまったわ、一体誰のせいかしらね?」
「そうなんだ、ごめんね叢雲ちゃん。迷惑かけて……毎日、大変だよね。無理しなくても……」
そう言う古鷹さんに、私はくすりと笑う。ほんと、古鷹さんは行動が読み易い。先ほど予想した通りだ。
優しいと言うか、甘いと言うか、自分よりも他人を優先する。自分が犠牲になれば皆が助かると言うのなら、なんの迷いもなく自分を差し出す。だが、その犠牲が他人ならば、その行いを止め、改める。
そんな危なっかしい人なのだが、私は頭が上がらない。
私は、違う、と手を振る。
「冗談よ、冗談。それに嫌なら来てないわ。その、私が好きでやってることだから、古鷹さんが気にすることないわよ」
「ありがとう、叢雲ちゃんは優しいね」
「別に、優しいとか優しくないとか、関係ないわよ。さっきも言ったけど、私は好きでやってるの。礼を言われる筋合いはないわ」
「ふふ、そう? じゃあ、甘えちゃおっかな」
今度は古鷹さんがくすりと笑う。あの時のような元気はないが、その優しさがにじみ出る笑みは変わらない。
「そうしてちょうだい。こんな時でもないと、あなたに借りは返せないもの……あ、別に借りを返したいから来てるんじゃないわよ! 何度も言うけど私が――」
「うん、わかってるよ、わかってる。叢雲ちゃんのこと、わかってるから……だから……」
ふと、古鷹さんのまぶたが落ち始める。そろそろ時間と言う訳か。すると掛け布団の下から古鷹さんの左手が現れ、私へと伸びる。
私は椅子から降り、地面に膝を付いてその手を受け止める。割れ物を扱うように、両手で包み込むように古鷹さんの手を取る。そして古鷹さんを見れば、瞳はまぶたの下。
「……お休みなさい、古鷹さん」
手に取った左手を戻し、掛け布団を掛け直す。
少しの間、古鷹さんの寝顔を見た後、置いていた本を手に取る。読んでいたページを開き、栞を挟む。本を元の場所に戻し、私は椅子から立ち上がる。
これが今の私の日課。古鷹さんの見舞いに来て、本を読んだ後に一言二言喋る。そうして適当な時間になったら出で行く。それだけを続けている。
診察室に入ると、ヤブは苛立った様子でデスク上の書類と向き合っていた。ぼさぼさの頭を掻き、ブツブツと独り言をいいながら筆を走らせている。
集中しているのか私に気付いた様子はなかったため、内側から扉を叩き、音を鳴らす。
「ん?! おお、叢雲か……えっ? あ、すまん、気付かなかった。どうした? 古鷹に何かあったか?!」
私に気付くなり、ヤブは直ぐに動けるように立ち上がろうとする。
「落ち着きなさい、気付かなかったのは私が無断で入って来たからよ。古鷹さんはさっきまた眠ったわ。そっちこそどうしたのよ」
「これか? どこかの誰かが脱走してな。外出許可を出したってことにするために情報操作中ってとこだ」
急用じゃないなら少し待ってくれ、とヤブは筆を走らせる。
私は後ろ手で扉を閉め、入り口付近の壁に寄りかかる。脱走と言うのは、病棟に来た時にすれ違ったあの子に違いないだろう。
すれ違っただけだが、顔つきや素振りから見ても、いかにも『じっとしてられるタイプ』ではなさそうだった。今日の天気の良さに釣られたか、ベッドの上に嫌気が差したか。はたまたその両方かも知れない。
まあ、元気に走り回れるならそうした方がいいだろう。深海棲鑑と戦い、何時ベッドの上にいることが強いられる時が来るかわからない。
出来る時にする、おかしな話しではないだろう。
「よし、お待たせ。それでどうした?」
ヤブは座っている椅子を回転させ、私に向き合う。同時に椅子には座らないのか、と患者が座る椅子を指差すヤブに私は肩を竦める。
「最近、古鷹さんの調子が良いみたいだから確認しに来たの」
何をだ、とヤブは首を傾げる。その態度にグッと湧き出た感情を抑え込み、私は尋ねる。
「古鷹さんの今後、よ。どういう予定なのかしら?」
「またその話しか。今のところ様子見だ、あの状況のままじゃ退院できないからな」
「そうね、今のままじゃ退院は出来ないわね。戦うどころか、まともに生活ができないもの。じゃあ、退院後は?」
「古鷹の病状は出血性ショックと低温度症による昏睡状態。外傷の治療が終わってたとして、暫くはリハビリやカウンセリングが必要だと思っている。こんなこと言いたくないが、あの状況から回復だ、生きてるだけ儲けものだ」
そう言うヤブに、異論はない。
正直、あの状況から帰還できたのは奇跡だろう。いくら私たちが艦娘と言っても、艤装を着けただけの人間には変わらない。深海棲鑑の砲撃に当たれば、それは巨大な弾丸で貫かれたと同じで、魚雷に当たれば有無を言わさず真っ二つ。
直撃しなければいいと言う訳でもない。魚雷が起こす爆発で周囲に爆風が襲うものもあれば、砲弾だって着水すると炸裂するものもある。
そんな集中砲火の中、古鷹さんは生き残った。艤装が壊れ、破片が四肢に突き刺り、血を流して。
鎮守府に向けて曳航中に、そのままいなくなってしまうのではないのかと思った。それだけ、酷い有り様だった。
「ええ、艤装も壊れてしまった。医学に付いて私はさっぱりだもの。その点は任せるわ」
「じゃあ……話しは終わりか? いくら心配とは言え、同じ話しを何度も――」
「その後は?」
「ん?」
「リハビリやカウンセリングが終わって、その他に色々あったとして、完全に回復出来たと判断した後! 古鷹さんはどうなるのかしら!?」
やれやれ、とヤブは無精ひげを顎を撫でる。
「経過を見ないことには何とも言えん。叢雲、お前が古鷹のことが心配なのはわかる、俺も全力を尽くす。だからこの話しはもうしないでくれ。互いの為にならない」
ヤブは椅子を回転させ、机に向く。話しは終わりだと、その横顔が語る。
ほとんど無意識だった。私は寄りかかっていた壁から離れ、ヤブへと近付く。そしてその勢いのまま肩を掴み、無理矢理振り向かせる。
そうなることがわかっていたのか、ヤブはされるがまま素直に向き合う。その表情はいたって普通にも見えたが、何処か哀れんでいるかのようにも見える。
私はハッとし、ヤブの肩を放す。
「……ごめんなさい、ヤブも大変なのよね。その、私が聞きたかったのは、古鷹さんが艦娘を辞めて内地に帰れるかってことなの。今までそうやって曖昧な答えだったでしょ? 嫌なことが起こるんじゃないかって……ヘンに勘ぐってしまうのよ」
診察室に私の声が転がる。額に手を当て、大きくため息を吐くと幾分か落ち着きを取り戻す。
怖い、と言う訳ではない。問題があるのならそれを解決すればいいだけで、そのためには問題が発覚しなければならない。
何にせよこれ以上、古鷹さんに何か起こってほしくない。
少し間が空いた後、ヤブは椅子から立ち上がろうとするも、腰を下ろす。頭を掻き、視線が止めどなく移動し、最後には椅子に座るように私に言う。
私は言われた通り椅子に座ると、ヤブはデスクの引き出しから一枚の資料を取り出す。
「他言無用で頼むぞ」
ヤブはその資料を私へと手渡す。資料を受け取ると、まず目に付いたのは文章ではなく、見取り図。
それだけを見ただけで嫌な予感はしたが、まさか、と文にも眼を通す。
「嘘、ありえない……ッ! 無理よ、いくらなんでもありえない。艤装は直せるかもしれないけど、本人は――」
「叢雲の言う通りだ。だがお偉方の考えはそうじゃない。現在この国の人口の一パーセントにも満たない艦娘に、国民全員の命を背負わせているんだ。負傷したからと言って除隊させるわけにはいかないってのが、大義名分だそうだ」
手に力が入り、資料にシワが走る。沸々と怒りが私を蝕むのがわかる。予想は的中、最悪だ。
ふざけている。自分たちでは扱えない兵器を造り、私たちに死ぬまで戦えと言うのか。
乱れ始めた呼吸に気付き、深呼吸を済ます。
「そんなこと言って、この鎮守府にはどれだけの人が出入りしてると思ってるのかしら。それに他の子は私と違って親がいる、いずれ世間にばれるわよ。それでも大義名分で通すつもりかしらね?」
「その時は世界を護るヒーローとして祭り挙げるんじゃないか? ここの第一艦隊みたいにな」
「なら、私は古鷹さんを代表として推薦するわ。これが艦娘の現状って」
大賛成だ、とヤブは私から資料を取る。同時に、何時の間に取り出したのか、嗜好品配給チケットを二枚私に持たせる。
「それで気晴らしにでも行け、一人でも誰かを誘ってもいい」
今度こそ話しは終わりだ、とヤブは横を向く。
聞きたいことはまだあるが、こうして一つは教えてくれたヤブの顔を立たせる必要もあるだろう。
私は持たされた嗜好品配給チケットを握り締め、立ち上がる。診察室を出ようと、扉に手を掛けるた時、ヤブは咳払いをする。
どうかしたのか、と振り向くがヤブは横を向いたまま、顔を合わさずに口を開く。
「俺だって抗議するつもりだ、だが医専出の一少尉が出来る事は限られてる」
「……そう、ありがとう」
「ハッ、叢雲に礼を言われるなんてなぁ。随分丸くなったな」
鼻で笑われ、私も軽く笑う。
「何処かのお節介な人のお陰よ」
・
日光に照らされると同時に、風が髪をなびかせる。
ヤブに言われた通り甘味処に行くべきか、それとも一度寮に戻って休むか。生憎と時間はある。今日も昼時を過ぎようが自由に動けるだろう。
たまには初心に戻って授業に出たり、実習に参加するのも良いかと思う時もあるが、今更とも思い、結局は出ない。
結局どうするべきか、とぶらぶらと海岸沿いを歩く。時間も時間でちらほらと休憩中の艦娘を見かける。適当な場所で歩きながら会話をしていたり、座り込んで、足を海に放り出しながら喋ったり。
そんな中で、防波堤で一人でたたずむ子を見つける。自分とそう変わらない少女で、長髪をアップヘヤーにして束ねている。
遠くの方を眺め、時折頬を撫でた風にくすぐったそうに首を傾げる。なにしているんだか、と言うのが第一印象。だが、同時に思い出す。私がああして独りでいた時、何が起こったか。
周りを見ても、その少女の連れを見つけることは出来ず、声を掛けようとする者も現れない。
「はぁ、ほんと丸くなったわね」
ヤブも言っていた、誰かを誘えと。言われたからにはしょうがない、と自分に都合よく納得させる。
それに気分転換だ、一人でいても気が病むだろう。
私は一直線にその少女に向かって歩き出す。その間も少女は水平線を眺め、空を飛ぶ鳥に視線が奪われる。何をそんなに見る物があるのだろうか、と私も釣られて海に視線を移すが、特に気になる物は見つけられない。
ある程度近付くと向こうは気が付いたように振り向き、きょとんと眼を丸くする。
先に口を開いたのは向こうだった。
「あ、あの……」
「あんた、今、予定空いてるかしら?」
「わ、私ですか? は、はい……」
おどおど、と少女は答える。
「私は叢雲よ。あんた確か駆逐艦でしょ? 寮で見たことあるわ」
「は、はい! えっと、暁型駆逐艦、四番艦の電と――」
「ああ、いいわよそんな改めなくて。予定が空いてるって言ったわね? なら付き合ってちょうだい」
こっちよ、と返事を聞かずに振り向き、歩き出す。電は戸惑った様子だが素直に付いて来る。
向かう先は甘味処。その道のりの間、沈黙が続く。何か話した方がいいな、と思うも言葉が出てこない。
そんなに遠くは離れた場所に行くわけではない、話しは着いてからでもいいだろう。
そう思うも何故が甘味処が遠く感じ、沈黙が続く。私の時はそんなことなかったのだが、あの時はあの人が会話を提供してくれた。立場から会話を提供するのは私になるはずなのだが、つくづく自分の会話能力は乏しいんだな、と理解する。
何か目的があり、それに付いて討論するのならまだ会話が弾むのだが、ただの雑談となるとそうはいかない。
横目で電を確認すると向こうも会話をしようとしていた。何かを言おうと口を開くが、声は出で来ない。
そうしている内に、やっと甘味処が見えて来る。
「甘味処……? あの、私、今チケットは……」
「いいのよ、私がおごるわ。ほら、来なさい」
手に持つ嗜好品配給チケットを見せ、先頭を切って甘味処ののれんをくぐる。すると楽しそうな笑い声が聞こえる。
そこには見知った顔があり、自然と、あら、と声が出た。
私に気付き、振り向いた少女は眉を潜ませる。
「げッ……」
「『げッ』っとは随分なご挨拶ね。楽しそうでなによりだわ」
そう言って、私は肩を竦める。こうして漣と話すのは久々に感じた。
打ち上げでもしていたのだろう、一艦隊の最大人数である六人で机を囲み、そのテーブル上には様々なデザートが置かれている。
任務が無事に終わった後は、こうして互いの無事を祝うのは良くあることだ。問題としては、少なくとも嗜好品配給チケットが人数分なければいけないことだろう。
自然と日常的に使う頻度は減り、結局は任務後に使うために溜める形になる。少なくとも、私はそうだ。
「なんか用? 見ての通り取込み中なんだけどー……」
「なによ、ただ挨拶しただけじゃない。そんな邪険にされる筋合いはないわよ」
「あっそ……見た通り漣たちは今忙しいの。そっちもここに来たんだから、行くのはあっち」
漣は厄介払いするように、遠くの席を指す。
まだあのことを引きずっているのだろうか、随分と根深く恨まれたものだ。まあ、あの時は私も悪いのだろうし、結局謝らないでいる。
今更謝ったところで蒸し返すだけか、と肩を竦ませる。
「あ、あの……お二人は友達なのですか?」
すると不意に電が尋ねる。いきなりのことに漣がぽかんとし、私も驚く。
「さぁ、どうかしら。行くわよ電。邪魔したわね」
漣に背を向け、ポンッと電の肩を叩く。流石に隣の席に座るわけにはいかず、ちょうど漣が指差した席に着く。
近くで騒がしくされても困るし、こちらの会話に聞き耳を立てられるのも良い気はしない。
席に着いた私はお品書きを取り、テーブルに広げて眺める。注文する品が決まると同時にやっと電が席に座る。
開いていたお品書きを電に見やすいようにするため、くるりと回す。
「ほら、早く決めなさいよ」
そう言うも、電の視線はお品書きに向かず、私を見る。その瞳には私が映り、ふと、私は眼を逸らしてしまう。
「あの、叢雲……さん。その、どう言う用件なのです? 私たちって、こうやって話すのは初めてじゃあ……」
「ええ、そうよ。防波堤であんたと喋ったのが初めて、それまで名前も知らなかったわ」
それならなんで、と電はいぶかしげな表情を浮かべる。対して私は、誰にもわからないほど小さく微笑む。
この子は何処か私に似ている、そう感じた。
明確にこれだと言い表せないが、無理矢理言うのなら、似た者同士が感じる匂い。それも、結構同じ匂いがする。
「電、あんたの周りにお節介な人はいるかしら?」
「お節介、と言うよりは良くしてくれる友達ならいるのです」
「その人みたいになりたいと思う?」
「……憧れは、するのです」
くすりと私は笑う。ほら、やはり同じだ。
そう言うことよ、と私は椅子の背もたれにもたれ掛かりる。
「じゃあ、さっきのはその人の真似かしら? 随分と唐突に言ったわね」
「は、ははは……ごめんなさい、お話しの邪魔しちゃったのです」
「いいのよ、逆にあんたが割って入らなかったらどうなってたことだか。友達と言うよりは、同期なのよ。漣と私は」
へぇ、と電は頷く。
「出会ったばかりにちょっと言い合って、そのままよ。私が漣の親を罵倒した形になるのかしら? まあ、私が悪いのよ」
「罵倒? 叢雲、さんが――」
「好きに呼んでいいわ。別に気にしない」
「えっと、じゃあ、叢雲……ちゃん。叢雲ちゃんがそう言うことを言う風には見えないのです」
「あんたに私がどう映っているか知らないけど、前はやんちゃだったのよ。まあ、それは今もだけど。ほら、早く注文の品決めなさいよ、私お腹空いてるの」
そう言うと、電は謝りながらお品書きを眺める。何を選ぶのか、予想は出来る。
いや、流石に好みまで同じと言うことはないだろう。それも同じなら、一種の恐怖だ。
だが、そう言うのを類は友を呼ぶと言うのかも知らない。
少しして、電は決まったように視線を上げる。
「じゃあ、私はショートケーキセットを……」
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