優と千尋の神送り   作:ジュースのストロー

12 / 22
不穏な影

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? 何で私、ここにいるの??」

 

ふと目覚めると私の部屋のお布団の中。どうやら睡眠時間が足りてなかったのもあり、ハクの背中で寝落ちしてしまって運び込まれた様だ。ハクの仕事に無理に付いて行ってしまったというのに、恥ずかしい。

枕元にあったメモによると、ハクは別の仕事があるのでそっちに向かうという事と、朝仕分けた各部署への書類の配布は手伝いを寄越すのでその人に聞きながらやる様にと書いてあった。

ハクの仕事がどんなものかは分からないけど、危ない仕事じゃないと良いなと思いながら急いで支度を始めた。

 

「おーい、千いるかー?入るぞー!!」

 

着替えの途中でノックと共に女の人の声が聞こえて、慌てて袖を通す。こちらが答える前に襖を開けたらノックの意味がないだろうと悪態をつきながら確認した女性は目がつり目がちなものの、とても綺麗な人だった。

 

「おっ、いたいた。本当に人間の小娘なんだなー……っと、時間もないからさっさと行くぞ。」

 

「はいっ、あ、もう既に知っている様ですが私は千です。今日は宜しくお願いします。」

 

取り敢えず礼儀として挨拶するが、何だか苦虫を噛み潰した様な顔で見られてしまったので、何か失敗してしまったかとたじろぐ。

 

「かぁーっ、そんなに畏まる必要はないって! 俺はリン。こっちこそ宜しくな、千!」

 

背中をバシバシと叩かれ、何だか見た目とは裏腹に男らしい人だなと失礼な感想を抱きつつも、悪い人ではなさそうでほっとした。これが前世で流行ったサバサバ系女子というやつなんだろう、きっと。

 

 

 

 

 

 

のっぺり、のっぺり、またのっぺり……昨日堂々と油屋の中を歩いた時よりもお客様はいなかった。恐らくこれからお客様方が御来店されて、どんどん増えて行くんだろう。ここは温泉と宴会場のある娯楽施設みたいなので、1度入店すれば中々出る事はない筈だ。

そんな開店前の少しだけゆとりのある時間のせいか、昨日よりも更に従業員達の不躾な視線が気になる。リンさんは視線をもろともせずにズンズン進んで行くので私は小走りで追いかけているが、私達が移動すると視線の先の従業員の集団も移動するので、さながらモーゼの十戒の様だった。

 

「取り敢えず、優先度が高そうなものから行きましょう。特に至急必要なものはありませんが……今日は天気が悪いので、酷くなる前に湯屋の外の用事は済ませておきたいですね。後は今日の大雨で玄関周辺が汚れるでしょうから追加の備品を手配したみたいです。これも早めに担当の者に渡したいですね。」

 

「うげっ、そんなに色々とあるのかよっ! 案内をするだけって聞いてたから楽な仕事かと思ったら結構面倒臭そうだなー。」

 

私が腕に抱えてある書類の束を見て、女性とは思えない声を発したリンさんだったが、湯婆婆様の机にはこれ以上の書類があった。私は今朝方、あの老婆のバイタルティの凄さを垣間見たよ。

ふと、歩っていた廊下の端に見覚えのある影が写った。

 

「カオナシ……? 何でそんな所に……」

 

もう既に雨がしとしとと降り出しているというのに、外に突っ立っていて寒くないんだろうか。いや、そもそもそういった暑さ寒さは感じないのかもしれないが、何故わざわざそんな所にいるんだろうか……。

取り敢えずカオナシがこちらを何故かガン見してくるので会釈をするも、変化なし。ん? 何か言っていないか?? 雨でよく聞こえないが、声が聞こえる気がする。もしかして迷い込んでしまったから開けてくれとでも言っているんだろうか。それならお客様だし、中へ入れてあげなければ可哀想だろう。

 

「すみません、こちらから中へお入り下さい。」

 

鍵を開けて窓を全開にすると、外の冷たい風が私の頬をなでた。やがてスッとカオナシが中に入ったのを確認すると、窓を閉めてきちんと施錠し、カオナシと私は向き合った。

 

「外は寒かったでしょう。恐らくまだ開店はしてないと思いますので、お風呂は入れませんが室内でゆっくりして下さいね。」

 

「あっ……あ……」

 

「?」

 

何かを伝えたいんだろうか? ……先程からコミュ障みたいに「あ……」しか言わないのでよく分からないが、無難にありがとうとかかもしれない。感謝の気持ちを素直に伝えられないってよくある事だし。

 

「千ー! 早く来いよ!! さっさとしねぇと雨が酷くなっちまうぞーー!!」

 

「あっ、はーい! すぐ行きます!!」

 

いつの間にか先に歩って行ってしまったリンさんに慌てて返事をすると、カオナシに謝罪をしてすぐに小走りで駆けて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……あ……」

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。