優と千尋の神送り   作:ジュースのストロー

13 / 22
お腐れ様

 

 

皆が予想していた通り、雨はすぐに嵐となって雷鳴が轟いていた。湯屋で働くのはカエルやナメクジが化けた者達が多いのもあり、こういった気象予報は水と深く関わる彼らにはお手の物らしい。私も水に関する事には自信があるので、いつか身に付けられる日が来るだろうか。

 

「千ー! 千は何処にいる?!」

 

「あっ、ここですよー! ちょっと待って下さいね。もう少しで終わりますから。」

 

書類配布を終えた後、廊下の一部の雨どいが壊れているのに偶然気付いて、近くに誰も修理出来る人がいなかったので私が直していた。もしかしてカオナシはこれを教えるために外で突っ立っていたのだろうか。よく分からないが、後で会ったらお礼を言っておこう。思いっきり雨に濡れる形にはなるが、私にとっては雨も水であるからには味方である。全身がキラキラしているので光源の確保にも困らないし、基礎運動能力が上がるしで、むしろ願ったり叶ったりだ。

 

「何をやってるんだ! 湯婆婆様が玄関口でお前を呼んでいるんだ、早く行け!!」

 

「あとちょっとですから待ってて下さい。これが終わったらすぐに向かいますよ。」

 

折角ここまで直したのだから最後までやり遂げたい。さっきから父役の男性が煩いな。全く、気が短いと高血圧ですぐに死ぬぞ……いや、こちらの存在に死ぬも何もないのか?

相変わらず失礼な事を考えながらも手は止めずに私はさっさと修理を終わらせた。

 

「あ、そこの人すみません。道具を片すのお願いしても良いですか?」

 

「さっさとしろ! 湯婆婆様をどれだけ待たせるつもりだ!!」

 

ナメクジ顔の女の従業員に後片付けを頼むと凄く嫌そうな顔をされたが、時間もないらしいので押し付けておいた。まぁ、悪いとは思っているので、後で何かお礼をしておけば良いだろう。葉の付いた紫陽花なんか、美味しそうで良いんじゃないだろうか。

 

「あー、でもこのままだとちょっと拙いか……。」

 

何せ全身びしょ濡れなので、このままでは廊下が大変な事になってしまう。梯子から降りて来た私が全身をキラキラさせてるのにギョッとした顔の父役の男性をスルーして、私は念を送ると自分に纏わり付く水を集めていつも通りの玉の形にして外に放り投げた。

これで生臭くもなくパリっと服が乾くのだから、便利なものだ。今思えば、昨日びしょ濡れになった時も、多少の水分は魔法用に残しておいて今と同じ様にすればあんなに寒い思いをする事はなかったなと後悔した。まぁ、今更である。

 

「どうしましたか?? 早く行くんでしょう??」

 

口を開けてポカーンとしている父役をつついてみるも、返事なし。命令口調で随分と遠慮がないとは思っていたが、もしかしたら私が魔法を使える事を知らなかったのかもしれない。

確か湯婆婆様は玄関口にいるのだったか……この男性がいなくても1人で辿り着けるし置いていっても構わないな。多分その方が早く着くし。

 

「あ、この人が復活したら、私が湯婆婆様の所に向かったって話しておいてくれますか?」

 

先程の女性についでに頼んだら思いっきり首を縦に振られた。やっぱり後で何かお礼をしておこう。

廊下を走る訳にもいかず、私は早足で湯婆婆様の待つ玄関口へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「遅いっ!」

 

「すみません……それで、どうしましたか?」

 

正直父役がせっかちだから私を急かしていたのかと思ったが、この様子じゃ違うようだ。まだ少ししか会ってないとは言え、こんなに真剣な顔の湯婆婆様は初めて見た。

 

「お腐れ様が、今にも橋を渡ってここに来ようとしているんだよ。従業員がお帰り頂く様に言ってるが、ありゃあ駄目だね。取り敢えず来ちまったもんは仕方ない。出来るだけ早く帰って貰えるように、だれど失礼がない様にあんたがお出迎えするんだよ。」

 

お腐れ様? 腐女子がここに攻めて来たんだろうか。それは大変だ。私の手にも負えるか……

 

「……私がですか?」

 

「そうさ、あんたの初仕事だよ。まさか出来ないなんて言わないだろうねぇ?」

 

「や、やれます。 やらせて下さい!」

 

大丈夫、私は女だから掘られる心配はない。気をしっかり持っていれば平気だ、きっと……

 

「み、見えました! うっ……」

 

従業員の男性の声を聞いて、玄関の暖簾に顔を向けると鼻が曲がる様な異臭と共に泥の塊が侵入して来た。

 

「っ!」

 

「ぐっ……っよく、お越し、くだ、しゃいました……」

 

流石の湯婆婆様もこの匂いはキツイみたいだ。それも無理はない。私が想像してた以上の腐れ具合だ……まるでゲロを煮込んで熟成した後に発酵させて、それを体にぶっかけられた様な……もう汚いを通り越して、歩く貰いゲロ生産機と化してる。

喉元まで通りかかったものを何とか堪えると、私も湯婆婆様の隣に立って何とか挨拶をした。お金と言って渡された泥の塊は私のSAN値を更にゴリゴリと削ってくれたが、1周回って気分がハイになって来たかもしれない。

 

「千ー、飯持って来たぞー……って飯がぁああー!?」

 

折角リンさんが持って来てくれたご飯があっという間に腐って行く……これがお腐れ様の力。ご飯まで腐らせてしまうなんて恐ろしい……。そういえば前世の友達が机と椅子でBL本を描いていたっけ。

顔がチベットスナギツネにでもなっていそうな気持ちになりながらも、お腐れ様を奥の汚しのお客様の専用の風呂釜に案内する。

ザッパーーンと勢い良く湯船に浸かったお腐れ様は、とても気持ちが良さそうに、成分のよく分からない、いかにも臭い気体を口から吐き出した。

 

「はい? どうしましたか??」

 

何やらちょいちょいと手で何かをお腐れ様が伝えて来る。汚れるのが嫌でついたてとなっている壁に手を引っ掛けて体を支え、浴槽から流れ出した泥水を避けていたのだが、流石にこのままの姿勢で用件を聞くのは失礼かと床に降りる。ベチャッと泥が跳ねて白い衣装が酷い有様になってしまったが仕方がない。こっちの世界にも漂白剤と柔軟剤という概念がある事を信じよう。

近くに行けば、もはや湯ではなく泥をパチャパチャとするお腐れ様。もしかして、湯を新しくしてくれという事だろうか。

 

「新しいお湯? そう言えば蛇口がないけど、これって何処からお湯を引っ張って来てるんだ??」

 

ぐるーっと周りを見渡してもそれらしきものはない。他の人に聞くにも、私が目を向けるとささっと目を逸らすして頼りにはならなそうだ。

どうしたものかと考えて、この際この風呂釜の蛇口は探さなくても良いんじゃないかと思いついた。要はお湯があれば良い話なのである。それなら他にも沢山あるではないか……ここは湯屋なんだから。

私はお客様に少々お待ち下さいと告げ、一旦お腐れ様のいる風呂釜から出て隣の風呂釜を覗いた。流石に臭かったのか、隣の浴槽には誰も入っていなかったのでその中に手を突っ込んで念を送り込む。すると風呂釜のお湯が波打ち始めて次第にふわふわと浮かび上がった。私はそれをそーっと操りながら元のお腐れ様の風呂釜へ行くと、お腐れ様の上からかけ湯の要領で流し始めた。頭からお湯を掛けるのは失礼かとも思ったけど、お腐れ様が占領してしまってお湯を入れられるスペースがないし、気持ちが良さそうだから大丈夫だろう。ついでに念を込めたまま、お腐れ様の汚れが少しでも取れればとお湯で泥を削ぎ落としていると、何か不純物があるのが分かった。

 

「? これは……ゴミ??」

 

自転車に窓のサッシ、鉄パイプにタイヤに木のクズ……まるで不法投棄されたゴミの様なものがお腐れ様の中に詰まっているのが分かった。

まさかゴミにも興奮を覚えて集めていたりするのだろうか……嫌な事を考えてしまったが、流石に世界の覇王である腐女子でもそこまでの事はしないだろう……多分。

 

「湯婆婆様! このお客様、何やら中にゴミの様な物が詰まっていますが、どうなさいますか??」

 

取り敢えず年長者に指示を仰ぐ。私にはお腐れ様の思考はトレース出来ない。考えても無駄な事は他人任せに限る。

 

「ゴミ? ゴミだってぇ?? ……下に人を集めな!! っほら急ぎな!!」

 

人を集める? 湯婆婆様は一体どうするともり何だろうか……あまりお腐れ様の近くに男性を近付けさせない方が良い気がするのだが……

上の階でずっと私達を眺めていた湯婆婆様がふわりと降りて来る。ヒュルリと魔法で出したであろうロープは何に使うのか……まさか緊縛?! お客様のプレイに従業員が合わせるとかそういう……うわぁ、私に出来るだろうか……

 

「千! そのお方はお腐れ様ではないぞ!! このロープをお使い!」

 

えっ、お腐れ様じゃない?? じゃあ一旦このロープで何をどうするんだ?? いや、ロープに使い方なんて1つしかない。湯婆婆様の意図はよく分からないが、取り敢えずお客様を縛れば良いのだろう。

私は取り敢えず、湯婆婆様から預かったロープを床の泥水に付けると、念を込めた。すると、ロープがひとりでにスルリと動いてお客様の方へ飛んで行く。足場もぬかるんで悪いし、恐らく手では結ぶのに難航するので魔法を使ったのだ。

泥の体は当たり前だがロープをすり抜けてしまうので、お客様の中にある自転車のフレームや窓のサッシ等にぐるぐると巻き付けて行く。物理的だけではなく精神的にも私は汚れてしまった。ハク……私、仕事を舐めてたよ。まさか10歳の子供に緊縛プレイの手伝いをさせるなんて……

 

「湯婆婆様! しっかり結びましたよ!!」

 

「よし来た!皆の者、ロープを持てぇええ!! 女も力を合わせるんだ!」

 

湯婆婆様の掛け声で、従業員の男性女性がロープをしっかりと抱えて持つ。慌てて私も同じ様に手伝おうとしたがロープを持つ場所がなく、仕方が無いので浴槽に上って引っ張る事にした。少し危ないが、浴槽に足を掛けて踏ん張れば、その分引っ張る力も出るだろう。流石に新入りの私がロープを持たずに突っ立っているのは気が引けた。

 

「湯屋一同ー! 心を合わせてーーーえいやー! そーれ!」

 

「「そーれ! そーれ!」」

 

ロープを引っ張ってゴポリと出てきたのは自転車。ボロボロで本当にゴミという感じだ。

 

「やはり、さぁ気張るんだよ!! えいやー! そーれ!」

 

「「そーれ! そーれ!そーれ!」」

 

瞬間、また何かゴミが出て来たと私が認識した後勢い良くゴミと湯船のお湯が流出して来た。風呂釜のへりに上っていた私も勿論、その被害は受けてゴミの直撃は避けられたものの、お湯を顔から思いっきり被ってしまった。

暖かな水が体を突き抜けて行く。あれ?……この感じを前に何処かで感じた事がある様な……!!

お湯に押し流された私が顔を拭って目を開けると、そこにはシワシワの老人が朗らかな顔で笑っていた。思わず目を見張るも、老人は構わずに笑い声を上げて天を上って行く。恐らく湯婆婆様が開けておいたであろう窓から湯屋の外へとあっという間に去ってしまった。

 

「千ー、大丈夫かぁあ!!」

 

「リンさん! 私は大丈夫です。」

 

「……本当に大丈夫か? お前、顔色悪いぞ??」

 

リンさんが心配そうな顔で覗き込んで来る。実際私の精神状態は今、とんでもない事になっているのだから仕方ないだろう。まさか、今まで記憶を無くしていたなんて…………突然戻った記憶にまだ頭が混乱しているのが自分でも分かる。

 

「大丈夫……です。私、部屋で休んで来ますね……」

 

「おっ、おうっ! お大事になー!!」

 

湯婆婆様含め従業員一同やお客様方が大盛り上がりを見せる中、私は手の中にある泥団子を握りしめて、ふらふらした体である部屋への道のりを急いだ。何で忘れてたんだろうか、こんな大事な事を……何で気付かなかったんだろうか……ハクが危ない!!

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。