優と千尋の神送り   作:ジュースのストロー

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ハクを捕まえて

 

 

 

 

 

 

ボイラー室から外に出て階段を駆け下りる。時刻表がなかったから電車の来る時間は分からなかったが、急いで拙い事はないだろう。それに恐らく、あの電車はそれを必要としてくれる人の元へはすぐに駆けつけると思う。それが良いのか悲しいのかはよく分からないけど。

 

「あった、あれか……」

 

しまった。あそこまでどうやって行こうか……。泳いで行ったら切符が塗れて使えなくなってしまうし、原作では確かリンさんがたらい舟を出してくれたのだったか……。しかしここにリンさんがいない以上、自分の力で何とかするしか方法がない。たらい舟も見つからないし、すぐ目と鼻の先にホームがあるのに行けないなんて……

よし、大した距離はないのだし、片手犬かきで行こう。もう反対の手で切符と泥団子を入れた袋を持って手を高く上げていれば大丈夫。大丈夫……だと信じたい。

水が跳ねない様にゆっくりと体を水に浸ける。途端にキラキラし始める体に何だか応援されている様な気待ちになりながらも袋が濡れない様に片手を上げて、私は泳ぎ始めた。

ここが川でも海でもなくて本当に良かった。もし川の流れや海の波があったら、切符はすぐにびしょ濡れになってしまった事だろう。溺れる事なくホームまで泳ぎきった私は何とか地面に乗り上げると、水で濡れてしまった体の水分を抜き取って捨てた。袋の中の切符を見ると、少しだけ水が染みてしまってはいるものの、そこまで酷くはなさそうだ。ほっと息を吐いて、こちらの水分も抜いて乾かすと、皺が更に深くなってしまったが、この位なら許容範囲だ……多分。

暫くホームで電車を待っていると、予想通りに水を押し退けて電車がこちらにやって来た。取り敢えず席に座って窓の外を眺めるも、ハクの姿は当たり前だがない。早く早くと急かす気持ちが伝わったのか、すぐに発車した電車はガタンゴトンと音を立てながら高速で進んで行った。

暫くして、私の車両に車掌さんが来ると、切符を手渡して料金を払った。原作とは違って私に連れがいないせいか、1枚だけ切られた切符は殆ど丸々私の元へと戻って来たが、まぁある分には良いだろう。

キョロキョロと周りを見渡して人目が無い事を確認すると私は、電車の窓に足を掛けて、電車の屋根へと上った。ハクと電車がすれ違う時に、片窓から見ていたのでは見逃してしまう可能性があるからだ。ビュウビュウと私の体から熱を奪って行く風に身を縮めながらも屋根の中央に辿り着いた私は、身を仰向けにして風の抵抗を減らした。

辺りはとっくに真夜中で月が輝いている。河の主様が天に駆けて行ったせいか、雲一つない空は月の輝きのせいで星が殆ど見えない程だった。ここら辺には湯屋以外に明かりも殆どないので、さぞかし星空が綺麗に見える事だろうに残念だが、ハクの姿を捉える分にはこちらの方が都合が良かった。

ふと、釜爺に渡された袋の中身を見てみると、中には竹筒の水筒と黒イモリの串焼きにキャラメル、包帯に傷薬に増血剤に止血剤が入っていた。それに私が中に突っ込んだ切符の残りと泥団子もある。中身がとんでもなく混沌としている。釜爺が袋に入れてくれた後半は恐らくハクの怪我の治療で、前半は空腹の足しにしろという事なんだろうが、釜爺がキャラメルを持っていた事に驚いた。どこのおばあちゃんだ、それは。

取り敢えず今は食欲なんて微塵も湧いてこないので、竹筒の中の水を1口飲むだけにとどめておいた。うん?……水、か。

揺れる電車に片手で体を支えつつ竹筒をゆっくりと傾ける。ほんの少しだけ出て来た水に念を込めた手を触れさせると、ふよふよ浮いたと思ったと同時に勢い良く後方へと飛ばされて行ってしまった。

 

「あ……そうか。今、電車に乗ってるんだからそうなるのは当たり前だよね。」

 

今度は進行方向と逆向きに座って、体で風をガードする様にする。そのまま先程と同じ様にほんの少しの水に念を込めて浮かせると、そのまま自分の目の中へと水を導いた。パチャという音と共に水が目の膜を覆って目をパシパシと瞬かせると、途端に視界が明るくなった。

 

「これぞ天然の暗視スコープ。視力増強もしてくれる優れものです……ふふ。」

 

竹筒を袋に戻して、進行方向に顔を向けてゴロンと横になる。先程まで殆ど見えなかった星もハッキリと見えるので、随分と視覚が鋭敏になった事が分かる。これでハクを見つけるのも余裕になっただろう。

まだ来るとは思えないが、取り敢えず目でハクを探しながらも次の行動を考える。まずはハクと合流してすぐに泥団子を口に捩じ込む。その後ハンコを取って呪いを潰して、ハクの怪我を治して……ハンコは原作通りに銭婆婆に返すべきなんだろうか。いや、勿論湯婆婆に渡すべきではないというのは分かっているのだが……そうするとハクや私は大丈夫なんだろうか。確実に湯婆婆は怒り狂うだろう。

 

「はぁーー……想像するだけで胃が痛い……。」

 

湯婆婆だったら怒りに身を任せて私達を殺す位、やってのけそうだ。いや、契約があるから大丈夫なのか? こうなったら坊を人質にでもするか……いや、それをしたら本当に逆鱗に触れかねないな。坊を味方に付けるならともかく、敵に回すのは辞めておこう。……こうして考えると原作の千尋は随分と幸運だったのだと分かる……本当に凄いよ。普通、10歳の娘があんなハッピーエンドを迎えられる訳ないって。何て言うか、千尋は周りの大人に恵まれていたんだなぁ……それは私も同じだけど。私は千尋ほど、周りを頼ってはいないからなぁ。

今思えば、私がわざわざ湯婆婆の弟子になる必要もなかった。働きたいって言って契約を漕ぎ付ければ何とかなった。原作の千尋の場合、坊の泣き声というフォローが入ったから何とか契約出来たのかもしれないが、きっと私が同じ事をしても坊が泣き出して同じ結果になった事だろう。それを弟子にして欲しいだなんて……あの時はそれしか方法がなかったとは言え、よくやったな私。

取り留めもない事を考えながらも目ではしっかりとハクを探し続ける。目に張った水の膜は揮発する事がないので、向かい風で目が乾燥するのも防いでくれた。

何時間も電車に揺られていると、やがて目が小さな白い点を捉える。未だ遠くて薄ぼんやりしているが、あれがハクで間違いないだろう。私は急いで足に竹筒の水を掛けて袋を持つと、最後尾の車両まで走って行った。最後尾に辿り着くと、電車の進行方向とは反対方向に勢いを付けて私は飛んだ。これで電車の速度を殺せるとは思わないが、やらないよりかはマシだろう。レールに足がついた時点で足の周りの湖の水を操り衝撃を緩和させて滑りながらも着地する。立って数歩は足が引き攣ったが、何とか歩く事は出来そうで安心した。空を見上げればまだ遠いものの、やはりハクが飛んでいた。人形の式神に追われているのか、直線ではなく時々曲がりながら進んでいる。

私は急いで竹筒の中身を飲んでから残りを捨てると、その中に袋の中身を全て詰め込んで蓋をした。これで何とか防水出来る筈だ。

その竹筒を袋にまた突っ込んで湖に潜る。ドポンという音共に、私の体はみるみる内にキラキラと輝いて行った。そして湖の水に念を込める。これだけ体がキラキラを纏っていて、水が接触していたら、結構な事が出来そうだ。

次第に波打ち始めた湖の水は、その勢いが増して行く。ハクがすぐ近くに迫って来た時、その水は真価を発揮した。勢い良く水の柱が天に上って行くと、それは尻尾からハクを丸呑みにする。その余波で濡れてしまって効力を無くした式神が湖にパタパタと落ちて行く。巨大な龍となっているハクが必死に抵抗を試みるも、柱はハクを包み込んで離さず、そのまま私が浮かんでいる所まで連れてきてくれた。ハクは暴れながらも私がいる事に気付いたのか、驚いた顔をしていたが、私はハクを水で包んで拘束したまま、竹筒の中の泥団子をハクの口に突っ込んで食べさせた。当たり前だが、ハクは暴れに暴れて抵抗をする。

 

「大丈夫、大丈夫だよ。すぐに苦しくなくなるからね。」

 

泥団子を何とか飲み込んだハクは、すぐに口からハンコと呪いを吐き出した。体の中で暴れていた呪いの寄生虫がいなくなったせいか、ほっとした顔で人間の姿へと戻り眠ってしまったハク。

水の拘束を解いて慌ててハクを抱きかかえると私は取り敢えず、水で呪いの寄生虫を拘束した後で竹筒の中に放り込んでおいた。踏み潰そうにもここじゃ、逃げられてしまうだろうから。

出血している場所に気休めでも包帯を巻き、止血剤と増血剤を湖の水で流し込めばひとまずは安心、とはいえハクが気絶してしまった以上、ここからどうやって帰るか……ハクを担いででも泳いだ方が早いが、そんな事をしたらハクの体温がどんどん下がって来てしまう。私は仕方なく、ハクを背負うとホームを目指して歩き出した。

 

 

 

 

 


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