「千尋、ありがとう……私を選んでくれて。嬉しかった。」
湯屋への帰り道で、自然と無言になっていた時に、ふとハクがそんな言葉を零した。
「ハク……。私こそ……縁を結んでくれてありがとう。眷属にしてくれてありがとう。」
「ありがとう……か。まさか、眷属にしてしまった事を感謝される日が来るとは思わなかったよ。」
ははっと笑いながら言うハクに、これは私が適当な事を言ってると思ってるなと察した。全く、心から言ってるのに冗談だと思われたらたまらない。
「ハクは自己完結し過ぎなんだよ。きっとあの時の私も、記憶を消されなかったら同じ事を言っていた筈だよ。」
全く本当にその通りだ。ハクは自己完結型で一方通行。だから自分が相手を思ってした行動の筈なのに、それが空回ってしまうのである。
「本当に?」
「嘘付いてどうするの? 正直に言えば人間に戻りたい気持ちもある……けどね、けど……ハクと繋がる事が出来て、ハクと一緒に時を重ねる事が出来るって知って、嬉しかったんだ。」
私がハクの眷属だと知った時の事を思い出して、自然と笑みが零れる。始めは意味の分からない力で多少の恐怖も抱いていたのだが、それがハクの眷属になった事による副作用だと知ってほっとしたし嬉しかったのだ。
「そう、そっか……私は随分と勿体ない事をしてしまったのだね。」
ハクの顔が上を向いて懐かしむ様になったのに合わせて、私も顔を上げる。
「本当だよ。ハクがあの時強硬手段に出なければ……」
「今頃、どうなっていたんだろうね……私は千尋と一緒にいられたかな……」
「さぁ、分からないけど……」
「けど?」
「きっと、私はハクが何処に行っても会いに行ったよ。」
恥ずかしいけど、だけどこれは本心だし、そうであったら良いなと思っている私の願望だ。
「そっか…………私と同じだね。」
「同じ?」
どういう意味だろうと私が首を傾げると、何故か鱗をうっすらと桃色に染めたハクが慌てて話し始めた。
「いやっその…………実は湯婆婆の弟子になりたかったのは、どうしてももう1度、千尋に会いたかったからなんだ。……記憶を勝手に消しておいて何様かと思うかもしれないけど、それでも一目見たかった。そのために魔法を身に付けようとして身を滅ぼしては世話がないけどね。」
最後の一言を誤魔化す様にハクは笑って話したが、こんなものが笑える筈がない。おばあちゃんが言っていた、自分が上手いと思っているうちは、本当に上手い話は出来ないというのは本当なのかもしれないと、ふと思った。
「それは冗談にして良い事ではないよ……はぁ。」
思わず漏れた溜息に、ハクの体が跳ねたのが感触で伝わった。
「ごめんね千尋、不謹慎だった。」
「全くだよ。私がハクをどれだけ心配したと思っているの?」
すぐボロボロになるし、危険な事も黙って助けを求めないし、原作では最後に湯婆婆に引き裂かれて死亡したのでは? なんて囁かれてるしで、私は本当に怖かった。
「そうだね……ありがとう、千尋。自分を心配してくれる人がいるって心地好い事なんだね。」
私以外にもハクを心配してくれていた人達はいたが、今まで全く目を向けて来なかったんだろうと思った。きっと釜爺なんかはそれとなく世話を焼いていたのだろう。これから視野が広くなって、ハクがそれに気付いたら、きっともっと幸せになれるだろう。
「……青いなぁ。」
「? 千尋、何か言った??」
「いや。 頑張れ男の子、って事だよ。」
「? うん、頑張るね。」
天高く上った太陽は、私達を応援するように、熱く輝いていた。