手紙
お母さん、お父さん、元気ですか。私は人間を辞めてしまいましたが、とっても元気です。
2人は今、幸せですか? 楽しいですか?充実してますか?
私は2人と離れ離れになって寂しいけど、中々充実した毎日を送っています。好きな人と一緒になれたし、優しい仲間やおばあちゃんと楽しくわいわいやってます。
それと、2人に謝らなきゃいけない事があります。酷い自己満足で、直接言う事も、この手紙を届ける事も、何も出来ないけど……だけど、どうか謝らせて下さい。
貴方達のたった1人の娘を奪ってごめんなさい。きっと私が、私として生まれて来なかったら、千尋は貴方達の元に帰っていたから。だから、ごめんなさい。
私がした事は、以前私がハクにされた事と全く同じ。2人から私の記憶と私自身を奪って、消して、無かった事にした。それってとっても寂しくて、辛くて、苦しい事なのに……自分が1番それを分かっている筈なのに……私の願いのために2人にそれを強要した。本当にごめんなさい。
私は、記憶を無くした2人が、私なんかの事を気にしないで心穏やかに過ごしてくれる事を願ってます。もしかしたら杞憂かもしれないけど、2人は私なんかを愛してくれた人達だから……だからその分幸せになって欲しいんです。
そうだ、今度は娘じゃなくて男の子を産むのも良いかもしれないですね。きっと2人の息子なら、可愛い子供が産まれる筈です。娘でも良いですが、私の面影だけは探さないで下さいね。
そういえば、湯婆婆という偉い魔法使いの人に習って私の魔法の力も大分付いて来ました。あ、そう言えば2人には魔法が使える事を秘密にしていたんですよね。ごめんなさい。
神格も上がってそれらしい事が出来る様になったので、こっちの世界から毎日2人の幸せを祈っています。私という存在を2人に返す訳にはいかないけど、だけど2人にこの思いが少しでも届くといいなぁ。
ずっと育ててくれてありがとう、親不孝で本当にごめんなさい。さようなら。
「千尋? 何をしているの?」
後ろからかかって来た声に、ペンを置いて振り向く。
「ハク…………。手紙をね、書いてたの。」
「手紙? 誰に宛てて?」
「……両親。」
「それは……」
途端に眉を寄せたハクに慌てて誤解だと伝える。
「違うの! やっぱり人間に戻りたいとかじゃなくてね!! その…………私の罪悪感から書きたくなっちゃったの……。」
「大丈夫…千尋が約束をしてくれたから、何も不安には思ってないよ。」
ハクの手が優しく私の頭を撫でる。最近よくしてくれる様になったこの行為が私は好きだ。
「……うん、ありがとう。」
「直接お別れしなくて本当に良かったのかい? どうせ記憶を消してしまったのだし、その方が千尋もスッキリしただろうに。」
ハクが心配そうな声で言った。
湯婆婆との契約は、おばあちゃんのお陰でどうにか履行された。その際、皆にもハクと同じ事を言われたが、私はずっと首を横に振り続けたのだ。
「あはは……直接会うのはやっぱり寂しくて泣いちゃいそうだったし、私にはお別れを言う資格なんてないよ。……自分の願いのために両親から娘を奪ったんだからさ。」
ポリポリと頬をかきながらそんな言い訳を口にするが、すぐにハクの顔が咎める様なものになってしまい、自分の不注意な発言に気付いた。
「千尋……そんな言い方をしてはいけないよ。それでは私達の再会も否定してしまう様なものだ。」
「あ……そう、だね。ごめんなさい、ハク。」
あの言い方ではハクが過去の私に会いたかった事まで否定しているみたいではないか。失言だった……うぅ、自己嫌悪だ。
「そうだ、リンさんが新しい商品が出来たからって持って来てくれるらしいんだ。行こう。」
私を元気付けるためにか、明るい声で手を取って、そう誘ってくれるハクにふっと笑みがこぼれた。
ちなみに、リンさんはおばあちゃんのツテで新しく料理店を始めてしまい、もう油屋では働いていない。その割にはこうしてちょくちょく会っているのだが、開店早々で忙しいだろうに平気なのだろうか……
「えっ、また? リンさんお店大丈夫なのかな……」
「可愛い千尋に会いに来てくれてるんだろう。リンさんも。」
「かわっ……あぁうん、そーだね。行こう行こう。」
これだから天然は末恐ろしい。最近では前程顔が赤くならずに済んでいるが、それでも突然こういう事を言われると対処に困るのだ。
「ふふっ。」
「……何? ハク……」
「いや、千尋が今日も可愛いなって。」
笑いながら言った言葉と、その悪戯が成功した子供みたいな表情で大体察してしまった。……あの頃の純情無垢なハクは何処に行ったんだろうか。
「このっ……確信犯か。」
「ふふふっ。」
でもまぁ、そんなハクも悪くはない……と思ってしまうのは、私の惚れた弱みというやつなのだろうか。
1年後、ある夫婦の元に待望の第一子が産まれた。この子供が、後にどう物語に関わって行くのか、未だ分からない……
《つづく?》