優と千尋の神送り   作:ジュースのストロー

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交渉は慎重に

 

 

 

 

 

 

のっぺり、のっぺり、黒い影、またのっぺり。あ、巨大ヒヨコだ可愛い。

現在、湯婆婆様がいると言われているこの建物の最上階へと向かっている私達だが、何故か従業員らしき者達が遠巻きにこちらを伺っている。お客様達は私の事を総スルーなのにも関わらず、この違いは何なのだろうと首を傾げるも考えても分からないものは分からないので目の前の貴族服の男、兄役という役職らしいのでこれからはそう呼ぶ……に質問する事にした。

 

「まぁ、人間が油屋に来たのは滅多にないと言うか……私は初めて見ましたからね。皆、物珍しさから見ているんでしょう。……私の仲間が失礼を致しました。」

 

「いや、それは別に構わないですけど…………じゃあお客様方は逆に何でそうではないんですか?」

 

「あぁ……お客様方はあまり他の事に気を向けませんからね。その生まれから人間と関わりの深い方達もいらっしゃいますし、どちらかと言えば好意的な目を向ける方が多いのではないでしょうか。」

 

それは従業員は好意的ではないという事ではないだろうか。……まぁ別にいいか。

通路の真ん中を堂々と歩いて紅く綺麗に染められたエレベーターに乗ると、それはぐんぐんと上昇して行く。途中の階で止まる事もあったが、人間が乗ってると気付くと快く辞退をしてくれて、更に同乗する者はいなかった。

 

「さて、この先が湯婆婆様のお部屋になります。私はこれで失礼させて頂きますね。」

 

そう言って兄役はそそくさと逃げる様にいなくなってしまった。

 

「じゃあ俺もこれで……な、何でしょう。」

 

カエルの方を見ていると、何故か怯えられてちょっとだけ傷付いた。

 

「君、名前は何て言うの?」

 

「おっ、俺は青蛙です……はい。」

 

「そう、私は千尋だよ。じゃあ青蛙、また会おうね。」

 

「ひぇっ……はっ、はいっ!」

 

ペコリと頭を下げて、こちらをチラチラと確認しながら去って行く青蛙に思わず苦笑いをしてしまう。何だかんだ気に入っていたのに、そんな態度を取られると寂しいじゃないか。

 

「さて、それじゃあラスボスとのご対面と行きますか。」

 

重々しい扉の前に立つ。取り敢えずノックをして用件を述べると、何処からかしわがれた声が聞こえて来て、入室の許可と共に扉が自然に開いた。目の前に湯婆婆様がいるのかとドキドキして足を踏み入れたにも関わらず、そこには誰もおらず高級そうな調度品が飾ってあるだけだった。豪華なシャンデリアは室内を暖かく照らして、壁一面に中世ヨーロッパの様な装飾が施されている。たまに設置されている壺も価値は計り知れず、私は絶対に触れないでおこうと心に決めた。

 

「あれ、この絵もしかして…………。」

 

壁に他と比べて1つだけ大きな絵が飾られていた。銀髪の徹子さんの様なお団子頭のご婦人の絵が描かれているが、この人が湯婆婆様だったりするんだろうか。もしくはその家族か大切な人なのかもしれない。ただ、この絵の人物が湯婆婆様だった場合、厳しそうな女の人だが取り敢えず人型で良かったと思った。

さもどうぞこちらにと言わんばかりに、扉が開かれているのでどんどん奥に進んで歩いて行くと、それらしき部屋が見えて来た。恐る恐る中を覗いて見ると、突然何かが接近して来たので思わず足を出してしまった私は仕方ないだろう。最早条件反射であった。

硬いがぐにゃりとした感触に眉を顰めて、私が蹴り飛ばしてしまったそれを確認すると、髭面の男の生首が転がっていた。もしかして殺ってしまったのだろうかと顔を青くするが、生首は暫くすると起き上がって辺りを「おいっ、おいっ」と言いながら跳ね始めた。取り敢えず害は無さそうなので、ごめんねと謝ったが返事は変わらず「おいっ」なのでやはり許してはくれないのだろう。良く見れば、他にも同じ生首が2体部屋を同じ様に跳ね回っている。殺した訳じゃなかったかとほっと息を吐くと、部屋の置くからくつくつと笑い声が響いた。

 

「いやぁ、そいつを蹴り飛ばすとは中々足癖の悪い小娘だねぇ。」

 

部屋の奥に備え付けてある机に肘を付いてこちらを見て笑っているのは、先程の絵よりも随分と老け込んではいたが湯婆婆様で間違いない筈だ。

 

「何か今、失礼な事を考えなかったかい?」

 

「いえ、そんな事ありませんよ。この子を蹴ってしまってすみませんでした。ちょっと驚いてしまってつい足が出てしまいました。」

 

どうやら湯婆婆様は素晴らしい勘をお持ちの様だ。危なかった……。

 

「……まぁ、いいさ。それじゃあ早速、魔法とやらを見せて貰おうじゃないか。」

 

「いえ、その前にお話があります。」

 

「……何だい? お前の両親の呪いなら解く気はないよ。あいつらは神への貢物を勝手に食っちまったんだ。豚になって当然だね。」

 

人間の男女が捕まって急に10歳の子供が現れたら、家族だとバレるのも仕方ないか。それにしても、あの黒い影は神様だったのか……てっきり幽霊か何かかと思っていた。

 

「いえ、両親とは関係ありません。私を貴女の弟子にして欲しいんです。」

 

「ほぉう……弟子にねぇ?」

 

そう、弟子である。周りの反応を見た所、私の魔法は中々なのではと考えているし、魔法を学ばせて貰ったら両親の呪いを自力で解く事も出来るようになるのではと考えたのである。

 

「勿論タダでとは言いません。私の安全を保証した上でしたらある程度の仕事は請け負いましょう。若輩ながら大体の事は出来ますよ。」

 

「ふん、小娘が生意気を言うじゃないか。」

 

「まずは私の魔法を見て下さい。それを見ても私には価値が無いと思うのでしたら、どうぞ豚になり何なりして下さって結構です。」

 

まぁ、大丈夫だろうと思うからこんな大口を叩けるのだが。

 

「じゃあ見せて貰おうか、お前の魔法を。これだけ言ってやっぱり使えませんでした、何てなったらギタギタに引き裂いてやるから覚悟をし。」

 

ニヤリと口の端を釣り上げる湯婆婆様に悪寒を覚えながらも、1つ息を吐いて心を落ち着ける。もう殆ど服が乾いてしまっていたので、従業員の方に快く献上して貰った酒瓶を取り出すと、その蓋を開けて中身を勢い良く床に零した。

とんでもない無礼を働いている自覚があるが、いまだ咎めようとせずこちらをじっと見ている湯婆婆様に感謝すると、酒をどんどん吸収して行く豪華なカーペットに手を当てて念を込めた。すると、カーペットに染みていた酒がフワリと浮き上がり始めて空中に大量の粒が漂う。少しだけアルコールの匂いにクラっと来た私がそれらに手をかざすと、やがて粒は1つの大きな塊となった。折角なのでとアンティークが好きであろう湯婆婆様が好みそうな装飾の施されたゴブレットの形にしてみると目を見開いて驚きを表す姿が視界に入り、心の中で秘かにガッツポーズをした。

ある程度ゴブレットを維持すると、床に立てて置いておいた酒瓶を再び持ち上げて念を込める。すると、ゴブレットが少しずつ線状になって酒瓶の中に戻って行った。

 

「……以上になります。いかかでしたか?」

 

「……あっはっはっ!! こいつは驚いたね、あんた本物じゃないか!! 」

 

突然大きな声で笑い始めた湯婆婆様に軽く距離を取りつつも、何とか価値は認められた様で安心した。自信はあったが、だからと言って不安がない訳でもなかったのだ。

 

「これは良い拾い物をしたかもしれないねぇ。……ハク、入って来な。」

 

「はい。」

 

全然気が付かなかった。私がさっき入って来た入口にいつの間にか立っていたオカッパ頭の青年は、私と視線が合う事もなくスタスタと湯婆婆様の机に歩いて行くと立ち止まった。

 

「こいつはあたしの弟子のハクだ。あんたの兄弟子になる。」

 

「ハクだ。宜しく頼む。」

 

くるっとこちらを向いて頭を下げた青年は、それだけ言うと頭を戻して何故か少しだけ悲しそうにこちらを見つめた。

 

「あ、私は……」

 

名乗るべきなんだろうが、ここで自分の本名を明かせば自分の首を絞める事にならないか? 昔から名前には呪術の触媒になったりと人を縛る力があるとされている。従って、絶対に教えてはいけないものだがここで答えないのも拙い。

偽名を名乗るのも手かもしれないが、湯婆婆様の前では嘘だとバレて痛い目を見る気がしてならない以上、難しいだろう。

 

「私は……萩野千尋です。こちらこそ宜しくお願いします。」

 

これで、私の名前を知っているのは青蛙の他にこの2人も追加された。前世の名前はまだ誰にも教えてはないけど、それも知られたら本格的に命の危険がある。こらから特に用心しないといけないな。

ヒュッと紙とペンが湯婆婆様の元から飛んで来る。これにサインをしろって事だろうか?

 

「契約書だよ。さっさとそこに名前を書きな。」

 

契約書とは言っても真っ白なのだが……これに名前を書けとは、いささか詐欺が過ぎないか? 湯婆婆様を疑念を抱いた目で見つめてもさっさとしろと言われてしまい、仕方が無いので自分の名前を偽らずにサインした。

すると、紙とペンがスッと湯婆婆様の元へ戻ってしまう。何やら湯婆婆様が紙に手をかざしたと思ったら、紙から文字が浮かび上がり、それを片手で潰した。そしてまた、こちらに来た紙には千の1文字が。

 

「千……これからはそれがあんたの名前だよ。」

 

千という文字だけが、紙の上に書かれていた。

 

「暫くの間はハク、お前が千に色々と教えておやり。私は仕事が忙しいから当分は面倒を見てやれないよ。」

 

「あ、宜しくお願いします……。」

 

取り敢えずと思って挨拶をしたが、ハク様は少し頷いただけだった。

 

「ちなみに、さっきは酒を使っていたけど他のものでも出来るのかい?」

 

「最初に手で触れる必要はありますが、水分を含んでいれば何でもある程度の量は操る事が出来ます。」

 

「ふぅん、なるほどねぇ。……それじゃ、あんたに任せる仕事については後で知らせるとするよ。」

 

「はい、頑張ります。」

 

「さぁ、そしたらこの部屋からさっさと出て行く事だね。あたしゃ、仕事が忙しいんだ。邪魔をしないでおくれ。」

 

しっしっと手で払う様な仕草を湯婆婆様がすると、私とハク様は後ろから押された様に強制的に来た道を引き返させられ、気が付けば最初に私が開けた扉が背中で閉められていた。

 

「……行くよ。」

 

「あっ、はい。」

 

正直、魔法で追い出されたのがかなり恥ずかしかったのだが、何処と無く機嫌が悪そうなハク様の後に私は黙って付いて行くしかなかった。

 

 

 

 


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