君の、名前は・・・? 作:時斗
「……今日は私、か……」
朝、いつもの私の身体で目が覚める。昨日は確か瀧くんで、バイト帰りに奥寺先輩と司くん、高木くんでお茶して帰ったんだっけ……。またまた奥寺先輩に奢って貰っちゃったんだった。曖昧だけど、なんとなく覚えている。目覚めると入れ替わりの記憶がすぐに不鮮明になっていた最初の頃と比べて、今ではぼんやりと夢での記憶がキープできるようになってきた。少しこの入れ替わりに自分が慣れてきたのだろう。自分の身体に見知らぬ男子の意識が入れ替わっていると最初に自覚した時は嫌悪感しか沸かなかったこの現象にも心が受け入れてきてるとも感じてきている。それは立花瀧という人物が基本的にまっすぐな人物で、周りの人物からの話を聞いてなんとなく彼の事がわかってきたからだ。多分だけど心の底では私は彼を信頼している。
「さて、昨日の瀧くんは何をやってくれたんかな……?」
また私の身体で何かやらかしていないだろうか?おそるおそる瀧くんが残してくれたメモを確認する。
『例の3人がまた何か言ってたから黙らせといた。前にも言ったと思うが、自分がガツンと言わないとああいう奴らはつけあがるだけだぞ。あー、思い出しただけでもムカつく!
あと、またラブレター。♂から。考えとくって言っといたから返事よろしく。全く罪な俺。「作らないの!」とか強がってたけど、俺が代わりに作ってやろうか?多分俺がお前なら選び放題だぜ?
最後に、夜にまたばあちゃんとの組紐作りがあったんだけど……、やっぱ俺には無理だ』
「…………ほう」
なるほど、またずいぶん色々やってくれたらしい。例の3人とは、あの3人だろう。彼らは私のクラスの中では派手系イケてるヒエラルキーに属する人たちだ。だから地味なのに糸森町のほとんどが氏子である宮水神社の跡取り娘で、しかも町長の子供でもある私の事が気に入らないんだろう。黙ってたらつけあがるだけだと言っても、中途半端に言い返したのでは彼らの思う壺だ。瀧くんみたいにビビらせる事が出来るなら別だが、実際私の今の現状を考えたら無視するのが一番。私はそのように考えているんだけど、瀧くんにはそれがわからないらしい。まあ瀧くんはこの町の住人じゃないし、氏子だなんだと言っても理解できないだろうから仕方が無い。聞くところによると瀧くん自身、結構正義感が強くて喧嘩っ早いタイプのようだし虐めや陰口といった事が許せないんだろう。…まあ私の身体でやらないで欲しいという思いはあるけど。
問題は次の一行。またあの男、勝手にラブレター貰ったの!?それも考えとくですって!?しかもナニコレ、私を煽ってるの……?……ムカつく、……ムカつく、ムカつくムカつくムカつくムカつくーっ!!!あんの自惚れ屋め、そんな風に女の子の気持ちがわからないから彼女もおらんのよ!!あー、ホントにどうしてくれようか……、ん?
「……」
ふと視線を感じてそちらを振り向くと、四葉がふすまの隙間から顔を出してこちらを伺っていた。
「な、なんよ?四葉」
「……今日は普通やな。おっぱいも揉んどらんし」
……あの男、まさかとは思うけど入れ替わるたびに私の胸揉んでるんじゃないでしょうね…?再びムカムカしてきた私に四葉が「ご飯できたからはよ来ない!」そう言ってふすまをピシャリと閉めていった。
「みーつはー!」
背中にかけられた声に振り向くと、自転車を漕ぐテッシーとその荷台に腰掛けたサヤちんが私に手をふっている。相変わらず仲ええなぁ、そんな風に思ってると私の隣までやってきた。
「おっはよー!」
「ようっ!」
「……おはよう」
やってしまった。朝からあんな事があり、機嫌が著しく悪かった私は二人に対してもついそんな愛想の欠片もない挨拶になってしまった。当然二人からそんな私を心配するような視線を感じる。
「なんや、三葉。今日はやけん機嫌悪いなぁ」
「別に今日は髪もちゃんとしとるし≪狐憑き≫でもないだろうに」
「……なんよ、それ」
そういえばあの男はいつも私の髪を頭の上でひとくくりにくくってポニーテールのようにしてるらしい。一度ちゃんと結ぶように伝えたのだが、返ってきた返答は「めんどくさい」だった。いけない、思い出したらまた腹が立ってきた……!
「でも本当にどうしたん?また何かあったん?」
「ゴメン、サヤちん……。何でもないんよ。ただ、腹が立っとるだけやから」
「……誰にそんな腹立てとんのや」
「私に」
「「は?」」
私の返答にテッシーとサヤちんがハモる。
「昨日も訳のわからん事言っとったに。今日もまた一段とわからんなぁ」
「……昨日の私が何言っとったかは私も知らんで」
テッシーの言葉を受けて私は小声でボソッと呟く。2人は瀧くんの事を知らないからわからないのも当然だ。
「まるで三葉の中にもう一人の三葉がおるみたいや」
「なんやそれ?」
サヤちん、おしい。案外オカルトの才能あるんじゃないのだろうか。やっぱりテッシーとはお似合いだと思う。
「おー、宮水。おはよう」
「おはよー三葉!今日のバスケでもよろしくね!」
「あっ、宮水さん。おはよう」
最近、今まであまり話さなかった子たちからこんな風に話しかけられる。なんというか…前より好意的になってくれる人が増えた気がする。多分、瀧くんの影響なんだろう。ただ……、その人たちが見てるのは『宮水三葉』ではなく、『宮水三葉の姿をした瀧くん』だ。だから……私にはわからない。瀧くんを私だと思っている人たちに何て返せばいいのか……。
「みっさん、おはようございます!」
「ビリー・ジーンやって~!」
「ええッ!?」
考えてる傍から後輩の女の子たちにそんな事を言われる。なんよそれ!?なんて返せばいいんよ!?いきなりの無茶振りに困っていると、
「なんか今日はあまり反応がないなあ…」
「宮水先輩、またこの間のやつ、やってくれませんか……?」
これは例のマイケルか……?マイケルなのか……!?おのれ、瀧くん……!ホントに呪ってやるか、あの男はー……!!
「あー、今日はちょっと気分やないから……。また今度な?」
「えー、しょうがないな~」
「きっとですよー」
そう言って後輩の子たちが一礼して去っていき、入れ違いに今まで遠巻きに見てたテッシーたちがやってくる。
「三葉も今までとは別の意味でえらい有名人になったなー」
ほんとにそうよ。私が今まで必死になって築いてきたイメージをこの数日で一気にぶっ壊してしまったあの男。いつだったか、「お前、なんで本性隠してんだ?いつも俺に言ってきてるみたいにやればいいじゃん」みたいな事を書いてきた時があった。その時は「余計なお世話や。それに瀧くんには説明してもわからんやろ、ほっといて!」と答えておいたが、今再びその言葉が私の中で蘇る。
(……簡単に、言わないでよ……)
私の事なんて、なんも知らんくせに……。今に至るまで、私がどんな気持ちで生きてきたのか想像も出来ないくせに……。身体だけでなく、心にまで勝手に入ってこないでよ……。
そんな風に彼に対して怒りと、心にチクリと刺されるような痛みを感じているところに、一人の男子に話しかけられる。
「宮水……、すまんが後でまた、いいか……?」
そちらを見てみると、少し顔を赤くして目をそらしながら話してくる男子がいた。確か彼がラブレターをくれた男子なのだろう。はあ……、そんなの瀧くんの方で断ってくれたらよかったのに……。
「昨日の返事、考えてくれたか……?」
「えっ……と」
放課後、呼び出された場所で彼から返事を求められるも、私は戸惑っていた。断ろうと思ったが、すぐに言葉が出てこない。自分でも瀧くんの事で心がモヤモヤして、なんて言えばいいのかわからなかった。
「……」
彼はジッと私の答えを待っているようだった。長い沈黙の末に、私の口から出てきた言葉は、
「……まだ私の中で答えが出ないんよ…。もう少し時間をくれん?」
「それは、付き合う事を前向きに考えてくれとるってことか?」
「……」
「……わかった。じゃあまた聞きに来るでな」
そう言ってこの場を後にしようとした彼に向かって、私は「あのっ」と反射的に声を掛ける。
「……私が気分変えていつもと違う髪型にしとる時に、返事するから」
「……え?」
「……お願い」
「あ、ああ、わかった」
彼が見えなくなるのを見計らった所で、陰から様子を見ててくれたテッシーたちが出てきて開口一番に問い詰められる。
「三葉、アイツと付き合うんか?」
「……私にはそんな気はないんやけどね……」
「でも三葉。あんな事言ったら……」
私も何であんな事を言ったのかわからなかった。もちろん三葉自身、付き合うつもりはない。そもそも彼がどんな人なのかもさっぱりわからないのだ。ただ、あの時は「瀧くんが入った私」に影響されて告白してきたんなら……、瀧くんに答えさせるべきじゃないのか……?そんな考えが頭を過ぎり、気付いたらあのように答えていたのだ。それに無いとは思うが、瀧くんがもし付き合うなんて言ってしまったらどうするのか、そんな事も考える事が出来なかった。
瀧くんの「彼氏作ってやろうか?」という言葉がまた頭を過ぎる。もちろん私も女の子だし、彼氏を作りたいとか思わない訳じゃない。――好きな人と一緒にいろんなところへ遊びにいったり、憧れのカフェでパンケーキを食べながら好きな事を話したり、時折喧嘩しながらも仲直りして一緒に過ごしたり……。一瞬、瀧くんの顔が頭に浮かぶけど、すぐに振り払う。
……少なくともこの町では彼氏なんて作れないだろう。色々注目される私が彼氏を作るには、この町はしがらみが多すぎる。
「……三葉、大丈夫?気分わるいん?」
「……ううん、別に。何でもないんよ」
心配そうに私を伺ってくるサヤちんにそう答える。ちょっと色々考えすぎたかもしれない。こんな気分になるのはやっぱり瀧くんのせいだ。……だいたい軽々しく「彼氏作ってやろうか」なんて言うあたり、瀧くんは私が彼氏を作っても何とも思わないのかな……?実際に彼は奥寺先輩に憧れているんだろうし、私の事なんて興味も無いんだろうけど……。
「もしお前が断りづらいんなら、俺から言ってきてやるで?」
ますます気分が落ち込んできた私を見かねてか、テッシーまでそんな事を言ってくる。心配そうな顔をしている2人を見て、悪い事をしたなあと一人ごちると、
「いいんよ、テッシー。ちゃんと……、私が言うでね……」
そう……、私が言わなければならない。何て答えるかもわからない、『私』が……。
結局今日はその後も気分が晴れず、家でも悶々とする1日を送ることになった。
「いやー今日は一段としぼられてたな、お前」
「……ほんとだよ。それも昨日の事まで言われても知らねっての」
休憩中、シフトが同じだった司と高木とともに寛いでいたところにさっきまでの話が出る。忙しさから他のフォローに入れなかったところを先輩から咎められたのだが、その話が何故か昨日の失敗の事まで説教されてしまったのだ。昨日は確か三葉の日だったはずだから、アイツがやった事なので何の事かはわからなかったが……。
「昨日は注意しにくそうだったからな。今日はお前普通だし、昨日できなかった分もまとめてだったんだろうよ」
「……なんだよ、それ……」
なんで三葉のミスまで俺が怒られなきゃならねえんだよ……と一人ごちる。そういうところは上手くやるよな、アイツも。
「今日は大丈夫なのか、瀧?」
司がそんな事を聞いてくる。もちろん理由はわかっている。
「……ああ、大丈夫だ。別にストレスもねえよ」
俺があまりに普段と違う事をする日が増えてくるにつれ、問い詰めてきた親友たちに俺は家庭のストレスでたまにおかしくなる事があると伝えていた。司や高木は俺の家庭の事情もなんとなくはわかっている。父親との2人暮らしも流石に慣れた事だし、それをダシに使うのもどうかとは思ったが。……まあ、司との変な噂が立つよりはマシだろう。
「人が変わったとしか思えねえもんな。まあお前にも色々あるんだろうが……」
「心配かけてすまねえな、高木……」
コイツらはホントに俺には勿体無いくらい、いいやつらだ。三葉のところのテッシーやサヤちんのように、司たちがいるから三葉は上手くやれてるんだと思う。……あいかわらず俺の財布は軽くなる一方だし、勝手に奥寺先輩と仲良くなるしでホント好き勝手やってくれる女だが……。
(まあ、アイツはアイツで色々あるんだろうな)
正直、自分を誤魔化し抑えているような生き方をしている三葉には色々言いたい事もあるんだが、それとは別にアイツがあの町では特別な存在であるという事もわかってきている。それにそんな生き方をしているんならストレスだって溜まるだろう。三葉にしてみれば、自分の事を誰も知らない場所で念願の都会暮らしを体験できるという事で羽目を外しているのかもしれない。
口ではアイツの文句を言っているものの、最近三葉に強い興味を持って来ている自分がいる事にも俺は気付いていた。現に今だってこうしてアイツの事を考えているのだから。容姿だけでいったら、三葉は俺の好みドストライクだと思う。夢から覚めた今ではなんとなく曖昧ではあるものの、長く綺麗な黒髪の美少女。直接アイツと会った事はないものの、メモアプリを通して彼女と交流する内にその文句を言い合うのも楽しいとさえ感じている。
そんな三葉の為に俺に何か出来る事はないか。
「……ちょっとお前らに話があるんだが……」
「「ん?何だよ?」」
そして俺は三葉に何が出来るか考え、それを2人に話す。それを聞きますます怪訝そうな顔をする2人ではあったけど、ただこれで少しはアイツの気分転換になればいいんだけどな……。
そんな中、休憩終了を告げにきた先輩に促されるように俺たちは仕事へ戻っていった。
「…………今日は三葉、か……」
目が覚めると布団の上で、最近は何度と無く見ている景色。少しは見慣れてきた天井が目に入る。俺は布団から上半身を起こすと、自然な流れで胸に手をやる。バレたら何を言われるかわかったものではないが、三葉になってる時に胸を揉む事が日課になりつつある。揉んでると安心するというか……、まあ男ならこんな状況で目の前におっぱいがあったらとりあえず揉むよな?
そんな訳で揉んでいたのだが、なにやら視線を感じる。
「…………」
妹の四葉だ。まずいところを見られたなあと思いつつもいつもと様子が違う気がした。なんていうのか、恐る恐るこちらを伺っているみたいな…。
「……どうしたの、四葉?」
「……お姉ちゃん、今日は機嫌、悪くない?」
こんな事を言ってくる。なんだアイツ、昨日何かあったのか?
「いや、特に悪くないと思うけど……」
「……よかった。お姉ちゃんがあそこまで機嫌悪いの始めて見たから……」
そ、そんなに機嫌が悪かったのか?何度か入れ替わりを体験していたが、今まではそんな事なかったのに。
「……昨日の私、どんなだったの?」
「ええ!?覚えてないん!?嘘やろ!?」
盛大に驚かれる。なんかますます不安になってくる。
「朝から機嫌悪かったけど、帰ってきたらますます悪くなっとって……。部屋に閉じこもって、なんやぶつぶつ言っとったに……。そうかと思えば急に怒り出すわで……。結局夕飯も食べんで寝たようやったし……」
ま、マジか……。それはただ事ではない。普段自分を抑えているらしい三葉がそこまで機嫌を損ねるなんて……。
「まあ、今日は大丈夫そうやから安心したわ。ごはん、出来てるからきないよ」
そう言って四葉は部屋を後にする。しばし呆然とする俺だったが、ふと気付く。そうだ、携帯に何か書いてあるかも。そういえば、今日は携帯に起こされなかったな。そんな事を思いながら、俺は携帯を手に取りメモアプリを開く。
――そこに表示されたものは、
『大っ嫌い』
「……………………え?」
一言、俺に対する拒絶の言葉のみだった。