君の、名前は・・・?   作:時斗

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第3話

 ……どうやら俺は三葉を怒らせてしまったらしい。妹の四葉から話を聞き、携帯を見てみると一言「大っ嫌い」とだけ書かれていた。普段あんなに色々文句を言ってくる三葉がただ一言、それだけを残すのはただ事じゃない。

 

(ただ、なんで怒ってるのかがわからないんだよなあ……)

 

 理由を考えていたのだが、何で怒ったのかがわからない。というのも怒りそうな事は今までの所業から検討もつかない程あるので、そのどれかに対して怒っているのかわからないのだ。……全部かもしれないが……。

 

(……嫌い、か……)

 

 思っていたよりも結構ダメージ受けてるなと思う。これまでも三葉とは色々文句を言い合ってきたけれど、あんなにはっきりと拒絶された事はなかった。最近、興味を持ち出して来ている相手から嫌いと言われた事で、一気に気分が重くなる。

 

「みーつはー!」

 

 そんな気分の中、学校に向かっていた俺の背後より見知った声が掛けられる。振り向くと、自転車を漕ぐテッシーとその荷台に腰掛けたサヤちんがこちらにやってこようとしていた。

 

「おっはよー、みーつはっ!」

「よう!」

「……おはよう」

 

 2人にこんな挨拶したらまずいだろうと自分でも思っていたが、どうしてもそんな風にしか出来なかった。案の定、2人は怪訝そうに顔を見合わせている。

 

「……どうしたん?今日はやけに元気ないなあ」

「もしかしてアノ日……グフォッ!?」

 

 テッシーがサヤちんに殴られる。

 

「なんでアンタはそんなデリカシーがないんや!?」

「や、やめっ!冗談やないか!」

 

 そんなやり取りを横目に見ながらもどうにも気分は晴れず、俺は溜息をつきながら2人と一緒に歩く。

 

「……大丈夫なん?昨日も気分悪かったに」

「機嫌も悪かったけどな」

「……そうなんだ」

「そうなんだ、って……」

 

 学校でも機嫌が悪かったのか……。という事は朝から機嫌が悪かった、つまり俺に対して怒っていたという事だ。俺の記憶が確かなら一昨日は三葉になっていたはず……。その時に何か致命的な事をやってしまったのか……?

 

「俺……じゃない、私ってさ……、結構怒りって引きずるのかな……?」

「……お前なあ…」

 

 自分の事やろ、っと言いたげなテッシーのジト目が俺をつく。言いたい事はわかるが、俺は立花瀧なんだ。三葉が普段どういう事でうれしいと感じ、またどういった時に怒りを覚えるのかは間接的にしかわからない。俺は三葉と直接会った事はないのだから……。

 

(あれ……?俺、本当に一度も三葉と会った事がないのか……?)

 

 週に何度も相手の身体と入れ替わって、あんなにメモアプリ上ではコミュニケーションをとっているのに……。その事実に気付き、俺は愕然とする。心の片隅では、どこかで会ったような気もしないではないが、入れ替わりを体験しなければ俺と三葉をつなぐ接点はないし、恐らく気のせいだろう。改めて考えると、俺と三葉の関係は極めて特殊なケースだ。直接面と向かって会った事のない相手を怒らし、そんな人物に謝り許しを請わないといけないのだから……。

 

「……そういえば三葉ってあんまり怒りを引きずらんよね。というより三葉が感情を露にするのって私たちや家族の人だけやない?それ以外の人の前では常に澄ましとるし……」

「親父さんの事くらいやないか。お前が怒っとるのって」

 

 まあその気持ちは俺もようわかるが、そうテッシーが言う。そういえばコイツはあまり外では主張をほとんどしないんだっけ。おとなしくひかえめな優等生、それが周りの三葉に対する評価だった筈だ。勿論内面はそうじゃない。散々メモアプリに文句を書き込んできた事から考えても、全然おとなしい女とは思えない。ましては入れ替わった俺の姿で東京ライフをこれでもかという程好き勝手に満喫し、行った事もないバイト先に行くような女をひかえめだという奴がいたら病院にいく事をおすすめする。

 

(親父さんには沸々とした怒りを持ってるって事か……。もしかして男に関して何か思うところでもあるのか……?)

 

 テッシー達と学校へ向かいながら色々考えるも結局答えは出なかった。

 

 

 

 

 

「……もう放課後かぁ」

 

 学校でも授業中に三葉が怒っている理由を考えてみたが、ちっとも思い当たらない。あれでもないこれでもないとやっていたら、いつの間にか今日も半日が終わった事になる。流石にこのまま三葉の身体にいる内に答えを見つけないと不味い。今後の三葉とやっていく為にも、そう思ってると俺の前に一人の人物が現れる。

 

「……宮水。考えてくれたんか?」

「…………え?」

 

 何を?、とは流石に言えない気もする。そもそもコイツ誰だっけ?

 

「……昨日、返事聞かれとったやろ」

 

 大丈夫かホンマ、一緒にいたテッシーからそう言われる。

 

(……ああ、一昨日三葉に告白した奴か……)

 

 見覚えはなんとなくあったが、名前までは覚えてない。覚える必要もないと思っている。三葉も何も言ってなかったし。そもそもアイツまだ返事してなかったのか……って、ちょっと待て。

 

「……昨日?」

「……三葉、いつもと違う髪型してきた時に返事する言うてたやろ」

 

 サヤちんがそう補足してくるもますます意味がわからなくなる。……は?どういう事だ??なんで三葉がされた告白に俺が返事しなきゃならないんだよ???アイツ、正気か?相手はこちらの答えを待っているようでどこか落ち着かない様子なのが伺える。俺自身混乱してる真っ最中なのだが、ずっとこのままっていう訳にもいかないだろうな……。

 

(……さて、どう答えるかな……)

 

 まず告白をOKする選択肢は無い。アイツの交際相手を俺が決める訳にはいかないし、何より俺がOKしたくない。そもそもアイツが他の誰かと付き合ってるところさえ想像もしたくない。それに何を間違ってか告白を受け入れようものなら、アイツとの繋がりは完全に断たれるような気がする。……ではどうやって断るか。

 

(そもそも何で俺が入れ替わっただけで、告白だのラブレターだのが増えるんだよ…)

 

 前にも思った事だが、やはり納得がいかない。コイツらは何年も前から三葉の事を知っている筈だ。地元でも有名な神社の跡取りで町長の娘なのだから、それこそ老若男女、子供から老人に至るまで三葉の事を知っているかもしれない。だというのに直接会った事もない俺が三葉の内面を知っていて、今まで近くにいたお前らが知らないってのはおかしな話じゃないか。これまでの間、テッシーやサヤちんのように三葉と触れ合える機会はたくさんあっただろうに。そりゃあ三葉に告白してきた連中の好きだっていう想いは本物なんだろうけど、じゃあ三葉の何処を好きになったんだよ。もし入れ替わっている俺を見て三葉が好きだっていうんなら、それは三葉じゃないんだぞ。

 そう考えて、俺は返事をする事にする。

 

「ゴメン、色々考えたんだけど、私、今は彼氏を作る気は起きないんだ」

「そ、そうか。な、ならしょうがないな」

 

 ショックを受けている相手にもう一度お辞儀して謝ると、そのまま教室を出る。慌てて追いかけてくるテッシーとサヤちんを尻目に俺は三葉の事を考える。

 

(俺の知ってる三葉は……)

 

 全然知らない俺に向かっていきなり変態呼ばわりする、細かくルールを決めてくる癖に自分は好き放題散財して財布を軽くしたり、勝手に俺の周りの人間関係を変更させたりする、さらには俺のやった事に対してわめき声がこちらに聞こえてきそうな程文句を言ってくる。そして……、行った事もないバイト先にいきなり飛び込んで、わからない中成り行きに任せて仕事をこなしてくるとんでもない女。

 

(だけど……)

 

 最近は色々文句を言い合いながらも、それを何処か楽しいと思っている自分がいる。例えば奥寺先輩と話す時のように異性に対して何処か遠慮するような、何て話せばいいのかわからない、というようなものが三葉との間にはない。まあお互いの身体が入れ替わってるというとんでもない現象を味わっているからだとはいえ、三葉の事を身内のような、本当に気の置けない奴だと思っているからだろう。

 だから戸惑っているのだ。今までも喧嘩に近い事はあったけど、初めて三葉に、『嫌い』という拒絶を突きつけられたから。

 

「三葉!待ってよ!」

「サヤちん、テッシー、お願いがあるんだけど…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………今日は瀧くん、か……」

 

 昨日あんなに怒っていた相手になっているという事実を確認すると、私は溜息をつく。そういえば夕飯も食べなかったんだっけ……。そう考えるとお腹が空いてきた気がする。……瀧くんの身体だけど。

 

「ん?瀧か……。今日は早いな」

「あ、お早う。お父さん」

 

 部屋を出ると、顔を洗っていたお父さんがいた。挨拶をして私も洗面所に向かう。瀧くんはお父さんと2人で暮らしている。……私と違ってお父さんとの仲は冷え込んでいない。この間は霞ヶ関にある仕事場も見学させてもらったっけ。話を聞いてみると、普段瀧くんとはそこまで話すほうじゃないみたいで、仕事場見学したいって言った私を珍しい事もあるもんだなんて言ってたような気がする。

 

(いいお父さんやのに、瀧くん反抗期なんかな?)

 

 とりあえず私の事は棚に上げて瀧くんの事をそう評する。お母さんがいない事と何か関係があるかもしれないけど、私のお母さんの事もあり、踏み込みすぎるのもどうかと思うのであまり考えないようにしている。

 今日は瀧くんが朝食を作る当番のようなので、台所にいき冷蔵庫を開く。私の実家では、冷蔵庫にはいつも常備菜が仕込んであるのですぐに献立も決まるが、瀧くんの家だと勝手も違い、そうもいかない。特に瀧くんはイタリアレストランでバイトしているせいか、洋食を作る傾向にあるようだ。この前四葉が、またあのパエリア作ってなんて言ってたし。…ちょっと私も食べてみたいと思ったのは内緒だけど。

 いつも瀧くんのお父さんが結構早く出かける事があって私が起きてなかったりで、そういえば私が瀧くんで朝食を作るのは初めてかもしれない。

 

「……まあ、いつもやっとることだし、なんとかなるやろ」

 

 とりあえずありあわせの材料で煮物を作るべく、材料を取り出した。

 

 

 

 

 

「ん?おはよう、瀧。今日はやけに早いな」

「おはよう、司くん!」

 

 朝食を食べたお父さんより「あの瀧がこんな和食の朝食を作るだなんて……!」と感動され上機嫌で登校した私に司くんが挨拶してくる。ついつい普段の私の口調が出てしまったけど、まあ大丈夫だろう。親に褒められるなんてもう何年も経験した事がないから少し舞い上がってしまったのかもしれない。

 

「今日はやけに上機嫌だな。何かいい事でもあったのか?」

「うーん、なんでもない!」

 

 朝起きたときはあんなに憂鬱だったのに……、と思うもやっぱり私はこの入れ替わりによる東京生活を満喫しているんだろう。普段、向こうではあまり自己を出さずに抑えて生活しているものだから余計に開放感を感じていると思う。ここでは私を宮水家の巫女として知っている人はいないし、特別に見られる事はない。なにより憧れの東京なのだ。どうしても楽しんでしまうのはしょうがない事だと思う。

 

「おーす、司。お、今日は瀧もいるのか」

「あ、おはよう、高木くん!」

「おはよう」

「お、おお、なんか今日はやけにテンション高いな、瀧。なんかあったか?」

「な、なんでもないやよ!」

 

 いけないいけない、ちょっと落ち着こう。このままだとまた瀧くんに文句を言われてしまう。まあ、瀧くんもさんざん私の身体で好き勝手してくれてるし文句言われる筋合いはないんだけど。……というよりも今までの事から考えてもちょっと復讐しないといけないかな?昨日の件はもとより、ノーブラでバスケしてみたり、私の下着でブラ外し?の練習もやってたようだし……。あ、思い出しただけで腹が立ってきた。

 ……よし、復讐しよう。

 

「……瀧?どうかしたか?」

「んー、なんでもない……」

「テンション高いと思ったら、今度は考え事か……」

 

 司くん達が色々言ってるようやけど、私はどうやって瀧くんに報復してあげようか考えてみる。どうしようかな?授業中のノートをとらないとか?それともバイトをサボる?……というのもちょっと違うなぁ……。

 そんな事を考えていると、私の様子をジーっと伺っている2人に気付く。

 

「……?な、なんよ、2人とも?」

「瀧……、今日はこの前出来たばかりの南青山のカフェにいかないか?」

「え!?新しく出来たカフェ!?いくいく~!!」

 

 カフェ!?南青山に新しく出来たの!?行きたい!!…あれ、でも待って、確か瀧くんの今日の予定は……。

 

「あ……でも、今日バイトだ……」

 

 ……流石にサボる訳にはいかないだろうな……。あー、折角の新しいカフェなのにー!南青山のカフェやのにー!!

 あきらめきれずに心の中で葛藤していた私に、司くんが溜息をつきながら話しかけてくる。

 

「今日のバイトは確かシフト的に余裕があったし、休ませて貰えよ。俺から話しておいてやるから」

 

 え?いいの?私、南青山のカフェに行けるの!?

 ちょっと店長に連絡いれる、と言って司くんが離れてスマートフォンを取り出している。ホント、この2人は頼りになるなあ!それまで男子がこんなスマートで優しいなんて知らなかったし、少なくとも私のまわりにはいない。知ってる男子っていったらテッシーくらいで……、幼馴染だし、いい人ではあるけれどスマートという言葉からは程遠いし……。瀧くんも見習ってほしいものだ。あ、そうだ。いいこと思いついた!

 

「じゃあ、今日のカフェ、奢るから!大船に乗ったつもりでいるでね!!」

「お、やけに気前がいいじゃんか」

 

 ふふふ……、我ながらいいこと思いついた。普段、お世話になってる2人に奢れて、私も楽しめる。そして瀧くんの財布は軽くなる!

 これは乙女心を傷つけた復讐やから、瀧くんには反省して貰わんといけんからね~。

 

「あ、立花くん。おはよー」

「おはよー」

 

 そんな時、前の席の三枝さんが挨拶してきた。黒髪のセミロングで都会っ子なのにあまりスレてない感じがする瀧くんのクラスメイトの一人で、この間マスコットのキーホルダーが解れていたのを直してあげたのがきっかけで話すようになった人。普段、瀧くんでいる時は基本的に司くん達と一緒にいるようにしてるんだけど、『あまり司とベタベタするな』みたいな事を言われた件もあって、今では彼女を中心に女子と話すことも増えていた。向こうでは気がおけない同学年の女子っていうとサヤちんしかいないから、やっぱり同学年の女の子で私の事を特別視しないで接してくれるのは楽しい。……まあ、今は私瀧くんだし、必要以上には関係を深める事は避けてはいるけど。でも、この間も服の解れを直した際に「立花くんって女子力高いんだねー」って感謝されたっけ。

 

(私の女子力のおかげで奥寺先輩の事は勿論、クラスの女子達にも一目置かれる様になっとる事にもうちょっと感謝してもらいたいやよ)

 

 朝の挨拶と同時に他愛の無い話をしていた私を尻目に、司くん達が何か話しているようだった。

 

「……なあ、高木。俺、なんか瀧が女子にしか見えないんだが……」

「……奇遇だな、司。ま、昨日アイツが言ってた通り、気分転換になりゃいいんだけどな」

 

 気分転換?なんのこと?ま、いっか。放課後、楽しみやね~♪

 そして朝の予鈴が鳴り、今日の授業が始まった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう……こんなものか……」

 

 あの後、サヤちんからケーキ作りに必要な材料を借り、今その作業に取り掛かっている。やっぱりこういう時は頼りになるな、サヤちんは。

 そんなもんは男のする事やないと、早々に匙を投げたテッシーは予想通りだったが、サヤちんは色々と道具を持っていた。足りない材料かなんかはコンビニで調達し、手伝おうかというサヤちんには自分で作らないと意味が無いと辞退し、後で出来たら分けてもっていくからと言っておいた。

 やっぱりこれはお詫びの品だから自分で作らないといけない。あれだけ考えても三葉が怒った原因がわからなかった俺は、謝るために三葉がよく俺の身体で食べているパンケーキを作ろうと思ったわけだ。ただ、俺もケーキは作った事が無い。最も今はスマフォとかで作り方を調べればなんとかなるかと思ったが、少し見通しが甘かったらしい。色々と失敗したものの、なんとか形になった時はホント嬉しかった。

「お姉ちゃんが作ったん!?」という学校から帰ってきた四葉にも味をみてもらい、お墨付きも貰った。あとは装飾だが……どうしようか……。

 

「ケーキなんやから、苺とかでええんやないの?」

「うーん、なんとなくもう一捻り欲しいんだよな……飴細工?みたいなものとか……」

「それやったらハリネズミとか飴で作れないん?お姉ちゃん、ハリネズミ好きやん」

 

 ハリネズミ?そういえば至るところにハリネズミのグッズがあったような……?でもハリネズミなんて作れるのか?あの針をどうやって飴細工で表現させればいいんだ……??

 

「ま、どうせ食べるんやろ?それやったらそんなに拘らんでいいと思うんやけど……」

「……いや、乗りかかった船だ。しょうがない、調べてみるか……。四葉、グラニュー糖が何処かにあるか知ってる?」

「そんなん家に無かったと思うけど……。普段使わんし……」

「そっか、じゃあ買ってくるしかないか……。四葉、行って来てくれる?」

「ええ~!?私が行くの~!?」

「……頼むよ、ケーキ、完成したら分けるからさ……。あと、お釣りでアイス買ってきてもいいから」

「えー、じゃあハーゲン買ってもええの?」

 

 前も確かハーゲン欲しがってたな……。そんなにおいしいのかねぇ。まあ行ってくれるならありがたい。三葉のお金だけど、まあアイツが散財した金額程じゃないし……。

 

「ああ、それでいいからさ。ちょっと作り方調べなきゃいけないし……」

「いいの?じゃあ行ってくる!」

 

 そう言うが早いか、四葉は俺から財布を受け取るとそのまま買い物へと出かけていく。

 

「さて……と、俺もこうしちゃいられないな」

 

 今日中に作らないといけないし、と一人ごちるとまたスマフォを操作し、作り方を調べていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、しあわせや~♪」

 

 瀧くんのお金でパンケーキを注文し、ご満悦な私がいた。いいなぁ、東京は。こんなに楽しい事があって……。少なくとも糸守にいたんじゃこんな開放感は味わえないだろうな。学校にいた時からこの時の為にソワソワしていたから、はっきりいって何をしていたかはほとんど覚えていない。あ、でも勿論ノートはとっておいたけどね、

 というわけで今のこの時間をめいっぱい堪能していたら、司くんが話しかけてきた。

 

「どうだ、瀧。堪能しているか?」

「それは、もう!勿論やよ!」

「そうか、それは何よりだ」

 

 そりゃあ憧れの東京生活を体現できている訳だから、不満なんかあるはずもない。朝、憂鬱だった事もすっかり忘れてパンケーキを頬張る。瀧くんの身体だから私が太る心配もないし、何より瀧くんのお金だからさらに美味しく感じる。まあこれは瀧くんへの罰だからね、しっかり反省して貰わないと。

 そう思い直し、また一口パンケーキを頬張る。ホントに美味しいやさ~♪

 

「まあ、お前が言ってた通り、気分転換になってんだったら何よりだな」

「……?どういう事?」

 

 気分転換?瀧くん、何を言ってたんだろう?高木くんに聞きなおしてみると、

 

「何だよ、昨日言ってたじゃんか。俺がいつもと違うって時は、家庭の事情でストレスが溜まってる時だから、ストレス発散につきあってくれないかってよ」

「自分でも変な頼みだと思うけどってね。まあ瀧も父子家庭で色々あるんだろうし」

 

 え……?どういう事なの……?それって……。

 

「ま、俺達に話せない事情もあるんだろうけどよ。最も、カフェ巡りは普段もやってるから気分転換も何もない気もするがな」

「でもバイトを休んでまで来た事はなかったろ?いつもより時間はあるんだから有効に使わないとね」

 

 そう言いながら司くんが苦笑しながらコーヒーを口にする。

 2人の話を聞いていて、そういえば今まで一つ疑問に思っていた事がある。それは瀧くんの財布だ。瀧くんはいつも私に無駄遣いするなって言ってたけど、もし瀧くんが本気で私にお金を使われたくなかったら財布に最低限のお金だけ残していればいい。それこそ学校に行く為の交通費や簡単な食事代だけでよかったはずだ。そうしたら無駄なお金を使われる事もないし、少なくとも私が瀧くんの立場だったらそうする。まあ、糸守ではそんなにお金使うこともないし、バイトもしてないから瀧くんほどお金も持ってないんだけど……。

 

(……そうか。瀧くんは……、私の事を気に掛けていてくれたんや…)

 

 その事実に私の心がポカポカと暖かくなるのを感じる。あんなにモヤモヤしていた私の気持ちが、嘘のように晴々としているのがわかる。

 十分堪能したしもう出るかって事になり、私も慌てて席を立った。奢るつもりだったのに2人は固辞し、結局私が食べた分だけを清算する事となる。多めにお金の入った瀧くんの財布。それが私の為だったんだと気付き、そうとも知らずにパンケーキを食べてしまった事に申し訳なさを感じてしまう。だから店を出てからも瀧くんの事ばかり考えていて、司くんから呼ばれているのに気が付かなかった。

 

「あ……、ごめん。何……?」

「また考え事?ほら、次何処行くか決めてよ」

「とりあえず、今日はお前に付き合うからよ」

 

 どうやら行き先を決めて欲しいみたいだ。さっきも2人には気を使わせてしまったようだし、それに高いパンケーキを頼んじゃったから、これ以上お金を使うのも躊躇われるんやけど……。

 そんな事を考えていた時、ふとちょっと先にある雑貨屋さんに目が留まる。

 

「ん?雑貨屋か?お前、この前はなんで俺が雑貨屋なんかって言ってなかったっけ?」

「まあいいんじゃない?今日は瀧に付き合うって決めたんだし」

 

 そう言ってお店の中に入っていく私達。いつもは目を輝かせて店内を観て回るんだけど、流石に今日は私の好きなハリネズミのグッズも探す気が起きない。

 

(あ……コレ……)

 

 そんな中、何やら見覚えのあるものが目に入る。手にとって見ると間違いない、これは私の家にあるのと同じものだ。気が付くと私はそれをレジに持っていっていた。

 

「まあ……、これならそんなに高いもんやないし……、瀧くんも使えるしね」

 

 そう一人ごちる。どうしてかは分からないけど、なんとなく私と同じものを瀧くんにも持っていてほしかったんだと思う。それを購入した後、司くん達の下へ戻る。その後、今日は暗くなるまで南青山を3人で楽しく探索して回った。

 

 

 

 

 

「本当に……君はお節介やね……」

 

 夜、もう既に夕食もお風呂も済ませ、私は机に頬杖をつきながら購入したそれを眺めながらそう呟くと、瀧くんの事を考えていた。普段、私に悪態を憑きながらも、気に掛けてくれていた瀧くん。よくよく考えてみると、宮水家の長女としてではなく私自身として見てくれているの瀧くんだけなのかもしれない。家族すら知らない私と瀧くんの遠慮のいらない関係。心が体を追い抜いてお互いに入れ替わるという超常現象が起きなければ本来出会うはずもなかった私達だけど、今は誰よりも近しく、気の置けない存在なのだから。

 ふと時計を見ると、既に11時を回っている。そろそろ寝なければ次の日に支障をきたすかもしれない。

 

「さて……、今日の事、日記にしないと……」

 

 私と瀧くんで決めた入れ替わりのルール。その日の出来事を記載すべくスマフォの日記アプリを立ち上げる。

 

「司くん達と南青山に行って新しいカフェをみてきたよ!って、あぁッ!!」

 

 ふと記載していて私は大切な事に気付いた。そういえば昨日、日記に大っ嫌いって残してきたような……。瀧くんへの苛立ちと言いようの無い胸の痛みでなんて記載したかあんまり覚えていないんだけど、なんかそのような事を書いた気がする……。その事実に気付き、サーっと青くなる私。ど、どうしよう!もし、瀧くんにも『嫌い』なんて書かれてしまったら……!何であんな事書いたんよ、昨日の私!!

 昨日の私に対し恨み言をぶつけながら、慌てて瀧くんへの文面を必死に、心を込めて残していく。そうして夜が更けていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『……いつも、ありがとう』か、全く三葉の奴……」

 

 自分の身体で目が覚めた俺はすぐスマフォの日記アプリを立ち上げてそこに書かれているものを確認すると、ホッと一息つく。正直、なんて書かれているか気が気でなかったが、三葉が書いた内容はこうだった。

 

『瀧くんへ

 昨日の私の日記、キツかったよね……。正直、自分でも何であんな事書いたのか分からないのだけど、本当にごめんなさい。

 ちょっと嫌な事があって、イライラして、ショックを受けて……。それで瀧くんに当たっちゃったんだと思う……。

 私、こっちで彼氏を作る気はないんだ。これは強がりじゃなくて、本当の気持ち。糸守では私は宮水の長女として、町長の娘として見られちゃうから……。だからね、いつか東京に行って、その時にイケメンな彼氏を作るつもりなんだ。だから、もし瀧くんが私になってる時に告白されたら、断ってくれると嬉しいな。

 今日は司くん達と南青山で新しいカフェに行ったんだ。その後も水族館に行ったり、雑貨屋さんに行ったり……。あ、そこでいい物見つけたんだ。私の家にある奴とお揃いで、机の上に置いておいたから瀧くんも使ってね。

 ……瀧くんの気も知らないで、お金いっぱい使っちゃってごめん。今度からは気をつけるから……。

 いつも、ありがとう。

 三葉』

 

 また『大っ嫌い』とか、『アンタと話す事なんてない』とか書かれてたらどうしようかと思ったが、とりあえず一安心だ。目が覚めたら机に突っ伏すかたちだったので恐らく寝落ちしたのだろう。そんな状況になる程、何をしていたのかはわからないが、まあそれは一先ずおいておこうか。

 今後、彼氏云々の件で三葉をからかう事はやめた方がいいな。ここに書かれている通り、アイツの事情もあるだろうし、俺も三葉に彼氏が出来るっていうのは……、なんか面白くないし。……まあ書かれるまでもなく、俺の方で勝手に断っちゃったけど。

 

「それにアイツ、気付いちゃったかな……?」

 

 入れ替わって何時ぐらいからかは忘れたけど、向こうでの三葉の印象や状況を知り、アイツに強い興味を持つようになってからは、俺は一定額以上のお金を財布に入れるようになっていた。無駄遣いするなと文句を言いつつも、少しでも三葉がこっちで気分転換が出来るように……。

 そこで俺は目を机の上にやる。そこには三葉が買ってきたという物が置かれていた。

 

「……どうやって使うんだよ、コレ……。カップ麺作る時にでも使えってか?」

 

 それを手に取りながら、三葉の事を考える。昨日の事も不鮮明ながら、三葉に謝るために必死になってケーキを作った事は覚えている。……気に入ってくれるといいけどな。そう思いながら手に取っていたソレを置く。

 ――そこには青い砂が勢いよく下へ流れ落ちていく、綺麗な砂時計が置いてあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……うう……ん……」

 

 アラームが鳴っている。その音に少しずつ覚醒していく。ちゅんちゅんと鳥の元気な鳴き声も聞こえている。もう朝かぁ……って思ったところでハッとする。

 

「朝ッ!?嘘!?私、あれから……!」

 

 ガバッと起き上がり、状況を整理する。見慣れた自分の部屋。そして自分の身体。今日はいつもの自分だというのがわかる。昨日は確か瀧くんで、夜遅くまで日記をつけていたはずだ……。霞がかった記憶の中、どこまで書けたのかは覚えてないけど、ちゃんと瀧くんに伝わったかな……?

 

「そういえば……、瀧くんは私になんて残してるんやろ……」

 

 アラームの鳴り続けているスマフォを手に取ると、日記アプリを立ち上げようとしてその手が止まる。正直、なんて書かれているのか、見るのがとても、怖い。

 

「あ、お姉ちゃん。今日も珍しく起きとるね」

 

 スマフォを見つめていた私を現実に引き戻す四葉の声がかかる。襖を開けて立っている四葉に顔を向けると、何か手に持っているようだ。

 

「おはよう、四葉。何、それ?」

「……昨日、自分で言っとったに、何言うとるん?」

 

 呆れた様子で四葉はそう言うと、つかつかと部屋に入ってきて私に手に持っていた物を渡してくる。何コレ?手紙??

 

「確かに渡したからね。昨日のケーキ、約束どおり、あとで貰うから」

「え?ちょ、ちょっと待ちない四葉!ケーキ?一体なんの事やさ!?」

「……本気で言っとるん?昨日必死でケーキ作っとったやん。それで朝、自分にその手紙を渡してくれたら私もケーキ食べていいって言うたやろ?」

 

 ケーキ?作った?え、瀧くんが作ったの?ていうか瀧くん、ケーキ作れたんや…ってそうじゃない!何でケーキなんて…それにこの手紙って……。

 

「……本当にお姉ちゃん、最近変やよ。大丈夫なん?」

「うん……、大丈夫、……だと思う」

「……ならいいけど。じゃあケーキ、貰うからね。あとご飯出来てるから、早く降りて来ない」

 

 そう言って四葉が部屋から出て行く。残された私は手元の手紙を取り出して読む事にした。

 

『三葉へ

 スマフォだとちゃんと伝わるかわからなかったから、妹に頼んで手紙というかたちで伝える事にした。

 三葉の怒っていた理由、色々考えてみたんだが、結局わからなかった。だが俺はお前とこんな形で仲違いはしたくない。いつ終わるかもしれないこの入れ替わり現象を協力して乗りきらなければならないし、そうじゃなくても三葉に理由もわからないのに嫌われていたくもない。

 すまない。本当にごめん。いつかちゃんと三葉に謝りに行くから、今回は許して欲しい。

 手紙だけというのもなんだから、自分でフレジエっていうパンケーキを作ってみた。濃姫っていう苺が三葉の家にあったからそれを使わせてもらった。四葉に味見してもらっているから味は問題ないと思う。サヤちんにも色々協力してもらったから、出来ればお裾分けしてくれ。なお、約束したので四葉にも分けてあげて。

 あとこの間告白された件、俺の判断で断った。三葉、前に彼氏は作らないって言ってたし、よかった、よな?

 出来るだけ迷惑かけないように気を付けるから、これからもよろしくお願いします。

 瀧』

 

 手紙を読んだ私は1Fに降りると台所へ向かう。冷蔵庫を開けると、そこには瀧くんが作ったらしいパンケーキが入れてあった。ちょっと時期が早いけど、と近所の人が持ってきてくれた苺を使って作られたフレジエ。さらに飴細工らしいハリネズミがかわいらしく数匹乗っかっている。それは私の好みを考えて作られた物だった。

 

「こんなん作られたら……、勿体無くて食べられないやん……」

 

 とりあえずスマフォで写真を撮りながら、ポツリと呟く。世界で一つだけの、瀧くんの手作りパンケーキ。残しときたいけど、手紙を読む限りそういう訳にもいかないだろう。四葉も楽しみにしとるようやし。

 瀧くんに対してモヤモヤしてた告白関連も対処してくれたらしい。既に瀧くんに対して怒ってなかったのだから許すも許さないもないんだけど、それを見たときなんとなく嬉しくなった。そしていつかちゃんと謝りに行くからと瀧くんは書いてくれていた。

 

「……いつか、瀧くん会いに来てくれるんかぁ……」

 

 いつか、と言わず直ぐにでも彼に会いたいという気持ちが強くなる。ふとスマフォで東京までの道のりを調べてみた。…うん、貯めてた貯金を切り崩せば一回分の旅費はなんとか捻出できそうだ。秋祭りが終わって落ち着いたら、一度東京に瀧くんに会いに行こう。そして、直接会って、色々な事を話したい。彼と、ふれあいたい。電話もメールも何故か通じない私達だけど、確かな事がひとつだけある。会えばぜったい、すぐにわかる。それだけは、確信してるから。

 そう決意を新たにし居間に向かうと、数日後、ティアマト彗星が最接近します、というNHKのニュースが聞こえる中、私は食事の用意をしているおばあちゃんと四葉の下へ「おはよー」って挨拶しながら入っていく。近く、彼と会う事を夢見ながら――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んっ……」

 

 ふと、目が覚める。

 目元に違和感を感じ、手をやると自分が泣いている事に気付いた。

 朝、目が覚めると泣いている。こういう事が私には時々ある。夢を、何か大切な夢を見ていた気がするのに、何も思い出せない。

 

 俺は涙を拭いながらベッドから起き上がる。机に置いてある砂時計に目をやる。いつの頃から使っているかも思い出せないソレは、もう中の砂が全て落ちきっている。

 なんとなく砂時計を手に取り反対に置き換えると、また青い砂が落ち始めた。何か、思い出すような気がするも、やはりわからない。また、いつの間にか泣いている。

 

 会社へ行く為の準備をしながら、私は鏡に向かって髪紐を結う。目尻を湿らせていた涙も、今は既に乾いていた。

 

 洗面所で顔を洗いながら、じっと鏡を見る。

 

 鏡には自分の姿が映し出されている。そこに自分の姿とは別のなにかを見ていたような錯覚に襲われるのものの、やっぱり何も思い出すことは、ない。

 ただ一つだけ、ぽっかりと穴の空いた心でもなんとなく、ただなんとなくだけど、わかっている事がある。

 私には、俺には、とても大切な人がいた、という事を――

 

 鏡に映る自分の姿とは別の、正体も何もわからないソレに向かって話しかける。

「君の、名前は…?」と……。

 

 

 

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