君の、名前は・・・?   作:時斗

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遅くなりましたが、あけましておめでとう御座います!


君に出会うまで・・・
第4話


――――2013年10月4日20時42分。1200年ぶりに地球に最接近したティアマト彗星はその核を砕き、その片割れは隕石となって秒速30km以上の破壊的スピードで糸守町に落下した。落下時の凄まじい衝撃波により、神社を中心とした広範囲が一瞬で壊滅し、家屋や車、森林等が爆風により吹き飛ばされ町の広範囲が甚大な被害に見舞われ、人類史上類を見ない自然災害となった。ただ一つだけ幸いだった事が、町の住民のほとんどが奇跡的に無事だった、という事である。

 

 

 

 

 

「う……」

 

 頭が痛い。私、どうしたんだっけ…?目が覚めた私は、今自分のいる場所をぼんやりと見る。……家じゃない。いや、家どころか……、

 

(…………え?)

 

 自分の置かれている状況が理解できない。やおら起き上がり確認すると、そこが高校の体育館にいる事がわかった。

 

(……そうや、昨日、彗星が落ちてきて……)

 

 落下の瞬間に発生した轟音と爆風で立っている事もできずにただただ蹲っているしかなかった。落下地点から離れた場所にあるこの糸守高校でもそうなのだから、あの落下地点付近にいたらどうなっていたかは考えなくてもわかる。

 

「あ、お姉ちゃん。目を覚ましたん?」

 

 テントに妹の四葉が入ってくるやいなや、心配そうな顔で私に声をかけてきた。

 

「四葉……?おはよう」

「おはよう、お姉ちゃん。もう、大丈夫なん?」

 

 挨拶もそこそこに私を覗き込んでくる四葉。……大丈夫って、何が……?

 

「……大丈夫やよ?……まあ、こんな事になってまったけど……」

「その事もあれやけど、そういうんやなくて……、昨日お姉ちゃん、泣いとったから……」

 

 ……泣いてた?故郷である糸森町が無くなったショック?あっという間の事だったから正直泣く程の実感がないんだけど……。

 

「……うん、もう大丈夫やよ。ありがとね、四葉」

「ならよかったわ。……お姉ちゃん、昨日は信じてあげれんでゴメン。隕石が落ちてくるなんて、あまりに突拍子の無い話やったから……」

「ええんよ、四葉。それより外はどうなっとるん?」

 

 ……あんまり昨日の事は所々しか覚えてないのだけど、ただ必死になっていた事だけは覚えている。隕石が落ちた後、どうなったか気になり、私は四葉とともに体育館を出て、その惨状を理解した。

 

「…………酷い有様やね」

「……でもお姉ちゃん達のおかげで、被害にあったって人は聞いてないやよ。皆、お姉ちゃんの高校に避難しとったから……」

 

 父に会って彗星が落ちてくる事を伝え、それを信じてくれた父が急遽、避難訓練と称して住民のほとんどを糸守高校へと誘導してくれたのだ。結果、糸守高校は彗星被害の外だった事もあり、町は壊滅したもののその住人は難を逃れることが出来たのである。校庭ではそこかしこで炊事用の煙が上がっている。

 

「おーい、三葉~!!」

 

 外に出た私に掛けられた声に振り向くと、親友であるサヤちん、テッシーがこちらへやって来るのが見えた。

 

「サヤちん、テッシー…」

「おはよう、三葉。身体はもう大丈夫なん?」

「おう、昨日はヤバかったからな。まあ、あんなモンが落ちてきたんやから当然といえば当然やが……」

 

 サヤちんやテッシーまで……。そりゃあ隕石が落下してきて色々混乱してるのは確かだけど、それを言ったら皆同じ状況じゃない…。

 

「もう大丈夫やと思うんやけどなぁ…。そんなに私、ヤバかったん?」

「だって三葉……、あの後そのまま倒れこむように眠っちゃったやない!」

「しかも泣きながらな……。マジで大丈夫なんか、三葉?」

 

 …………全然記憶に無い。確かに隕石が落ちて、その後の事は覚えていないんだけど。色々走りまわったし疲れていたのかな……?

 

「うーん……。大丈夫やと、思うんやけどなぁ……」

「三葉、起きたのか」

 

 呼ばれた方へ振り向くと、スーツ姿の男性、父である宮水俊樹が立っていた。

 

「お父さん……」

「勅使河原君に名取君も一緒のようだね。ちょうどよかった。疲れている所悪いが、3人には後で話を聞きたい。1時間後くらいに高校の校長室に来てもらえるか?」

 

 そう言うと、俊樹は去っていった。様子を見てみると避難者の状況を調べているようだった。糸守町の町長として義務を果たしているに違いない。ここ数年、殆ど接点が無かった父の姿をこんな形で目にするとは皮肉なものではあるけれど、頼もしくみえた。

 

「…………相変わらず、やね」

 

 用件だけ言ってすぐ娘の傍を離れるところは今までと変わっていない。だけど、今は前より冷たく感じない。そんな風に思っていると、各所で朝食の準備が出来たようで、次々と人が集まっていくのが見えた。

 

「三葉、私達も行こ。お年寄りの人も多いし、配りに行かんと」

「そうやな。俺も道路の整備等で出ているウオズミの兄ちゃん達の分も届けんといかんでな。さき行くぞ」

 

 テッシーがそう言って、駆け出していく。待ってよテッシー。そう叫びながら、私もサヤちんと一緒に彼を追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 校長室に入ると、そこには校長先生と町長だけでなく、勅使河原さん、そして私、名取早耶香の姉も集まっていた。そして話というのが…

 

「じゃあ昨日の糸守変電所の爆破をしたのは間違いないんだね」

 

 昨日、私達で計画し実行に移した変電所を破壊した件で詰問を受けていた。直接、実行に移したのはテッシーと三葉だけど、止めなかった私も加害者に違いない。

 

「ああ、俺が変電所を爆破した。含水爆薬でな」

「この、馬鹿息子がっ!!威張って言う事か!!」

 

 開き直ったかのように話すテッシーに勅使河原さんが雷を落とす。突然の大声に私と三葉がビクッと身体を震わせるも、

 

「あ、あの。私も……一緒に行ったんです。むしろ、私がテッシーにお願いして……」

「ええんや。三葉は関係ない。あれは俺の意思でやった事やからな」

 

 同罪だと言いたげな三葉を制するようにテッシーが言う。また雷を落とそうと興奮する勅使河原さんを町長と校長先生が抑えていた。

 

「それならその後の放送室を使った電波ジャックは私がやった事です」

「早耶香、あなた……」

 

 2人だけを悪者にする訳にはいかない。そんな思いで告白した私に姉が驚いた顔をしていた。

 

「サヤちん、ええんや。それも俺がお願いしたんや。放送部やし、こんな田舎の防災無線なんか簡単に乗っ取れるってな」

「克彦ッ!!」

 

 再び落ちる雷。この男、本当に煽るのが上手いなあ。テッシーからしてみたらそんなつもりは無いのかもしれないけど。

 

「まあまあ、落ち着いて……。全く、変電所爆破に電波ジャック。自分達のやった事がどういう事か。わかっているね?」

 

 また爆発しそうになった勅使河原さんを宥めながら、町長は私達に問いかける。その一言に冷静になる私達。わかっている。それは、完全に犯罪行為だ。

 

「……わかっているようだね。まあいい。今回、君達が起こした件にこれ以上とやかく言うつもりはない」

「「「えっ!?」」」

 

 ……ええ!?絶対この犯罪行為の件で呼ばれたと思ってたのに。それについては隣の2人も同様のようで、私と同じく面食らった顔をしていた。

 

「彗星落下の影響で変電所付近は吹き飛んでしまったしな。最も三葉と克彦くんがその直後に町中で爆発の件を伝えていた事が目撃されとるが、それについても戒厳令を敷く。今のはあくまで自分達のやった事が犯罪行為だという事を認識させる為のものや。まあ、自覚はしとったようやが……」

 

 とりあえず、私達は逮捕されるという自体には遭わなくてすみそうだ。じゃあ一体なんの用件で……。そんな風に思った時、続けて町長が私達に問いかける。

 

「我々が聞きたかった事は、何故、隕石が落ちるという事を知ったのか、という事だ」

 

 しん、となる校長室。でも、これについては私もテッシーもわからない。昨日三葉にいきなり隕石が落ちて皆死ぬ、なんて言われた時は正直半信半疑、いやとても信じられる事じゃなかった。ただ三葉が真剣で、とてもふざけたものではない事はわかった。だから私もテッシーも信じたのだ。三葉を。私はチラリと隣の三葉をみると、彼女は下をむいてジッと黙っていたが、

 

「…………私もはっきりと覚えてる訳やないんやさ。ただ、彗星が落ちてくる。それだけは、わかったんよ…」

「三葉……」

 

 ポツリポツリと苦しそうに話す三葉。三葉の様子に私はそっと彼女を支える。微かに、震えている……。

 

「……そうか。それ以上はいい、三葉」

 

 そう言って町長は、三葉をやんわりと遮った。その声にバッと顔を上げる三葉。

 

「別にお前を苦しめたい訳ではない。私自身、あんまり認めたくなかった事だが、二葉の件からも宮水の巫女には特別な力があるのはわかっている」

 

 そう前置きして、続ける。

 

「お前の口から、真実をはっきりとさせておきたかったのだ。真実がわからないと、こちらも対処しようが無いのでな。これから恐らく周りが騒がしくなる。朝から関係各所に救援やら支援やらの連絡を取り合っているが、なんせ彗星が落ちて人的被害が殆ど無いのだ。昨日は私が避難訓練と称して強引にこの糸守高校へ避難させたが、その件を突いてくる輩が出てくるだろう……」

 

 それは、そうだろう。ティアマト彗星が割れて、その破片が隕石となって人家に、糸守町に落ちてくるなんて誰が予測できただろうか。まして落ちてきたのは宮水神社周辺、ちょうど秋祭りの会場近くだ。避難していなければどれだけ被害が出ていたかわからない。私達も秋祭りに参加する予定だったんだから、もしかすると……。そこまで考えて私は背中がゾクリとするのがわかった。

 

「だから、わかっているとは思うが、言っておく。その件は決して周りに広めるな。知れ渡ったら最後、二度と普通に暮らせなくなるからな……」

 

 話はそれでお開きとなった。また町長へ電話がなって忙しくなったからだ。そして、その件はまたすぐ後に現実のものとなった。

 

 

 

 

 

 彗星が落ちて3日目、救援物資やボランティアの方が支援に来て下さっている中、それは起こった。避難場所であった体育館で三葉と一緒に昼食をとっていた時、突然入り口が騒がしくなったかと思ったらカメラやマイクを持ったマスコミ風の集団がズカズカとやってきた。

 

「えー、こちらに隕石落下を予測した女の子がいるという噂を聞いてやって来たんですが、いらっしゃいますかねぇ」

「なんでも隕石が落下する数時間前に避難を促したり、変電所を爆破させたって話もあるんですけどそれって真実ですかぁ」

「神様の遣わした使者って噂もあるんですけど、それについても答えて頂きたいのですが」

 

 そう言いながら体育館に入ってきて、入り口近くにいた人に聞いてまわっている。傍にいた三葉がブルッと身体を震わせたのがわかった。私はそんな三葉を隠すように抱きしめると、その様子を見ていた数人の老若男女が立ち上がり、三葉を庇う様にマスコミ集団へ向かっていくのがみえた。

 

「ちょっと、アンタら。一体何の用や。ここには災害で被災し疲れとるんや。ヅケヅケと入ってきてどうゆうつもりや」

「そうや。それをいきなりやってきて……。常識がないんとちがう?」

 

 すぐさま抗議をするも、マスコミは何処吹く風で、矛先をこちらに変えてこんな事を言ってくる。

 

「そうは言っても、こちらも仕事でね。こんな奇跡のような事はなかなか起きないしね」

「我々も知る権利というものもある。何、ちょっと答えてもらうだけでもいいんですよ」

「それを言うなら、こっちにもプライバシーの権利があるやろ!ましてこんな被災して疲れとるところに来るなんて……!」

「別に死者が出た訳でもないんでしょう?むしろ出なかった事が奇跡だから取材にきたんだし……」

「SNSにも色々と投稿があったんですよ。ここにいると思うんだけどなぁ」

 

 ……駄目だ。抗議にいった人達もマスコミの熱におされ気味だ。そこで私はこの間町長が言った事を思い出す。

 

(確かに、三葉が隕石落ちるなんて言っとった事がバレたらどうなるか、考えるだけでも恐ろしいわ……)

 

 神格化されるか、それとも特殊な力を持った実験体みたいな扱いを受けるか、どちらにしても三葉の人生に平穏という言葉は無くなる。こうなったら遣り過ごすしかない。そう思ったのだけど、しかし運の悪い事に、私はこちらを見たレポーターらしき人と目が合ってしまい……、

 

「ん、そちらのお嬢さん達もなにか知らないかな、ちょっと答えてもらいたいんだけど……」

「おい、やめや……」

 

 マスコミの人が私達に目をつけ、制止しようとする人達にかまわず、ちょうどこっちにやって来ようとした時、

 

「何をしてるんや!!」

 

 そんな中、大きく響く声が轟く。外に出てた三葉のお祖母ちゃんである、一葉さんが戻ってきたのだ。ちょうど勅使河原さん達の手伝いに出ていたテッシー達も一緒に戻ってきて、騒ぎを聞きつけたのか、急いで私達の元へやってきた。大丈夫か、と言いながらやはり三葉を庇うように立つテッシー達。それに頼もしさを感じながら、一葉さんの様子を伺う。

 

「いい大人が雁首そろえて、被災したワシらを馬鹿にしに来たんか!」

「い、いえ……、我々は取材に……」

「疲れとるワシらを叩き起こしときながら、取材も何もあるか!家を無くした者達を取材して、その悲惨な姿を笑いにきたんやろ!!」

「そ、そんなつもりは……」

「ここには被災した者と、それを助けてくれとるボランティアの方しかおらんのや!!アンタらみたいな邪魔しに来たモンは迷惑じゃ!!帰れ!!」

「そ、そう言わないで……、そこを何とか……」

「場をわきまえない!!事実、アンタらは邪魔しかしとらんじゃろうが!!隕石が落ちたショックでまだ体調がすぐれん者もおるに、それも見えんのか!!」

 

 一葉さんは威厳のある声で、有無を言わせず畳み掛けていた。流石のマスコミの人達もその迫力にたじろぎ、その勢いに乗って他の方達も援護に加わる。

 

「そうやそうや!常識を弁えない異端者どもめ!」

「こんな時に一体、何考えとるんや!さっさと出て行け!」

 

 援助に来ていたボランティアの方達も抗議をはじめ、旗色が悪くなり少しずつ撤収していくマスコミ達を見て、やっと私は一息つくことができた。

 

「大丈夫か、三葉、サヤちん。災難やったな」

「テッシー、ホンマ大事な時に傍におらんで……」

 

 口ではそう言ったものの、実際はとても感謝している。さっき私達を庇う様にしてくれたのはとても頼もしかったし……。まあ、テッシーにとっては私は三葉のついでだったのかもしれんけどね……。

 

「……全く、学者やらマスコミやらというんは何時の時代も礼儀がなっとらん……」

「戻ってみたら何やら体育館が騒がしくなっとるに……。何が起こったかと思ったわ……」

 

 そんな事を呟きながらマスコミの人達を追い払ってくれた一葉さんが戻ってくる。その傍らには四葉ちゃんもいた。そう言えば四葉ちゃんも一緒になって「大人の人ってジョウシキないんや…」なんて言っとったな……。小学生の少女にそんな事言われたら、流石に堪らないだろう。

 

「お姉ちゃん、大丈夫なん……?」

「四葉……、ごめんね…心配掛けて……。サヤちんも、ありがとう……」

 

 四葉ちゃんが三葉に駆け寄りながら心配そうに言う。ホントに四葉ちゃんはお姉さん思いのいい子だ。普段は結構ませてたり、大人びた考え方をする子だけど、ほとんど母親代わりだった三葉を心の底から大切に思っている。そんな姉妹の様子を見ながらテッシーが話しかけていた。

 

「まあ、三葉もあれから少しは落ち着いてきたんやないか?」

「うん……まあ、さっきはちょっと怖かったけど……。星が落っこちてきた時と比べたら大分よくなったと思うやさ」

「倒れた時もやが、避難を促しとった時、『あの人の名前が思い出せんの!』なんて言っとた時に比べれば大分マシになっとるに」

 

 テッシーがそう言った瞬間、三葉の顔が何やら強張ったのがわかった。……あの人?何のこと?

 

「私……、そんな事、言っとった……?」

「何言っとるんや。あの大変な時にいきなり何言い出すんやって思ったぞ。コイツ、マジで大丈夫かってな……。結局、俺の自転車もどっかにやってしまったみたいやし……」

 

 そんな事あったんや、と思っていたのも束の間、どんどん顔色が悪くなっていった三葉が突然と立ち上がるとフラフラと入り口へ向かっていく。心配になった私と四葉ちゃんが慌てて駆け寄るも……、

 

「三葉……?」

「……サヤちん、四葉……。ゴメン。ちょっとでいいから、一人にして欲しいんよ……」

 

 そう言って、三葉はおぼつかない足取りで体育館を出て行く。何人かが心配になって遠巻きに三葉を追っていくのが見えた。

 

「大丈夫やろか、三葉……、なんや思い詰めとったけど……」

「……後でワシも様子を見てくるやさ。あの子も色々抱えとるんよ。あの様子やと、夢をみとった時の事やろうな……」

 

 一葉さんがそんな事を言う。夢?夢って、あの、夢?ふと四葉ちゃんを見ると、また始まった……みたいな顔をしている。こんなやり取りが宮水家ではあるんだろうか……?結局、私はもう一つ気になった事をテッシーに聞いてみることにする。

 

「あの人って、なんの事やよ?」

「……ああ、あの星が降った日、三葉が言っとったんや。何やら泣きそうな顔で、いきなりそんな事言い出すもんやから俺も焦ったで……。まあ、状況が状況やったから、知るかあほうっ、これはお前が始めたことやって一括したんやが……」

「それは……、流石にひどいんやない……?」

「だから言ったやろう?あんな状況やなかったら話し聞いて、ヤバかったらお前や祖母ちゃん呼びに行ったと思うが、間もなく星が落っこちてきますって時にまともに対応できる訳ないやろう……。アイツ信じて変電所を爆破した直後やったし……」

 

 テッシーの言うことも一理ある。確かに私達は隕石が落ちてくるっていう三葉の言葉を信じて犯罪紛いな事をやったのだ。……最も私は成り行きで協力してしまったというのもあるのだけど……。

 

(ただ、さっきの三葉は……)

 

 とてもひどい顔をしていた。まるで、大切なものを無くしてしまったかのような……。

 

(……そう、あの時の三葉に似とるんや……)

 

 かなり昔、確か……三葉や四葉ちゃんの母親である、二葉さんが亡くなった時――同時にはじめて私が三葉と話して、そして友達になった日――

 

 

 

 

 

 あれは、6年前だったかな……。この糸守町で強い影響力を持っていた宮水神社の巫女で、三葉や四葉ちゃんのお母さんである、二葉さんが亡くなった。確か病気で亡くなったって聞いたけれど、周囲の人は「巫女として早くに神様に呼ばれた」なんて言ってたっけ……。お父さんやお母さんもそんな風に言っていた様な気がする。だから、私はその時は特別、何も思わなかったんだ。むしろ神様に呼ばれたんだったらいい事じゃないか、って思っていたかもしれない。

 私は定期的に宮水神社にお参りにいっていた。両親や、お姉ちゃんの影響なのかもしれないけど、悩みか何かがあった時は行くようにしていたんだ。お賽銭を入れて、お参りして。さあ帰ろうって時に、境内の隅で蹲ってる子がいるのが見えた。遠めにはわからなかったけど、近づいてみてそれが三葉だというのがわかった。

 

「どうしたん?どこかいたいん?」

 

 その時はあまり、三葉とは親しい仲ではなかった。むしろ、敬うべきというか、特別な子っていう印象の方が強かったかな?なんせ、糸守町にいたら知らない人はいない程、影響力を持っていた宮水神社の娘なのだから。

 

「…………おかあさん、いないんよ……」

 

 ボソリと、蚊のないたような声が聞こえる。顔色が悪く、とてもひどい顔をしていた彼女をほおってはおけなかった。

 

「……ふたばさんは……、すごいひとだから、かみさまによばれていったんやよ。だから……」

「…………それ、おばあちゃんもいってたやさ……」

「なら……」

 

 お母さんの為にも、元気だしない。そう言おうと思った時、でも、と三葉が呟いたのがわかった。そして、その言葉の続きを紡いでいく。

 

「でも……もうあえないんやよ……。もうにどと、おはなしもできないんよ……わらっても、くれないんよ!!」

 

 泣きながら叫ぶ三葉を見て、私は無意識に彼女を抱き締める。子供ながらにもわかった。私は、何を言ってるんだろう。神様に呼ばれた?それはとてもすごい事?自分の親が亡くなって、そんな事が言えるのか?今、目の前で泣いている三葉。私と同じくらいの歳なのに、母親がいなくなってしまった三葉。周りが二葉さんの死を受け入れているから、彼女は今まで自分の心の内を吐き出す事が出来なかったんだろう。

 

「……ごめんやさ。おかあさんがいなくなったんに、かなしくないわけ、ないやさ……」

 

 泣いている三葉を子供ながらに必死で慰める。お祖母ちゃんは達観し、お父さんは死を受け入れられてないのか、全く構ってくれず、幼い妹は母親の死をわかっていない。挙句周りの人は当然のように受け入れている。私が、私だけでもこの子の拠り所にならなきゃ。そう思って――

 この日、私は本当の意味で三葉と出会ったんだ――

 

 

 

 

 

 さっきの三葉は、あの時の、二葉さんが亡くなって、一人泣いていたあの時の三葉と酷似していた。大切なものを無くして、やりきれずにただ涙を流し続ける三葉に……。

 やはりほおっておけず、三葉の後を追おうとした矢先、

 

「ああ、早耶香ちゃん。克彦もここにいたか」

「テッシーの、克彦くんのお父さん……?」

 

 ちょうど体育館へと遣って来たのはテッシーのお父さんだった。ちょうど作業に一区切りついたのか、他の社員の方もあちこちで休憩しているのが見える。

 

「ごめんなさい、ちょっと三葉のところへ……」

「三葉お嬢さんは、今は一人にしてあげない。ウチの若いモンが遠巻きに様子を伺ってるに」

「でも……」

「それに、早耶香ちゃんには話しておかなきゃならん事がある。これは克彦にもや……」

 

 話しておかなきゃならない事……?それって……、

 

「今後の話や。勿論さっきのマスコミが来た件にも絡んどる。君だけでなく、親御さん達にも関係してくる事やから、時間を空けといてくれんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの人の名前が……!思い出せん!!」

 

 なんで今まで忘れていたのだろうか、テッシーに言われるまで、私は名前どころか、思い出せなくなってしまった事さえ忘れてしまっていたのだ。大分薄れてしまった掌の「すきだ」の文字を抱きしめながら必死に思い出そうとする。

 落ち着け、私。思い出すんだ。少しずつ、少しずつでいいから……。そう思って意識を集中させる。するとぼんやりとだけど、何かを思い出してくる。…………ノートに書かれた、見知らぬ文字……。家に帰って、何かに驚いていたっけ……。

 

(……そうやさ。はじまりは、ココ。……大丈夫。一歩一歩、辿っていけば……きっと……思い出せる……)

 

 何かにムカムカした感情、開放感に溢れた楽しい記憶、ドキドキした事、何やら哀しい出来事、嬉しかった思い出……。この一ヶ月、確かに体験したんだ……私は……。

 

(……そう、あの感じ、あの気持ち。こうやって記憶の輪郭をなぞっていけば思い出せるはず……)

 

 プツッ……

 まるでそんな音が聞こえたかのように記憶の糸が途切れてしまう。それに伴い、曖昧だったけど確かにあった記憶の輪郭が雲散してしまう。

 

(!!も、もう一度、確か、はじまりは……!)

 

 プツッ、プツリ……

 再び感情をなぞろうとするものの、記憶の糸が次々と途切れていく……。もう一度、もう一度慎重に……、はじまりは……あれ?なんだっけ?どこからはじまって……こういって……そういって……。どこ?違う、あの感情が……、感情?どれ?あれ?あれ??あれ???……嫌だ。諦めたくない!絶対に、思い出すんだ……。あの記憶を……!あの夢を……!!…………夢?夢って、何……?

 

 

 

 

 

 どれだけ時間が経ったのかわからない。何か大切な事を思い出そうとしていた気もする。ふと自分の掌に何かがうっすらと書かれているのが見えた。

 

(………………なに、コレ……?すきだ……?)

 

 ジワっと涙が伝ってくるのに気付き、ハッとする。何で泣いているのかはわからない。でも、わかった事がある。私はもう、二度と思い出せないだろう。そんな虚しさ、やりきれなさが湧いてきて、涙が止まらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「三葉……?そこにおるんか……?」

 

 宮水一葉がそこで見たものは、呆然としながら涙をただ流し続けている三葉だった。

 

「…………お祖母ちゃん……?」

 

 振り向いた三葉はまるで油の切れたロボットのようにぎこちないもので、とても見ていられない程、酷く痛々しい姿であった。

 

「………………思いだせん」

「……三葉……」

「お祖母ちゃん、私、何にも思いだせんの!!」

 

 泣きつく孫の姿に、心が締め付けられる思いがする。こんな姿を見るのは、二葉が死んだ時以来か……。

 

「三葉……」

「私には、確かにいたんよ!!大事な人が!忘れちゃダメな人が!!絶対に、忘れたくなかった人が!!!」

 

 号泣に近い三葉の告白を聞きながら、頭を優しく撫で続ける事しかできない。

 

「でも!もうそれも思いだせん!!そんな人がいたっていう事すら、わからなくなってまって……!!」

「それは、仕方ないんよ。三葉。夢は夢。目覚めればいつか必ず消えてまう。ワシにもあった事や……」

「え……?」

 

 泣き腫らした顔で見る三葉に、ワシは続ける。

 

「ここ数日、お前は夢を見とったんやよ。別の、人生の夢を。じゃが夢は必ず覚めるもの。……三葉。お前の夢は、もう終わってしまったんやさ」

「そんな……、じゃあ……」

「……三葉、それもまたムスビなんやよ。今はそのムスビは途切れてしまったのかもしれん。じゃが、また繋がる事もある。お前と、その忘れてしまった相手との間にはムスビが生まれとるのやから」

 

 おそらく、あの星が落ちてきた日に、三葉の身体に入っていた相手が、そうなのだろう。明らかに三葉ではない。そういう日が、度々あった。お互いが相手の人生になって、夢を見てる内に、ムスビが形を作ったのだ。

 真剣にワシの言葉を聞く三葉にある物を差し出す。

 

「これは……」

「今は無くなってしまった神社を見に行った時、偶然見つけての。お前のじゃろう?」

 

 いつ買ったのか分からない、青い砂の砂時計。みつは、と名前が彫ってある事から、この子のもので間違いない。家が無くなってしまったというのに、よく壊れずにいたものだ。三葉はソレを大事そうに胸に抱き締める。

 

「……お祖母ちゃん。私……、また会えるのかな……?」

「……それはわからん。じゃから信じるんやさ。安心しい。宮水の巫女が、孤独だった事はないんやから……」

「お祖母ちゃんッ……」

 

 そう言って泣きついてくる三葉を宥めつつ、ワシはある決心を固める。この子が幸せになる事を、祈りながら……。

 

 

 

 

 

「お義母さん、三葉は……?」

「もう寝てまったよ。大丈夫やさ。今は色々混乱しとるようやが、じきに落ち着くやろ」

 

 あれから避難所に戻り泣きつかれて眠った三葉を四葉にまかせ、ワシは職員室へと向かう。職員室に入るとそこには義理の息子である俊樹の他に、勅使河原一家や名取一家、そして宮水神社の主だった氏子の者達が集まっていた。三葉の事を聞いて皆少し安堵した様子が感じられる。三葉は今までもこの糸守町では特別な存在だったが、今回の件でますます二葉のように、いや二葉以上に神格化してしまったかもしれない。

 

「……皆に集まってもらったのは他でもない、例のマスコミの件だ」

 

 俊樹がそう切り出す。今日ボランティアの方達に混じってやってきた記者達は今回の避難の件を嗅ぎつけていた。特に、三葉の事を……。

 

「今日のところはとりあえず帰ってもらいましたが、次はどうなるかわかりません」

 

 今日は俊樹が神社で宮司をやっていた際に、彗星落下を匂わす描写があり、彗星が割れた事で、万が一に備えて避難させた、と記者達には説明した。実際のところ、神社の資料にそのような記述はなかったものの、今はもう湖の底に消えて探せなくなった為、今日のところはとりあえず納得して帰ったようだが、おそらく信じてはいないだろう。ワシにはよく分からんが、機械で情報が拡散してしまっているらしく、そこには三葉らしき少女が関与したらしいという憶測もあると聞いた。こうなっては、今や無き宮水神社の巫女であった三葉に注目が集まるのも時間の問題だろう。

 

「そうなる前に、私は三葉を県外へ出そうと思う。今日までに私の方でも何件か心当たりを打診してみたが、場合によっては皆の力を貸して頂きたい」

 

 反対意見はないようだった。未だ宮水神社に畏敬の念があるのは勿論、彼らにとって三葉は命の恩人と思っているのだろう。むしろ何でも協力を惜しまないと口々に言ってきていた。

 

「ただ、三葉だけを外に出すというのも不自然です。なので、克彦くんと早耶香くんには、三葉に付いて一緒に行って貰いたいのだ」

 

 親しい者にいた方が三葉の為になるだろう、そう言って義理の息子は2人に頼み込む。

 

「……俺はかまわんです。あの三葉をほおっとくのも心配や」

「私も、三葉の傍にいたいです」

 

 2人は即座に了承する。2人の家族には、予め伝えていたのか特に反対はなかった。ただ勅使河原工務店はこの糸守に残り、復興を目指すとのことで、いつかは宮水神社も再建すると言ってきた。…有難い事ではあるが、ワシは正直もう御役御免という気持ちもあるが。

 

(星が落ちて、神社も跡形もなく無くなってしまった今、もう語り継ぐ事の意味もわからん)

 

 あれ程神社に拘っていたが、三葉がワシらに避難を促さなかったら、全員死んでいただろう。それに……、

 

『もしかしたら、宮水の人たちのその夢は、全部今日の為にあったのかもしれない!』

 

 あの三葉に入っていたあの子はそう言っていた。あの時は戸惑った物だが、星が落ちた今となっては、ワシ自身そうかもしれないと思っている。そんな思いに耽っていると俊樹がワシを様子を伺いながら話しかけてきた。

 

「……最も、何処へ行くかは三葉に選ばせるつもりです。私自身、ある程度の伝手はありますが…、お義母さんも、ご協力願いませんか」

「……フン、どの口が言っとるか。今やアンタの方が、宮水の勢力を理解しとるじゃろうに。そうやって町長にまでなって、宮水の力を削ろうとしたアンタが何を言っとるんや」

 

 ……そう、二葉が死んだ時から、俊樹はあきらかに宮水の影響力を狭めようとしていた。それは二葉を死なせてしまった宮水を憎んでの事だったのかもしれない。勿論ワシも自分の娘が死んでしまった事に何も思わなかった訳ではない。ただ、嘆いていても二葉が帰ってくる事もないし、宮水の総代として構えていなければならなかった。だからワシはこれも定めなら仕方の無い事という態度を貫いていたのだ。

 

「それを言われると耳が痛いですが……。ただ今となっては二葉が最後に私に言った事、わかる気がします」

「……まあええ。今は三葉の事の方が大事や。そこのところはお前に任す。ただ、ちゃんと三葉へけじめをつけや。さもなくばワシは絶対に許さん」

「…………心しておきましょう」

 

 まだワシ自身は、俊樹に歩み寄る事はできない。歩み寄るにはいささかワシも俊樹も歳を重ね過ぎていた。しかし、一番大事だった宮水神社も無くなった今、三葉の件に片がついたならば――

 

(……まあ今は想像できんがな)

 

 そんな事を思いつつも、周りは今後の事について意見を交わしていく。三葉が何処に行くと言っても、日本各地に宮水の氏子や関係者がいるから対応も出来るし、転校の方も大丈夫だろう。財源に関しては、神社は完全に無くなったが、そこは俊樹が上手くやるに違いない。一番の問題はマスコミ関係であるが、俊樹自身は自分が矢面に立つ事を覚悟しているようで、三葉さえ目の届かぬ所に隠してしまえば噂も次第に鎮火していくと踏んでいる。

 そうやって色々な意見が飛び交い、それは深夜まで続いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え?県外へ転校……?」

 

 朝、一葉と俊樹に呼ばれて言われた事はそれであった。最初、何を言われたのかわからなかったが、段々理解が追いついてくる。転校はわかる。糸守高校はもう高校として機能しておらず、四葉の通っていた小学校に至ってはもう存在自体無くなってしまっていた。だけど何故、岐阜県ではなく県外なのかという事はわからなかった。

 

「……マスコミが既にお前をマークし始めている情報が入った。例の変電所爆破の際の動画が匿名で流れているようでな。幸い顔までは映っていないが、接触してくるのは時間の問題だ」

 

 お父さんに言われて考える。そう言えばあんなに派手に立ち回ったのだ。まして、その後の避難の呼び掛けといい、注目を浴びる要素はいくらでもある。私自身、無くなった宮水神社の巫女でもあるし、地元のケーブルテレビでも何度も取り上げられてたし……。

 

「それでお前の希望を聞きたいんだが、どこか行きたい所はあるか……?」

 

 どうもこれは決定事項らしい。まあ、私としては別に反対する事もないんだけど……。……疎遠だったお父さんからこんな事言われているのは、正直違和感しかないが。

 

「……………………東京がいい」

 

 長い長考の末、私はそう呟く。どうしてかは分からないけど、県外と言われて真っ先に思い浮かんだのは東京だった。勿論、憧れていた事は事実だったけど、それ以前に行かなければならないような気がした。傍に置いてあった砂時計に目を遣りながら、自分の希望を話す。

 

「わかった。手配しておく」

 

 そう言うと話は終わりだとばかりに、出て行こうとするお父さん。そんな父をお祖母ちゃんが引き止めた。

 

「……昨日ワシが話した事、もう忘れたんか?アンタは」

 

 それを聞き、父の足が止まる。しばらくそのまま状態が続き、私はどうしたんだろうと思っていると、やがてお父さんが振り向き、語りかけてきた。

 

「…………今まで、すまなかったな、三葉」

「……え?」

 

 そう言って頭を下げる。今のは…聞き間違い?それとも、夢?お父さんが……謝った?ポカンとしている私に父が続ける。

 

「……本当にすまなかった。お前にとっては私がお前を捨てたように思えたのだろう。実際、二葉が亡くなって、私自身精神がどうにかなってしまいそうだった。これまでもお前につらく当たってしまったのも事実だ。だが、私はお前の事を愛していなかった訳ではない。むしろ、お前を宮水から解き放ってやろうと思ったのだ。実際、お前が私に怯えてさえいなければ、お前だけでも連れて行きたいと考えていたのだからな。だから私は町政に乗り出したのだ。宮水中心の糸守町を変えるために……」

「…………でも、今までにお父さんのやった事は…」

「……わかっている。私がやった事が原因でさらにお前を追い詰めていた事は…。私は宮水の強い影響力を弱める為には惰弱だった町政に活力を与えるべきと考えた。その為には何でもやった。多少黒い噂がかまいやしない。自分の目標達成の為には、な」

 

 父の独白は続く。私は、お父さんの言う事をただじっと聞いていた。

 

「こんな事をいきなり言われてもお前も混乱するだろう。許してくれとも言わん。ただ、これだけは信じて欲しい。お前は、私と二葉の宝物だ。勿論、四葉も。二葉がいなくなり自暴自棄になった私ではあるが、その事だけは疑いようのない事実だ」

 

 そして再び背を向けるお父さん。私も正直いろんな思いがごちゃ混ぜになって、なんて言ったらいいのかわからない。出て行く間際に、

 

「…東京へ行くのはお義母さんと四葉の他に、勅使河原さんの所の克彦くんに、早耶香くんの家族も一緒に行ってもらう話はついている。金銭の事は心配しなくていい。当面はこちらで用意する。そして出来る事なら、宮水に縛られるのではなく、普通の人間として生きていってほしい……」

 

 そう残して、お父さんは出て行く。今までギクシャクしていた父との関係からか、なかなか素直に受け止めることはできない。それは、お父さんも分かっているんだろう。だけど、いつも尖ってた父の言葉が、今日は暖かく感じた気がした。

 

 

 

 

 

 ――そして出立の日。人知れず、私達は糸守出身の知人に軽のワンボックスカーで飛騨古川駅まで送ってもらう事になった。その人は、普段糸守町の近くでラーメン屋をしているようで、隕石落下の夜に糸守に帰ってきていたとの事だった。家族を守ってくれて有難う、もう何度聞いたかわからない言葉を言われる。曖昧な笑みを浮かべながら遣り過ごす事に、私も少し慣れてきたのだろうか。

 

「こちらの事は私にまかせておきなさい。絶対に、お前達に危害が及ばないようにしておくでな」

 

 お父さんは、そう言って私達を送り出してくれた。私達や四葉の通う学校に、住むところの手配まで全て父がやってくれたようだ。四葉は勿論だけど、お祖母ちゃんも心の中では感謝しているのだろう。お父さんが私に謝ってきた日以来、少しは自分の中で整理も出来てきていた。

 

(まあ、それでもまた別々で暮らす事になるんやけど)

 

 最も、今回は私達を守る為に離れるのだ。あの時とは違う。今まで私の中にあった、一つのしがらみは、解消されたのだ。もう出て行きたいと思っていた糸守町が、あんな形で無くなり、周りから注目されていた生活も終わりを告げた。……まあ、別の意味で注目されそうという事はあるが、それを避ける為にも東京へ行くのだけど。

 

(……東京、か……)

 

 星が降る前日、どうしてかはわからないけれど、私は東京へ行った。誰かに会う為、に行ったのだと思うけど、その事は思い出せない。ただ、一日中東京を歩き回って、そして、とても辛い思いをしたような気がする。

 

「……大丈夫なん?お姉ちゃん。あんなに憧れてた東京に行くんやよ?」

 

 隣に座っていた四葉が心配そうに話しかけてくる。ここ最近、四葉はいつも私を気遣ってきていた。

 

「大丈夫やよ、四葉。ちょっと、色々考えていたんやさ」

 

 心配掛けないよう笑顔を作って、私は四葉を撫でる。普段は私をからかってきたりする生意気な妹だけど、心の底から私を思ってくれている事に感謝しながら……。

 作り笑顔なのがわかってしまったのか、なお心配そうにこちらを伺っているらしい四葉には気付いていたけれど、私は窓の外を眺めながら思いを馳せていく。

 

(……私は、無くなってしまった物を見つける事はできるんかな……)

 

 手元の砂時計を握り締めながら、私はそんな事を思う。確かに一つのしがらみは無くなった。だけど、同時に新たに生まれた感情があった。単純に故郷が無くなってしまったという感傷だけではない、自分の半身のようなものが消えてしまったかのような強い喪失感。

 

「……東京に、それがあればいいんやけどなぁ」

「え?何か言った?お姉ちゃん」

「なんでもないやさ」

 

 そう言いながら、再び車の外へと視線を移す。次々と移りゆく景色を横目に見ながら、私は願う。東京に私の求めたものの答えが見つかる事を……。

 

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