君の、名前は・・・? 作:時斗
(…あと少しであれから、1年になるのか…)
俺、藤井司がカフェで待ち人を待っている際に考え事をしていた所、ふとその事実に気付く。親友である瀧に付き添って、奥寺先輩と俺が一緒に岐阜へ行ってもう少しで1年。俺達も受験生となり、ここ最近勉強付けになっている。今日は息抜きに、ある人に誘われてこうして外に出ているという訳であるが…。
(…瀧たちは今頃勉強漬けかねぇ)
受験生にとって休日は絶好の勉強日和だ。…まあ、外でこうしている俺が言うのもどうかと思うが。ただ俺自身は、この間の模試でも一次希望の大学にA判定を貰っているので、他よりは余裕があるのも事実だ。そうでもなければ、こうして暢気に外で人を待つ等する筈もない。
近くにいたウェイターに新しいコーヒーを注文する。そうしてそれを待つ間、瀧の事に思いを馳せる。瀧のメル友がいるらしい岐阜への旅行から約1年…。あれから瀧は、変わってしまった。
(最近は、受験勉強にも漸く身が入ってきたようだが…)
流石にこの間の模試のD判定は堪えたか、そうひとりごちる。ただ、あの旅行から帰った後、まるで抜け殻のようになってしまった瀧の姿が浮かんだ。いつもぼんやりとして、元気というか覇気のようなものが無くなってしまった瀧。話しかけたら一応返事は返すものの、気付いたら自分の掌を覗き込んでいる時もある。…正直、今のクラスで瀧に話しかけられるのは俺と真太くらいなものだ。勿論、嫌われているという訳ではない。むしろ、異性の評価といえば、瀧はかなり高い位置にあると思う。前の瀧を知る俺たちにとっては抜け殻のようだと評したが、見方を変えれば落ち着きのある大人っぽい雰囲気、とも言えなくも無い。
(だからといって、別に誰かと付き合う気もないようだが…)
そうしていると注文したコーヒーが届き、それを一口飲もうとした所に声を掛けられる。
「ごめんね、司くん。待ったかな?」
声を聞いただけで、彼女だとわかった。
「いえ、俺も今来たとこです」
待ち人である、奥寺ミキ先輩に俺はそう答える。
「へぇ~、滝くんの事考えてたんだ~。そういえば、去年の秋頃だっけ?岐阜まで行ったのって」
待ち時間に考えていた事を伝えると、彼女も乗ってくる。
「ええ。それで結局瀧の探し人にも会えずに戻ってきたやつです」
岐阜に住むという知り合いに会いに行きたい。最初にそんな事言われた時は面食らったものだ。色々危なっかしい奴だから、美人局なんかに引っかかってやしないか心配になり、奥寺先輩に相談して付いていったのだが…。
(手掛かりは瀧の書いた風景絵だけってんだからな…)
相手の連絡先はおろか、住む場所もわからないという、なんとも奇天烈で無鉄砲な旅行だった。
「でも…、あれからでしょ?瀧くんに元気がなくなったのって…」
「はい。俺達と別れた後、何かあったんですかね…」
岐阜の旅館で一泊した翌朝、アイツは書置きだけ残して一人彗星被害を受けた糸守へと向かった。いなくなった瀧を追おうかとも思ったが、足が無かった為、仕方なく一足先に東京へと戻ったのだ。ちゃんとアイツは帰ってくるのかと心配だったが、それは杞憂だったみたいで、翌日学校に姿を現した時は安心したものだった。ただひとつ、まるで抜け殻のようになってしまった事を除いて…。
「…だけど、ひとつだけわからない事があるのよ…。ほら、人類史上まれに見る彗星が落下した悲劇の町って言われているけど、落ちた町の住民は奇跡的にほとんどが無事だったわけじゃない?なのに、あの時の瀧くんの顔…、どうにも腑に落ちないのよね…」
1年前の事だから大分忘れているからかもしれないけれど、と前置きした上でそんな事を話す先輩。そういえば…、と俺はまた当時の事を思い出そうとする。
あの時は、探し人に会えなかったショックか、とも思ったが、それだとするとあの絶望したような瀧の表情と辻褄があわない。あれは、もう二度と会う事ができないという事実を突きつけられたかのような顔だった。あの市立図書館で調べた糸守町の記述は、どれもそんな表情を引き出すようなものでは無かった筈なのに…。
「…まあ、今更考えても仕方ない事ですけどね…。確かなのは、あの日からアイツは変わったという事だけです」
そうなのよね~、とごちる先輩に俺は切り出すことにする。
「さて、そろそろ行きましょうか。折角、俺の気分転換に付き合って頂いているんですし、いつまでも瀧の事を言っていても始まりませんしね」
「おっ、言うねえ。じゃあ司くんのお手並みを見せてもらいましょうか?」
「ははは…。まあ瀧みたいに行き当たりばったりにはしませんよ」
そう言って俺たちは席を立ち、カフェを後にした。
あの、糸守に行ってからだろうか。あの時から何かを…、常に何かを探しているような気がする。
受験勉強の合間、ずっと集中していた反動に、俺は机に突っ伏していた。勉強にのめり込んでいる時は気にならなかった事が少しずつ首をかまけてくる。またか…、と俺は憂鬱になりながらも、ふと机の隅に置いてあった砂時計に目をやる。いつから置いてあるかわからないそれを眺めながら、俺は心を落ち着かせようとしていた。サラサラと落ちる青い砂を見ていると、何かを思い出すような気がしてくる。大切な何かを、無くしてしまった何かを…。
しかしながら、眺めていた砂時計は全て下に落ちきってしまう。休憩時間は終わってしまったようだ。
「……あと3分だけ」
俺は再び砂時計を逆さにする。先程と同じように、勢いよく流れていく砂時計をぼんやりと眺めながら、俺は先日の事を思い出していた。
「立花くん、立花くん!」
「………え?」
俺を呼ぶ声にハッと我に返る。気が付くともう既に放課後になっているようだった。
「もう…、全然反応してくれないんだもん…。ひょっとして寝てたの?」
「え…?」
そう言われて俺はふと考える。そういえば、午後の授業の内容をちっとも覚えていない。なんとなく教室の外の景色をぼんやり見ていて…、正直彼女に話しかけられるまで今の状況にもまるで気が付いていなかった。
「……私、目を開けたまま寝てる人なんて、初めて見たよ…」
「は…はは…」
呆れた様な感じで彼女、三枝さんは腰に手をやりながら立っていた。―――三枝みずきさん。司達の話によると、この学校でも1、2を争うくらい人気があるらしい。彼女とは2年の時より、席が近かった関係で今でもたまに会話する仲だ。……どういうきっかけで話すようになったかはまるで覚えていないが。
「何か…悩み事…?」
いつの間にか心配そうにこちらをのぞき込んでいた彼女に俺は慌てながら弁明する。
「ああ、ゴメン。別になんでもないんだ」
首のあたりを抑えながら席を立ち上がると、俺と彼女以外教室には誰もいない事に気が付く。
(…司達も帰っちまったのか?あいつら…、俺を置いていきやがって…)
白状にも俺を置いていった事に対する追求は後で行なうとして、これからどうするか。そんな事を考えていると三枝さんがおそるおそるといった感じで話しかけてきた。
「立花くんさ…、この後何か予定ってある…?」
「え?いや、特にないけど…」
この後やる事といったら予備校もないし、家に帰って勉強するくらいだ。俺の返答を受けて少し安心したかのように見えた彼女はこう切り出してくる。
「何も予定がないんなら、さ…。一緒に、帰らない…?」
「…立花くん、何かしゃべってよ」
そう言われてもな…、と心の中でごちる。こうした経緯で三枝さんと2人で下校している訳だが、当然会話など続くわけが無い。以前に奥寺先輩とデートした際に分かったことだが、俺には対女性スキルが決定的に不足している。
「ごめん、何を話せばいいのかわからなくて…」
こう返すしかない俺は我ながら駄目だとは思う。でも、どうしょうもないのだ。むしろまさかとは思うが、司達、こうなる事がわかっててあえて俺を置いていったわけじゃないだろうな…?そんな考えすら浮かんでくる。
そんな俺の様子をみて、ひとつ息をついた彼女は話題を変えてきた。
「ねえ、私達がはじめて話すようになった時の事、覚えてない?」
「話すようになった時…?そういえば、いつだったか…?」
さっきも思った事だが、はっきりいって彼女と話すようになった時の事は覚えていない。元々、彼女が俺の前の席に座っていたりと、比較的近くにいて、それでいつの間にか他愛の無い事を話すようになっていたのだ。
「…ほら、コレ…。このキーホルダー…」
そう言って彼女はハリネズミのキーホルダーを見せてくる。なんだろうこれ…。なんか、見覚えもあるんだけど…。ハリネズミ…?うーん…。
「お母さんから貰ったお気に入りのマスコットのキーホルダーだったんだけど、ある日破けちゃって…。途方にくれてた私に貴方が助けてくれたんだよ」
「お、俺が…助けた…?」
「覚えてない?貴方が慣れた手つきで破けた部分を縫い合わせて直してくれたじゃない。あの時は…、吃驚しちゃったけど…、本当に嬉しかった…」
俺が?マスコットを?直した??なんか、何処かで聞いたような話だ。俺には全く覚えが無いのに、俺が出来るわけないのに、それなのに何故か俺がやった事になっている…。確か奥寺先輩にも似たような事を言われたっけ…。
「…俺、裁縫苦手なんだけどな…」
目線を逸らしながら頭の後ろに手を当てて答える。流石に面と向かって覚えてないと言い切ってしまうのは憚れた。
「…そうだね。普段の立花くんは…、とてもそんな事が出来るだなんて見えなかった…。だから私、とっても驚いちゃったよ」
でも、と続ける三枝さんは俺をジッと見つめてくる。
「でもね…、確かにこの子を立花くんが直してくれたの。それからよね、少なくとも私や他の子達とも話すようになったのは」
普段は藤井くん達としか、あまり話さないのにね、と彼女は付け加える。…そういえば去年の秋頃だったか、俺の周りの人間関係が急に変わった気がする。記憶に無い出来事が続き…、それに戸惑う日々。
「だけど…、最近の立花くんは…。見ているのが辛い…」
「三枝さん…?」
話の内容が変わり思わず聞き返すと、三枝さんは立ち止まり俺を真っ直ぐに見ていた。
「立花くん、最近元気ないよね…。ううん、元気がないというより…、なんというか…、まるで大切なものが無くなってしまったかのよう…」
「大切な…もの…?」
「…立花くんは覇気があって、時々衝突する時もあるけどいつも真っ直ぐで…。それでいて困ってるのを助けてくれたり、意外と繊細なところもあるよね。でも、今の立花くんは…、とても見ていられない…」
「………」
…大切なもの、か…。そう言われて俺は右手を見る。とても大切なものが、前にあった気がする。知らず知らずの内に右手を見る癖がついた。何かの意味があったのか、それすらも今の俺には、思い出せない…。
「わからないんだ…」
「え……?」
「…何か、大切な何かが、俺の中から無くなって…。それがなんなのかも、わからなくて…。なんかさ、心に隙間ができたというか…」
そう、言うしかなかった。忘れたくなかった。忘れちゃダメだった。そんな何かが、俺にはあった筈なのに…。
「……私じゃ、その隙間は…、埋められないかな…?」
「え………」
思わず聞き返してしまう。え?今なんて?
「中学校の時から見続けた貴方に…、そんな顔をして欲しくない…。もし、その心の隙間を、少しでも埋める手助けが出来るのなら…」
き、聞き間違いじゃない!こ、この流れは、もしかして…!
「私と…付き合って、くれないかな…?」
顔を真っ赤にしながら想いをぶつけてくる彼女に俺は身動き一つ取れずにいた。というよりも、どんな反応をすればいいかもわからなかった。突然の告白に戸惑っていると、
「別に、今じゃなくていいの。今は…お互い受験が第一だし…。だから…、今じゃなくても、いいから…」
そう言って上目遣いでこちらを伺ってくる。真っ赤になりながらもこちらを見つめてくる姿は正直、かなり可愛い…と思う。彼女の肩のあたりまで伸ばしている流れるような黒髪が靡くのを見て、一瞬既視感のようなものを感じた。
(あれ…?この感じ、何処かで………)
かつて、何処かでこんな出来事があった気がする。あれは…いつだったか…。
『名前は―――!』
(―――!!)
一瞬、長い黒髪を束ねていたものを振りほどくイメージが浮かんだ。誰かはわからないけれど、酷く懐かしい感じがする。それはやがて目の前の彼女に重なり、消えた…。
(………似ている感じがするけど……多分違う…)
何が違うかはわからないが…、恐らく先程の彼女とは違う。そして俺は、恐らく探しているのかもしれない。いや…、探している!
「…ごめん、三枝さん。俺、今は…、誰とも付き合えない…」
今じゃなくてもいい。その言葉に甘える事は出来た。でも、俺は想いを伝えてくれた彼女に誠実でいたいと思った。だから、答えを出す。
「…さっき、なんとなくわかった。俺には、探してる誰かがいる…。思い出せないけど…、忘れてしまった誰かを…。だから…」
「…そっか。やっぱり、ね…」
俺の答えを聞き、三枝さんは溜息をつくと目を瞑り呟いた。
「なんとなく、そんな気がしたんだ。立花くんは、何かを無くしたって言ってたけど…、多分女の子なんだろうな、てね…」
「…………ごめん」
「謝らないでよ…、むしろ…有難う。私の告白に…、誠実に答えてくれて。やっぱり貴方は、思ったとおりの人だった」
目尻に涙が浮かんでるのが見えた。だけど、俺は彼女の想いに答える事が出来ない。だから、せめて彼女を見続ける事にする。
「想いを告げた事に後悔はないけれど…、今まで通り友達では、いてくれるよね?」
「…ああ、勿論だ」
「…有難う、立花くん」
そして、彼女は顔を見られないように俺に背を向けて歩き出す。その姿を見送ろうとした所、三枝さんは立ち止まり、そして…、
「……いつか、立花くんが探している人に、出会えたらいいね!」
振り返った彼女の顔は、笑顔だった―――
「…彼女には、悪い事をしたかな…」
だけど、自分の気持ちに嘘をつく訳にもいかない。それに、そんなんで付き合ったりしたら彼女にも悪い、そう思い直す。
気が付くと、青い砂は底に落ちきっていた。随分長い間、感傷に浸っていたのかもしれない。
「…もうこんな時間か、流石に勉強に戻るか…」
この前の模試は集中できていなかっただけだと証明しないといけない。もう受験までそう日も無いし次で結果を出さないと、志望校を変更する事にもなりかねない。
「よし、じゃあ英語からはじめるか…」
再び集中力を研ぎ澄ましていく。そして、俺は手元の問題集に挑んでいった。
「ふふ、流石は司くんね。そこのところは瀧くんと違ってしっかりしてるわねー」
司くんと気分転換という名のデートを終え、シャワーを浴びて部屋着に着替えた私はそうひとりごちる。彼は高校生とは思えない程しっかりしてるし、行き当たりばったりに近かった瀧くんとは違って、十分私をエスコートしてくれた。
「まあ、瀧くんを引き合いに出しちゃうのは可哀想か…」
瀧くんと司くんはまるで正反対なくらい性格が違う。熱くなりやすい瀧くんに冷静な司くん。それでいてあんなに仲がいいのは、互いに無い部分を補っているからだろうか。そして2人の調整役として高木くんがまたいい味を出している。
「本当に、いい子たちよねぇ…」
特に危なっかしいところのある瀧くんを司くんたちがフォローしているという事が多いが、逆に瀧くんも2人を気に掛けている。それぞれがお互いを思いあっていて、あの3人は私の自慢の後輩たちだ。ただ、しいて言うのであれば…、
『―――奥寺先輩ッ!!』
…そう、あの時の、私が好きだったあの可愛い感じ瀧くんが、現れなくなってしまったという事…。
「…そういえば、あの時か…。私が、彼を最後に見たのは…」
そうして、私はあの時を思い出す…。それは奇しくも彼と初めてデートする前日の事…。
「わぁ、いいですねぇ!私、まだここのタルト、食べてないんですよぉ~」
この前スマフォで撮った写真を目を輝かせながら食い入るように見る瀧くん。たまに彼は人が変わったかのように性格が異なる日がある。今日もその日のようで、私はまるで女の子のように可愛い瀧くんの事が気になってしょうがない。
「今度の月曜日、一緒に行ってみない?確か瀧くんの高校、創立記念日でお休みだったよね?」
「え?…あ、ほんとだ…赤丸してある…」
「この間、言ってたじゃない。もう予定とかいれちゃったかな?」
「あ、大丈夫だと思います。じゃない…大丈夫ですよ!!」
楽しみだな~と、本当に満面の笑みでニコニコしている瀧くんを見てると、こっちも嬉しくなってくる。…まさか私が年下の子を好きになるなんてと思ったこともあるけど、人を好きになるのに理由なんてないのかもしれない。彼からの好意のようなものには私も気付いていた。いや、瀧くんだけじゃない。他のバイトや社員の人たちからも好意を感じるし、何人かに告白された事もある。今後の関係がおかしくならないように上手に断る事は出来たけど、今度はまさか私自身が…。…本当にわからないものだ。
「フフッ…じゃあデートのエスコート、よろしくね」
「え?デート?」
不意をつかれたかのポカンとした様子で聞き返してくる瀧くんに、ふと小さな違和感を覚える。
「あら?そのつもりだったけど、違った?」
「い、いえ!そ、そうですよね!デート…、あれ?でも…」
何か小声でボソボソ呟いている瀧くんをみて、怪訝に思い、聞いてみる。
「…もしかして、やっぱり予定があった…?」
「あ…、それは大丈夫です!私、とても行きたいですし!!」
「そう?ならよかった」
そう答えてくれる瀧くんに嘘はなさそうだ。本当に私と出掛けるのを楽しみにしている様子が見ただけで感じられる。だけど、何だろう、この違和感は…。どこかショックをうけているような、そんな印象を彼から感じる。
「じゃ、楽しみにしてるからね」
「…はい!私も、です!」
瀧くんが「明日も私でありますように…」なんてポツリと小声で呟いているのが聞こえた気もする。いくらか違和感を感じながらも、今日はそれでお開きになった。
「……結局、あの時が最後なのよね…。あの『瀧くん』と最後に会ったのは…」
デートに現れた瀧くんは、いつもの瀧くんだった。良くも悪くも不器用な瀧くんとの会話が上手く噛み合わず、デート途中で解散となってしまった。
「それに…彼には既に…」
あのデートの時、わかってしまった。瀧くんは、私以外の誰かを見ていた。それが誰なのかはわからないけど、今もそれはわかっていないけれど。あの時の彼には確かにいたのだ。それは、間違いないと思う。
「……これってやっぱり、振られちゃった、て事かな…」
私は確かに瀧くんが好きだった。だけれど、振られたのかどうかは、よくわからなかった。振られる以前に、私が好きだった瀧くんの面影が、わからなくなってしまったのだ。だから、彼が飛騨へメル友を探しに行くと司くんから聞いて、私も付いていこうと思ったんだ。このモヤモヤした感情に答えが出ると信じて…。
(………でも、ますますわからなくなっちゃったのよね…)
結局、探し人には会う事は叶わず、さらには瀧くんは一人いなくなってしまった。仕方なく司くんと一緒に東京に戻り瀧くんを待ったんだけど、戻ってきた彼はまるで抜け殻のように覇気が無くなってしまっていた。今までの可愛い瀧くんも、熱くなりやすい瀧くんも…、あの時以来見えなくなってしまった。バイトの時もぼんやりしている事が多くなり、気が付けば自分の右の掌を見ているのをよく目にするようになった。
「…………ふう」
考えても仕方が無い。瀧くんがあのようになってしまった以上、もう答えは出ないのかもしれない。実は今日の気晴らしだって、瀧くんや高木くんも誘ったのだ。だけど、瀧くんは勉強したいと言い、高木くんも用事があるという事だった。
私は部屋の電気を消し、静かに寝台に横たわる。目を瞑ると一瞬、あの『瀧くん』の笑顔が頭に過ぎった。すぐにそれは消えていったものの、その残像は私の心に残る。
(また、あの瀧くんに、会いたいな…)
そして、自分の心に決着をつけたい。そう思いながら、私の意識は夢の世界へと旅立っていった。
「本格的に暑くなってきたな…」
現在7月の終わり、もうすぐ8月になろうというある日、もう夏休みに入っているのだが、高校の夏期講習の為に俺はこうして通学している。今日は午前中で講習も終わり、そのまま家に帰る気にもなれず、司たちに気分転換にでも行くかと誘われたものの、なんとなく今日は一人で居たい気分だったので、こうして当ても無くただぶらぶらと歩いていた。そんな感じでいたらいつの間にか須賀神社の階段の前まで来ていた。
「……お守りでも買っていくか」
偶然とはいえ、気が付いたら神社の傍にいたというのも何かの縁だ。次の模試は結果を出さないといけないし、縁起を担ぐ意味も込めて、俺は学業成就のお守りを買う為に階段を登っていく。
「ん…?」
一段ずつ階段を登っていると、なにやら違和感を覚えてくる。一瞬見覚えのある黒髪を紐で複雑に纏めた女子高生が後ろにいる気がした。
(今のはッ!!)
勢いよく振り返るも、そこには誰もいない。
「…気のせい、か…」
俺はまたか、と思う。…時々俺はそんな錯覚に陥る事がある。今回も、そうなのだろう。忘れてしまった何かが、俺にそうさせているのかはわからない。でも…、
(…俺には、絶対に忘れてはいけない何かが、誰かがいた筈なのにな…)
立ち止まっていた足を動かし再び階段を登りながら、そんな事を考える。何かとか誰かとか、結局何もわからないのに。答えの出ない思考に堂々巡りになっていたそんな時、
「ッ葉ー!はよ来ない!午後の講義、遅れてまうよ!!」
階段の下の方で、何やら覚えのある訛りを持つ女の子の声が聞こえた気がして、俺はふとそちらを見る。遠めに見ると、おさげをした女性が誰かを呼びかけていたようだ。
(…何処かで、会ったか…?何か、見覚えがあるんだけどな…)
一瞬そんな事を考えるもすぐ過振り振る。講義という言葉も使っていたし、あれはどう見ても女子大生だろう。俺に、女子大生の知り合いといえば奥寺先輩や他のバイト先の先輩くらいだ。そして、彼女はそのどれにも当てはまらない。
そう思い直し、俺はまた神社の方に向き直りその場を後にする。なんとなく後ろ髪が引かれるような気がするが、気にしていても仕方が無い。本来の目的を思い出し、俺は神社へ向かい、学業成就のお守りを買いにいく。
「…折角だから、お参りもしていくか…」
神社は願いを叶えて貰う場所ではなく、日頃の感謝を神様にお礼をする場所。それにより、神様がその信心に免じ加護を与える場所。誰に聞いたのか忘れてしまったが、俺はそのように思っている。
(本当に神様がいるかどうかはわからないけど…)
それでも、願わずにはいられなかった。無くした物が、無くした思いが、見つかりますように…。このモヤモヤした想いが、いつの日か晴れますように…。叶うかどうかはわからないが、勉強の事は置いておいて俺はそんな事をお参りする。いつかそれが解消する事を夢見て…。