グリモア~私立グリモワール魔法学園~ つなげる想い 届けたい言葉 外伝 瑠璃川 春乃・瑠璃川 秋穂 エピソード 作:春夏 冬
『ずっと…ずっと前から好きでした!!』
斜陽が赤く染める教室の中、一人の少女の気持ちが言葉となって憧れの先輩へと届けられる。
告白。それは告げる側からすればとても勇気が必要な行為で、しかし一方の受ける側からしても、また何かを試されるであろう、そんな儀式にも似た何か。
カチッ…カチッ…カチッ…カチッ…。
数秒、数分、数十分。一体どれだけの時が流れたのか。運動場からは部活動に励む生徒たちの掛け声が微かに聞こえる、教室に備え付けの時計の針の、こと細やかに進む音が響くほどに静寂としたその空間は、その場にいる
例えばこの、当事者ではないにも関わらず、しかしこの場に居合わせてもなんら違和感を感じさせない女子生徒、瑠璃川 春乃。
学園において彼女の名前を、正確には「瑠璃川姉妹」の存在を知らない者はいない。
重度のシスコン。仲の良すぎる姉妹。彼女たち「瑠璃川姉妹」の評判は様々なものであるが、中でも特に皆が口を揃えて言うのが姉・春乃の恐ろしさ。
『妹に何かしたらただじゃおかない』
彼女のその言葉がすべてを表すかのように、とにかく妹へ害を為すものに対して容赦がない。
魔物などもってのほかだが、それが例え同じ学園生だったとしても制裁に手加減を加える事はない。
また、一方で妹以外の興味のない物事にはまったく目を向けない性格も、瑠璃川 春乃という人物の評判を大きく左右する要因となっていた。
妹が世界の中心であり妹が自身のすべて…それこそがまさに彼女という少女を表す言葉なのだと言える。
しかし、学園で過ごした長き時間は、妹にしか目を向けなかった彼女を、新しい世界へと導くこととなった。
必至に駆け抜け、命を賭けてまで護りぬいた大切な妹。
その道程、あるいは未来において出来た、数少ない友人たち。
手を差し伸べられても孤独に戦ってきた少女にとって、それは本人ですら予想しえなかった一つの”結果”。
遊佐 鳴子、仲月 さら、冬樹 ノエル、朝比奈 龍季――そして転校生。
赤の他人であるはずの妹のために戦い抜いてくれた彼らのことを、春乃は少なからず認めていた。
特に、その中でも春乃と妹が唯一接点を持つ男子生徒、転校生とは出会った頃に比べるとその関係性は大きく変化させていた。
最初は自分の目的に利用できそうな能力の持ち主としか見ていなかった”転校生”が、次にそれは妹に付きまとう”お邪魔虫”に、やがて「とある事件」を経た先”なんか変なやつ”へと変わっていき、そして……。
だが、だからこそ春乃は妹の”告白”に戸惑いを覚えていた。
なぜ告白などしてしまったのか、なぜ今なのか…。
観察力に優れた春乃には、この先の展開が手に取るように読めていた。
なぜならば、これから起こる”結末”は、もうすでに”決まっているもの”とさえ言えるのだから。
一方で、告白を受けた男子生徒。
三百年にも渡る戦争、人類の脅威である”霧の魔物”との戦いに終止符を打った英雄と称される少年。その身に宿す無尽蔵の魔力を他人に譲渡できるという唯一無二の体質の持ち主で、まさしく人類の希望と呼ぶに相応しい存在。
だが、なによりも魔法学園に流れていた不和の空気を変え、彼の働きにより皆の心が一つとなったという事実は誰もが認めるものであった。
小さなことを積み重ね、誰かのことを想い動き、そして手を差し伸べる。
戦うこと以上に心をつなぐ、それこそがまさに、彼…”転校生”と呼び慕われる少年の一番の功績であったと言えるだろう。
しかし、それら”功績”ゆえに、転校生はある悩みを抱えていた。
共に学園での生活を満喫し、部活動や委員会での仕事に励み、休みの日には友人と街へ遊びに行く。それは、誰もが望み、憧れるような青春の1ページ。
ましてやそれが異性とあらば、年頃の少年である転校生にとっても嬉しい話であることに間違いはない。
そして、幸運にも彼の”日常”とは、そういった日々の積み重ねで出来ていた。
…だが、ここに”好意”が含まれた途端、”それ”は大きく意味を変えることとなる。
誰かを選んでしまうことが「いま」が壊れてしまうのではないか?
なによりも、相手の”気持ち”に応えることが出来るのだろうか。
自分という人間に対する自信の無さ。
誰もが楽しいと感じる「いま」を変えてしまうことへの恐怖。
そして、まだ見ぬ未来に踏み出せない臆病な心と持てない勇気。
例え英雄と称されようが、結局は自分一人で何かを成し遂げたわけではない。
誰かが…みんながいてくれたから世界を救えたという結末は、そして周囲からの称賛の声は、皮肉にも転校生という人間を縛り付けることとなった。
しかし、だからこそ今度は自分の力で何かを成し遂げたいと転校生は考えた。
それはただの意地なのかもしれない。見栄なのかもしれない。ただ、そうすることで心に区切りをつけて、ようやく”前”に進むことが出来るかもしれない。
弱い自分ではなく、”誰か”を護れる自分でありたい。
それこそが、転校生が抱える悩みに対する、彼なりの回答であった。
そして、だからこそ転校生はこの”告白”に衝撃を受けていた。
なぜ、どうして”いま”なのか…。
覚悟を決めた先に告げられたその気持ちを、しかし受け止めるだけの勇気は未だに持てない。
ならばこそ告げなければならない。例えそれが大切に想える相手だったとしても――。
気持ちを伝えた少女、瑠璃川 秋穂は震えていた。
口から心臓は飛び出しそうだし、むしろそれより先に心臓が破裂しそうなほどに鼓動が高鳴っている。
大丈夫だろうか、先輩にバレてないだろうか。そんなことを頭の片隅で考えつつも、しかし真っ赤になった顔を転校生から背けることはしない。
いつもみんなに向ける優しい表情が好き。
たまに抜けてるけど、それでも誰かの為に必死になれる姿が好き。
なによりも自分を、そして姉の背中を支えてくれた先輩のことが大好き。
転校生のことを想うだけでそんな気持ちが胸に溢れるけれど、いま口にするべきはそういった言葉ではない。
それはいま、伝えるべき気持ちではない。
少女は思う。
この告白は、きっと
自慢の姉のように「カン」に自信があるわけではないが、憧れの先輩のことはよく見ているつもりだ。
決して好意がない…というわけではない、と思う。ただ、そういった感情とは別に転校生には何か特別な決意のようなものが見て取れる。
そしてそれは、奇しくも姉と同意見だったらしい。
『今はやめておきなさい。秋穂が傷つくだけよ』
それはいつかの姉からの言葉。
想いを伝えることが、必ずしも幸せにつながることではない。内に秘めなければならない時もあるのだと、彼女は言った。
だけど、本当にそれでいいのだろうか。
彼には彼の事情があって、なにか覚悟を決めたのだと思う。
では、それならなぜ姉も先輩も時折寂しそうな顔を見せるのか。
それを悲しいと感じる自分の心は間違っているのだろうか。
姉も先輩も、二人はいつだって正しくて、だから今回も間違っているのは自分なのかもしれない。
背中を支えてくれた二人の、いつだって目標にしてきた姉と先輩の出した”答え”…それこそが、本当は正しいことなのかもしれない。
だけど、それじゃあ納得することなんて出来はしない。
この気持ちを抑えていくことも、大好きな二人のあんなに寂しそうな表情も、これから先ずっと見過ごす事なんて自分には出来ない。
だから決めた。
やっぱり自分が間違っているかもしれない。
でも…後悔することになるかもしれないけれど、それでも伝えたい想いがある。
届けたい言葉がある。
だから、まずは一歩を踏み出そう。
大切な姉と、大好きな先輩と、心から笑える未来を夢見て。
だから、次につなげる言葉は――。
「ずっと・・・ずっと前から好きでした!!」
そして、時は再び動き出す。
大切な妹の告白を目の当たりにし、しかし決してその顛末から目を背けまいと姉は戸惑いながらもその覚悟を見届ける。
これまで通りの関係でいられなくなるかもしれない。
そんな決意の揺れる少年は、だがその告白に残酷な答えを返そうと口を開く。
ごめんなさい。あなたとお付き合いすることは出来ません。
その場にいる誰もが予想していた答えが少女に届く時、しかし先に発せられたのは少女が繋いだ言葉であった。
「ずっと…ずっと好きでした!! …なので先輩!! わ、わたしと、あと…それと、おねえちゃんとも付き合って下さい…!!」
「「……えっ?」」
呆然とする二人の耳に残った確かな言葉。
聞き違えたかと思い顔を合わせる転校生と春乃だが、互いの表情を見てそれが間違いのない現実のものだと認識する。
「…えっと秋穂?ごめん、お姉ちゃん聞き間違えちゃったかもしれないんだけど」
「うん。僕もなんだけど…それはつまり、その……」
現実の言葉だったとすれば余計に分からない。
その真意を測りかねて戸惑う二人を前に、少女はもう一度気持ちを伝える。
「先輩!! おねえちゃん!!」
照らされた夕陽よりも赤いその表情は、今度は優しい微笑みに変わり、
「わたしは…先輩と、おねえちゃんと…これからも幸せな時間を過ごしたいんです!! だから、その……」
やがて、少し落ち着いたのか恥ずかしげな表情を見せる頃には、”告白”を受けた二人も苦笑いを浮かべるだけの余裕が生まれ…そして、静寂に満ちた教室に、もう一度少女の声が響き渡った。
「わたしと、おねえちゃんと、付き合って下さい!!」
グリモア~私立グリモワール魔法学園~ つなげる想い 届けたい言葉
瑠璃川 春乃・瑠璃川 秋穂 エピソード
「おらっ!! 早く起きろ転校生!! アンタ、秋穂が遅刻なんてことになったらただじゃおかないからな!!」
「…うわ~、なんでこんな時間なんだろう。 …あれ、これってヤバいんじゃ……」
「お、おねえちゃん、わたしなら大丈夫だから!! そ、それよりも先輩、早く起きないと講義に間に合わないですよ」
それは、一人の少女の勇気がもたらす始まりの物語。
「あ・き・ほ・ちゅわ~ん!! こんなやつ放っておいて、早く朝ごはんを食べて行こうよ~」
「…待って、いま起きるから…置いていかないで……ぐぅ……」
「ちょっとおねえちゃん!! …え、先輩? ち、ちょっと起きてくださいよ!! せんぱ~いっ!!」
《続く》