もしあの英霊がカルデアに召喚されたら   作:ジョキングマン

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すまない……。正月多忙と難産によって遅れてしまい本当にすまない……。
ちなみにスカサハは爆死しました。ていうか三騎士殆ど書いてない


セイバー(Fake)

 

「邪魔するぜー。マスターいるかー?」

 

 一声かけてマイルームから姿を見せたのは、気の強い顔立ちをした少女。

 彼女こそ、ブリテンに語られる円卓の騎士の一員であり、その物語に終止符を打った騎士。叛逆者モードレッド。

 が、今はそれらしい荘厳な鎧を纏っておらず、チューブトップの上から羽織るような深紅のレザージャケット、そしてホットパンツのみというラフで野性的な格好をとっていた。

 

「あ、モードレッドさん。こんにちは」

 

 人類最後のマスターのマイルームにいたのは、マスターではなく桃髪の少女。

 今では多くのサーヴァントと契約を交わしたマスターが、一番最初に契約した少女。マスターと共に幾度にわたってレイシフトを敢行し、もっとも多くの困難を共に歩んできた半身。

 それが彼女、マシュ・キリエライト。

 彼女も今は戦闘時の全身鎧ではなく、元々支給されていたカルデア職員の制服を着用している。

 

「おう、マシュか」

 

 軽い笑みを見せて入室し、備え付けられているベッドへ座り込む。

 マシュの手元にあるのは、カルデア職員に支給されている計測装置のようだ。あくまで一サーヴァントであるモードレッドには疎いところだが、計測装置を片手にとは中々穏やかな話ではない。

 

「何やってんだ?」

 

「はい。新年会の際、サーヴァントの方々が大暴れしたことによって歪や異常がないか計測して回っていたところです」

 

「ああー……ありゃあひどかったな」

 

 特にめでたくもない日でも毎日酒盛りしている連中が定住するカルデア。

 そこに本当にめでたい日が到来しようものなら、狂騒が瞬く間に拡散する様は容易に想像できるだろう。

 食べて、飲んで、歌って、交わして、迫って、暴れて、暴れて、暴れて----

 最終的にどう決着がついたのかは終ぞ定かではない。ただ、奔走する婦長の姿があったことだけは誰しもが記憶していた。

 

「でもよ。あん時酒飲まされてたお前、結構面白かったぜ。まさかマスターにあそこまで大胆に----」

 

「そ、それは! その……」

 

「まあ気にすんなって。ところで、マスターどこ行った? ベディヴィエールの奴に掃除に駆り出されそうでよー。適当にどっか行きてえんだけどさ」

 

「先輩でしたら、今は新年会の----」

 

 

「失礼する!」

 

 マスターの所在を応えようとしたマシュの言葉を遮るように、快活な一声が響いた。

 会話の間に入って声に顔をしかめ、モードレッドは扉に目を滑らす。 

 マイルーム入口に堂と立っていたのは、獣のように爛々と輝く瞳をした青年だった。

 

「あ? 誰だお前」 

 

「モードレッドさん、彼は----」

 

「これは失敬、名を名乗らずに訪問したこと、非礼する。俺はリチャード。リチャード一世だ」

 

 自らをリチャード一世と名乗った赤毛交じりの金髪の青年は、立て続けに言葉を並べる。

 

「それで。ここにアーサー王はおられるか?」

 

「アーサー王だ? てめえ、父上に何用だ」

 

 燦然と輝く王剣(クラレント)を抜刀し、モードレッドは犬歯と敵意を剥き出しにリチャードにぶつける。

 一方、リチャードは向けられるそれらを前にかえって堂々と受け応えた。

 

「何用も何も、俺は一言伝えたいだけだ。

 

 

 ----ファンです、握手してください! とな!」

 

「…………はあ?」

 

 大口を開け、思わず固まってしまう。

 今この男は何と言ったか。ファン、ファンといったか?

 開口一番に明け透けもなく、こうも自負心をもってアーサー王のファンと言いのけてみせたのか?

 

 

「----ぶふっ」

 

 開いていた口から、意図せず吐息が漏れる。

 腹の底から着々と湧き上がってくるそれに、次第に耐え切れなくなる。

 

「はは、ははははは」

 

 堪え、それでも限界がきてぷつりと糸が切れたのだろう。くつくつと抑えた笑いが大きくなっていき、ついには燦然と輝く王剣(クラレント)をだらりと下げ、その場でひきつるように大笑いしだした。

 

「ははははははははははははは!」

 

「も、モードレッドさん? 突然そんなに笑いだして、どうしたんですか?」

 

「いーっひっひっひっひっ! これが笑わずにいられるかってんだ! こいつ、よりにもよって----」

 

「何故笑う? 男たるもの、アーサー王とエクスカリバーに憧れを抱くのは当然だろうに」

 

 笑われる意味が分からないとばかりに顎をさするリチャード。

 マシュも、モードレッドがここまで快笑する理由が思い浮かばず、おろおろと困惑することしかできない。

 

「よりにもよって----このモードレッドの前で言うかあ!? 父上に唯一翻った叛逆の騎士の、このオレの前で! 何考えてんだこのバカはって、そりゃもう笑うしかねえだろ!」

 

 父が憎い。父の全てを否定してやろう。

 父が憎い。そうしなければ自分を見てくれない父が----。

 

 何を胸中に秘めてアーサー王に反旗を翻したのか。それはこれからもこの先も彼女と、加えて彼女と親交を深めたマスターしか知りえない真実だろう。

 だが、父に対して並々ならない激情があった故の叛逆だということは確固たる事実である。

 彼女の背後にあの毒婦の影がいようとも、それ自体は小さな薪でしかない。その薪を轟々と燃え上がらせる火種を得たからこそ、モードレッドは叛逆の騎士となったのだ。

 

 そして、突如放り込まれた爆弾に今度はリチャードが愕然と口を大開きにする番だった。

 

「モードレッド----まさかモードレッド卿!? あの、アーサー王伝説に登場する、円卓の騎士の一人の、ガウェイン卿を討ち取り、アーサー王物語の幕を閉じた----モードレッド卿なのか!? いや、であられますか!?」

 

「あー腹痛え! そうだよ、オレがモードレッドだ。文句あるか。あと敬語はやめろ、お前はなんか似合わねえ」

 

 脇腹を抑え、まだ引きつった口元のままぶっきらぼうに答える。

 

「文句というより、貴公はどう見ても女----」

 

 瞬間、底冷えするような殺気に反射的に護剣を抜いていた。

 

 気が付けば、鼻息がかかる距離にまで肉薄していたモードレッドが、本能的に顔の前で防御においた護剣の峰を燦然と輝く王剣(クラレント)の剣先が貫いていた。

 

「今の失言はオレを笑わせたことで不問とする。だが、二度と口にするな」

 

「……失礼しまし、いえ、失礼した」

 

 燦然と輝く王剣(クラレント)を鞘に戻して霊体化させ、ふんと鼻息を鳴らす。

 一拍遅れて、小競り合いとはいえあの円卓の騎士に襲撃されたという事実が今更リチャードの全身を稲妻の如く駆け巡った。

 一気に冷や汗があふれ出し、それでもうちに芽生えるのは恐怖ではなく歓喜であり、喜びに体が震えて咽び泣いている。

 

「あの、あまり先輩の部屋で争い事は……」

 

「悪い悪い。それで、何だっけ。ああそうか、父上に会いたいんだっけ」

 

 万が一の時に備えていたのか、出現させていた盾を消してマシュが注意を促す。

 それに軽い返事で応答し、リチャードが最初に言っていた言葉を思い返した。

 

「そ、そうだが。そんなに軽く言われると不思議な気分だな……」

 

「つってもなー。カルデアって狭いようで広いし、どこにいるのやら。まあせっかく出会ったよしみだ。父上探し、付き合ってやるよ」

 

「本当か!? かのサー・モードレッドと歩みを伴できるとはなんと光栄なことだろう。しかもその目的がアーサー王を探すためとは……わかったわかった、落ち着くって」

 

「私も担当区域の計測を終えたら、後でお手伝いしますね」

 

「おっ、サンキュー。じゃあちょっくら父上探しといきますか」

 

 肩にかけていたレザージャケットをしっかりと羽織り直し、指を鳴らしながら索敵態勢に移るモードレッド。

 

 おっと、とそこでモードレッドが思い出したかのように一つ付け加えた。

 

 

 

「ただし----マジでカルデアは広いからな?」

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「お邪魔するぞ! アーサー王はおられるか!」

 

 

「ついに来てしまったな。余の華やかなハイビジョンデビュー! ほれそこの、もっと薔薇を撒けい!」

 

「承知した」

 

「ああ」

 

「赤と黒の二大英雄がバックでひたすら薔薇の花弁を撒いてるぞ……」

 

「一応僕たちのアニメ化も決まったんだけどなあ」

 

「おかあさん! おかあさんが動くよ! あれ、でもこっちのおかあさんもおかあさんだよね?」

 

「どちらも貴女にとって大切な人ですよ。脱落させた私が言えた台詞ではないのですが……」

 

「ところで何名かおらぬようだが。天草、お主は知らぬか?」

 

「ええ。シェイクスピアは取材といって出かけました。ケイローンはアニメで負けたヘラクレスを鍛えて参りますと嬉々として同じように。アヴィケブロンはいつもの通りです」

 

「ローマ皇帝、ネロ・クラウディウス。かの圧制者を討ち滅ぼした時こそ、我が叛逆の道は開かれる!」

 

「落ち着けバーサー……スパルタクス! ええい、ブーディカはいないか。これの鎮静方法を教えてほしい!」

 

「ゥゥ……ゥ……」

 

「落ち着くがよいフランケンシュタイン。彼奴のそれは電撃ではなく飛び散る筋肉の圧だ。余の前であのような下賤な姿を晒すこと、実に不快である。だが此度は祝報に免じて不問としよう」

 

 

「……アーサー王はあれか?」

 

「間違っても間違うな。ちっ、あの毒婦もいやがる。次行くぞ」

 

「う、うむ」

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「たのもーぅ!」

 

 

「あー郵便ですかー。それともマルタさんの押し付けデリバリー焼うどんですかー。どちらにせよ後にしてください今録画してたカル使みてるんで」

 

「つーかそろそろ帝都もアニメ化していいじゃろ? HF、エクストラ、アポと来たら次はワシらよな?まさかここでどんでん返しのタイころとか来ないよネ!?」

 

「ふつーに考えてFakeじゃないですかねえ。完結まで何年後かはさておき」

 

「あの……。そろそろ姉様方の所に戻りたいのですが……」

 

「今のあなたはちゃりん娘枠なのでこっちです」

 

「観念してぐだぐだ空間に飲み込まれるが良い。とりあえず、ほれ、飲め飲め」

 

「はあ……」

 

「ん、ん、んっ----ぷはぁっ! かーっ、羨ましいのーう。弁慶をランサー枠から追い出した上に当てつけかのような胸、胸、胸! 巨乳のことが、そんなに好きかァーーーーッ!」

 

「オジマンディアス王呼んできます?」

 

「あとワカメはついにワカメスープになったの」

 

「それに関してはスッキリしました」

 

 

「あの少女、先程訪れた部屋の少女と同じ顔のような……」

 

「ははう……じゃなくて、あいつはあいつだ。顔が似てるなんて日常茶飯事だぞ、ここ」

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「父上はここかー!」

 

 

「またしても……。またしてもセイバーが増えてしまった! セイバー顔じゃないことは百歩、いえ万歩譲って良しとしましょう。しかし、いけない。あれの魔性の胸部はいけない! 私以外のセイバーを滅殺したところで、それを超える新たな勢力が生まれてしまうわけにはいかないのです!」

 

「ほう。ならばなぜ私に斬りかかるのかを尋ねようか? 休暇中のサンタさんを襲うとは悪い子の風下にも置けない不届き者だな」

 

「いい質問ですね! それはそれ、これはこれだからです!」

 

「よしいいだろう。私は良い子達が欲しがっている微妙にズレたプレゼントを、悪い子に関してはきっちりしっかりとしたお説教を届けるのがポリシーだ。クリスマスパワーこそ過ぎ去ったが、サンタさんを舐めるなよ宇宙人!」

 

「あの、真冬にこの格好は寒いとか以前に色々アレなのですが……。そのハイテクそうなジャージと帽子ください」

 

「お師匠さん! 不肖このジャンヌ・オルタ・サンタ・リリィ・ランサー、助太刀いたします!」

 

「なんの! X師匠の邪魔だては私が許しません!」

 

「くっ、ついには水着やロリセイバー顔まで……! おのれたけう----」

 

 

「…………あれはアーサー王ではないよな? そうだよな?」

 

「あー……。次行こうぜ、次」

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「ア、アーサー王はここにおられるか!」

 

 

「『嵐の王』なんて呼ばれてるけどさ。実際いるのは女ばっかだったってオチ、酒場でも大してウケないギャグだねえ。そこんとこどうさね」

 

「----私は『嵐の王』という側面で現界していると同時に、敵対者へ一切の情けのない苛烈な王としての側面も併せ持っている。端的に言って、そこに性別の差異など不要だ」

 

「ワイルドハントは古くより妖精やら精霊などを従えて狩りを行うと言われてはいますが………その行為の真意は保護と、より聖槍に染まった私なら述べるでしょう」

 

「精霊ねえ。もし仮に、アタシがそういうことするんなら引き連れるのはあの馬鹿ども達だけどさ。やっぱりあれかね、アンタらは噂の理想郷とやらにいる精霊従えてくのかい?」

 

理想郷(アヴァロン)の精霊たちをそんなことに使うなどマーリンが----と思いましたけど、彼の場合だと『そうか。君はそういう選択をとるのだね。いいよ、君が為すべきと決めたことを、僕はここから見守っているよ』と承諾してしまいそうですね……」

 

「同感だ、陽の私。あの男は常に、自ら引いた線の向こう側の者というスタンスを崩さないからな」

 

「なあ。仲睦まじくお話しているところ悪いが、なぜ私はここに連れてこられているんだ? 関係ないよな? ギリシャ関係ないよな?」

 

「なあに。アタシらの時代より精霊とか神とか、そういうのが日常的だった先輩に話でも伺おうと思ってさ」

 

「じゃあ縛る必要ないよな!?」

 

「そうしなければ逃げるだろう。もっとも、逃げたところで我らが追いつけぬ道理はないが。この狭部屋の中ではご自慢のアルゴー号など出せまい」

 

「助けてヘラクレェース!」

 

 

「おいあれ! あれロンゴミニアドなのでは!? ドゥ・スタリオンにラムレイなのでは!? でもなんでロンゴミニアドが二本あるのだ!?」

 

「立て続けに尋ねるな! あれは探してる父上じゃないなあ……」

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「騎士王は……ここにいるか……!」

 

 

「なあ、アンタ無限の剣使いって本当か! すごいなカルデアは。まるで未知の市場だ。反則的な小次郎もいれば、女体化した遮那王がいるんだもんな! よし、とりあえず死合おう!」

 

「お、落ち着きたまえ。厳密に言えば無限の剣使いではなく無限に剣を生み出すだけであって、私自身が卓越した剣術を有しているというわけでは……」

 

「エミヤ殿! 以前質問した件について数点疑問が浮かんだので再度参りました。まず、この素直になりきれない少女のことなのですが、確かこのカルデアにも外見が類似した女性がいたようなー---」

 

「取り込み中だ、後にしてくれ!」

 

「おい劇作家。先日提供した資料の返却がまだされていないんだが」

 

「----」

 

「……なんだお前。初めて見る顔だな。どうした、俺の顔なんか見ても面白いことなど----」

 

「----可愛いぃぃぃぃ! 何この美少年! なんか声だけ渋いけど、これが最近流行りのギャップ萌えってやつ!?」

 

「な、ちょ、離せ、待てこいつ力強いああああああああ!!」

 

「アンデルセェーン!」

 

 

 

 

「やっぱりいない。というか、カルデアに英霊いすぎでは!?」

 

「つーかうるせえ! とっとと次に----うん?」

 

「どうした。おや、誰か走って----どわっ!?」

 

 

 

「----新免武蔵守はここかー! 天下に轟きし二天一流の看板、この鬼武蔵がへし折りに参上した!」

 

「今度は何だ!?」

 

「おや、その異名に聞き覚えがあるぞ? 其方、戦国の世で羅刹の如き無双を誇ったという鬼武蔵----森長可か!」

 

「如何にも! 我が人間無骨も飛竜や海魔の血は啜り飽きたと喚きおる。やはり武人の血肉こそ、愛槍に捧げる最上の供物よ!」

 

「誰かマスターを呼べ! あのバカ武蔵が暴走した! そうだ、シェイクスピ----っていない!?」

 

「全く、カルデアはほんと飽きないところね! 過去に没してしまった武人とこうして刃を切り結べるなんて。ただ世界を放浪するだけでは、決して巡り合うことのなかった邂逅に感謝を」

 

「御託はそこまで、そこから先は得物で語ろう」

 

「そうね。しからば」

 

「いざ尋常に----」

 

 

「いつつ……。あれほどの膂力、さぞ有名な騎士だったのだろう。しかし、このままでは争いに----サー・モードレッド?」

 

「あいつ、オレにぶつかりやがった上に謝りもしねえ! とっちめてどっちが上かってのを分からせてやる!」

 

「サー・モードレッド!? これ以上事態をややこしくするのは----」

 

「喧しい! 舐められっぱなしでこのモードレッドが黙ってると思ってんのか! 行くぞオラァ!」

 

「おお、ついに円卓の騎士の実力を肉眼で垣間見れる時が来ようとは……! 生きててよかった! --え? ああ、確かにこの身は英霊だったな」

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「いねえな……」

 

「いないな……」

 

 回って、回って、回って。

 だけど見つからなかった。どこを探してもアーサー王の姿は影も形も----いた。

 

 むしろ果てしなくアーサー王だらけだったのだが、そこは目をつむっておかないといけない。

 彼らが捜しているのはあくまで騎士王アーサー・ペンドラゴン。

 聖剣エクスカリバーを携え、幼い姿のままブリテンを収めたアーサー王こそを求めている。

 幼少期とか、水着とか、サンタとか、乳上とか、宇宙人とか、それは今は関係ない。関係ないったら関係ない。

 

「そこにいたか。探したぞ、モードレッド」

 

 あちこち彷徨って精神疲労から項垂れる二人へ、不意に声がかけられる。

 眉をひそめてモードレッドが顔を動かす。

 そこには一人の男が直立していた。純白の鎧に身を包み、深蒼のマントをたなびかせた騎士がこちらを見下ろしている。

 

 

「あ、不貞野郎」

 

「ランスロットだ!」

 

 不躾な呼び名に即座に異議を申し立てる不貞野郎、改めランスロット。

 唐突に繰り出されたその名前に、今度は頭を落としていたリチャードが瞬時に起き上がった。

 

「い、今----聞き間違いでなければ、ランスロットと仰られたか!?」

 

「そうですが、貴殿は? 申し訳ないが、私と貴殿は初めて顔を合わせたと思いますが」

 

「ただのファンだよ。適当に手でも振ってやれ」

 

 湖の騎士。円卓最強の騎士。

 ともすればアーサー王よりも卓越した剣術の持ち主と謳われる騎士。それがランスロット卿である。

 多くの武勇を誇り、ある時はその場にあった木の枝だけで敵対者を撃退したと言われるほどの腕前を誇る。

 モードレッドに出会うだけでも歳を忘れて歓喜していた彼の前に、それが突然こうして現れたのだ。

 驚愕と歓喜が複雑に絡み合った感情が全身を支配し、その場で硬直してしまう。

 

「それより不貞野郎。オレを探してたってのはどういうこった」

 

「不貞----まあいい。モードレッド。貴様、祝祭の片付けを呆けるとは何事だ」

 

「だってよ、かったりいじゃねえか。オレは身体動かしてえんだよ。ちゃっちいゴミ拾いとかやってられっか」

 

「貴様という奴は本当に……。ガウェイン卿の三倍マッシュの刑を受けたいのか?」

 

「げえっ、それは嫌だな。あいつの料理、マッシュポテトなんて名ばかりの闇マッシュだろ。ぜってえ根菜以外も潰してるぜ、アレ」

 

 当の本人からしてみれば、決して刑罰のつもりではなく純粋な食事として振る舞っているのだろう。

 ただ、なんでも潰せばマッシュポテトというわけではない。適当にビネガーを振っても味はそんなにつかない。

 彼が食卓で存分に腕を振るう光景を目にしたブーディカ曰く「彼は野菜に何か恨みでもあるの?」とのこと。

 尚、ガウェインは菜食主義者なので野菜には恨みどころか敬愛を評している。

 

「ガウェイン卿の根菜料理へのあの異様な自信はどこから……いや、そんなことよりだ。貴様も円卓の騎士の一員であるならば、その名に恥じぬ働きをすべきだ。貴様にも、いや、貴様こそマスターへの義理というものがあろう」

 

「あー……まあな。ロンドンであんな啖呵切った手前、キャメロットじゃあ手ひどい仕打ちしたのは悪いと思ってるさ。父上がいたとはいえ、オレも騎士の端くれだ」

 

 特異点ロンドンではマスターの味方として人理修復に手を貸し、特異点キャメロットでは獅子王に忠誠を誓う難敵として人理修復に立ちはだかったモードレッド。

 曖昧ながらもそれらの記憶が残っているのか、彼女はばつの悪そうな顔で頭の後ろを搔く。

 

 

「モードレッドさーん、リチャードさーん」

 

 その時、遠くから呼び声が届いてきた。

 その声に振り返ると、見覚えのある桃髪と眼鏡をかけた少女が小走りで駆け寄ってくる。

 

「あ? なんだマシュか。どうしたよ」

 

「はい。あれから私もアルトリアさんの場所を尋ねて回っていたら、先輩と一緒に先日の新年会の後片付けを指揮してくれているとの話を耳にしたので。それを教えようと思って来ました」

 

「おー、サンキューマシュ。何だ、マスターも父上と一緒にいたのかよ。探す意味なかったな」

 

「新年会跡地……。そこにアーサー王がいるのだな!」

 

 召喚されて間もないリチャードは、カルデアの地理にそこまで詳しくはない。

 そのため変わらず案内が必要となる。モードレッドと、そこにマシュも加えれば迷うこともないだろう。

 

「ところで、先程もう一人誰かがいたように見えたのですけど」

 

「おお、そうなのだよミス・マシュ。彼こそは、名高き円卓の最強騎士である----」

 

 そういってリチャードが満面の笑みを浮かべ、意気揚々と語ろうと振り返った。

 

 

「----Arrrrrrr!!」

 

 そして視界に映ったのは、先刻の人物とは似ても似つかない異形の騎士。

 白亜の鎧はどす黒い煙によって漆黒に塗り替わり、清廉な顔立ちを覆う兜の内側から咆哮が鳴り響く。

 

「なっ!?」

 

 そのあまりの変貌ぶりにリチャードが驚愕する。

 その横で「何やってんだコイツ」と冷瞥の目を向けるモードレッド。

 

 刹那、黒騎士とマシュの視線が交差する。

 

 

「----urr!」

 

 少しびくっとしながらも、黒騎士は変わらず唸り続ける。

 目元が前髪に覆われ、影が落ちて表情の伺えないまま、マシュは黒騎士に歩み寄った。

 

 そして、並び立つ二人。

 

 身長の差を感じさせない威圧感が黒騎士の全身を締め付けた。

 伏目がちのまま、マシュはすうっと大きく息を吸い込むと----

 

 

「----ランスロットさん。こんにちは、どうかしましたか?」

 

「…………」

 

 幼さの残る顔で、無垢な笑顔を浮かべて挨拶を交わすマシュ。

 対して、狂気じみたセリフを断ち、悠然と立ちすくむ黒騎士。

 

 その姿は狂っているようでありながら、どこか哀愁と切なさを醸し出していた。

 傍にいたモードレッドは腹を抱えてピクピクと体を小刻みに揺らし、今にも決壊しそうな表情筋を堪えている。

 

「…………何が何だ? え、あまり関わるべきではない? そうなのかもしれんが……うーむ?」

 

 唯一、事情のできないリチャードだけが首を傾げてばかりだった。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 マシュの言葉通り、カルデア施設内の多目的広場に到着した一向。

 つい先日まで新年会によって地獄と化していたこの広場も、現在は数名のサーヴァント達の助力によって清潔で正常な広場へとほぼ復旧されている。

 その入り口で一向を待ち構えていた人物に、モードレッドの表情が苦虫を噛み潰したようなものへと変わる。

 

「遅いですよ、ランスロット。放蕩者一人を連れ戻すのに時間をかけすぎです」

 

「うげ、さっそくおでましか……」

 

「Sooryyyyyyy」

 

「って、どうしたのですかその恰好。ふざけるのも大概にしてください」

 

「このバカはほっとけ。自業自得だ」

 

「こんにちは、サー・ガウェイン。片付けの手伝い、ありがとうございます」

 

「おや、こんにちはレディ・マシュ。なるほどそういうことですか……。全く、貴方という男は」

 

 ガウェインが先ほど以上の軽薄な眼差しでランスロットを睨む。

 鉄兜で表情こそ隠れているが、口のへの字に曲げて複雑な顔をしていることは間違いない。

 なんとも残念な騎士の隣にいたリチャードはというと、マシュが自然に放った名前に息を詰まらせていた。

 

「サー・ガウェイン----ッ」

 

 ガウェイン卿。

 モードレッドやランスロットらと共に肩を並べた円卓の騎士として知られている。彼の妹であるガレスも同じ円卓の騎士である。

 日の注ぐ日中の時間帯では無双を振るう太陽の騎士と語られ、アーサー王の持つエクスカリバーの姉妹剣「ガラティーン」を有する無双の騎士。

 それが広場の入口で悠然と佇み、瞳を細めて今度はリチャードに視線を落とす。

 

「して、貴方は? 新しいサーヴァントとお見受けしますが」

 

「は、はい。俺----いえ、私はリチャード一世と申します」

 

「んで、このオレを呼びつけてなにやらそうって腹なんだよ、ガウェイン」

 

 苛立だしそうにモードレッドが割り込んでくる。それに反応したガウェインが細い眉を大きく吊り上げ、ますます眉間に皺をよせた。

 

「腹も何も、貴方には貴方のツケを払っていただくだけのことです。具体的に言うと先日の新年会で、雰囲気酔いして備品を壊しまわりながらマスターに絡みに行った時の後始末です」

 

「けっ、口調だけはいっちょ前に借金取りみたいだな。それに、オレが動くのはお前に言われてからでも、そのツケを払うわけでもないぞ。過去は振り返らない主義だからな」

 

「……貴様の過去の執着具合もなかなかだと思うが」

 

「むっ、今ダメな方のランスロット卿の気配が」

 

「Aaarrrr! ……Aa」

 

「そういって踏み倒しなどさせませんよ。いくら卿といえど、ニッポンの極悪無法に身を落とさせるわけにはいきません」

 

「お前ニッポンになんの恨みもってんだ!?」

 

 円卓の騎士。

 それは後世に脈々と語り継がれる清廉で高貴なる騎士道精神の物語。

 騎士王アーサーに確固たる忠誠を誓った、気高き十二の騎士たちが紡ぎだす英雄譚。

 あらゆる騎士の出会いであり、目標であり、敵うことのない精鋭たちである。

 

「----っは! すまないウィリアム。なんかこう、色々と連続で衝撃が訪れすぎて呆けてしまっていた」

 

 アタランテショック再来。

 蓋を開けてみれば、各々が勝手にブリテン漫才に走る円卓の騎士(残念な強者)の姿がそこにあった。

 

 厳密にいえば、リチャードは彼らに対して微塵もイメージダウンを覚えていない。彼が円卓の騎士に抱く敬愛の深さは生涯そのものであり、そこからさらに上がることはあれど下がることは決してないだろう。

 ただ、色々とインパクトが強大すぎた。

 それらを円卓の騎士の物語として熟読し、理解するための時間が必要なだけなのだ。

 噛めば噛むほど味が出るスルメみたいなものである。スルメと比較される最高峰の騎士たちというのも実に残念な話だが。

 

 

「騒がしいぞ。卿らほどの騎士が、出入り口で口論するなど」

 

 

 鈴のような一声が鳴る。

 

 その言葉と同時に、揉め争っていた三騎士は即座に口を閉じ、片膝を立てて深く首を垂れた。

 モードレッドですら口を固く閉じ、即座に全身鎧と不貞隠しの兜(シークレット・オブ・ペディグリー)を装着した「円卓の騎士モードレッド」に姿を変えている。

 傍にいたマシュもまた、吊られるように一瞬傅きかけ、反射的な行いに気づいて慌てて体勢を戻す。

 

「申し訳ありません。我が王の前でこのような醜い争いを」

 

「いいや、私は怒ってなどいない。ただ、卿らがこうして言葉を交わしている日に遭遇できるだけで幸運に満ち足りている」

 

 その一声一声を耳にしたリチャードの全身が粟立つ。

 心臓音が鼓膜に直接鳴動しているかと錯覚するほど激しく鼓動する。

 かつてない動悸の乱れ。このような乱れ方、生前「山の翁」と共同戦線を敷いて激突した大魔獣と相対した時でさえひどくはなかっただろう。

 コツ、と金属質ながら軽やかな足音が響く。

 赤毛交じりの金髪が凪ぐ視界の中央に、彼の全てが顕現した。

 

 

「ただし、出入り口では慎むように。他のサーヴァント達の邪魔になってはならない」

 

 

 温和な笑みで語り掛けるその人は、少年とも、少女とも見える中性的な面立ちをしていた。

 旋毛で丸めた黄金色の頭髪。凛とした佇まい。

 腰に添えられた、網膜の裏に焼き付けるほど眺めてきた伝説の剣。

 仕える騎士たちよりも圧倒的な小さな体躯ながら、その身から放つ王気は紛れもなく本物。

 

 彼女こそ、アーサー----否、アルトリア・ペンドラゴン。

 カルデアに最初に召喚された「アルトリア」であり、集いつつある円卓の騎士達の王。

 

 そして----リチャードが何よりも尊敬し、敬愛し、崇拝した、理想の王だった。

 

「ガウェイン卿。日本への偏見は捨てるように。あれはとてもいい国です」

 

「--はっ」

 

「モードレッド卿。叛逆の汚名あれど貴公も円卓の騎士。私の顔を汚すのは構わないが、誉れある円卓の名を汚すほど貴公は落ちぶれてはいないだろう?」

 

「--はっ」

 

「ランスロット卿。今は許すが、いずれ己が罪と向き合うように」

 

「--はっ」

 

「マシュ嬢もいらっしゃったのですか。マスターは向こうで作業中ですよ」

 

「はい。ありがとうございます、アルトリアさん」

 

 一人一人に声をかけ、それぞれに適した言葉をかけて回る。

 そこには厳しさがあり、優しさがあり、何より高潔だった。

 それは王が騎士に言葉を投げかけるという次元を超越した、まるで天からの祝言を承る信仰者とも言える光景。

 傅く三人と騎士王の在り方は、天才絵画がその生涯を燃やしてまで創造したそれよりも遥かに勝ると断言できる、美麗さと荘厳さを骨の髄まで感じさせる。

 

 そして碧色の双瞳が、ついにリチャード一世に移される。

 

「貴方は、初めて見る方ですね」

 

 故に、彼女は問う。

 最初に口にした時からどれほど経つだろうか。

 奇妙にも慣れ親しみ、常に投げかけてきたその問いを。

 

 

「問おう。貴方はマスターのサーヴァントか?」

 

 

 リチャード一世にとって、彼が彼女であっても。

 アーサー王がアルトリア王であっても。

 

 そんなことは、最早些細なことに過ぎない。

 

 彼は会えたのだ。理想の果てに。

 

 聖杯に願うことすらおこがましいとしてきた、願望の先の夢想に謁見することができたのだ。

 

 

「----応えます。我が身はマスターを守る剣。そして真名は----」

 

 

 

 

 

 

「----まあ結局のところ、このあとやる事は後片付けなんですけどね」

 

「王よ。向こうにケルト勢が飲みこぼした酒の跡が根強く付着しています。聖剣の使用許可を」

 

「サー・ガウェイン。貴公生前より短絡的になりましたか?」

 

「サー・ベディヴィエールの言う通りです。というかそれよりも、貴方はまだ残っている根菜料理の処遇をどうするか決めるべきです」

 

「くっ、これもB四枚という処置のせいなのです……! 私は、ゴリラなどではない……!」

 

「マスターはもう少し早く俺を召喚すべきだった! そうすれば新年に相応しいロックンロール企画をプレゼンテーションできたのに!」

 

「いいじゃねえかロックンロール。常時常態(オールウェイズ)で、日々毎日(エブリバディ)にシャレこもうじゃねえか!」

 

「その前に貴公方も手早く片づけを。特にサー・モードレッド、貴公は遊んでいたのですから人一倍働くように」

 

「……ベディヴィエールの野郎、なんか小姑っぽくなったな」

 

「えっ、サー・ベディヴィエール!? あの、アーサー王に最後まで忠実に仕え、聖剣の返却を二度躊躇ったとされる----」

 

「いちいちうるせえな! あとその紹介の仕方は円卓の奴らのほとんどにクリーンヒットするからやめろ」

 

「……ランス。なぜ全身装備で片付けに勤しんでいるのでしょう。そしてなぜ言語能力が退化しているのでしょう。私は不思議です……」

 

「Saaaddddd!」

 

「ふむ……。なんだか分かりませんが、後で話ぐらいは伺いますよ」

 

「あ、先輩! あれ、先輩のところにも全身鎧をつけたランスロットさんが……」

 

「Arrrthurrrrr!!」

 

「ア,Arrrthurrrrrッ!!」

 

「さっきからうるさいですね! マッシュの刑に処しますよ!」

 

「我が王よ。私の料理は刑罰ではないのですが……」

 

 ブリテン神話。神聖円卓騎士、アーサー王物語。

 彼らは伝承に語られる通り、崇高な精神と誇りある魂持ち合わせていたのだろう。

 しかし彼らもまた人間であり----話してみれば、案外茶目っ気な一面を有しているのかもしれない。

 

「あ、やっぱり貴方はランスロット卿! ランスロットのくせにお掃除お疲れ様です!」

 

「Gaff!!」

 

「私は悲しい……」

 

---------------

クラス:セイバー

 

真名 :リチャード一世

 

キャラクター紹介

 十二世紀にノルマンディーの君主となったイングランド王。

 十字軍に参加し、聖地エルサレムの奪還を目指して戦場を駆けた。

 王としてよりも英雄としての逸話が多い人物。その勇猛さからついた異名は「獅子心王」。

 アーサー王伝説が大好きであり、自身の剣にエクスカリバーと名付けるほど尊敬している。

 

パラメーター(詳細不明)

筋力:

耐久:

敏捷:

魔力:

幸運:

宝具:

 

小見出しマテリアル

 史実の通りの円卓大好き人間。だけどモノホンはあまりに畏れ多いので、普段は一歩距離を置いたうえで畏まる。

 音楽好きであり、アマデウス作成の曲の数々に大興奮。ただ下ネタはいけないと思う。

 過去に神聖ローマ帝国に囚われたこともあったが、それはそれと割り切っている。あの時は間に合わなかった己の過失とのこと。

 戦闘に関しては頭の切れる男だが、政治関連となるとてんでダメになる。王なのに学問にも疎い。「マックスウェルの数学? なるほどわからん!」

 過去に山の翁と面識がある。呪腕、百貌の先代に当たるハサンであるが、リチャード本人は何代目かのハサンかは分かっていない模様。

 そして彼が引き連れる従者の一人がロビンフッドの縁戚でもある。

 




ガウェイン「いいから、払うのです!」
ランスロット「BAAAKAAAAAA!!」
トリスタン「おお……我は空高く飛ぶ……」ガシャ-ン
モードレッド「イヤッホーーーー!」ザッパ-ン
ベディヴィエール「…………」
アグラヴェイン「ダメだこいつら。早くなんとかしないと……」
諸葛孔明(私と同じような眉間の皺のつき方だな……)

アポアニメ化によりセミ様到来の予感。

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