Fate/Sword Act Overture 作:黒歴史
「レン、そろそろ起きろよ」
聞き慣れない声を捉えた俺は、重い瞼を開く。寝ていたようだ。声の主も起きて間も無いようで、目がまだ慣れていないのか、目を擦りながらウィンドウをいじっていた。
ーーーウィンドウ。
それを見て、俺は現状を再確認した。俺は何の因果があっての事か、このゲーム、SAOに囚われることになってしまい、目の前の男のキリトに付いて来て、夜(ゲームの中もリアルと同じように時間が進んでいるらしい)遅くにこの村”ホルンカ”の一軒家に到達し、寝床として使ったのだ。
そこまで思い出した所で、俺は大きな欠伸をした。ふとキリトを見ると、こちらを見ながら、笑いを堪えながら顔を伏せている。
「…なんだよ。欠伸したっていいじゃないか」
「スマンスマン。…眠れたか?」
「おかげさまで。…と言いたかったんだが…眠れたような…眠れてないような感じだ…」
「そうなのか?…まぁあんまり寝心地は良くなかっただろうし、三時間ほどしか寝れてないからな」
自分を見下ろすと、床の上にぞんざいに投げ捨てられたような毛布があった。俺はこれだけで寝ていたのだった。なら確かに良く眠れる筈もないのだが…。
「…なんか夢…でも見てたかな…?」
毛布をウィンドウに片付けながら、見ていたかもしれない夢の内容を頭の中から探るが、ない。やはり寝床が良くなかったせいだろう。
「…で、キリト。なんでここに来たんだ?」
「ん、まぁはじまりの街で言った通り拠点を変えて、リソースを確保するためでもあるけど…来た」
キリトの視線を追うと、奥の扉からおかみさんと表示が出た女性が出て来た。見た目齢40ほど…だろうか。というか…。
「ここ人の家じゃねえか!!」
「あれはNPCだから大丈夫だ。ゲームでもよくあるだろ?」
「…でも、なんかなぁ…」
「宿使うにはちょいと勿体無かったし、今回だけだよ。とりあえず…」
微妙な顔をした俺を置いてキリトはおかみさんに近づいていく。その後ろ姿を見ながら再びキリトについて考え始める。
キリトは人付き合いが苦手というわけではなさそうだが、それに対して何か普通の人とは違う感情を抱いているようだった。ホルンカに着くまではSAOについてしか聞いていないので詳しいことは何も分からないし、詮索するつもりはなかった。本人が話さない事を無理に聞く必要はない。それにあくまでキリトと俺はーーー。
「…俺の事はあんまり気にしなくていいぞ」
気付けばキリトは此方を見ながら椅子に座っていた。
「…別に俺は…」
「…レンは顔に出やすいんだよ。それにジロジロ見られてたら誰でも気にするさ。自覚してなかったか?」
「本当にスマンと思ってる」
軽く謝ると床から立ち上がり、キリトの向かい側の椅子に座る。椅子の座り心地はリアルとなんら変わらない。ここにずっといたら、いつかここがリアルだと勘違いする輩が出るんじゃないか、とキリトに言うと、違いないと言って軽く笑った。…これくらいの距離感がいいな、俺。
「さてと…そろそろだな」
キリトの声で俺は視線を変える。すると、先程まで台所にいたおかみさんが、近くに来ていた。
「おやまぁ、お早うございます、旅の剣士さん。お疲れでしょう?食事を差し上げたいけれど、今は何もないの。出せるのはお水一杯くらいのもの」
おかみさんは黙って鍋をかき回していた筈だが、それと打って変わり、矢継ぎ早に話しかけてきた。正直、びっくりした。
「頂くよ」
言葉を聞くな否や、キリトは平然としながらおかみさんからコップが入った水をもらい、飲む。
「…手慣れてるな」
「まぁね。…ホレ、お前さんの番だぞ。」
言われて振り返ると、おかみさんが側にいた。そして、キリトに言った言葉を一字一句違うことなく俺に話す。
「…頂くよ」
何と答えるべきか少し迷ったが、”お構いなく”とか答えると本当に何も貰えないような気がしたため、キリトの返しを借りることにした。
コップに入った水の味は、学校でたまに飲む水道水よりは美味しいんじゃないかと思う。水の味など、あまり遜色ないものだが。
「…で、キリト。まさか水飲む為にここに来たわけじゃないだろうし、これってもしかして…」
「多分考えている通りで合ってるよ。…出た」
キリトの声と同時に俺の耳に、鈴の音が聞こえた。電子的なこの音は、クエスト開始の合図である事を思い出す。
「…さてと、行きますか」
「お手柔らかに…とはいかないよなぁ」
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ホルンカの村で、物質や防具の調達を終えて、村を出る。眼前に広がる森へと歩を進める最中にクエストの内容を反芻する。
目標は、”リトルネペントの胚珠”の納品。おかみさんの娘が病気らしいので、薬を作るために欲しいという事だ。
リトルネペントは捕食植物型モンスター。噛みつき攻撃に加え、腐食液を放ってくるとの事。キリトがブロンズソードを買わなかったのは、腐食耐性等が初期装備のスモールブレードより劣るから、と教えてくれた。だが、
「俺、はじまりの街で買っちまったよ…曲刀でも、いわゆるカテゴリが違うミラーだろ?」
「確かにそうだと思うが…初心者だから仕方ないさ。大丈夫、レンの腕なら多分問題にはならない」
「…そうか?」
「結構出来る部類だよ。ホルンカに着く前に何回かエンカウントした時も上手く立ち回ってたし、俺が言うんだから間違いない」
ずいぶん買ってくれるんだな、と思いつつさらに森の中へと進む。既に背後を振り返っても、村の明かり一つ見えない。今はまだ早朝とはいえ、奥に進むほど薄暗くなる。
「…出た」
キリトの声で反射的に武器を構える。目の前にいたのは一メートル半近くある巨大な植物。いや、本来花があるべき処には、気味の悪い大口が此方を今にも食いつきたそうに、ゆだれを垂らしている。地面に落ちたゆだれは、周辺の草を萎れさせ、瞬く間に枯れさせた。
「リトルって言葉は…”小さい”…で合ってるよな」
「さて…面倒なのはここからだ。やるぞ、レン」
「…腐食液に気をつければいいんだな?やるさ、やってやるさーーー!」
ファーストアタックで決めてやる。スキルを発動させ、突っ込む。相手は此方に噛みついてきた。だが、遅い。フレンジーボアの体当たりを何度も見たレンには避けるのは容易かった。
「セアッ!」
掛け声とともに、スキルを奴の茎に叩きこむ。相手のヒットポイントは大きく減った…が、まだ4割ある。奴に痛みがあるのかは分からないが、声を上げ、仰け反る。
「…!?」
何か来る。そう考えた時には体は動いていた。バックステップすると同時に元いた場所に奴の唾液が飛んできた。
「ハッ!」
後ろから回り込んだキリトのスキル”ホリゾンタル”がリトルペネントのヒットポイントを全て吹き飛ばした。
「…危ねえなぁ。今のが腐食攻撃のモーションだな?」
「その通り。…お、レベルが上がったな。」
「ん…何だこれ。”隠蔽”と”索敵”…。」
「あー…それなんだけど…。」
不意にパチパチという今まで聞かない音を聞いた俺は後ろを振り返る。そこには、手を叩きながら此方を見つめる男性プレイヤーがいる。彼はキリトと同じ片手剣を腰に携え、片方の手にバックラーを持っていた。見た目は俺とキリトの年齢と変わらないと思われる。人懐こそうな顔を浮かべてながらさらに近づいてくる。
「レベルアップおめでとう。驚かせたならごめんね。」
相手のレベルはこちらとあまり変わらない。おそらく、この森の奥にいるという事は…。
「俺達が一番乗りだと思ったんだが…先を越されてたか。」
キリトの言葉にその男ーーー”コペル”は答えた。
「僕がまだここに来てから、数時間程度経ってるよ。だけど、結構早くここに来る人がいたから、声を掛けたんだ。…君達もあのクエストだよね?」
コペルの言葉を聞いた俺は何かの予感を感じた。またあの何かが背後から忍び寄って来るーーー。
ーーーあの時のように。…あの、時?
「ああ、そうだけど」
レンは我に返る。
「良かったら、協力しない?中々出ないんだよね…”花つき”」
「…花つき?」
「リトルペネントの胚珠はその特殊なやつからしか落ちないんだよ…しかも、出現確率は1パーセント程…」
そこまで言いかけたコペルは俺を見て目を見開いた。またこのパターンだ。…つくづくこの目にはうんざりさせられる。靄がかかる心を悟られまいとして、先手を打つ。
「…あー、いや、この目は何というか、生まれ付きってやつで…」
「え?ああ…そうなんだ」
コペルは虚を突かれたかのような顔を浮かべる。まぁ、気にしない方が無理があるというものか。少し焦る声を出してしまったような気がしたがすぐに切り替える。
「…で、花つきは中々出ないのか。地道にやるしかない…面倒だなぁ」
「面倒だが…このクエストをクリアすれば幾分か楽になるんだよ。…分かった、コペル。よろしく」
「こちらこそ、キリト、レン」
そして俺達はこの後数時間リトルペネントを狩り続ける。無心に、機械のように。
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「…はぁ…!」
ソードスキルによって、1匹を斬り伏せて息を吐く。照りつける仮想の日差しが強くなるのを感じる。直に昼時になるというところだろうか。リアルなら汗まみれに間違いない。だが花つきは現れない。偶に花ではなく色付く前の果実のようなものを垂れ下げる”実つき”と呼ばれるものが現れた。その実を割ってしまうと他のリトルペネントを呼びよせてしまうとの事。故にこいつ相手には出来るだけ気をつけて闘う必要があるのだが基本パターンは変わらないため、3人共なんら問題はなかった。
「レン。そろそろHPがイエローゾーンに入るぞ。今の内にポーション飲んどけ」
「…あんまりこの味好きじゃねえんだよな…いや、味というより…なんかなぁ…」
ボヤきながら小瓶に入った液体を飲み干す。鼻腔に訴えかけてくる柑橘系の香り…に似た何か。本物に近いのに何か違うような感覚は非常にむず痒い。
「今時ポーションに文句言ってるのは君くらいなんじゃないかな?…なんてね」
コペルが片手に小瓶を持ちながら笑う。
「…だな。…で、何体やったかな」
「200は倒したと思うが…」
「…レン、キリト。見て…」
コペルの先には実つきと共に、頭にラフレシアのような赤黒い花が咲いているリトルペネントーーー花つきがいた。
続く