Fate/Sword Act Overture 作:黒歴史
目の前には、三体の巨大植物モンスター”リトルネペント”いた。その内の一体には異形の化け物には似つかわしくないような鮮やかな、ラフレシアを彷彿とさせる赤い花が咲いている。
「……ようやく出たな。さっさとやろう」
収めていた曲刀を抜きながら横目に見る。大分刃こぼれしているが、耐久値はまだ余裕がある。充分闘える筈---。
「まて、よく見ろ…!」
キリトの声に反応して足を止める。レンは訝しげに振り返った。
「……?さっき早くやらないと花つきの花が落ちるかもしれないって」
「なるほど…多分、そこからじゃ花に隠れて見えてないんじゃないかな」
コペルに促されて花の裏に目を向ける。
「…あー…そういうことか」
花つきの後ろに実つきがいた。あのまま突っ込んでいては、実を割る危険があったことをレンは、理解したと同時に少し考え、口を開いた。
「…誰かが実つきを引き付ければいいのか?」
「それがいいね。……じゃあ、実つきは僕が引き付ける。キリトとレンの二人で残りを速攻で片づけてくれ」
「…解った」
キリトの声が聞こえたと同時に三人でリトルネペントに突っ込んだ。レンをロックオンしたのは三体の内の一体---花つきだった。花つきがツル攻撃を放ってきた。何時間も同じモンスターを狩り続けていた経験に身を任せて仮想の身体を動かし続けることにより回避、反撃。思っていた以上に容易だった。花つきが腐食液を放つモーションに入った瞬間、無防備になった肉茎に連続斬撃を叩き込む。
「ハァ---!!」
ボキリ、という音とともに花つきのライフがゼロになった。レンの足許に光る球体が転がってくる。それを掴むと同時にある事に気づいた。
「また、ソードスキル使ってないな」
そうなのだ。数時間狩りを続けているうちに戦闘技術が上がったのは間違いない。だがその代償というべきか、コペルからは”致命的”とすら言われた。一言で言えばソードスキルの存在を忘れるのだ。頭では分かっているのに、気づけば違う動きをしてしまう。このゲームではソードスキルの威力は普通に振るよりも、はるかに威力が出る。先程までそれを分かっていたにも関わらず、こんなクセがついた。キリトは、今はそれでもいいんじゃないかとフォローしてはくれたものの…。
「取り敢えず、一つ目だな」
光る球体をアイテムストレージに放り込むと急いで元いた場所へと走る。今の戦闘で少し離れたがそう遠くはなかった。キリトはちょうど倒し終えたようだ。コペルはというと、出来るだけ引き離そうと、時間をかけていたのかていたのか、ようやく相手のリトルネペントの体力を削り始めていた。
「アイテムは手に入れたぞ!今行く!」
「悪いコペル、待たせた!」
二人でコペルの援護に向かおうとしたその時---。目が合った。
その目を見た途端、不意に視界が歪んだように、奇妙な感覚を覚えた。
「え…?」
その目は哀れみと、ほんのわずかな、恐怖を感じさせた。
「…いや…ダメだろ…それ」
キリトの声で我に帰る。コペルは剣を振り上げていた。瞬間、俺はコペルが何をしようとしているのか、何故そんなことをしようとしているのかを、理解した。コペルの剣はそのままソードスキルの勢いで振り下ろされる。
そして、実が割れた。
鼻腔に訴えてくる異臭に引き寄せられる、赤いカーソル群。周りが既にリトルネペントに埋め尽くされているのに気づくのに時間はかからなかった。
「……」
何故か、特に感情はなかった。自身に残る思考はただひとつ。
---どうすればいい?
---『……か?』
「レン! 俺が退路を作るから……」
誰かの声が耳に入ってきた。誰だっけ。
---『…抗う、か?」
---分かった。
「……!? レン、お前---!」
声を振り払い、群れへと駆け込む。目の前に接近した怪物の茎を、意識して放ったソードスキルで断ち切った。やはり、使う方がダメージ効率はいいようだ。視界の隅で複数体分に増えた、大きくしなる針金のような、ムチ攻撃が来るのが見えた。避けきることは出来ない。だが、その攻撃の来る場所さえ見えれば、剣で受け流すのは決して難しくはなかった。
「フッ…!!」
ガキィンという音を響かせ、迫りくるムチの一本を受け止め、残りを空いた僅かな隙間に飛び込み、回避。そのラグを逃すことなく、受け止めた一匹の茎を切り裂いた。
「---オオオオ!」
熱い。頭の中で、アドレナリンがのたうち回る。体は敵を切り倒す事だけに専心する。その感覚は、妙なことに、腑に落ちるような、欠けたピースを見つけた子供のようなものだった。腐食液攻撃を放とうとした個体を貫き、粗雑に引き抜く。ひるみの隙に無防備となる茎を断つ。いける。戦える---!
レンを引き戻したのは、ピキッという聴き慣れぬ音だった。手元を見ると、そこには今にも耐久値がなくなりかけている剣があった。
「!? なんで---」
(ブロード系の武器は---)
瞬間、ムチに打たれたレンは、宙を舞った。世界がくるりと回転した後、頭と脇腹に強い衝撃が走る。ライフバーが黄色く点滅する。
態勢を立て直しつつ、止まっていた思考を巡らす。目の前に見える敵は三体。剣の耐久値的にギリギリの数だ。状況は、はっきり言って、最悪だ。先程貫いた拍子に、剣に腐食液が多量に付着してしまったのか。本当に運がない。おまけに、キリトともはぐれた。援護は期待できない。回復する隙もない。
「やってやるよ…!」
最短の動きで最短の攻撃回数をもって仕留める。出来なければ、逃げ回ったあげく体力の限界と同時に死を迎える。向かってくるムチを無理やりひねりで避ける。一本避けきれず腕をかすめる。ライフバーはもうすぐ赤くなるところまで減ってきた。一体、茎のガードが遅れた個体にソードスキルを放つ。後二体。両個体は同時に腐食液のモーションに入った。慎重に、腐食液に触れないギリギリを狙い、もう一匹の茎を切り裂いた。残り一体。武器はあと、一回振りぬけば砕けるだろう。
その時、声が聞こえた。
「うわあああああ!!」
思わず振り返る。そこには、感情の全てを、恐怖に支配されたコペルが、リトルネペント三体に囲まれている姿があった。ライフはすでに赤くなり、もはや虫の息と言ってもさしつかえない。…なんで、こいつも襲われてるんだ?
「死にたくない…!僕は…!僕はァ…!」
「……」
何かを考えた。言葉にはできない、何かを一瞬で清算した。気づけば、俺の剣は、ムチごと、茎を切り裂いた。そして、コペルのそばに立っていた。
「…!? 何で…?」
そして、剣が砕けた。パキィンという儚い音とともに手から重みが消えた。ムチが迫る。避けられない。防ぐ武器も失った。---死が、迫る。
また、声が聞こえた。
---『……て、これるか?』
世界がスローモーションビデオになった。頭の中に、再び熱い何かが湧き出てくる。それは、全身を濡らしていくように、自身を飲み込んでいく。
---『ついてこれるか?』
その声は大きくなっていく。目を閉じる。熱さに耐え切れず顔が歪んでいるだろう。熱い液体に溺れるような感覚が、たまらなく苦しい。その時、目の前が急に明るくなった。
そこには、無数の剣で体を貫かれた、彼がいた---。
*
間に合わない。キリトは走り込みながらも悟った。どうして、かばったりなんかしたんだ。相手は、こちらを殺そうとしてきたのに。あいつはそれを、ちゃんと分かっている筈なのに。ライフバーもムチを食らえばたやすく吹き飛ぶだろう。武器もおそらく失った。……助からない。
ムチがレンの身体を打ち、そのライフバーを残らず削り取るであろう、そんな時に。
目の前に、青い雷のようなものが落ちてきた、とキリトは思った。バチバチバチィィィィ!! という、森を震わす轟音とその光を、彼はそれ以外、理解出来なかった。目を開ける。そこには、二つの影しかいなかった。一人は、ただ腰を抜かして、呆けたような表情をする者。
そして、もう一人は右手に白色の、陰陽が刻まれた曲刀を握る剣士だった。
続く