東方供杯録   作:落着

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隣の芝に供する三九杯目

 里の中にある一軒の店、鈴奈庵。外から流れ着いた外来本を貸し出す貸本屋。ある日の午後、涼介は貸本屋を訪れている。

 

「今回はどのような本を借りられるのですか?」

「今回もいつもの様に特に決めてはいないんだ」

「相変わらず、一期一会ですね」

「それがまた楽しいじゃないか」

「ふふふ、涼介さんみたいなお客さんがもっと増えるといいんですけどね」

「読書は時間を取られる趣味だからね」

「涼介さんも忙しそうなのに読まれる時間はあるのですか?」

「忙しそうかな?」

「天狗さんの新聞でいつも賑やかじゃないですか。それに最近は人形劇にも参加しているみたいですし」

「あはは……文の新聞は話半分に見てもらえると嬉しいのだけれどね」

「大丈夫ですよ、読まれている方の大半は話半分に読んでいますよ」

 

 涼介が店の店員、本居小鈴(もとおりこすず)と雑談をしながらあてどなく本を探している。小鈴に、文々。新聞の話題を出されれば涼介に苦笑が浮かぶ。小鈴の言葉でいくらか胸をなで下ろすがいつか決着を着けないといけないのかもしれないなどと内心で考える。

 

「でもまぁ実際問題、意外と時間はあるんだよね」

「そうなのですか?」

「そうだよ。お店に人が来るお昼頃を除けば意外と暇なんだよね。だから、時折ぽつぽつと来店される方を待っている間に丁度いいんだ」

「なるほど、言われてみればそんな感じがしますね。どうして涼介さんは里の中にお店を開かなかったのですか?」

「妖怪のお客さんが里の中より気軽に来店しやすいからだよ」

「怖くないのですか?」

「全然」

「はぁ、肝が据わっているんですね」

「ははは、そうなのかな」

 

 涼介がクスクスと笑いながら、少しの驚きと呆然を滲ませる小鈴に返答する。

 

「涼介さんは阿求と話が合いそうですよね」

「阿求か」

「あれ? 涼介さん阿求と何かあったんですか?」

「うぅん、どうだろうねぇ。私は仲良くしたいのだけれどね」

「うん? 阿求が涼介さんの事を嫌っているのですか?」

「それも少し違うのかな? いや、まぁその通りではあるのだけれどね」

「なんだか要領を得ない話ですね」

「ははは、確かにそうだね。うん、言うなれば同族嫌悪みたいなものなのかな」

「同族嫌悪ですか?」

「または隣の芝は青く見える、だね」

「ますます良く分からないです」

「考えてみると良いよ」

「あまり小鈴に変なことを吹き込まないでください、涼介」

「おや、阿求かい。奇遇だね」

「阿求かいではないですよ」

 

 何処か不満げな声が、鈴奈庵の入口より聞こえてくる。涼介と小鈴の二人が視線を向ければ不機嫌な表情をした阿求の姿がある。

 

「相変わらず人を取って食ったような態度ですね」

「そうかな?」

「全く……丁度いいです。涼介、今暇ですか?」

「本を探すので忙しい事を暇と言うのであれば暇だね」

「では暇ですね。付き合いなさい」

「構わないよ。小鈴ちゃん、またね」

「小鈴、借りていた本を返すわね。また借りにくるわ」

「あ、えっと、阿求? 良く分からないけれど喧嘩はダメだよ?」

「あはは、大丈夫よ小鈴。別に喧嘩をしている訳ではないから」

「そう? ならいいけど」

「安心してよ、小鈴ちゃん。ちょっと二人で趣味の共有をするだけだよ」

 

 小鈴の心配する声に阿求が苦笑しながら返答する。小鈴は二人の言葉にとりあえずの安心を示し、それ以上の言葉を続けない。二人が熱くなるタイプでない事を知っている為、小鈴は二人の問題だと思い深入りすることを控える。

 しかし、一言だけ伝えたいと暖簾を潜ろうとしている二人へ声をかける。

 

「私は二人の友達で、いつだって話を聞きますから遠慮しないでくださいね」

「ありがと、小鈴ちゃん」

「あはは、じゃあその時はお願いするわね、小鈴」

 

 二人は一度足を止め、親切な友人へと感謝を示す。二人の気負いない自然体な様子に小鈴は安心する。小鈴が手を振れば二人も軽く振りかえし、店を後にする。

 

「うーん、何があったのかなぁ、あの二人?」

 

 小鈴が一人、首をかしげる。その疑問に答える声は無い。

 店を出た涼介と阿求の二人が並んで里の中を歩く。先ほど鈴奈庵で少しだけ不仲な雰囲気を見せていたのに、仲良く隣り合って歩いている。

 

「それで今日はどのような話をしようか」

「そうですね……でしたら鬼の話などをお願いできないでしょうか?」

「私に鬼の話をさせたら長くなるよ」

「構いませんよ。夕飯を用意いたしましょう」

「それは楽しみだ。稗田の家の夕飯とはさぞかし美味しいのだろうね」

「貴方にそんなもてなしはしませんよ」

「ははは、嫌われてしまったね」

「別に嫌ってはいません。ただ――」

「互いにないもの強請りだよね」

「……はぁ、確かにそうですね」

 

 阿求が、涼介の言葉を受けて悩ましげなため息を吐くと視線を少しだけ空へと向ける。涼介も阿求の視線の先を追う様に空へと向ける。視線の先では空を往く幻想達の姿が見える。互いに幻想にあこがれ取りつかれた両者が、並んでこがれる様な視線を向ける。

 やはり、阿求と自分は似ているなと涼介は考えながら阿求との出会いを思い出す。どこまでも似ていて、どこまでも似ていない阿求との出会いを思い出す。

 

 

 

 

 

 ある日の定休日、涼介は里でその休暇を過ごしていた。特にあてどなくタイムスリップしたような街並みを歩く。外来人である涼介にとってはただそれだけでも楽しめる。

 

 

――ウィンドショッピングみたいなものなのかもしれないね

 

 

 誰に言うでなく、内心で独りごちる。時折思い出した様に甘味処へ足を運び、団子や饅頭をつまんでは里をのんびりと歩く。すれ違う知人とたわいのない会話をしながら休日を謳歌する。

 少し疲れたと、足を休めるために茶屋で飲み物片手に身体を休める。

 

「まさにお茶をする、字面通りだね」

 

 涼介が抹茶片手に往来を眺めながらくだらない事を呟いてみる。平和だと、内心で目の前の光景を見つめながら考える。手に持つ抹茶を口へと運べば、チャリと腕に付いた萃香からもらった腕輪の鎖が音を立てる。鎖が擦れる音にクスリと笑みがこぼれる。心地が良いと晴れやかな気持ちになる。

 涼介がのんびりしながらさて次はどうしようかと頭を悩ませていると、不意に視界に影が落ちる。視線をそちらへ向ければ着物を着た少女、阿求が立っている。

 

「すみません、白木涼介さんでしょうか?」

「はい。里の外で喫茶店を営んでいる白木涼介をお探しでしたらそれは私の事です」

「あぁ、良かったです」

「そういう貴女は確か稗田家の――」

「はい、稗田家の九代目、稗田阿求と申します」

「あぁ、これはこれはご丁寧にどうもありがとうございます。以前、稗田家の所有する過去の縁起を閲覧させて頂きました。その際は不在の様で挨拶ができず、その後も伺わず仕舞いで申し訳ありません。妖怪に関する資料、大変助かりました」

「いえいえ、そこまでされる必要はありませんよ。それに、そういった資料の使われ方をしてもらうためにまとめているのでそう言っていただけると大変うれしく思います。私が不在の際も閲覧を希望する方には公開する様に家の者にも言い含めております。ですから改めてのお礼などは大丈夫ですよ」

「そうですか? けれども、やはり感謝は示したいので言わせてください。本当にありがとうございました。とても素晴らしい資料でした」

 

 涼介が心からの笑みを浮かべ感謝を示す。阿求が一瞬きょとんとするも、次の瞬間には花の咲く様な笑みを浮かべる。

 

「ふふ、話に聞いていた通りの人の様ですね。それでしたらお願いがあるのですかよろしいでしょうか?」

「お願いでしょうか?」

 

 阿求が可愛らしく小首を傾げ聞いてくる。涼介は阿求の表情に既視感を覚える。何処で見たのだろうかと思い出すより先に、阿求の声が追憶の思考を妨げる。

 

「白木さんのお話を聞かせてください?」

「私の話ですか?」

「はい。幻想に一番近い一般人の視点から見た妖怪たちの話などを聞かせていただけたらと思います。異変にもかなり中心に近い所で参加されていたと風のうわさで聞きましたので、そちらの話もしていただけたらと思いまして……ダメでしょうか?」

「構いませんよ。それがまた編纂されて誰かの助けになるのであれば、こちらからお願いしたいくらいです」

「ありがとうございます。それでは当家までお越しいただけますか?」

「えぇ、かまい……」

「白木さん?」

 

 涼介は阿求との会話で、彼女の表情に感じる既視感が何であったか思い出す。初めてであった時の咲夜が、今と同じような作った笑顔をしていたことを思い出す。少しだけ涼介は懐かしいと思う。

 今思えばあれから自らの生活はずっとずっと騒がしく、そしてそれ以前より比べるまでもなく楽しい生活が始まったのだ。そう思えば、好意を懐かれていないであろう阿求の笑顔にも楽しさを見いだせる。言葉を止めた涼介に不思議そうな顔をする阿求へ涼介は笑顔で伝える。

 

「いえ、なんでもありません。構いませんよ。これからでも大丈夫でしょうか?」

「はい、構いません。急なお願いであるのに早速の対応をしていただきありがとうございます」

「いえいえ。それに私も妖怪の話をする機会などあまりないので楽しみなくらいです」

「そうですね。妖怪の話を積極的に誰かと、それも好奇の感情で話す相手など普通はいませんからね」

「同好の士というやつですね」

「はい、そうですね。同好の士ですね」

 

 同好の士であると涼介が言葉をかければ、阿求の笑顔が少しだけ固くなるのを涼介は目ざとく見つける。なるほど、ここら辺に問題の根幹が有りそうだと涼介はなんとなく思う。

 阿求の案内に従い涼介は稗田家への進路をとる。さてさて今度はどのような出会いとなるのであろうかと、心を躍らせながら涼介は歩を進める。

 稗田家の屋敷は相変わらず大家といった趣きを持っている。庭には池が有り、植えられている植物も事細かな手入れが行き届いている。奥へと案内されながら歩いていれば、お手伝いさん達とすれ違う。綺麗で洗練されている所作ですれ違うたびに礼をされれば、行き届いている教育に感心する。

 

「相変わらず凄いですね」

「古いだけですよ」

「古い物にも味が有っていいものです。知り合いもそう言っていました」

「それは人間の知り合いですか?」

「いいえ。永遠を生きる不死人です」

「そうですか……幻想の知り合いが沢山いそうですね」

「えぇ、おかげさまで。色々な方と仲良くさせていただいております」

「素敵ですね」

 

 前を歩く阿求から帰ってくる返答に、涼介は羨望と嫉妬の色合いを僅かながらその声色から見つけ出す。

 

 

――同好の士……なるほど

――同じ幻想に心囚われ、混ざるほどの力が無いのに諦められない

――私は縋り、君は身の丈にあった自身の形を見つけた

――私は私で君のその形が羨ましい、転生を許された阿礼の子よ

 

 

 稗田の当主に赦された転生、それについて以前より慧音から聞き及んでいた涼介はふとそう考える。昔は中々めぐりあわせが悪く出会う事が無かった。そして自身が幻想で生きる決意をした後は、無意識的に避けていたと今涼介は気が付いた。会ってしまえば羨望を、嫉妬を感じてしまうと理解していたのだ。例え、転生の際に記憶の大半が消えてしまう様な性質の物であってもそれだけの魅力を感じてしまう。けれども、互いに同じようであったのだろう。

 そして、客間へと通される。阿求が紙の束の置かれた座卓に付き、涼介がその対面の座布団へと腰を下ろす。

 

「さて、お話を聞きたいと言っておいてはなんですが、どのような引き出しが有るのか私の方で把握し切れていませんので白木さんにお願いしてもよろしいでしょうか?」

「構いませんよ。さて、そうですね……」

 

 涼介が何を話した物かと頭を悩ませる。視界の端にふよふよと浮く自身の霊体に目が付くと話す内容を決める。まだ、そう時間も経っていない異変であるし適任だろうと、口を開く。

 

「それでは冬の終わらない、いえ。春の来ない異変に付いて私の知る話をしましょう」

「春雪異変ですね」

「えぇ、そうです。私も全てを知っていると豪語出来るほど自身は無いのですけれど、ある程度は知っていると思うのでどうかそのつもりでお聞きいただければ幸いです」

「大丈夫です。聞きとった内容は後で吟味し、こちらで編纂しますのでご安心ください」

「それは良かった。そうそう、あと込み入った話も少しだけすると思います。そちらは残しても構いませんが、一般公開用には混ぜないでいただけると助かります」

「それはどういった内容でしょうか?」

「死の桜にまつわるお話です。もしかしたら、遠い未来で必要な時が来るのかもしれない内容です。けれども、それは個人の事情に踏み入った話でもあります。ですので、転生を繰り返す阿礼の子である貴女が必要であると感じた時に開示するための資料という形で管理保管を願えないでしょうか?」

「……承諾しましょう。記憶を継承する阿礼の子である我らがきちんと管理保管し、必要に迫られた時には有効に活用しましょう」

 

 見た目にそぐわぬ威厳を放ちながら阿求が承諾を示す。幼い人間の少女では決して纏えない雰囲気を醸し出す阿求の姿に涼介は目を細める。眼前の姿に、彼女が幻想の存在へと片足を踏み入れていることを明確に理解する。自身の中に生まれた羨む感情に少しだけ蓋をして涼介は語り始める。

 

「まず大前提として、春雪異変は冬が長いのではなく春が――――」

 

 涼介の知る異変が語られる。春を奪われた世界。無意識に記憶を求める亡霊の姫。何も知らずに嘆いた少女。語り手は記憶から逃げ出した元亡霊。様々な想いの行き交った一つの物語が語られる。

 

 

 

 

 

「――――とまぁ、最後には霊夢が封印をして西行妖は再び眠りにつきました」

「……なるほど、そのような事が」

 

 さらさらと語られた内容を書き記しながら阿求が相槌をうつ。

 

「封印とは時間が経てば緩むもの。それは霊夢のかけた物であっても変わらないでしょう。それに妖夢とていつかは死んでしまう身です。だからお願いします」

「そうですね。確かに富士見の娘について広く知らしめるのは良くは無いでしょう。けれども、誰も知らないのもまた危険……白木さんの要望通りにいたします」

「ありがとうございます」

 

 阿求が筆をおき了承を示すと涼介は安堵する。阿求に頼んだ役目は自らでは果たすことが出来ない。腰の後ろに吊ってあるポーチの中のスキットルに入っている薬酒を飲んで変容してしまえばまた話は変わるのだろうが、涼介にはまだその意思も決意もない。

 

「白木さん、本当に本日はありがとうございました。また、お時間のある時でよろしいのでお願いできないでしょうか?」

 

 阿求が笑みを浮かべて涼介へと問いかける。その表情に涼介はまた作られた物だと分かる。その事に居心地の悪さをどうしても感じてしまう。確かに、懐かしさを覚えていたがそれも続けば気疲れする。

 だからこそ、涼介は口を開く。どちらに転ぼうともどうせなら本音で話せるようになりたいと想いを言葉にする。

 

「構いませんよ。けれど一つだけ条件が有ります」

「条件ですか?」

「えぇ、条件です。お互いに外面を取り繕うのは辞めませんか?」

「えぇと、白木さん?」

「私は今でこそ制御して、むやみやたらに自身への負の感情を懐かせない様にするのをやめています。けれども、外で生きていた間はずっとその環境で生きていました。だから私に向かう感情は正の感情か、無関心だけでした。無関心は高まりが無いので落としようが有りませんからね」

 

 阿求は涼介の言葉に真意が見いだせず困惑を見せる。

 

「だからでしょうか。敵愾心やそれら負の想いが籠っている感情が目立つのです。どういった物かを判断はできませんが、快く思われていないという事だけは良くわかります。今までの自分の周りになかったものなので酷く目につきます。稗田さん、いや阿求が私の事を良く思っていないことがよくわかる」

 

 阿求がその言葉に小さく息を飲む。和やかに話せていたし、涼介もそういった態度であったので知られているとは思ってもみなかったのだ。けれど、少しすれば驚きの感情は収まり、冷静さが阿求の中に戻る。そして、察せられているならば仕方ないと言いたげに阿求はため息一つと共に雰囲気を変える。

 

「そうですか。なるほど、そう言った見分け方でしたか。確かにいつもの光景に見知らぬものが混じると目立ちますよね」

「えぇ」

 

 阿求の視線が涼介を強く射抜く。その視線に涼介は、阿求に自らも異物だと言われているような気持ちになる。

 

「貴方にとって私がそうであるならば、私にとっての貴方もそうです。貴方の在り方は酷く目につく」

「どのように?」

「貴方が私と同様に力の無い人間であるのに、貴方は彼女たちに、幻想達の輪に入っている。その姿が酷く目につく。私は貴方が羨ましくもあり妬ましくもある」

「なるほど」

 

 阿求が笑みを失くし、少しだけ険のこもった表情で言葉を発する。

 

「私は、私達は貴方の様になりたかった。幻想達と心を通わせてみたかった。彼女らと友になりたかった。けれどそれは出来なかった。だからこそ、能力を生かした役割を見つけ、閻魔と交渉し今が有る。それなのに貴方はするりと私の憧れた場所に入り込んだ。貴方が悪いわけではない……でも、私はどうしても貴方を好きになれない」

 

 阿求の言葉に籠る声が強くなる。その声に少しだけ責める様な、どうして貴方がと嘆く様な感情を感じる。けして荒げることは無い、しかし強い気持ちの籠る言葉が阿求より紡がれる。

 そこに込められる感情は決して彼女一人の物ではない。転生の際に記憶と共に意識の消えてしまった過去の阿礼の子たちの残滓が宿る。転生の負荷にさえ耐え、僅かに残った先代たちの残滓が阿求の想いを強くする。

 

「何となくそんな気はしていたよ」

「へぇ、分かっていたんですか?」

「どうだろうね」

「本音で話すのではないのですか。貴方が言い出したことですよ」

「自分でもよくわからないんだ。でも、君が私に嫉妬する様に私は君を羨んでいる。人としてずっと幻想のそばで暮らせる。何度でも出会うことが出来る。私はそれがうらやましい」

 

 阿求が涼介の言葉に、目を大きく見開く。自身も同じように思われているとは考えていなかったのだ。涼介はさらに言葉を続ける。

 

「でも、私は君みたいにならなかった。私はたぶん何度でも縋ろうと足掻くと思う。何度でも今のようになろうとすると思う。だからこそ私は君に好感が持てる。私は君にはならないから」

 

 涼介が本心を語る。淡々とけれどどこまでも本音で阿求へと語る。阿求もそれを静かに聞く。涼介の言葉が終わると少しだけ沈黙が二人を包む。小さく深呼吸を一つ阿求がし、言葉を返す。

 

「私は貴方みたいにはなれなかった。きっとそういった選択肢もあったけれど私達には選べなかった。だから何度だって私はきっとここに立つ。だからこそ私は貴方に羨望を覚える。私は貴方にはなれないから」

 

 二人の視線が交差する。互いの瞳を見つめ合う。向き合う瞳の中に自らの姿を見つける。両者から小さな笑いが同時に漏れる。

 

「私達は鏡合わせの様な物だろうね」

「似ているのに違う。限りなく近いのに決して交わらない」

「私はそちらに決していかない」

「私はそちらに決していけない」

 

 互いに相手の言葉に合わせる様な返答をすれば、また笑いがこみあげてくる。クスクスと本当に楽しそうに両者が笑う。

 

「私は君が好ましいよ、阿求」

「私は貴方が嫌いです、涼介」

 

 混じりけのない笑みを浮かべて互いが互いに言い切る。それはどこか歪んでいる。けれど、偽りのない正しい姿でもある。互いに幻想に心奪われた異端児同士、歪んでいてこそ正しいのかもしれない。

 

「あはは、それは残念」

「ふふ、でも貴方のお話は好きですよ」

「私も君との話は楽しいね」

「ならばまた聞かせてください。そちら側の話を」

「あぁ、語ろうとも。だからまた聞いておくれ阿求」

「何一つ決して忘れませんよ」

 

 また一つ好ましい縁を得られたと涼介は笑う。いけ好かない、けれど得難い縁が出来たと阿求も笑う。ひねくれ者達の会話はそれからも続く。

 

 

 

 

 

「涼介、何をぼうっとしているのですか? 着きましたよ」

 

 過去にぼうっと思いを馳せていた涼介の意識が阿求の言葉で呼び起こされる。気がつけばそこは稗田邸の門の前である。どこか上の空な涼介の様子に、出迎えに出てきている稗田家の使用人も困惑している。

 その様子に申し訳なさを感じて、ついつい苦笑が顔に出る。ぺこりと謝罪の意味を含めて使用人へ軽く頭を下げ、阿求へと返答もする。

 

「いや、すまない。ちょっと思考が過去へもぐっていたよ」

「何を思い出していたのですか?」

「初めて君と話した時の事を少しね」

 

 涼介がそう言えば、阿求は余計な事を思い出すなとでも言いたげに顔をしかめる。ため息とともに首が左右にやれやれと振られる。

 

「呑気ですね」

「友人と話をするだけだからね」

「はぁ、のらりくらりと……あぁ、今日は遅くなるので夕飯を彼の分もお願いします」

「畏まりました、阿求様」

 

 阿求が出迎えの使用人へとそう声をかける。彼女は了承の声とともに、頭を一度ぺこりと下げる。

 

「こった物は出さなくていいわよ」

「いえ、しかしお客様に――」

「いいのよ、別に特別な客ではないのだから」

「ただの友人が遊びに来ただけですので普段通りで構いませんよ。それにこれからはきっと頻度も増えますので、そのたびに豪勢にされてしまえば肩身が狭くなってしまいます」

 

 食い下がろうとする使用人の声を遮り、阿求が言葉を重ねる。それでもどこか不承不承気味な使用人の様子に、涼介が阿求の後押しをするように言葉を重ねれば渋々ながらも頷いてくれる。

 その使用人の様子に阿求が不満そうな顔で涼介を見る。まるで、余計な事をとでも言いたげなその表情に向かって笑みを浮かべれば、ベッと舌を出されてしまう。そのまま阿求は涼介の反応を見ることなくスタスタと奥へと入っていってしまう。

 使用人がその様子に苦笑をすると、涼介へと向き直る。

 

「申し訳ありません、白木様」

「気にしていませんよ。むしろ気兼ねなくて好ましいくらいです」

「そう言っていただけると幸いです。阿求様をよろしくお願いいたします」

「ん? えぇ、構いませんよ」

「阿求様が取り繕わずに接する方は少ないのです。何というか貴方といる時の阿求様は年相応な感じでして、これからも遊びに来てくださいませ」

「はい。それに私も阿求と話をするのは楽しいのでこれからも押しかけさせてもらいます」

「ふふ、是非押しかけてください」

「涼介、いつまで話しているのですか。早く来なさい」

 

 家屋の中より阿求の催促の声が飛んでくる。涼介と使用人、二人は顔を見合わせてクスクスと笑うと門をくぐる。

 

「さて、怒られてしまう前に早くいきますね」

「廊下を走らない程度にお願いいたします」

 

 気安いやり取りを交わし、涼介も奥へとその姿を消す。使用人もその姿を見送ると、仕事に戻ろうと中へと戻る。

 

「下ごしらえにしっかりと手間をかけて、見た目を地味にすれば怒られはしないでしょう」

 

 そう呟きを漏らし使用人は台所へと向かう。その晩、いつも通りの見た目でいつも通りでない夕飯に阿求は眉をひそめる。気が付かずに涼介が美味しいねと笑い、給仕の使用人がありがとうございますと頭を下げればもうどうにでもなれと阿求は匙を投げる。

 これより先、涼介が訪れるたびに作られる食事を少しだけ期待している自分に気が付いた阿求が悔しさにへそを曲げるのはまた別のお話。訳も分からず機嫌を取る涼介とそれを楽しげに見ている使用人の姿がそこにはきっとあることだろう。

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