「あら?こんな時間に珍しいわね。」
「お届けに上がりましたよーっと・・・。」
少し顔を赤くした提督がリ級を背負いながら部屋の中に入る
出迎えたのはル級
どうやらこちらも晩酌をしていたらしく空のジョッキと半分ほどビールが残っているジョッキ、おそらくサワーが入った白いグラスが1つずつテーブルの上にあった
奥の個室にリ級を寝かせ、戻ってくるとニコニコと笑ったル級が言った
「ちょっと付き合ってちょうだい?」
「・・・・・・ヲ級は?」
「部長を寝かせに行ったわ。あの子はそこまで強くなさそうね。」
しょうがないなと言い、水道で水を一杯飲むと席に着いた
「ビールでいいかしら?」
「ああいや。山風の残りをもらうよ。ビールは苦手でねぇ・・・・・・。」
「あらもったいない。」
飲み干してすぐにル級が口を開く
「で?楽しかったかしら?」
「最初はびっくりしたけどね。やっぱりお前さんか。」
ギシッという音を立てて椅子で船をこぎ始めた
「迷っているけど私には相談しそうになかったの。こんなの初めてよ。」
「よく迷ってるってわかったね?」
「それは長い付き合いだからよ。深海側になる前から・・・・・・ね。」
ビールをグッと煽るとふぅと一息ついた
「・・・・・・ひょっとして。」
「ええ。あの子は覚えてなさそうだけどね。」
まぁそれはもうどうでもいい事だけどねと言われ、提督は続きの言葉をつぐんだ
「私は楽しみを見つけられたからいいわ。潮風と硝煙の香りの毎日ではなく、潮風と土の香りに囲まれた毎日・・・・・・。けどね。」
いつの間にか注いだジョッキを再び空にした
「私はあなたになら命じられても悪くないと同時に思っているわ。再び硝煙の香り渦巻く海へ行けと。」
「・・・・・・。」
「そしてあの子はまだ気づいていないけど私以上にそのことを思っているわ。」
提督はちらりと奥のリ級が寝ている部屋を見やる
「過去の人たちもいい人だったわ。腹芸もあったけど大切にしてくれた。けれど・・・・・・あなたはそれを上回った。」
ジョッキを少し粗目に置き微笑んだ
「人類を守るためなんて御大層な文句で戦うより、ありふれた私たちの日常を守るための戦いも悪くないわね。畑を守るついでで人類を守る・・・・・・なんてね。」
室内の隅っこに置かれた深海用の艤装を目をやりながら言った
すでに、ル級たちの艤装の解析が終わり正式に返却された
本人たちに反抗の意思がないため、リミッターは提督が操作することになった
常時リミッターを作動状態にすると性能が大幅に低下するためである
艦娘用の艤装も操作可能であったため、そちらも試してみたが、やはり深海側の艤装と比べると出力が若干下がる
時間をかければ同等のものに改造できるが、工廠担当の夕張の体は1つ
とてもそこまで手が回りそうにない(本人は悔しそうな顔をしていたが)
「少し飲みすぎたようね。」
ル級は流しのほうへ行ってしまった
提督は深く息を吸い、ゆっくりと息を吐いた
ル級に自分の水を持ってきてもらうように頼もうと声を上げようとしたとき、けたたましくドアをノックする音が室内に響き渡った
「耳本殿!自分であります!あきつ丸であります!至急開けていただきたい!」
あきつ丸と分かったが、その声色は切迫していた
ただ事ではない様子で、呆気に取られていたがすぐに我に返り返事をする
「はいはい!今開けるから!」
少しふらつきながら急いで扉を開ける
雨も降っていないのにびしょ濡れのあきつ丸が室内へと転がり込んできた
ロシア軍関係者とみられる一団に対する処遇は海軍側の強い要望で強制送還とロシア政府への抗議で決着した
同時に、近日行う予定だった会議をそのままを行うことになった
そして海軍提案の臨時人事案は陸軍側の反対があり否決
同時にその直前に可決された軍法改定によってこの人事案に新法が適用され海軍内で審議入りと思われる
先ほどの和やかなほろ酔い気分はすでに吹き飛んでいた
提督は片肘をついて額に手をやり、ル級は静かに目をつぶってあきつ丸の報告をじっと聞いていた
幸い、古市大将の機転によって予定されていた新法に制限を加えることができた
審議終了の最短期間は1か月という制限のほかに、深海棲艦の動向によっては片方の軍が審議の一時停止する権利を有するという条件だった
これは、陸軍が海軍に権力争いにばかり呆けているんじゃないぞと釘刺しの意味合いだったのと、海軍側がロシア関係者の処分等などを早急に進めた代わりの譲歩だった
しかし、再可決されるまであと1か月
想定していた時期よりも1週間早まったことが提督の悩みだった
「まさか両面待ちしてたとは・・・・・・。」
海軍には現在親露派が上層部に多い
あの襲撃も、ロシアとしては日本の自立へと舵を切り出している自分はあまり好ましい存在ではない
襲撃に成功すれば自分が消える、この作戦に失敗したとしても多少時間はかかるが後ろ盾を取り払い力を削ぎ、やがては・・・・・・
両者の利害が一致していた
「わざわざありがとうね。とりあえずお風呂に行っておいで。」
「お心遣い感謝いたします。少し借りるであります。」
あきつ丸が奥の風呂に消えていった
わざわざ偽装航路を設定したうえ、スコールとともに近づき、夜になるを待ってから来たのでびしょ濡れだったのだ
「それで?手はあるの?」
「・・・・・・ない・・・・・・な。」
後継となる砂安中将ではまだ役として力不足であるし、何よりも一番重要な派閥の継承作業がこれからというところだ
少数派で結束力が強いとしても離反や他派閥への影響力が下がるのは必至だ
今から急いだとしても、中途半端に終わってしまい逆に力を弱めてしまう可能性もある
第二次レイテ沖の開戦の条件となるのは、前線での深海棲艦の動きに異常が見られた時だ
多少早めるように働きかけることはできるが、それでも深海側の動き次第
こちらの準備が万全にできた状態で挑むとなると欧州方面からの完全撤収が完了する2月後半から3月頭と推測され、この線は完全に消えている
万策尽きた
この言葉が頭に浮かぶ
「まだあるわよ?」
「・・・・・・却下だ。」
「あら?現状この手しかなくて?」
ル級の言いたいことを提督は察していた
一番簡単な解決方法
囮だ
提督はどこに深海棲艦が現れたら陸軍が審議停止を申し入れられ、海軍も頷かざる得ないのはわかっている
本土への資源輸送の途中に深海棲艦が現れたらどうなるだろう
最近は近海の制海権確保がほぼ100%のため近海の輸送に同行する陸軍将校も多い
1回や2回ならまだしも何度もその状況を見ればどうだろうか
ただでさえ少なくなっている輸送船が脅かされる現状で
しかし、当然リスクもある
もしバレれば当然自分は銃殺、他の子たちも解体処分は免れないだろう
ル級たちは処分対象となる
何よりも、作戦から帰ってこない・・・・・・つまりは撃沈のリスクがとてつもなく高い
「・・・・・・。」
どう計算しても深海側の動き次第
深海側が2月に入ってすぐ大規模な動きがあるという超がつく最良の結果のみだ
想定では五分五分の賭けだったのが今ではお話にならないレベルの大穴に賭ける状態
賭けという名の自殺行為だ
悪いことに北方、西方の協力がうまく得られてない南西方面の深海側は立ち上がりが想定より遅れているという予想だった
計算では中旬に準備完了という想定だ
「提督・・・・・・。」
か細い声に振り替える
先ほど寝かせたリ級が壁際からのぞき込んでいた
壁際から一歩出ると提督の顔をじっと見る
1分、2分、3分
ル級とリ級はじっと表情を変えず引き締めた表情で
対して提督は何か言いかけてはまた口を結ぶというのを繰り返し、やがて頭を垂れ始めた
瓶の汗は乾き、テーブルの染みが乾き始めた時だった
椅子に荒く腰を掛け、瓶ごと煽り一気に流し込むと咽った
小さな声で借りてすまんと瓶をやさしく置くと少し赤らんだ顔を上げた
深呼吸を1度、2度、3度
立ち上がって深々と頭を下げた
「時間を稼ぐ囮になってくれ・・・・・・!頼む!」
「ふぅん・・・・・・。面白いことになりそうだね。」
あはっ
小さな声でつぶやくと窓から離れ、潮風吹く闇の中に溶けて行った
リアルが忙しくなかなか更新がままならず申し訳ありません(´・ω・`)
次回よりレイテ沖海戦にようやく突入していきます
さて、本日のメンテでサンマ漁が終了しましたが皆さまはいかがでしたでしょうか
作者は早々に30匹をほぼ6-5でかき集め、初秋イベの回復に努めておりました
初秋イベのほうではE3までは甲で一気に行けたものの
ゴトランド堀や初月、プリンツ堀などあとの堀が詰まっていたことや、8月には二期移行のどさくさでランカーをやっていたことなどで集中力が切れてしまい後段は丙で流しました(白目)
次回の更新は・・・早目だと思います・・・?(多分)