トリコと小松の人間界食欲万歳   作:Leni

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大漁旗を振って

 恵方巻きを作る。

 そんな名目で、トリコと小松は『鍋池』に潜むマダムフィッシュの捕獲に挑んだ。恵方巻きの具材にこれを選んだのは、会長から捕獲の指示を受けたからだ。その捕獲には、美食四天王全員が招集された。

 凍った『鍋池』に美食四天王のトリコ、ココ、サニー、ゼブラたち全員と小松、リンが集まり、四天王たちの力と、さらには小松の食運の働きもあって、マダムフィッシュは無事捕獲された。

 恵方巻き用に切り身と見栄えの良い頭を確保したのち、残りのマダムフィッシュは小松によって美味しく調理される。

 それを四天王たちは一つの食卓を囲み、仲良く食べたのだった。

 

「だー! ゼブラてめえ一人で全部食うつもりか!」

 

「ふん、早い者勝ちだ」

 

 ……あまり仲良くはなかった。

 

「オレのフルコース入りするには味が今ひとつ足りねえな」

 

 料理の大半を一人で食べきったゼブラが、そんなことをのたまった。

 その様子に他の四天王たちはあきれ果て、料理も全てなくなったため解散することとなった。

 

 会長に指示された修行の食材確保がまだまだあるとのことで、ココとサニーは一足先にと『鍋池』を去る。

 IGOのメンバーとしてトリコに付いてきていたリンも、仕事があると言って名残惜しそうに帰っていった。

 

 そして『鍋池』に残ったのは、トリコと小松とゼブラの三人だ。

 

「なんだ、ゼブラ。真っ先に帰りそうなお前が、なんでまだ残ってんだ?」

 

 ゼブラにそう尋ねるトリコ。対するゼブラはフン、と鼻息を吐く。

 

「トリコ、てめえに用がある」

 

「あ? なんだぁ? オレに用って。珍しいじゃねーか」

 

「捕獲しに行く食材がある。足を用意しな。恵方巻きとかいうやつの食材集めに協力してやったんだ。テメーも、オレに手を貸しな」

 

「はあー? 足ぃ?」

 

 食のカリスマであるトリコは顔が広い。食材の捕獲をしにいくときに、様々な伝手を使って移動手段を確保している。

 一方ゼブラはと言うと、そんな伝手は欠片も存在しない。世界中から災害扱いされているゼブラだ。彼に協力する者と言ったら、IGOくらいなものだ。

 

「どこに行こうってんだ?」

 

 トリコの問いに、ゼブラは簡潔に答える。

 

「海のど真ん中だ」

 

 海。歩いては行けない場所。確かに、船などの足を用意しなければ食材の捕獲は難しい。そして、ゼブラが船を用意しようと思ったら、他人から奪うくらいしかできないだろう。

 ゼブラは言葉を続けた。

 

「ジェットボイスで空は飛べるが、海の向こうに行けるほどまだ声は続かねぇ」

 

「はは、まだって、いつかは海を横断でもするのか?」

 

 そう笑うトリコだが、ゼブラは当然といった顔で言う。

 

「ふん、それくらいすぐにできるようになる」

 

 そうか、とトリコは適当に言葉を返しておく。そして、トリコは続けて言った。

 

「足を用意するのは構わねえが、オレも付いていくぞ、ゼブラ。お前がオレに頼んでまで食おうとする食材、オレも食ってみてえ」

 

「勝手にしろ」

 

 そう簡潔に了承の意をトリコに伝えると、ゼブラは二人のやりとりをぼーっと見ていた小松に、視線を向ける。

 

「オイ、小僧。お前も付いてこい。オレが捕まえた食材で料理を作れ」

 

「あ、はい! 勿論です!」

 

 当然、といった様子で返事をする小松。小松はトリコのコンビだ。トリコが向かうとなれば自身も向かうのは、彼にとっては当たり前のことだと言えた。

 

「で、何を捕獲しに行くんですか?」

 

「あぁー、なんて名前だったか……」

 

 小松に尋ねられたゼブラは、曖昧な記憶を探るように顔を上に向ける。そして、思い出したのか再び視線を小松へと戻す。

 

「深海カジカだ」

 

 船を用意するので集合はまた後日、ということでこの場は改めて解散となった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 とあるグルメ漁港に、トリコと小松は訪れていた。

 漁業が活発で、日々様々なグルメ食材が水揚げされている場所だ。

 だが、そんな普段なら人で賑やかなはずの場所も、今日この日は港周辺に人が誰もいなかった。

 ゼブラ来訪。その情報をテレビのゼブラ予報で聞きつけた人々が、この地域から逃げ出したのだ。漁船を破壊されることを恐れて、港には船が一隻も泊まっていない。

 

 だが、そんな無人の港でただ一人、巨大な亀を用意して待っていた勇気ある男がいた。

 卸売商十夢(トム)である。

 彼はトリコに依頼されて、ゼブラと一緒に乗る頑丈な船を用意していたのだ。それが、巨大な亀である。

 

「依頼通り、軍艦タートルの子供、船舶(せんぱく)タートルだ」

 

 トリコにそう、亀を紹介する十夢。

 その亀は、名前通り甲羅が船の形をしていた。古来から船の代わりとして美食屋の漁で使われてきた亀で、家畜化されており人間に従順である。甲羅は非常に頑丈で、海の猛獣に襲われてもびくともしないという。

 その亀を見て、トリコは満足そうに言う。

 

「おう、しっかりした良い船だ。報酬は振り込んでおいたぞ」

 

「あいよ。亀、壊したら弁償だぞ。間違っても食おうとするんじゃないぞ」

 

「請求はゼブラにしてくれ」

 

「できるかっ!」

 

 なんて恐ろしいことを言うんだ、と十夢は冷や汗を流した。

 そして、ゼブラが来る前にと十夢は亀をトリコに引き渡し、この場を去ることにした。

 

「じゃあ、オレはこれで失礼するわ」

 

「なんだ、漁には付いてこないのか」

 

 去ろうとする十夢の言葉に、トリコは残念そうに言う。だが、十夢はとんでもない、といった表情で言葉を返す。

 

「あのゼブラが来るってのに、付き合ってらんねーよ! ただまあ、深海カジカが獲れたらうちにも卸してくれよ」

 

「余ったらな。多分、余らないけど」

 

「ちえっ、そうかい。じゃ、大漁を願っておくよ」

 

 そう言って、十夢は足早に去って行った。よほどゼブラが恐ろしかったのだろう。世間一般の人々にとって、ゼブラは災害と同義である。

 トリコと小松は、十夢を見送り終わると、船舶タートルの甲羅に早速乗り込んだ。

 甲羅の船はなかなかに大きく、一般的な漁船とは比べものにならない広さだった。

 中にはキッチンもあり、床に置かれた大量のクーラーボックスには、食材も用意されていた。これは、トリコが注文していたものだ。食いしん坊のトリコとゼブラ二人が乗るとあって、予め用意させていたのだ。料理人には六ツ星レストランの料理長である小松がいるので、豪勢な船旅になりそうだった。

 

 やがて、港にゼブラがやってくる。

 それをトリコと小松は船舶タートルの前で迎えた。

 船舶タートルを見たゼブラは、よだれを垂らしながら言う。

 

「なんだぁその亀。食って良いのか」

 

「よくねーよ! これが約束した今回の足だ。食いもんじゃねえ」

 

「ちっ!」

 

 ゼブラは舌打ちして、船舶タートルの甲羅に乗り込んでいく。トリコと小松もそれに続き、ほどなくして彼らは出港した。

 船舶タートルはよく飼い慣らされているのか、揺れが少なく快適な船旅だ。

 小松はさっそくキッチンへと入り、料理を次々と作り上げていく。

 トリコとゼブラは食材を少しでも増やそうと、甲板で釣りに興じていた。ゼブラには水中を探査する超音波の声があるため、釣果はそれなりだ。チマチマした釣りでも、食材の確保に繋がるならば文句を言いながらもやってみせるのが、食いしん坊のゼブラという男であった。

 

「おまたせしましたー」

 

 小松は甲板に設置したテーブルの上に、料理を並べていく。

 

「おっ、待ってました」

 

「遅いぞ小僧」

 

 トリコとゼブラが釣り竿を放置しテーブルへと駆け寄ってくる。

 そして、すぐさま食事が開始された。

 小松はそんな二人の様子を満足げに眺めながら、ふと疑問に思っていたことをゼブラに訊く。

 

「ゼブラさん、なんでまた今回、深海カジカの捕獲をしようと思ったんですか? 確かに幻の深海魚と言われてますけど」

 

 それは、今回の旅の動機を尋ねる言葉だ。

 それをゼブラは料理を勢いよく口に掻き込みながら答える。

 

「フルコースの魚料理が決まってねえことが会長(ジジイ)に知られたら、言われてな」

 

 IGOの会長に、深海カジカを紹介されたらしい。

 

「稚魚を食ったが、なかなか美味かったぜ」

 

「稚魚ならボクもレストランで扱ったことがありますよ。確か稚魚は海じゃなくて河口に住んでいるんですよね」

 

「じゃあ料理は任せても良いな。小僧、不味かったら承知しねーぞ」

 

「大丈夫です、任せて下さい」

 

 そんな会話を交しながらも、船舶タートルは海を進む。用意した食材を使い切る勢いでトリコとゼブラは料理をむさぼっていくが、途中で釣り上げる大型魚のおかげで、なんとか食材は間に合っていた。

 そして、一面の大海原でトリコはGPSマップを確認して、船舶タートルを停泊させる。

 深海カジカがいるという海域に到着したのだ。

 

「さて、いるかどうか。頼むぜ、ゼブラ」

 

 トリコの言葉に返事を返さず、ゼブラは口を大きく開いた。

 

 ――エコーロケーション。魚群探知機(ボイスソナー)!

 

 ゼブラの喉の奥から超音波が発せられ、水中から跳ね返ってきたそれをゼブラの類い希なる聴覚が正確に聞き取る。

 海の中に何が潜んでいるか、ゼブラは水深約三千メートルの底まで把握しきった。

 そして、見つけた。海の底にそれが悠々と泳いでいるのを。

 

「ボイスミサイル!」

 

 それに向けて、ゼブラは声の砲弾をぶちまけた。だが。

 

「ちっ、避けやがった」

 

 ゼブラのボイスミサイルは、海中を高速で泳ぐ深海カジカに見事に避けられていた。

 音速は秒速約三四〇メートルと言われている。だが、それは空気中での話。水中での音速は、秒速約一五〇〇メートルにもなる。それを深海カジカは避けてみせたのだ。

 ゼブラはさらに、三発連射してボイスミサイルを放つ。が、いずれも軽やかに深海カジカは回避した。

 

「ちっ、チョーシにのってやがる」

 

 ゼブラはその深海カジカの様子に、怒りの表情を見せる。

 

 突然のそんなゼブラの行動の一部始終を眺めていた小松は、ゼブラの捕獲が失敗したことに驚きを見せていた。

 

「どうやって捕まえるんですか? 深海なら網は無理ですよね」

 

 その小松の疑問に、トリコは答える。

 

「深海カジカは捕獲レベル70を超える大物だ。網なんか使っても破られるだけだ。勿論、マグロみたいに釣るのだって、耐えられるワイヤーなんか無い」

 

「じゃあどうやって漁を?」

 

「そりゃ勿論……己の肉体でだ!」

 

 トリコは着ていたシャツを脱ぎ、海へと潜る構えを見せた。

 向かうのは光の届かぬ深海とあって、手には水中ライトを持っている。

 

「己の肉体でって……トリコさん、深海ですよ!?」

 

「その程度の水圧、耐えられないようじゃあ、グルメ界なんて挑戦できねえぜ!」

 

「オレも行く。直接、声をぶち込んでやる」

 

 トリコとゼブラは、二人して船舶タートルの甲板から、海中に向けて飛び込んでいった。

 頭を真下に向けて腕を掻き、ものすごい勢いで海を潜っていく二人。当然、激しい水圧が二人を襲うが、彼らの強靱な肉体の前にはさしたる負担とならなかった。

 

(『ヘビーホール』での超重力の経験が、オレの内臓を圧力に強くしてくれている……)

 

 トリコは、かつてメルクの星屑を取りに向かった危険地帯『ヘビーホール』を思い出していた。

 身体に激しい重力の負荷がかかる場所で、トリコの身体は酷使され、そしてその環境に適応した。その経験を身体のグルメ細胞は覚えており、内臓は強い水圧にも負けない強度となっていた。

 

 ゼブラもどういう経験によるものか、水圧をものともしていなかった。

 トリコはそんなゼブラの様子を横目で眺め、そして深海へとさしかかった水中を眺め見た。水中ライトに照らされる魚たち。その中から、トリコはある一匹の魚を発見した。

 

(おっ、フグ鯨じゃねえか。獲っていって小松に毒抜きさせよう)

 

 トリコは深海を泳ぐフグ鯨にそっと近づき、ノッキングの要領で人差し指をエラから脳に向けて突き入れた。

 ノッキングされ、ぐったりと力なく止まるフグ鯨。それをトリコは、よし! と喜び、腰に付けていた網袋にフグ鯨を入れた。

 

(なんだぁ? 美味そうなの捕まえてるじゃねーか)

 

 ゼブラも、水中を泳ぐもう一匹のフグ鯨を捕まえようとするが。

 

(バカ、よせ)

 

 わしづかみをしたところ、フグ鯨は瞬時に毒化。黒いまだら模様に体表が覆われてしまった。

 

(うお、なんだこりゃあ)

 

(毒だ毒)

 

 トリコはゼブラの手の中から、フグ鯨を払う。そして毒化したフグ鯨は、慌ててゼブラの元から泳ぎ去って行った。

 

(ちっ、毒魚か。オレの趣味じゃねえな。こんなもんは、あの毒野郎に任せれば良い)

 

 ゼブラは興味を失ったのか、再び海の底へと向かって泳ぎ始めた。それを追うようにトリコは水中ライトを頼りに海中を泳いでいく。トリコのお得意の嗅覚は、海中では使えない。手に持つライトが頼りだった。

 

 一方、ゼブラは空気を少しずつ吐き出しながらエコーロケーションを海中に広げ、深海カジカの位置を正確に捉えていた。

 そして、それは海底にて姿を見せる。

 

(うお、デケえ!)

 

 トリコは見た。ライトに照らされる、その雄大な姿。体長五メートルも、ある巨大なカジカが海底付近を漂っていた。

 さっそく、仕留めようと、トリコは泳いで近づこうとするが――

 

(!?)

 

 物凄い速さで、深海カジカはトリコの元から逃げ去った。そして、ある程度離れるとぴたりと止まり、再び水中を漂いはじめる。

 

(こしゃくな……。喰らえ、水中フライングフォーク!)

 

 銛で魚を突くように、トリコは左手のフォークを飛ばす。

 しかし、それも物凄い速さで動く深海カジカを仕留めるには至らなかった。恐ろしいまでの反射神経と、その遊泳速度。捕獲レベル70オーバーとされるに足る、捕獲の困難さがそこにはあった。

 

(くそ、仕方ねえ。頼んだぜゼブラ)

 

(こいつチョーシにのってやがるな。ボイスミサイル!)

 

 ゼブラは声による一撃をぶちかまそうとする。

 

「がぼっ!」

 

 しかし、声と共に吐き出された息は、あぶくとなって海中に散り、ボイスミサイルは不十分な威力で海中を走った。深海カジカにボイスミサイルが命中するが、びくともしなかった。

 

(クソ、水中じゃ声を上手く出せねえ。しかも、予想よりも頑丈だ)

 

(マジかよ!)

 

 超音波を発する分には水中でも問題ないが、勢いよく叫ぶ必要がある声による攻撃は、水中では十分な威力を発揮できないようだった。

 海中では声による攻撃を満足に行うことはできない。一方で、声による攻撃を海上から海底まで届けることはできる。ゼブラはマダムフィッシュ捕獲の際、『鍋池』に潜む猛獣たちを陸上から水中に向けて力業で攻撃し、捕獲することに成功している。だが、今回の深海カジカは危機察知能力に優れており、海底から三千メートル上の海上から攻撃しても、全て避けられてしまう。

 ゆえに深海カジカを仕留めるには、海底まで潜り、近くに寄ってからどうにかして声を直接当てる必要があった。不十分なボイスミサイルでも仕留められると考えて潜ったは良いが、思いのほか深海カジカの肉体は強固であった。

 

(さて、どーするか。諦めるって手はねえ)

 

 そこでゼブラは考えた。水中で声を発する方法を。

 そもそも、今回の深海カジカの情報は、IGOの会長からゼブラに伝えられたものだ。これはおそらく、会長がわざわざゼブラの修行として、水の中に入るのを促したのだろう。どのような環境でも、声を武器として発揮できるようにと。

 海水を喉の奥まで入れて、それで声を発してみせるか? いかにも会長が好みそうな小細工だ。トリコなどは、そうやって小細工を駆使してグルメ細胞の成長を自ら促すことで、様々な環境に適応してきたようだった。だが、ゼブラとしては、そんなことは御免だった。何故、わざわざしょっぱい海水など口一杯に含まねばならぬのだ。

 

 そして、ゼブラが出した答えは――ゴリ押しだった。要は水中が地上と同じ環境になりさえすれば、声を自在に出せるようになると考えた。

 環境に自分を合わせる必要などない。環境が自分に合わせれば良い。それがゼブラの持論だった。

 

(サウンドアーマー!)

 

 ゼブラはその場で、サウンドアーマーを顔にだけまとう。

 声による空気の膜が、ゼブラの口周辺から海水を押しのけた。これで水に邪魔されることなく、全力で声を相手にぶつけることができる。

 そして、ゼブラは深海カジカに向けて、全力で声による攻撃を発した。

 

「サウンドバズーカ!」

 

 声の衝撃が深海を蹂躙する。

 海中での音速は地上の4.5倍。それを至近距離から受けた深海カジカは、音の奔流に巻き込まれ、その身を打ち据えられ動きを止めた。

 

 仕留めるチャンスだ。動かなくなった深海カジカの元へと、トリコが泳いで向かう。そこでトリコは考える。

 水中は水の抵抗が強い。ただの釘パンチでは威力が弱まってしまう。だから、銛のようにするどく突く!

 

(20連! アイスピック釘パンチ!)

 

 トリコの突きが、動きを止めた深海カジカの頭へと突き刺さり、見事にその巨体を仕留めるに至ったのだった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 体長五メートルの巨体が、船舶タートルの甲板へと揚げられる。

 深海魚らしいグロテスクな見た目だが、そもそも淡水魚のカジカからして、こんな見た目だ。表面はヌメッとしている。

 それを前に、さっそく小松は料理を開始した。

 ただのカジカや、深海カジカの稚魚は調理したことがある。その感覚に従って、小松はメルク包丁を動かし解体を行う。

 

 瞬く間に解体されていく巨体。小松の優れた技術もさることながら、メルク包丁の鋭い切れ味による貢献も大きかった。

 深海カジカは見事に捌かれ、一口サイズに切り分けられる。

 内臓は丁寧に扱い、メルク包丁で叩いていく。

 さらに小松はキッチンに用意されていた野菜も取り出し、刻み始める。

 大きな土鍋に水をひたし火に掛け、丁寧に出汁を取る。

 

 料理は進み、やがて――

 

「できました、鍋壊しです!」

 

 甲板でのんびりとしていたトリコとゼブラの元に、大きな土鍋を持った小松が現れる。

 土鍋は蓋を閉められているが、その隙間から美味しそうな匂いが漂っていた。

 

「うひょー、良い匂いだぜ」

 

「早く食わせろ」

 

 小松はその言葉に満面の笑みを浮かべながら、土鍋の蓋を取る。

 中に入っていたのは、深海カジカを使った汁物だ。野菜もたっぷりと入っている。カジカの汁物を俗に、鍋壊しと呼ぶ。小松はそれを深海カジカで作ったのだ。

 

「いただきます。って、ゼブラ早えよ。先に食うな!」

 

「ふん、まあまあだ」

 

 トリコが食前の挨拶をしているうちに、一足先にとゼブラは鍋から深海カジカの身を箸で取り、口へと運んでいた。

 ゼブラはまあまあと言ったが、その口角はつり上がり、実際には非常に美味しく感じている様子が見てとれた。

 

「オレも早速……美味え! ぷりぷりとした食感がたまらねえ!」

 

 トリコが料理の感想を言っている間も、ゼブラは鍋に箸を突き入れて口に料理を運んでいく。

 

「だから早えって! オレの食う分が無くなる! クソッ!」

 

 そうしてトリコはゼブラと競うように、土鍋から深海カジカの身や野菜を取って食べていく。

 汁には深海カジカの内臓が溶かし込んでいるため、野菜にもとても深い味が染みこんでいた。

 そして――

 

「あっ」

 

「…………」

 

 二人がかりで勢いよく突き入れられていた箸によって、土鍋が割れた。

 

「すまん、小松。鍋壊れたわ」

 

 しょんぼりとした顔で、トリコが小松に言う。

 それを見ていた小松はというと――

 

「ぷっ、はは、あははは、確かに、鍋壊しですもんね! 美味しければ壊れちゃいますよね、土鍋!」

 

 鍋壊しという料理の名前は、カジカ汁の鍋が美味しすぎて取り合いになり、箸の勢いで鍋が壊れてしまうということから来ている。そのカジカよりもはるかに美味しい深海カジカの汁物を、食いしん坊の二人が食べるともなれば、鍋が壊されるのも当然の結果と言えた。

 

「大丈夫です、深海カジカはまだまだ、たんまりありますから。次、すぐに作ってきます。トリコさんの獲ってきてくれたフグ鯨もありますしね」

 

 そう笑って、小松はキッチンへと戻っていった。

 

 トリコは、まいったな、と呟き、割れた土鍋を片づけることにした。

 ゼブラはと言うと、食事が途中で止まったためか、不満げな顔でふんぞり返っている。

 そんなゼブラに、トリコは一つ気になったことを尋ねた。

 

「深海カジカ、フルコースにはどうなんだ?」

 

 そうトリコに問われたゼブラは、ふんと鼻息を吐き、答える。

 

「まあまあの味だが、これは違うな」

 

「ああ、違うのか。そりゃあ仕方ないな」

 

“違う”。“人生のフルコース”に入る料理は、自身と波長が合いピンとくるものがあるため、ただ美味いだけでは駄目なのだ。それを“違う”とゼブラは表わした。

 トリコのフルコースの魚料理も、まだ埋まってはいない。

 海は広く、深い。トリコはまだ見ぬ未知の食材に思いをはせる。いつの日か、自分の波長に合う魚が、自分の前に現れてくれるだろう。いつになるかは分からないが、そのときに捕獲をこなせるよう、自身のグルメ細胞を鍛えてやる必要がある。

 そして、とりあえず今は、フルコースに入らないまでも大層美味い魚である、深海カジカの料理を全力で楽しんでやろうと、トリコは思うのであった。

 




深海カジカ(魚獣類)
捕獲レベル:72
深海に生息するカジカの仲間。体長五メートルにもなる巨大な魚獣類だが、鯨のようにプランクトンや小エビ、小魚を食べて生きるため、温厚であり他の大型生物を襲うことはない。産卵期には河口に近づき産卵し、稚魚は河口付近の淡水で生活し、成長すると深海へと潜る生態を持つ。
危機察知能力が高く、泳ぎが非常に速いため、深海に住むことも加味して高い捕獲レベルが与えられている。

軍艦タートル(爬虫獣類)
捕獲レベル:40
船の形をした甲羅を持つ、非常に巨大な亀。人間の手により家畜化され、古くから軍船や秘境に挑む美食屋の船として使われてきた。家畜化されたものは人に危害を与えることはないが、天然ものは獰猛であり捕獲は困難を極める。
小さな子供は船舶タートルと呼ばれ、漁船としても使われる。
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