トリコと小松の人間界食欲万歳   作:Leni

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お腹いっぱいに音楽を

 小松は終業後のレストラングルメのキッチンで、一人頭を悩ませていた。

 彼は今、新しい料理を考えていた。

 いや、それは果たして料理と言って良いのだろうか。

 彼が作ろうとしているのは、料理にして料理にあらず。彼は食べられる楽器を作ろうとしていた。

 

 そもそもの始まりは、小松の直属の上司、ホテルグルメの総支配人スミスが、小松へレストラン業務以外の仕事を持ってきたことだった。

 ホテルグルメはIGO直属のホテルであり、ホテルグルメグループというホテルチェーンが存在する。今回の仕事は、そのホテルグルメグループの系列ホテルの一つから回ってきたものだ。

 

 その仕事の内容は、とある町で祭りが開かれるので、その祭りの神事に使う食べられる楽器を用意して欲しいというものだった。そのとある町に系列ホテルが建っているらしい。

 祭りは音楽の奇祭で、神事の内容は町中で音楽を奏でて騒いだ後、最後に使った楽器を食するというものだ。

 楽器を食べることで、食を通じて神に音楽の全てを捧げるという趣旨だ。ここでいう神とは、美食神アカシアである。

 

 アカシアが音楽を好んだという逸話は特には存在しないのだが、何故か食ではなく音楽を捧げる、そして楽器を食べるというあたりが、奇祭扱いされている理由である。

 このグルメ時代にあっても、楽器を食べるというのは奇妙な行動の範疇に入るようだ。

 

 その祭りが開かれる町の系列ホテルの料理長は、地元出身の料理人だ。

 彼は祭りに慣れ親しみすぎているため、新しい楽器料理を思いつかないでいるらしい。そこで、グループ総本家であるホテルグルメのレストラン料理長の小松に、新作楽器の開発を依頼をしたのだという。

 

 小松は二十代中盤とまだ若いが、一流のコックだ。

 系列ホテルからも、そしてホテルグルメの総支配人からも新料理の開発を期待されていた。

 祭りを目当てに町に来る観光客を新作楽器で系列ホテルに呼び込みたいのだろう。

 

 だが、しかし、小松の心境としては――

 

「うわー、本当にこれ、専門外だ!」

 

 食べられる楽器とは、なんぞや状態であった。

 

 ホテルグルメレストランは結婚式の披露宴などにも使われるとあって、料理長の小松は芸術性の高い料理にも精通している。立体的なケーキを作れるし、飴細工を使って立派なオブジェだって作れてしまう。

 

 しかしだ。見た目だけではなく、楽器としての実用性まで叶えた上で食べられるというものは、小松の作ってきた料理のレパートリーにはなかった。

 容器が食べられる、というアプローチならば小松も今までに試したことはある。

 通常時は頑丈だが、スープに付けたら柔らかくなったり、唾液に触れたら溶けたりと、そういった食材や調理法ならいくつか思い当たることがある。

 

 だが、綺麗な音色を奏でる料理というのは、完全に小松が着手したことがない分野だった。

 揚げたての魚に熱々の餡をかけて、料理から聞こえる心地の良い音で客を楽しませる、といったことは出来る。だが、料理を物理的に楽器として使用するというのは門外漢だった。

 

 唯一の望みは、楽器を生でそのまま食べなくてもいいということ。楽器料理と称したが、実際には楽器を食材にして料理を作っても良いということだ。

 つまりは、全て食べられる素材で楽器を作り、それを祭りの最後で調理してしまえば良いのだ。

 

 しかしだ。楽器作りは小松の専門外。

 食べられる素材で笛を作ろうとも、それを吹いて綺麗な音が出るとは限らない。

 魚の皮で太鼓を作ろうとも、重厚な音を奏でられるとは限らない。

 折れない乾麺で弦を張ろうとも、軽やかな音が鳴るとは限らない。

 

 ゆえに、小松は用意した様々な食材を前に、どう楽器の形に成形すべきか悩んでいた。

 

「どうするかなぁ……」

 

 夜のキッチンで、小松は一人頭を悩ませ続ける。

 

(小松くん、頑張ってくれたまえ――)

 

 そんな小松が四苦八苦する様子を総支配人スミスは、ただじっと見守っていた。

 他のホテルの仕事を小松に振った総支配人。無茶をさせるとは思っているが、小松ならきっと良いものを作ってくれると信じていた。

 

(達成してくれたら特別ボーナスだぞ小松くん――)

 

 ホテルグルメレストランの料理長の給料は、その星の数に見合わず安かった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 数日後、未だ楽器料理の試作にはげむ小松の元に、トリコが訪ねてきた。

 レストランに食事をしにきたわけではない。小松にある頼まれごとをされて、その経過を説明しに来たのだ。

 

「小松、ニワトラ世話してくれる奴見つかったぞ」

 

「本当ですか! よかったぁ」

 

 実は最近、小松はグルメジャンボ宝くじの8等を当て、その当選金である食材が採れる土地を買った。

 その食材は、ニワトラの卵。超高級食材の卵が採れる一坪の土地を小松は、ある老人から100万円で買い取っていたのだ(詳細は単行本17巻を参照だ!)。

 その土地には猛獣ニワトラのメスとヒナが住み着き、定期的に卵を産み落としてくれる。だが、小松にはレストランの仕事があり、離れた土地にいるニワトラの世話を毎日のようには出来ない。そこで、トリコに頼んで世話役を探して貰っていたのだ。

 

「IGOの信頼できる部署の職員達だ。ただ、飼育の代金として卵を少し持っていかれるがな」

 

「大丈夫です、IGOなら卵も安心して任せられますよ。それにボク、お金ないので現金で雇うなんて出来ませんし……」

 

 小松は薄給であった。捕獲レベル50もあるニワトラの世話・飼育をしてもらうだけの給金を出す余裕など無かった。

 

 そんな小松のいつもの事情をトリコは笑って流す。そしてトリコは、小松が何やら先ほどから手に持っている物体に注目した。

 それは、ラッパの形をしていた。しかし、トリコの優れた嗅覚はそのラッパから金属の匂いではなく、糖と果実の香りを嗅ぎ取っていた。

 

「小松、なんだそれ?」

 

「ああ、これはですね。ラッパ飴です」

 

「それは見りゃわかる」

 

 小松はこの数日で、このラッパの形をした飴の試作をしていた。

 金管楽器の型を取り、鋳造の要領で飴を流し込んだ管楽器、それがこれだ。楽器として使えるし、飴として食べることも出来る。

 

「なんでまた飴でラッパを?」

 

「ああ、それはですね、とある町で音楽の祭りがあってですね――」

 

 トリコの疑問に、楽器料理を作るに至った経緯を説明する小松。それに対し、トリコはと言うと。

 

「へー、そんな祭りもあるんだな。でも、楽器食うくらいで奇祭扱いしてたら、本当の奇祭を見たときにびっくりするぞ」

 

 世界は広く、そんな世界を美食屋の仕事であちこち見て回っているトリコ。祭りの日にのみ食されるような限定料理目当てに、各地の祭りに顔を出すことも多かった。

 

「でも、食べられる楽器には興味があるな……。よし、参加してみるか! そのラッパちょっと貸してみてくれ」

 

 トリコは小松からラッパ飴を受け取ると、マウスピースに口を付け、息を吹き込む。可愛らしい音がラッパから鳴り響く。

 

「よし、次は肝心の味だな。小松、これ食って良いのか?」

 

「はい。試作なのでどうぞ」

 

「よーし、じゃあ早速……」

 

 トリコはラッパのマウスピースに食いつくと、それを歯でもぎ取った。軽快な音を立てて折れるマウスピース。どうやら小松は、食べやすいようにあまり固い飴にはしていないようだった。

 

「おお、リンゴの酸味のおかげで、爽やかな味わいになってるな。これならラッパ丸ごと一個食っても、甘さに飽きたりしなさそうだ」

 

「味付けの果汁に、ビックリアップルの余ったやつを使ってみました」

 

 ニワトラの土地を買うより少し間に、トリコ達は驚きの度合いで味の良さが変わるリンゴをビックリ島という場所に採りに行っていた。それがビックリアップルだ。

 トリコは瞬く間にラッパ飴を噛み砕いていく。そして、綺麗さっぱり食べ終わると、満足そうに小松に笑いかけた。

 

「良いなこれ。もうこれで料理決定で良いんじゃね?」

 

 そう言うトリコだが、小松は苦笑を返した。

 

「でもこれ、わざわざ料理人のボクが作らなくても良い物の気がするんですよね」

 

「ん? どういうことだ?」

 

「楽器の型を取って、飴を流し込んだだけの単調な料理です。料理に貴賤はありませんが、もっとこう、食材を組み合わせて美味しい料理になるようなものを作ってみたいんです」

 

「ほう?」

 

「わざわざホテルグルメレストランの料理長に依頼してくると言うのは、そういうことだと思うんですよ」

 

 そう言う小松に、トリコはなるほどと頷く。

 

「確かにさっきのラッパは美味かったが、あれだけで満腹になりたいとまでは思わなかったな」

 

「そう、それですよ! 食べてくれる人が満腹になりたがるような料理を作りたいんです」

 

「そうか。そうなると、食材も吟味しないとな」

 

「ええ。でも、本格的な料理を作るとなると、今度は楽器としての機能が損なわれてしまうんですよね。難しいところです」

 

 そう眉をひそめる小松。対するトリコは、にかっと歯を出して笑い、言った。

 

「なんだ、そんなことか。難しく考えすぎだな、小松」

 

「え? どういうことですか?」

 

「楽器として作るのが難しいなら、最初から楽器になってる食材を用意すれば良いんだ」

 

 トリコの言葉に、小松は疑問符を頭に浮かべた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 セレナーデアイランド。そう呼ばれる島がある。

 そこに住む生物は、皆共通したある特徴を持っていた。それは、鳴き声などで音を奏で、求愛行動を取ること。

 その島では日々様々な生物が愛の音楽を奏でており、それを聞くためにこの島を訪れる音楽愛好家もいるのだとか。

 

 そんな音楽を愛する島に今日やってきたのは、美食屋と料理人の二人。当然、音楽を楽しむためにやってきたわけではない。食材を集めに来たのだ。

 セレナーデアイランドに生息する生物の平均捕獲レベルは0。安心安全な島なため、小松は全く緊張することなく島に足を踏み入れていた。

 

 自然に満ちた島の中をトリコと小松の二人は進む。

 島の奥からは、動物たちの鳴き声が合奏となって、一つの楽曲を奏でていた。各々の生物が好き勝手に鳴き声を鳴き散らすわけではないようだ。

 

「はー、すごいですね。天然のオーケストラって感じの合奏ですよ。こんな平和な島で狩りをするのって、ちょっと気が引けちゃいますね」

 

「ははっ、何言ってんだ? こんな島でも肉食獣はいるし、そいつらによる弱肉強食の狩りは日常的に行われてるんだぞ」

 

「ええっ、いるんですか肉食獣!? 捕獲レベル0の島なんじゃあ」

 

「捕獲レベル1の基準を思い出してみろよ」

 

 捕獲レベル。それは、IGOの定める食材捕獲の難易度を示した数値である。

 捕獲レベル1は、猟銃を持ったプロの狩人(ハンター)(美食屋では無い)が、十人がかりでやっと仕留められるレベルである。

 一般人からしてみれば、猟銃で仕留められる熊や虎などの捕獲レベル0の猛獣ですら驚異だ。

 

「はー、トリコさんと出会ってから感覚麻痺してましたけど、普通の猛獣って猟銃で撃てば仕留められるんでしたね」

 

「そうだな。そしてそんな獣の中にも、食材として美味いやつは山ほどいる」

 

 捕獲レベルは捕獲の難易度を示すものだ。食材の美味しさを示す指標ではない。それに、天然の生物が飼育されている生物よりも必ずしも美味しいというわけではない。さらに、食材の値段というのは捕獲の難しさが加味されるので、値段が高ければ高いほど美味しいというわけでもない。食材を狩ってお金を稼ぐトリコは気にしないでも良いが、料理人の小松はそれを肝に銘じなければならない。 平均捕獲レベル0の島で食材を集めるのも、小松にとっては良い経験になるだろうと、トリコは思った。

 

「今回は簡単に楽器になる食材の捕獲だな……例えば良い鳴き声の鳥の声帯を笛にするとかだが……」

 

「それはちょっと、調節が大変そうですね。お手軽に楽器にとはいかなそうです」

 

「じゃあ、あいつだな」

 

 トリコはおもむろに足元から小石を拾うと、それを遠くにある草やぶに向けて投げつけた。

 石は草やぶの中に潜んでいた一羽の鳥に命中する。鳥は奇妙な鳴き声をあげて、草やぶの中から転がり出てくる。トリコはそれに歩み寄り、鳥の首をわしづかみにして小松へと掲げてみせた。

 

「トロンボーンチキンだ。こいつの骨付き肉は、から揚げにすると美味いんだ」

 

 それは、くちばしがトロンボーンの形をしている奇妙な鶏だった。トロンボーン部分にはしっかりとその特徴的なスライドが存在している。だが、鶏なのでスライドを手に持って動かすことはできない。クチバシの一部なので、顔の筋力でそのスライドを動かすのだろう。

 

「どうだ小松、クチバシだが料理にできそうか?」

 

「はい、問題ないですよ」

 

 クチバシは角質でできた器官だ。固くて食材には向いていないと思われるが、このグルメ時代ではその調理法も確立されている。クチバシも骨も爪も丸ごと料理して食べられるのだ。

 トリコはその返事を聞き、何羽かトロンボーンチキンを狩ることにした。その間、小松は楽器料理に必要ない他の部位をこの場で料理してしまうことにした。

 料理法は、トリコが言っていたから揚げだ。片栗粉は小松が持参している。卵は草藪を探したら、トロンボーンチキンが産んだ卵がそこらに転がっていた。油はトロンボーンチキンの皮を焼いて、鶏油(チーユ)を取り出した。

 肉の量に対して鶏油が少ないため、半ば焼くようにしてから揚げを揚げていく。

 

「出来ました! トロンボーンチキンのから揚げに、鶏皮のカリカリ焼き、内臓の串焼きです!」

 

「待ってました! いただきます!」

 

 早速、鶏肉料理を食べ始めるトリコ。トロンボーンチキンのから揚げと言えば定番の家庭料理だ。トリコはそれを好きか嫌いかで言うと、大好きだった。

 肉に付いた骨ごと平らげていく。鶏皮焼きは酒が欲しくなる味だ。内臓の串焼きも、こりこりとした食感がたまらない。

 そして瞬く間にトロンボーンチキンは、クチバシを残してなくなった。

 トリコはクチバシの前で手を合わせて、食後の挨拶をする。

 

「ごちそうさまでした、と。よし、次行くか!」

 

「はい、次はどんな楽器が出てくるんでしょうか!」

 

 鍋とクチバシを荷物にしまい、鶏油を持参したグルメケースに入れた小松が、先に進むトリコに追従する。

 トリコが向かうのは、ぽんぽこと軽快な太鼓の音が聞こえる方角。

 数分歩いたその先には、二足歩行で立つ小さなたぬき達が腹を叩いて音を出していた。

 それを見て、トリコは小松に言う。

 

「腹たたきたぬきだ。腹部が空洞になっていて皮が張っている。あれは太鼓になるぞ」

 

「腹たたきたぬきですか。レストランで扱ったことありますよ。でも、よく昔話でたぬき汁って言いますけど、実際にはムジナの肉を使っているなんて話がありますね」

 

 たぬきの肉は、獣臭が強くてまともに食べられないと言われている。だが、これはただのたぬきではない。

 

「その点、腹たたきたぬきは腹を叩けば叩くほど、肉質が良くなって美味くなるからな」

 

「ええ、そうですね。太鼓にして祭りで散々叩いた後は、とても美味しく食べられそうですね」

 

 トリコは腹たたきたぬきの群れから数匹捕まえると、残りの者達は一目散で逃げていく。

 小松は腹たたきたぬきから腹の太鼓部分を取り出し、余った肉は塩を振って焚き火で焼いていく。

 先ほどまで腹を叩いて合奏していたからか、腹たたきたぬきの焼肉はとても深い味わいとなっていた。

 

 腹を少々満たしたトリコは、次に何を捕まえに行くか思案する。

 

「管楽器、打楽器と来たから、次は弦楽器でいくか」

 

「弦楽器なんて高度な楽器を持ってる獲物、いるんですかね」

 

「ああ、見たことあるぞ」

 

 荷物を抱え島の奥へ奥へと進んでいく二人。

 木々の姿が消え、代わりに竹林が姿を見せる。その奥からは、弦をつま弾くような美しい音が聞こえてきた。

 竹の合間を縫うように進むトリコ達。そして、姿を見せたのは、長い毛を持った一匹の虎だった。虎はその長い毛の一部を竹に巻き付けぴんと張り、前足で器用に毛を弾いて音を奏でていた。

 

「リュートラだ。あの毛は麺として食べるとなかなかのもんでな。肉は固くて食べられないから、毛だけ失敬していこう」

 

「毛が麺にですか……弦にはなりそうですけど」

 

 そんな小松のコメントを聞きながら、トリコはリュートラに近づいていく。

 リュートラはトリコの持つ底知れない実力を本能で察知し、その場を退こうとする。しかし、毛が竹に巻き付いているため、動けずわたわたとその場で前後ろ足をばたつかせた。

 トリコは、そんなリュートラに向かってノッキングガンを突き付ける。

 軽快な音が響き、ノッキングガンから針が射出される。針で神経を刺激されたリュートラは、その場に伏せて動かなくなった。

 

「デリケートタイプだ。三十分もすれば動けるようになる。その間に毛をいただいてくぜ」

 

 ノッキングガンは、生分解性ポリマーでできた特殊な針を打ちつける道具だ。脳や神経に針を打ちつけることによって、対象を麻痺させる。

 今回はそのノッキングガンのうち、デリケートタイプという細く柔らかい針を使うものを使用した。針は体内ですぐに分解されるため、短い時間で麻痺は解ける。

 

 トリコは右手の手刀でリュートラの長い毛を刈っていく。ただし、演奏が出来るようにと竹に巻き付いた部分は残してだ。

 そして毛を刈りきったトリコは、小松を連れて竹林を離れた。

 

「この毛を弦にすれば、後は飴細工でもなんでも胴体部分を用意して、何らかの弦楽器に出来るだろう」

 

 そうトリコは小松に言うが、小松はどこか心配顔をしている。

 

「それは良いんですけど、これ食べられるんですかね? 食材の中には毛も確かにありますけど、これ弦になるくらい固いですよね。麺になるのかどうか」

 

「不安か? じゃあ食べてみっか!」

 

 小松はトリコに促され、リュートラの毛を調理していく。

 先ほども使った鍋に鶏油を入れ火で熱し、食べられる野草を入れ炒める。追加で毛を投入し、塩で味付けして炒めていく。

 そして出来たのが、リュートラの毛麺の塩やきそばだ。

 

「これは……」

 

 漂ってくる香ばしい匂いに、小松はごくりとよだれを飲み込む。

 小松は調理しているうちに理解出来たことだが、この毛は火を通すと途端に柔らかくなる。そして加熱された毛から香るのは、焼けた麺のそれだ。

 持参した箸で毛麺をすくい、口に入れる小松。素朴な塩の味に、香ばしくほどよい歯ごたえのある細麺の食感。それは、一言で言うと、美味しかった。

 

「んー、この手打ちじゃ作れないような超極細麺の食感が、独特でいいですね!」

 

「ああ、なにしろ毛の細さだからな。自然の食材だからこそ出せる味わいってやつだ」

 

 トリコと小松は焼きそばをぺろりと一皿食べきると、再び出発の準備をする。

 

「次はどんな楽器食材が待っているんでしょうね!」

 

「ああ、適当にぶらぶらして見つくろってみるか」

 

 そう会話を交す小松とトリコ。

 その後、二人は丸一日掛けて島を巡り、楽器として使える多くの食材を集めに集めたのだった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 町中から様々な音が鳴り響く。

 美食神アカシアに捧げる音楽の祭り。それがここ、ノイズタウンにて開催されていた。

 普段は音楽の町として、プロの音楽家やアーティスト達によってコンサートやライブなどが繰り広げられている町だが、この日は違った。音楽素人の町民達が、思い思いに音を繰り出しているのだ。

 

 乾物で作った胴に、巨大魚の皮を張った太鼓を鳴らす男がいる。

 駄菓子屋で売っている笛になるコーラ味のラムネ菓子で、騒がしく笛の音を撒き散らす子供が居る。

 桶に入れた乾麺を牛骨でひたすら叩き、麺が折れる音を音楽と称する主婦がいる。

 

 皆好き勝手に音を鳴らし、統一感の無い音楽が神へと捧げられていく。

 

 そんな町中で楽器を持たず歩く二人組が居た。観光にやってきたトリコと小松である。

 

「はー、思ったよりも雑多というか、カオスですねえ。奇祭呼ばわりも納得できるような……」

 

 そんなことをのたまうのは小松だ。一応、町民達に聞こえないよう小声である。

 

「はは、祭りなんて、やっている本人達が楽しければ良いのさ」

 

 一方、世界をまわって様々な祭りを見てきたトリコが、そう面白そうに言った。

 

 二人が向かっているのは、楽器料理の依頼をしてきたホテルだ。小松が作った楽器料理は、既に郵送でホテルに送り届けられている。それを使うところを見物に行くのだ。

 やがて、二人は大きな建物へと辿り着く。ホテルグルメノイズタウン。ホテルグルメグループの系列ホテルだ。

 ホテルにチェックインした二人は、従業員の案内でホテルの野外区画へと向かう。

 そこで待っていたのは、小松の作った楽器料理を手に持ったホテルの従業員達だった。

 

「お待ちしておりやしたぜ、小松シェフ、トリコ様」

 

 そう挨拶してきたのは、このホテルのレストランの料理長。小松に今回の依頼をした人物だ。

 彼は手に、小松の作ったリュートラ弦のバイオリンを携えている。

 

「ホテルグルメノイズタウン音楽隊のお目見えでさあ」

 

 料理長はそう言うと、整列した音楽隊の隊列へと戻っていく。

 そして、炒った豆を棒状に固めた指揮棒を持った従業員が音楽隊の前に立ち、指揮棒を振った。

 

 音楽が、響く。

 それは、セレナーデアイランドの生物たちにも負けない、見事な合奏だった。

 町中で聞いたような一心不乱な騒音とは違う。かといって演奏に気合いが籠もっていないわけではない。

 

 言うならば、彼らはガチ勢であった。

 

 不協和音など許さぬ。完璧な音楽に仕上げる。そんな心意気だった。

 小松が用意した楽器料理は、通常の楽器と比べても遜色のない代物だった。それはそうだ。動物達が日々求愛をするために進化を遂げてきた器官の楽器を流用したのだ。良い音が出ないはずがない。

 

 合奏は続く。小松や祭りを見に来たホテルの宿泊客達は、そんな音楽を楽しんでいたが、やがてそんな曲に重なるように、ホテルの野外区画の外から音が響いてきた。

 

「あれ? これは……」

 

 小松はその突然の音に、驚きの顔を示す。

 

 ここは音楽家達の町。祭りに興じるのは素人ばかりではない。そんな彼らが、音楽隊の音楽に合わせてきたのだ。

 そして、音を聞きつけた音楽家達や、祭りの観客達がホテルの野外区画に続々と集まってくる。

 いつしか野外区画は人で溢れかえり、様々な楽器による見事な合奏が繰り広げられるようになった。

 

 小松はそんな祭りの様子を感動して眺めていた。そして、楽器を演奏出来ないのを残念がっていた。

 ちなみにトリコはと言うと、その音楽の共演の最中にも、ホテル側の用意した軽食を次々とむさぼっていた。彼の興味は、音楽そのものではなく、音楽の後の楽器料理の実食だ。

 

 演奏は日が陰るまで続けられ、そしてとうとう楽器を食す時間がやってきた。

 そこで小松はいつものコック服に着替え、ここのレストランの料理長と協力して料理を行うことにした。

 

 野外区画に、巨大な鍋が用意される。大鍋には水が入れられており、いつでも火を付けられるよう準備が整えられていた。

 

「では、音楽隊の皆さん、楽器をこの鍋の中に投入して下さーい!」

 

 その小松の言葉に、音楽隊から歓声が上がる。

 

「小松シェフが料理をするのか!」

 

「本店の料理長! 六ツ星シェフだぜ!」

 

「いつか食べに行きたいと思ってたんだ、ホテルグルメレストラン!」

 

 ホテルグルメノイズタウン音楽隊の面々が、楽器を次々と大鍋の中に投入していく。

 

「ここに来ている皆さんにも、料理を振る舞いますので、少々お待ち下さいねー!」

 

 それを聞いた音楽家達や観客達が、嬉しそうに声を上げる。

 

「高級ホテルの料理が食えるのか!」

 

「この鍋で作ってるのかい?」

 

「この中に楽器を入れればいいんだな?」

 

 そして、音楽家達も音楽隊に続くように楽器を大鍋の中に投げ入れた。

 

「ああっ、なんてことを!?」

 

 その様子に、ホテルの料理長が驚愕の声を上げる。今回の料理は、小松の作った楽器料理のみを使って一つの料理を作るはずだったのだ。だが、予定にない音楽家達の楽器まで大鍋の中に投入されてしまった。

 

「これじゃあ闇鍋だぁー。おしまいだぁー」

 

 そう絶望する料理長。しかし、小松はそれを笑って流す。

 

「はは、大丈夫ですよ。調味料は十分ありますね?」

 

「あ、ああ。宿泊客の方々にお出ししていた軽食を作るのに用意したものが、野外キッチンにありますぜ」

 

「それなら美味しく作れますよ。手伝って下さい」

 

 小松には、センチュリースープ開発という経験で、色々な食材をごったにして煮込むということに慣れきっていた。センチュリースープ自体は具のないスープだが、具を美味しくいただく鍋料理だってお手の物になっている。

 

 大鍋に火がかけられ、小松は巨大な料理用かき混ぜ棒で大鍋をかき混ぜていく。そして、料理長に指示を出し調味料の量を測らせ、それを豪快に大鍋に加えていく。ふつふつと鍋が煮立ち、美味しそうな匂いが周囲に漂い始める。

 

「うおお、こりゃまた良い匂いだな!」

 

 トリコが食欲を我慢しながら、大鍋の中を覗き込む。

 すると中では、一口大になった具材がぐらぐらと沸く汁の上に漂っていた。

 トリコはそれを見て驚きの声を上げる。

 

「おお、こりゃあどういうことだ? 丸ごと楽器を突っ込んでいたのに、具が切れてやがるぞ」

 

「楽器にした段階で、隠し包丁を入れていたんですよ。強度が落ちないギリギリで。後は熱とかき混ぜ棒で力を加えてやれば、こうなるってわけです」

 

「なーるほど。ああ、でも後から投入されたやつは、丸ごと底の方に沈んでるな」

 

「あれはあれで良い出汁が出るんですよ」

 

 そして鍋は二十分ほど煮込まれ、椀に一杯ずつこの場に居る人々に振る舞われる。

 

「それじゃあ食材になった楽器と料理人と美食神アカシアに感謝を込めて、いただきます!」

 

「いただきます!」

 

 食前の挨拶が唱和され、皆手に持った椀を天に掲げた。

 とろりとした汁で、そこに具材がたんまりと入っている。それを人々は、はふはふと息を吹きかけ口へと運ぶ。

 

 ぱくりと一口。そして、皆はその美味さに仰天した。

 一言では言い表せない、複雑な味。それは様々な楽器から出た出汁によるもので、味同士が喧嘩せず見事な味わいになっていた。

 大食感であり食通でもあるトリコも、この味には大満足だ。

 

「はー、美味い。お、これはトロンボーンチキンのクチバシか。サクサクとした食感が楽しいな」

 

 そして、瞬く間にトリコの椀の中は空っぽになる。

 

「おかわりだ!」

 

「はーい! あ、皆さんもまだおかわりありますからね」

 

 その言葉に、わっと大鍋の周りに人が集い始める。やがて、大鍋の中の汁は全て無くなり、丸ごと底に沈んでいた音楽家達の楽器も切り分けられて皆に振る舞われた。

 みんな食事を楽しみ、満腹になった。だが、まだ解散する様子は見えない。

 いつしか人々は歌を口ずさみ始め、大きな合唱となっていく。楽器は既になく、アカペラだ。その歌は、美食神アカシアを讃えるグルメ聖歌だ。この町に居てこの歌を知らない者はいないだろう。祭りの締めに歌われるものだ。

 

 楽曲を神に捧げ、楽器を神に捧げた。最後に歌を神に捧げるのだ。

 彼らの音楽は美食神アカシアの元へと届いただろうか。小松はグルメ神社で見たアカシア像を思い出しながら、そんなことを思ったのだった。

 




セレナーデアイランド
北ウール大陸の南部にある島。そこに生息する生物は、いずれの種も音を奏でることに秀でており、求愛行動や仲間とのコミュニケーションのために昼夜を問わず常に生物たちが音楽を合奏している。
危険な生物が少ないため音楽愛好家が良く訪れる一方で、美味な食材も数多くあるため美食屋の新米が狩猟に慣れるために足を踏み入れることもある。

トロンボーンチキン(鳥類)
捕獲レベル:0
セレナーデアイランドに生息する鶏の一種。クチバシがトロンボーンの形になっており、そのクチバシを楽器として使い求愛の曲を奏でる習性を持つ。
チキン(鶏肉)の名を付けられるくらいに肉が美味しいのが特長で、食肉用の家畜としても育てられている。トロンボーンチキンの一口から揚げと言えば、子供が喜ぶ定番の家庭料理である。

腹たたきたぬき(哺乳類)
捕獲レベル:0
イヌ科の哺乳類。セレナーデアイランドの山林に群れで生息しており、太鼓状になった腹部を叩き音を出してコミュニケーションを取る。
食材としての味は、たぬきの一種にしては獣臭くなく極上で、腹を叩けば叩くほどその味わいは深くなる。

リュートラ(哺乳獣類)
捕獲レベル:0
セレナーデアイランドの竹林を住処とする肉食獣。毛の長い虎の姿をしている。その長い毛を木などにくくりつけ、前足でぴんと張った毛をつま弾くことで音を出し、つがいを得るためにアピールをする習性がある。
肉は食用としては適していないが、その長い毛は炭水化物で出来ており、食用の麺として美味しく食べることができる。

ノイズタウン
プロの音楽家や歌手、アーティストといった者達が集う音楽の町。いたるところにコンサートホールや歌劇場が建ち並び、日々音楽が絶えず鳴り響いている。音楽の素養がない者も住んでいるが、そんな彼らでも年に一度の音楽の祭りでは、心一杯食べられる楽器を鳴らし、最後にその楽器を食べて楽しむ。

ホテルグルメノイズタウン レストラン料理長
ノイズタウン生まれの料理人。幼い頃はバイオリンを習って育ち、将来はバイオリニストになることを目指していたが、ある日心から美味いと思う料理に出遭い、料理人の道に進むことになった。ノイズタウンの音楽の祭りは、音楽と食が融合した祭りとして心から愛しており、自分のプライドを捨て、最高の楽器料理のために他所のホテルの料理長へと依頼を出せる、粋な男である。

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