トリコと小松の人間界食欲万歳   作:Leni

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クリスタルなシンデレラ(♂)

 それは、トリコと小松、そしてサニーの三人が、サンサングラミーを捕獲し実食した後のこと。

 メルクの星屑を振りかけたサンサングラミーの素揚げは満足いくものであり、サニーの身に宿るグルメ細胞の成長の壁を見事に破ってみせていた。

 サンサングラミー捕獲成功を祝した宴も終わり、トリコたちはマザースネークのクインの頭の上で、次の予定を話し合っていた。

 

「とりあえずボクはホテルに戻って、このモルス油を発表してみようと思います」

 

 小松は腕に抱えたグルメケースをトリコに見せながら言った。

 ケースの中には、透明な油が入っている。ここモルス山脈のデスフォールを超えた先にある、滝の中の洞窟から採取した新種の天然食用油である。

 

「オレは会長(オヤジ)からの次の依頼食材の調査だな。メテオガーリックにするか」

 

「メテオガーリックですかー。どんな食材なんでしょうね!」

 

 トリコが告げる次の美味なる冒険の予感に、小松はワクワクとした気持ちで言葉をそう返した。

 そんな二人を横で眺めていたのが、トリコと同じ美食四天王であるサニー。彼は、二人の会話が途切れる間をぬって、小松へと話しかけた。

 

「おい小松(まつ)

 

 なんでしょう、と小松は返す。

 

「時間があるなら、オレとちょっと出かけね?」

 

「お出かけですか。どこにです?」

 

「ちと食材を手に入れにな。――お前(まえ)のそのブタっ鼻のブサイク面を改善する方法、紹介しようと思ってな」

 

 ブサイク面の改善。サニーの言うとおり、小松の鼻は横に広く、鼻の穴は大きく開いている。ブサイク面と言われても、否定はできない鼻筋だった。

 

「はあ、整形手術ですか? ボク、そういうの興味ないですけど」

 

「――んな(つく)しくない方法、オレが紹介するわけねーじゃん」

 

 やれやれ、と肩をすくめるサニー。その様子に、小松はわけがわからないといった感じに頭をひねる。

 

「ええっ、じゃあなんですか?」

 

「顔の作りを整える、美容食材だ。つい最近()が見つけた」

 

「なんですか、その怪しい食材は……」

 

「怪しくねーよ! IGOにも正式に認可された食材だっつーの」

 

 そんな会話をしながら、小松は、何故サニーさんは自分の顔をどうにかしようと思っているのだろう、そういえば四天王の一人、ゼブラさんにもブタ鼻をなんとかしろとか言われたこともあるな、などと考えていた。

 

「じゃあ、トリコ、松連れてく。食材調達だ」

 

「待てや」

 

 会話を黙って聞いていたトリコが、ここで待ったをかけた。

 

「小松はオレとコンビだぞ」

 

「そだな。で?」

 

「小松を連れて行くなら、オレも行く」

 

「んだそれ。お前は松のかーちゃんかなにかか。キしょ!」

 

「ちげえよ! コンビってのは一緒に食材を求めて旅をするもんなんだよ!」

 

 小松の肩に手を置き、そんなことをトリコは言った。コンビを組んだら一緒に旅をしろ。IGOの会長にトリコが言われたことだった。

 とは言え、トリコは別に全ての旅に小松を同行させるつもりもないし、逆に小松の全ての用事へ同行するつもりもなかった。

 だが、トリコには今回一つの懸念があったのだ。

 

「サニー、最近お前が発見した食材、聞いたことあるぞ。それの獲れる場所が問題だ」

 

 ぎろりとサニーをにらむトリコ。

 

「『クリスタル平野』……。危険指定区域だ」

 

 小松は危険指定区域と聞いて、またか、と、うんざりした表情を浮かべた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 クインに乗って、トリコたち三人は道なき道を真っ直ぐ進んでいた。

 クインはマザースネークだ。成長すると地球を一周するほどの体長になると言われるグルメ界の覇者だが、まだ子供。大人ならば目にも見えぬ速さで動くとされているが、クインは時速四百キロメートルを出すので精一杯だった。それでも、人間界の移動手段の大半よりは高速だ。

 

 そんな特急の蛇に乗りながら、小松はサニーへと話しかけた。

 

「それにしても、食材調達ですか。サニーさんが、その美容食材を持ってきてくれるわけじゃないんですね……」

 

「――()が最近発見したばっかでな。今、市場では高騰してて一食一億円もする。松、払えるか?」

 

「無理です……」

 

 あまりもの値の高さに、小松はしょんぼりとうなだれた。特に興味も引かれないその美容食材だが、値段を聞くと余計に尻込みするものがある。

 

「手もとにあれが残っていたら、渡してもよかったけどな――ざわざオレ一人で取ってきてまで、施しをするつもりはねーな。ま、オレのフルコースは、いつかごちそうしてやるけどな」

 

 そんな会話を頭上で繰り広げられているのを聞きながらクインが道を進み、やがて人間界の隅っこ、辺境の地へと辿り着く。

 ここは『クリスタル平野』。天然の水晶が露出し、地面を埋め尽くしている、輝ける荒野だ。

 そして、危険指定区域でもある。

 ただし、危険指定を受けているのは、危険な獣がいるからではない。

 

「――じゃ、クインはここで待っててくれな」

 

 クインの背から飛び降りながら、サニーはそう言った。

 

「クインちゃん、置いていくんですか?」

 

 そう小松がサニーに訊ねる。平野は遠くまで続いており、目的の食材がある場所は、まだまだ先にあるらしかった。

 

「ああ、目的地(くてきち)はクインのデカさじゃ入れねーし――()より道中連れていくと、クインに無理をさせちまう」

 

「無理ですか。やっぱり猛獣とか出るんでしょうか」

 

「は、猛獣なんぞクインは物ともしねーよ。別の理由があるじゃん」

 

 そんな会話を交しながら、サニー達は平野へと足を踏み入れる。

 一面が水晶で出来ており、太陽の光を浴びて溢れんばかりに輝いている。

 

「わあー、綺麗な場所ですねー」

 

「だろ。が、(つく)しいばかりじゃない。ほら、早速だ」

 

「え?」

 

 そんな疑問符を頭に浮かべた小松の足下が、突如、爆散した。

 何かが勢いよく空から降ってきて、足下に突き刺さったのだ。

 

「み゛ゃー!?」

 

 突然の事態に珍妙な叫び声を上げる小松。

 

「おっと、小松危ねえ」

 

 またもや空から何かが飛来し、小松に衝突しようとする。それをすんでのところで、トリコが受け止めていた。

 

「な、なんですかそれ」

 

 トリコの手には、直径三十センチほどもある透明な塊が握られていた。

 それを見て、小松は言う。

 

「水晶?」

 

「違うな。(ひょう)だ」

 

 トリコは、つかんだその透明の物体を小松へと手渡した。それは、とてもひんやりしていて、瞬時に氷の塊であると小松は理解した。

 

「こ、こんなに大きな雹が……」

 

「ま、それはここの雹じゃ、小さな部類だな」

 

 ひるむ小松に向けて、サニーがまたもや空から降ってきた雹を髪の先から伸びる触覚で絡め取りながら、そう言った。

 その雹は、大きさ一メートルを超えていた。それを小松に見せながらサニーは、さらに言葉を続ける。

 

「ここは、一年中巨大な雹が降る、特殊な気候をしてんだ」

 

「じゃあ、危険指定区域というのは……」

 

「――猛獣(もうじゅ)じゃなくて、雹が危ねからだな」

 

 そう会話を続ける最中にも、空から次々と雹が落ちてくる。

 一面の水晶風景に見えるこのクリスタル平野だが、どうやら水晶に交じって、雹も地面に転がっているようだった。そうとわからず足を踏み出したら、氷で滑って転んでしまうこともあるかもしれない。ただし足下に注意を払っていたら、空から降る雹を頭に食らってしまうことになるだろうが。

 

「ここは巨大な雹が降る地域だが、グルメ界には隕石の雨が降る地域があるというぜ」

 

 雹を手で払いながら言うトリコに、サニーも言葉を続ける。

 

「ここは人間界の隅っこ。グルメ界の気候の影響を受けてないともかぎらねーな」

 

 隕石の雨って、どんだけグルメ界は恐ろしいんだ。などと戦々恐々とする小松だが、直撃したら死ぬのは隕石も雹も変わらないか、と思い直した。

 だが、雹のことごとくはトリコとサニーの手によって撃ち落とされており、小松に直撃することはない。

 だからか、周囲の景色を小松はじっくりと眺めることができた。

 一面の水晶。そして雹。だがそれだけではない。

 

「一見、水晶しか生えていないきらびやかな荒野に見えますけど、ところどころ透明な草が生えていますね」

 

「ガラスグラス。雹に当たっても砕けない、しなやか(なやか)(つく)しい植物だ。ここに住む、草食動物の餌でもある」

 

 小松の指摘に、サニーがそう説明をする。

 

「へえ、こんな雹の降る危険地帯でも動物っているんですね」

 

「いるぜ。――勿論(ちろん)、肉食のもな」

 

「ええっ、肉食動物もですかー! 猛獣じゃないでしょうね!?」

 

「そこは安心な。少なくとも“地上”では」

 

 そんな会話を続けながら目的地に向けて歩き続けること二時間、だんだん雹の勢いが強くなってきた。

 大きさ数十センチもある雹が、毎秒十個以上身体に目がけて飛んでくるのだ。

 そして、その勢いは段々と強くなっていき、気がつくと太陽は身を潜め、雹の嵐と言える天候に三人は見舞われていた。

 

「この先は雲が厚い。回り道するか」

 

 雹を撃ち落とすために両手を振り回しながら、そう提案するトリコだったが。

 

「――や、この嵐の先に目的地がある。強行だ」

 

 サニーがそんな返答をするや否や、強風が吹き荒れ、雹が散弾のように襲いかかってくる。

 

「サニー! 任せた!」

 

髪誘導(ヘアリード)!」

 

 サニーの目に見えない触覚が、雹を誘導し、左右へと流す。

 轟音を立てながら、サニー達の横で雹が地面へと突き刺さった。

 

「てかトリコ! お()もグルメ界に挑むつもりなら、自力でなんとかしろよ!」

 

「お前がなんとかしてくれるなら、それでいいんじゃね?」

 

「クソがっ! オレが直観を身につけてなきゃ、今頃、挽肉だぞ!」

 

 風は勢いを増し、毎秒数百個という勢いで襲ってくる雹を弾くために、常に触覚を使い続ける必要があるこの状況。以前までのサニーならば、瞬く間に体力を消耗し、撤退を余儀なくされていただろう。

 だが、今の彼は、直観という新たな武器を身につけていた。それは、膨大な経験に支えられた感覚に身を任せ、余計なことを考えずに身体を動かすこと。その直観により、サニーはストレスなく髪の毛の先から生えた触覚を自在に操ることができるようになっていた。

 そんなサニーの活躍で嵐を進むこと、さらに一時間。

 

「お、向こうにデカイ木があるぞ。“雨宿り”していこうか」

 

 トリコは雹の嵐の向こうに、かすかに輝く何かを見つけた。それは巨大な樹だ。あの大きさなら、近くに寄れば雹の遮蔽物となって、雨宿りで一休みも可能となるだろう。

 サニーに誘導されながら、トリコと小松は樹の根元へ向かう。

 

「って、水晶の樹じゃねーか! こんなにでかいものは始めてみたぞ!」

 

 トリコはその樹の輝く外観を見て、驚きの声を上げた。

 

「ああ、何度見ても、(つく)しい……」

 

 サニーはこの樹のことを知っていたのだろう。驚く様子はないが、樹の美しさに感嘆していた。

 水晶の樹はほんの一センチ成長するのに千年はかかると言われており、この巨大な水晶の樹が育つまでにかかった年月はどれほどのものか、想像も出来ないほどであった。

 

「実が生ってるが、コーラとして飲むには加工が必要だから、この場で飲めないのが残念だ」

 

「てこらトリコお()、この(つく)しい光景を見て考えるのが飲み物のことかよ!」

 

「だって、こんだけでけえ水晶の樹だぜ? 実ってる実も特大版だ。きっと、すげえ水晶コーラができるぞ!」

 

「雹にも揺らぐことのない、この永遠の美がわからねーのか!」

 

 水晶コーラ。それは、水晶の樹に実る実の種を加工して作られる高級コーラである。近年、水晶の樹の人工栽培に成功したため、水晶コーラは比較的簡単に飲むことができるが、天然物は水晶の樹の成育条件から、今でも超稀少な一品のままであった。

 

「あ、トリコさん、サニーさん。嵐の向こうから何かやってきますよ」

 

 水晶の樹で雨宿りをしながら、小松は遠くから何かが近づいてくるのを見つけ出した。

 それは、体高三メートルほどの牛だった。全身が赤い甲殻に覆われ、荒れ狂う雹をその甲殻ではじき飛ばしている。

 

「甲殻バッファローじゃねえか」

 

 トリコはその生物に当たりを付けた。その名の通り、身体に甲殻を持つバッファローの一種だ。

 その甲殻には、ところどころにヒビが生えている。頑丈な甲殻でも、雹の嵐は完全には防ぎきれなかったと見える。

 そんなバッファローが、樹に向けて真っ直ぐ走り寄ってくる。

 

「こいつも雨宿りにきたんか」

 

 サニーはその甲殻バッファローを見て警戒する様子がない。甲殻バッファローは温厚な草食動物なのだ。隣の小松はそのサイズに、ビビっていたのだが。

 

「小腹がすいてきたところだ、仕留めて一休憩といこうぜ」

 

 一方トリコは戦う姿勢を見せる。ここまで飲まず食わずで歩いてきたのだ。ここで一つ体力を補給する必要があった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「見えた、大地の裂け目だ」

 

 嵐を超え、水晶の平野を進むこと数時間。サニー達三人は、水晶の大地に大きく走る亀裂を見つけていた。

 それが今回の目的地。『クリスタル平野』にできた大地の裂け目である。

 裂け目は深く大地を穿(うが)っており、外からはその底は見渡せなかった。

 

 サニーに先導され、トリコと小松は大地の裂け目へと足を踏み入れる。

 その奥は、水晶でできた鍾乳洞とも言える神秘的な場所であった。

 

「わ、地下なのに何故だか明るいですね! なんでだろう?」

 

 小松は、その光景に驚きの声を上げる。

 水晶で形作られた地下空間。それがぼんやりと光って、まるで水晶が照明のように輝いているのだ。

 

「月光苔が、そこらに生えてるからな」

 

 サニーが、小松の疑問にそう答えた。

 月光苔は、月光のように淡い光を周囲に放つ苔の一種だ。その光により、三人は危なげなく地下空間を下へ下へと潜っていくことができた。

 道中、危険な猛獣が襲ってくる、ということもなく歩を進める三人。

 やがて、彼らは地の底へと辿り付いたのだった。

 三人の歩みが止まる。

 そこに広がっていたのは、キラキラと光輝く湖であった。

 

「地下水が溜まってできた地底湖か」

 

 トリコが湖のフチへと歩み寄る。そしてその場でしゃがむと、地底湖へ手をさし入れた。

 

「うお、なんだこの水。手が妙に浮き上がるぞ!」

 

 そう驚くトリコに、サニーは説明を入れる。

 

「ここの水は、ただの水じゃない。アクアクリスタルっつー液体の水晶だ。ちなみに飲用不可な」

 

「く、飲めないのか。喉が渇いてきたってのに」

 

 トリコは湖に入れた手をばしゃばしゃと揺らし、そして水を両手ですくい上げた。

 

「なるほど、比重が人間の身体よりずっと重いから、泳ごうとすると『死海』みたいに身体が過剰に浮きそうだな」

 

 水晶でできているという不思議な水を手からこぼしながら、トリコはそう独りごちた。

 そんなトリコを横に、サニーは湖へと足を踏み出す。

 

「松、いくぞ」

 

 サニーは宙に浮いていた。水面に触覚を張り巡らし、アメンボのように水から浮いているのだ。

 そして、キョロキョロと周囲を見回していた小松を触覚で引っ張り上げると、自分の後ろに小松を付けて水面を前へと進み始めた。

 そんな様子に、トリコは眉を僅かに上げる。

 

「おいおい、オレは運んでくれないのか?」

 

「しらね。泳げば?」

 

 サンサングラミー捕獲の時にデスフォールへと挑んだときは、サニーは触覚のイカダ『ヘアラフト』でトリコと小松を水上で運んでくれていた。だが、今回のサニーはそんなことは知らないとばかりに小松だけを触覚で運ぶ。深い理由はない。単にそういう気分だったからだ。

 トリコを無視して、サニーは進む。そもそも今回の食材捕獲、サニーはトリコに同行を頼んではいないのだ。トリコが勝手についてきたというのが、サニーからの扱いである。

 そんなサニーの考えを知ってか知らでか、小松は触覚に宙ぶらりんにされながら湖の中を眺める。

 

「わあ、泳いでる魚、どれも身体が水晶で出来てますよ! あ、水晶エビだ!」

 

「ああ、アクアクリスタルは鉱水だから普通(つう)の魚が住むには適さねー代わりに、鉱石生物にとっては住みよい水になるらしいな」

 

 そんなことを話しながら進むサニーと小松。一方、トリコとは言うと――

 

「ぬん!」

 

 水面を飛び跳ねて、進んでいた。それを見て、サニーがギョッとした顔をする。

 

「んな、トリコなにやってんだ。キモっ、動きキモっ」

 

「ん? ああ、会長(オヤジ)にやり方教わった」

 

 トリコは水切りの石のように水面をぴょんぴょんと跳ねながら、前に進んでいた。

 この水面移動方法は、トリコがIGOの会長から教わったものだ。

 とはいっても、手取り足取り教わったわけではない。手合わせという名のケンカで殴られつつ教えられたのだ。会長とのケンカの最中には身につけることができなかった水面走りだが、その後、秘かに特訓することで身につけていたのだ。

 

会長(かいちょ)にか」

 

「おう、スパルタだったけどな」

 

 アメンボ歩きと水面跳ねという、変わった方法で水上を進む一行。

 やがてサニーたちは、地底湖に根を張るある一本の樹へと辿り着いた。

 マングローブのように水中に根を張った大きな樹だ。その樹の根に、三人は足を下ろす。

 

「――到着(ちゃく)、と」

 

 大樹を小松は見上げる。樹には瑞々しい葉っぱがうっそうと生い茂っており、さらにはエメラルドグリーンに輝く樹の実が所々に実っていた。

 この樹の実が目的の美容食材、シンデレラジュエルだ。

 

「じゃ、適当にもいで帰るし」

 

「はー、ようやくゴールですか」

 

 サニーが触覚で樹の実をひょいひょいともいでいくのを眺めながら、小松が言った。

 

「雹は怖かったですけど、猛獣がでないのはよかったですね!」

 

 そう、危険な旅に慣れた小松でも、やはり猛獣に会わないに越したことはないのだ。

 

「思えば、デスフォールでのカバザメ以来、猛獣に襲われてませんね。道中はクインちゃんが捕食してくれていたから安全でしたし。良いことですね!」

 

「あー、小松」

 

「お()、そういうこと言うから……」

 

「え?」

 

「グロロロ――ギャワー!」

 

 突然、小松の耳になにやら恐ろしげな獣の鳴き声が届いた。

 小松は、おそるおそるとその鳴き声のした方向を向いた。

 そこには、水晶の山があった。

 

「なんだー!?」

 

 水晶の山。そこから、巨大な亀の頭が首を伸ばしていた。

 

「クリスタルタートル! 捕獲レベル62の猛獣だ!」

 

 トリコはすぐさま戦闘体勢を取る。

 

 水晶の甲羅を背負った巨大な亀。亀でありながら、口にはびっしりと鋭い牙が生えそろっていた。この生物こそ、この地底湖のヌシ。クリスタルタートルであった。

 クリスタルタートルは、水中を勢いよく泳ぐと、頭を引っ込めトリコたちに向けて体当たりをしてきた。

 体高十数メートルもある亀が、彼らの立つシンデレラジュエルの樹ごと破壊しようと勢いよくぶちかましをしようとする。

 だが、それを黙って見ている彼らではない。

 

「スーパーフライ返し!」

 

 サニーの触覚による反射が、クリスタルタートルを大きく吹き飛ばす。

 サニーの得意技、ダイニングキッチン。それは、周囲五十メートルの範囲に入った獲物を目に見えない極細の触覚でもって自在に捕らえ、攻撃を反射するものだった。

 そのサニーの反射攻撃に、トリコは歓声をあげる。

 

「よおっし! じゃあ、そのまま任せるぞサニー!」

 

「や、オレもうここ動かねーし。トリコ、お前が行け」

 

「あ?」

 

「シンデレラジュエルの樹守らないとだし。だからトリコ、行け」

 

「ちっ、仕方ねえ」

 

 スーパーフライ返しを食らってひっくり返ったクリスタルタートルだが、その場で勢いよく回転し、上下を入れ替えてもとの体勢に戻る。そして、再び突進を開始しようと水中で足を大きくばたつかせ始めた。

 そんなクリスタルタートルに、トリコはまず牽制を入れる。

 

「フライングフォーク!」

 

 トリコは左の手を勢いよく前へと突き出した。すると、フォーク状の衝撃が宙を走り、クリスタルタートルの鼻先へと突き刺さった。

 

「グギャアッ!」

 

 その衝撃に、クリスタルタートルは反射的に頭と手足を水晶の甲羅の中に引っ込めた。

 水中をかく足がなくなり、突進は中断する。

 その隙を狙って、トリコはクリスタルタートルへと近づこうと試みた。

 水切り石のように水面を飛び跳ねるトリコ。そしてその勢いを活かし――

 

「ナイフ!」

 

 強烈な手刀がクリスタルタートルの甲羅を真っ二つにしようと襲いかかる。しかし。

 

「クッ、固え! ナイフじゃ無理か」

 

 ナイフは甲羅に弾かれてしまった。だが、トリコはすでにクリスタルタートルのもとへと辿り付き、甲羅の上へと登っている。

 

「斬撃がダメなら、打撃はどうだ! 食らえ」

 

 ――18連釘パンチ!

 

 計十八回の衝撃が、クリスタルタートルの甲羅を襲う。その衝撃は奥へ奥へと突き刺さり、甲羅の中へと隠れていた亀の本体へと伝わった。クリスタルタートルはたまらず甲羅の中で叫び声を上げた。だが、不用意に甲羅から頭を出すということはしない。

 

「さらにだ! 18連釘パンチ!」

 

 先ほどは右手。今度は、左手での釘パンチだ。

 その衝撃に、とうとう甲羅にひびが生える。

 

「もう一丁! うおおおお! 36連ツイン釘パンチだあああ!」

 

 左手と右手同時の18連釘パンチ。それは合計36回の衝撃となって、甲羅を粉々に破壊する。そして、甲羅の中の姿を現わし、肉が露出した。

 そこに向けて、トリコはさらに攻撃を繰り出す。

 

「フォーク!」

 

 左手の貫手で、クリスタルタートルの動きを固定し――

 

「ナーイフ!」

 

 右手の手刀で、肉を裂き巨大な体躯を真っ二つにした。

 捕獲レベル62の猛獣は、こうして一切の抵抗を許すことなく、トリコの手によって打ち倒されたのだった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 ホテルグルメ最上階、展望レストラン。

 そこにトリコとサニーは礼装をして訪れていた。『クリスタル平野』で手に入れたシンデレラジュエルを実食するためだ。

 

「ここが松の(レストラン)か」

 

「あれ、サニーここ来るのは初めてだったか」

 

「んだな」

 

 席に着きながら、のんびりと会話を交しながら料理が運ばれてくるのを待つ二人。

 そんな二人の元へ、ウェイターが食前酒を運んでくる。

 いきなりシンデレラジュエルを食するということはないようで、小松曰く、今回の旅で得た食材を少しずつ料理していくとのことだった。

 

「食前酒、天然の水晶コーラを使ったルシアン・コークです」

 

 クリスタルグラスに入れられたカクテルが、二人の前に置かれる。

 高級ウォッカ、白金(プラチナ)レモン、そして水晶コーラを混ぜて作られるコーラカクテルだ。

 水晶コーラ特有のきらめく炭酸が白金レモンの果汁と合わさり、グラスの上に美しい気泡を夜空の花火のように打ち上げていた。

 

「んじゃ、――乾杯」

 

 グラスを手に取り、上に掲げるサニー。それにトリコも応じる。

 

「おう、今回はお疲れ様だ」

 

 グラスを口に付け、トリコは一息にあおった。

 ほどよい炭酸と、上品なのどごしが口の中を駆け巡る。人工栽培ものの水晶コーラとは違う深みのあるコクが、舌の上にいつまでも残り続けていた。

 トリコはすでにメロウコーラという最高峰のコーラを味わった経験がある。だがこのコーラカクテルも、小松によるその組み合わせの妙により、満足度はそう劣ってはいなかった。

 

 美味い。トリコが飲み干したカクテルの余韻に浸っているところに、一皿目の料理が運ばれてきた。

 

「前菜のバゲットです。月光苔のパテを付けてお召し上がり下さい」

 

 焼きたてのバゲットと、かすかに発光してたたずむパテが載せられた皿が、テーブルの上に並ぶ。

 月光苔は平野の地下で小松が採取していたものだ。

 トリコはバゲットを一つ手に取ると、パテを塗って一口でバゲットを頬張った。

 月光苔の自己主張しすぎない優しい味が、香ばしいバゲットの味と調和している。そしてほんのりとアルコールの香り。

 

(これは太陽酒(サマーウイスキー)をパテに少量混ぜているのか。月と太陽、ずいぶんと詩的な内容だが、この組み合わせは悪くない)

 

 少量の太陽酒が身体をぽかぽかと温め、胃を元気にする。起きた胃により空腹が刺激され、食欲がより増してくる。

 

「アクアクリスタルのコンソメスープです」

 

「おお、地底湖の水か」

 

 トリコは運ばれてきたそのスープに、嬉しさ交じりの感心した声をあげた。

 サニーに飲用不可と言われた地底湖の鉱水。それを小松は見事なスープに仕立て上げてきたのだ。

 トリコの対面に座るサニーは、スプーンを手に取ると、スープをさっとすくい上げて眺める。

 

「液体の水晶がコンソメによって色づけされ、黄金に輝いている――なんて(つく)し」

 

 一通り眺めた後、スープを口にするサニー。それはアクアクリスタルの粘度によるものかポタージュのようにトロリとしており、コンソメによって味付けされたその液体は、ねっとりと舌に絡みつき深い味わいをもたらした。

 

(センチュリースープは“アレ”が嫌で飲まんかったが――松の特製スープ、なんて美味いンだ)

 

 味もさることながら、腹にどっしりと溜まるそのスープは、満足度がとても高かった。

 

「水晶エビのモルス油アヒージョです」

 

 ここで、サンサングラミー捕獲の際に小松が発見した、モルス油が来た。最新最先端の天然食用油を使った油煮はとても贅沢で、“モルス油自体の味”を楽しめる一品となっていた。目の前にサーブされた皿へ先に手を付けたのは、トリコだ。

 

(これがモルス油の味――油料理の新時代を感じるぜ)

 

 がっつりとエビを頬張りながら、トリコはおかわりをすぐさま所望したくなった。だが悲しいかな、今回のメニューはサニーに合わせたメニューらしい。そこまで大量には作っていないだろう。

 

「甲殻バッファローのステーキです」

 

 ここでステーキが来た。

 オーソドックスな肉料理であるステーキ。そして温厚な甲殻バッファローもまた、駆け出しの美食屋にとってのオーソドックスな食材と言われていた。

 そんな基本料理を六ツ星レストランの料理長が料理する。するとどうなるか。

 

(――んまい! ただ純粋に美味()い。最高級って程でもねー牛肉をここまで美味く仕込むとは――やっぱ松の料理は素晴らし)

 

 ステーキを堪能したところで、今度はウェイターではなく小松が皿を運んできた。その数は、三枚。この料理だけは、小松も一緒に食事する予定だったのだ。

 

「お待たせしました」

 

 テーブルに皿を並べていく小松。

 その料理はと言うと。

 

「本日のメインディッシュ。クリスタルタートルのロースト、シンデレラジュエルソースがけです」

 

 亀肉であった。

 オーブンでじっくりと焼き上げられたクリスタルタートルの肉。それは水晶を含んでいるのか、僅かに輝いて見えた。そして、そこにたっぷりとかけられたエメラルドグリーンの輝くソース。美容食材であるというシンデレラジュエルを潰し、クリスタルタートルの肝を混ぜて作られた、至高のソースであった。

 

「では、シンデレラジュエル、いただきます」

 

 そう小松は言い、ナイフで切り分けた亀肉にたっぷりとソースを絡ませ、口へと運ぶ。

 それは、シットリとしていた。深みがあった。旨味があった。爽やかさがあった。そして、頭の中を巡ったのは、一つの思い。“食べられる宝石”――そんなものがあったら、こういう味がするのだろう。そう、小松は感じた。

 それは、大地の底で何千万年何億年も眠り続けて、旨味を蓄え続けたかのような……そう感じさせる深みがあった。

 

 気がついたら小松は、皿を空にしていた。

 

「――お、松、男前になってんじゃん」

 

「えっ?」

 

 突然のサニーの言葉に、疑問の声を上げる小松。

 

(ああ、そういえば――)

 

 これは美容食材だったな、と思い出す小松だった。亀肉とソースの美味さに、そのことがすっかり抜け落ちていたのだ。

 

「――ほれ、手鏡」

 

 サニーの触覚で渡された鏡を覗き込む小松。そこには、鼻筋の通った一人の青年が映っていた。

 どこか童顔で、とぼけた感じのする顔。鼻がまともに整形された小松の姿だった。

 

「ほわーッ! 本当に顔が変わってる!」

 

「だから言ったろ?」

 

 その変化に、小松は困惑しっぱなしだった。

 ここまで印象が変わってしまうと他の人に自分だと認識してくれるだろうかと心配になる。

 鏡を一通り眺めて、満足したのか鏡をテーブルの上に置いた。そして改めて周りを見直して見ると――

 

「あれ、トリコさんとサニーさんは特に何も変わってませんね」

 

 美容食材を食べたのに、二人にこれと言って変化は見受けられなかった。

 

「――美容(よう)食材っていっても、実際の所、(つく)しくなれる食材じゃない」

 

 そんなことを唐突にサニーが語りだした。

 美しくなれる食材じゃない? では、自分のこの変化はなんなのだ、そう小松は疑問に思う。

 

「ま、不細工(さいく)面が整うだけの食材さ。つまりオレには不要な食材だ」

 

 つまらなさそうにサニーは鼻をならした。

 

「あー……、つまりこの中で唯一ブサイク鼻だったボクにだけ、効果があったと」

 

「そいうこと」

 

 なるほどなー、と複雑な気持ちで、うなずきを返す小松。

 まあそれでも見てくれが良くなったのなら喜んでおこう、と小松は気を取り直す。料理人は客商売だ。外見が少しでもよくなれば、その分、お客様に与える印象が良くなるかもしれない。彼は、そうポジティブに捉えることにした。

 

「では、一旦ボクは下がりますね。サラダをお持ちします」

 

 そう言って小松は席を立ち、そして数分後に新しい皿を伴って戻ってきた。

 

「ガラスグラスのシーザーサラダです。ドレッシングにはモルス油も少量使いました」

 

 そう言ってサラダの皿を並べる小松をふと見たトリコ。すると、思わぬ光景が彼の目に入った。

 

「ぬわ、小松! 鼻が元に戻ってるぞ」

 

「えっ!?」

 

 トリコの言葉に、テーブルの上に置いたままだった手鏡を小松は覗き込んだ。

 そこには、ブタ鼻と呼称された特徴的な顔つきが映り込んでいた。メインディッシュを食べる前に戻ったのだ。

 

「サニーさん、これ時間制限ありなんですか」

 

「なわけねーだろ! 一食一億円の美容食材だぞ!」

 

 サニーは触覚で小松の顔をべたべたと触る。それは、まごうことなきブタのような鼻面だった。

 

「どんだけ強烈なんだ、その豚っ鼻はー!」

 

 信じられない、とばかりに小松を睨み付けるサニー。

 

「わっはっはっは。残念だったな小松ぅー。わははは」

 

「ボクは別に、この鼻のままで全然構わないんですけど……」

 

 トリコの笑い声を聞きながら、精一杯の負け惜しみをこぼす小松であった。

 

 ――小松に美容食材が効かなかった理由、それは小松の食事情にあった。

 トリコと出遭って以来、様々な美味いものを食べ続けてきた小松。その身体には経口摂取でもたらされた“グルメ細胞”が蓄積しており、彼の身体は少しずつグルメ細胞によって作り替えられ始めていた。そして、彼の身体のグルメ細胞は、美容食材による別方向の急速な変化を嫌い、その効果を保留にしたのだ。

 効果は打ち消されたわけでは無く、優先順位の低い変化として細胞の奥底にプールされた。

 その効果は、小松がグルメ界に滞在することになる数年後にようやく発揮される。

 小松は“一般人”である。トリコ達のようにグルメ細胞による超人的な力を発揮したりはしない。それでも、グルメ細胞は確かに彼の身体に蓄積していた。

 




クリスタル平野
人間界の隅っこ、グルメ界の近くにある水晶の平野。年中雹が降り注ぐため危険指定区域とされている。
一年に十数日ほど雹の降らないシーズンオフがあり、危険な猛獣も存在しないため、その期間は水晶を採掘するための人出で賑わうという。

ガラスグラス(植物)
ガラス質の繊維でできた牧草。一見脆そうに見えるが、しなやかで衝撃に強い。
比較的栽培が容易なうえに栄養価が高く、サラダの材料として好まれているが、鉱物を身体に蓄える特性を持った家畜の餌としても最近注目されている。

甲殻バッファロー(哺乳獣類)
捕獲レベル:4
硬いガラス質の甲殻に覆われた野牛。温厚で人を見ても襲いかかって来ないため、駆け出しの美食屋がこぞって狙うが、頑丈な甲殻の守りを突破できるかは美食屋の持つ破壊力次第。
甲殻は食用に適していないが肉は美味で、高級焼き肉店でよくお目にかかる一品である。

月光苔(苔類)
ほのかな光を発する発光苔類。その光量と色合いから月光苔と名付けられた。自然な照明として栽培されるほか、食用としても用いられることがある。太陽酒との組み合わせが絶品だとか。

アクアクリスタル(鉱水)
クリスタル平野の地下に流れている、液体状の水晶で出来た地下水。
そのままでは飲用に適さないため、この水を泳ぐ生物はどれも“水晶に適性を持つ”ものたちである。また、特殊な加工をすることで飲用が可能となり、良質な調理用の水として使うことができるようになる。

水晶エビ(甲殻類)
捕獲レベル:2
水晶の甲殻を持つ甲殻類。天然の河川に多く生息する比較的身近な食材だが、人工飼育しようとすると途端に難易度が跳ね上がる。普通の水では生きられず、鉱水を含んだ水ではないと飼育ができないのだとか。
大きさは伊勢エビほどもあり、食べごたえがある上に車エビ以上の旨味を持つ。

シンデレラジュエル(果実)
クリスタル平野の地下に広がる大空洞に生えているとある樹に生る果実。不細工な顔の造形を作り替えるという摩訶不思議な特性をもっており、そこからシンデレラの名が付けられた。
この樹は美しい生物の死骸を養分に成長する特殊な植物で、美しい生物を少しでも多く作り出そうとしてその実の特性を得たと考えられる。美しい者を糧にきらびやかな実を付ける様は、シンデレラという名が本当に相応しいか疑問が残るところである。
本来この樹はクリスタル平野に存在しなかったと言われており、雹の雨に混じってグルメ界から飛来した可能性がある。

クリスタルタートル(爬虫獣類)
捕獲レベル:62
クリスタル平野の地下深くにある、アクアクリスタルの水脈に生息する巨大な亀。鋭い牙を持つがこれは肉を食べるためではなく、水晶を食べるために発達したものである。そのため本来は肉食性ではないのだが、クリスタル平野の地底湖に住む生物はどれも水晶を身にまとっているので、結果的に肉を食んで生活している。
縄張り意識が強く、水晶を身に持たない生物が縄張りに近づくと体当たりで追い払おうとしてくる。
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