トリコと小松の人間界食欲万歳   作:Leni

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ぐるキャン☆☆☆☆☆☆

「食品開発ですか? ボクが?」

 

 ホテルグルメの最上階、展望レストランの奥、スタッフ用の控え室にて小松はとある客を迎えていた。

 迎えた客は黒スーツにサングラスをかけた男。名前はヨハネス。IGO開発局食品開発部長という肩書きを持つ人物だ。

 

「そうだ。是非とも小松くん、君に頼みたい」

 

 そのヨハネスから、小松はある打診を受けていた。

 それは、新たな食品の開発。食品開発部の部長の依頼である以上、依頼内容は食品開発となるのは当たり前のことと言えた。

 

「また、ホテルグルメグループ系列店の季節メニュー考案でしょうか」

 

 小松の所属するホテルグルメは、ホテルグルメグループという系列に連なるホテルである。ホテルグルメグループはIGOの直属グループだ。

 ホテルグルメレストランの料理長である小松は、グループの他店舗のメニュー開発を任されることもあった。

 今回もその案件かと小松は思ったのだが……。

 

「いや、違う。今回は、ホテルグルメとは関係ない食品開発だ。つまり、ホテルグルメの従業員としての仕事ではなく、IGOの職員としての仕事になるな」

 

「ええっ、レストランが関係しないIGOの仕事ですか。初めてですね、そういう依頼を部長から受けるの」

 

「それだけ開発局は、センチュリースープの開発と、六ツ星認定という小松くんの功績を評価しているのだよ」

 

 そう、小松はついこの間、センチュリースープという伝説的料理の再現に成功した。そして、その功績でホテルグルメは六ツ星ホテルに認定されたばかりなのだ。

 センチュリースープ開発の影響は大きく、(レストラン)には世界中からの予約が止まらない状況だった。

 

「で、開発する食品というのは一体……」

 

「ああ、それは……」

 

 サングラスを指先でくいっと上げ、もったいぶった感じで答えるヨハネス。

 

「国連軍の戦闘糧食。つまりグルメコンバットレーションだな」

 

「レーション! それはまた一風変わったお話ですね」

 

「そこらのスーパーマーケットに並ぶような商品の開発をお願いするとでも思ったかね? そういう仕事は、グルメ企業に任せておきなさい」

 

 そんなことを言いながら、ヨハネスは椅子の横に携えていた鞄の中から、缶詰を取り出してきた。来賓席のテーブルの上に、様々な大きさの缶詰が並べられていく。缶詰の表面には、『gourmet combat ration』と印字されていた。

 

「これが現在の国連軍のグルメコンバットレーションだ」

 

「どうして、これから更新することになったんでしょう?」

 

「これは国連軍の兵站(へいたん)部隊が開発したそうだが、星認定などされていないごく普通の部隊員たちが開発し、調理加工したもの……つまり、グルメの名を冠していながら、そこまで美味ではないのだ」

 

「はあー、なるほど」

 

 小松はコンバットレーションを見るのが初めてなのか、物珍しげに缶詰を手にとって眺めていた。

 

「ちなみに、レーションを作れと、我が食品開発部の研究員に開発させてできたものが、こちらだ」

 

 ヨハネスは新たに鞄からあるものを取り出してテーブルの上に置いた。

 それは、大きめの錠剤だった。この錠剤の表面にも文字が印字されており、そこには『サーロインキノコ food tablet No.0023』と書かれている。

 

「フードタブレットという。この錠剤に、食材一つの栄養素が丸ごと収まっている」

 

 この、手でつまめる大きさの錠剤の中に、人の頭ほどのサイズがあるサーロインキノコ一個分の栄養素が全部入っているのだという。もちろん錠剤なので旨味や香り、食感などはなく、食の喜びは得られない。食事は栄養さえとればいいという、このグルメ時代に真っ向から反逆するような食品だった。

 

「これはこれで、困窮者支援などに役立ちはするんだが……味がしないのではレーションにはとてもな。士気に関わる」

 

「このグルメ時代に味のしない錠剤が食事って、どんな拷問ですか……。未来的で、ある意味ワクワクしてきますけど」

 

「食品開発部の研究員は、どうもこんな調子だから、小松くんが頼りなのだよ」

 

 なるほど。ヨハネス部長直属の部下である食品開発部がまともに機能していないなら、普段から彼には世話になっていることだし、依頼を頑張ろう。そう思う小松だった。

 

「なお、開発したレーションは携帯食として一般販売も行うつもりだ」

 

「あれ、軍用のレーションって、一般人でも買えるものなんですか?」

 

「全部が全部ではないが、そういうものもある」

 

 そう言いながらテーブルの上に置かれたレーションをヨハネスは手に取り、缶詰の印字部分に指を這わせた。

 

「開発したレーションのパッケージには、六ツ星レストランを表わす星六つのマークが印字される。心しておくように」

 

 六ツ星に相応しい食品を作れと、念を押したのだ。

 小松は突然増してきたプレッシャーに、ただ大きく頷くのであった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 食品の開発は、小松にとっては苦手な分野ではなかった。

 レストランの料理長という立場上、メニューを考案する機会は数知れず。しかも、それだけではない。ホテルグルメグループに連なる他の店のメニュー開発にも多く携わることがあった。二十五歳という若さで小松は、その料理の才能を遺憾(いかん)なく発揮しているのだ。

 

 だが、そんな小松でもグルメコンバットレーションの開発経験はない。いや、そもそもこれまで、レーションの類を食べたことがなかったのだ。

 

 そこで小松は今回の開発にあたり、まずはヨハネスを通じて世界各国の軍隊で採用されているレーションを取り寄せ、食べることにした。

 さすがグルメ時代の携帯食。どれも極上の美味さであった。当然、フードタブレットのような変化球は混ざっていなかった。その中でも、国連軍のレーションは満足度が低めであった。

 

 一週間、毎日三食レーションを食べる日々が終わり、小松はようやく開発を開始する。

 

 気をつけなければいけないのは、画一的な生産が可能な料理にしなければならないということだ。

 今回のグルメコンバットレーションは国連軍に定期的に大量配布される予定のため、料理人が厨房で料理するのではなく、グルメ工場で大量生産されることになる。

 それはつまり、料理人の技量や才能に頼った、高度な調理法が施せないということである。

 

 小松がトリコに連れられた宝石の肉(ジュエルミート)捕獲の際、第1ビオトープのグルメ研究所で見た食品加工工場は、自動化されていながら高度な調理を可能としていた。

 しかし、今回のレーションを作るグルメ工場がそのクオリティであるとも限らない。ヨハネスとの打ち合わせは必要だろうが、小松は難しい調理法を採用するつもりはなかった。

 少なくとも、六ツ星レストランクラスのシェフでないと作れない料理にはしないつもりだ。

 一般の料理人でも簡単に料理ができる方法、それを目指す予定であった。

 

「グルメコンバットレーションの栄養価は高い。軍人の運動量を考えると当然なんだろけど……。相応しいカロリーと栄養価はどれくらいだろう?」

 

 小松は一週間食べ続けたレーションの内約を思い出してみた。

 

「国ごとのレーションを比べてみても、そこは安定していない……。最適値を導き出す必要があるな」

 

 小松はヨハネスに連絡を取り、国連軍の軍人の消費カロリーを示す資料を用意するよう頼み込んだ。

 ここで必要なのは、主に歩兵部隊の消費カロリーと必要カロリー量だ。普段、軍人は基地の厨房で作られる食事を取っており、レーションのお世話になることは少ない。そんな中でレーションを食することが多いのが、行軍を行なう歩兵部隊なのだ。

 

 資料は即座に届けられた。IGOは基本的に優秀なのだ。食品開発部の研究員のように暴走することもあるが。

 

「よし、じゃあ後は美味しいレーションを作るだけだ。どの国のレーションにも負けない味を目指すぞ!」

 

 レーションに使う食材は、小松が普段レストランで提供している料理の材料とは全く異なる食材が必要だった。

 ホテルグルメレストランは高級レストランである。目玉メニューの調理のために、美食屋に依頼して稀少な食材を取ってきてもらうことも、頻繁にある。

 一方で、レーションは大量生産品だ。捕獲レベルの高い食材を採用してしまえば、美食屋が何人居ても足りなくなってしまう。ゆえに、市場にありふれた食材で作りあげる必要があった。それは、普段のレストランでの仕事とは、大きく異なる部分となった。

 

 ここで、小松のセンチュリースープを作った経験が生きる。

 小松はスープを作るために、今世紀に発見されたあらゆる食材を試していたのだ。そのため、大量生産に向いた食材がどれで、その調理法はどうなっているのか把握しきっていたのだ。

 スープを作る以前、小松はトリコと一緒に食材の捕獲に向かった際、知らない食材をトリコに教えてもらうということがよくあった。だが、今の小松は、トリコと珍しい食材について会話をしても、問題なく話に付いていける自信があった。

 

 そんなこんなで、グルメコンバットレーションの開発を始めてから二十日後、小松は試作品を作り出すことに成功していた。

 その試作品は二セットあった。

 

 栄養補給を重視した一号セットと、六ツ星レストランを意識した高級路線の二号セット。どちらも捕獲レベルの低い、ありふれた食材を使ったグルメコンバットレーションだった。しかし、二号セットは調理方法にわずかな工夫を入れ、低い原価ながらも高級感を出すことに成功していた。

 栄養を補給するだけなら、極論になるがそれこそフードタブレットでも良い。

 六ツ星レストランの高級路線こそヨハネス部長が求めているものではないか。小松はそう思って、二号セットを開発したのだ。

 

 だが、レストランのアウトドア好きのスタッフに、小松は言われた。「断然、一号の方が良い。料理長はわかってないな」と。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「よーう、小松、元気か」

 

 ホテルグルメのスタッフルームで試作レーションを前に頭を悩ませる小松の元に、美食屋のトリコが訪ねてきた。

 

「あ、トリコさんお久しぶりです。本日はお食事ですか? 予約されてないので食事の量は限られてしまいますが」

 

 席を立ち上がり、トリコに挨拶を返す小松。

 トリコとは、完成したセンチュリースープを怪我の治療で彼が世話になった与作とサニーに届けに行って以来の再会だ。結局、サニーは、センチュリースープを飲んでくれなかったのだが。

 

「いやあ、今度オレの新しい家が建つことになって、それにお前を招待しようと思ってな」

 

「新しい家ですか! トリコさんの家って確か、お菓子の家なんでしたよね?」

 

「ああ、それがしばらく家に帰っていない間に家がなくなっていてな……」

 

「えっ、それって……」

 

 家がなくなる。まさかの事態に小松は絶句した。

 

「なにせ、お菓子の家だ。放って置いたら野良の生き物に食い荒らされちまう。それでまた新しく建てることにしたってわけだ」

 

 今までもトリコの家、お菓子の家(スウィーツハウス)がなくなってしまうことは幾度もあった。それは毎回トリコが家を自分で食べ尽くしてしまうことが原因だった。しかし、今回は違う。半年以上家を留守にしたため、甘いものを好む自然界の生物に家を食べられてしまったのだ。

 小松はその説明に、なるほどと頷きを返す。

 

「そうですかー。新築お祝いを持って行きますね!」

 

「おう。それで、厚かましいだろうが、できれば祝いはセンチュリースープでお願いしたい。飲ませるって、約束したヤツがいるんだ」

 

「任せて下さい!」

 

 レストランは連日センチュリースープを所望する客で満員御礼だ。

 スープの用意は、万全であった。

 

「ところで、さっきから美味そうな匂いがしてるが、その料理はなんだ、小松」

 

 トリコは、スタッフルームのテーブルの上に広げられている缶詰をめざとく発見すると、小松へと詰め寄った。

 缶詰はどれも開けられており、美味しそうな匂いを漂わせている。

 

「あ、これですか? 実は今開発中のグルメコンバットレーションなんですよ」

 

「へー、お前、そんな仕事もしてるんだな」

 

 トリコは感心したようにレーションを眺め、匂いを鼻一杯に吸い込んだ。美味しそうなその匂いに、思わずよだれが垂れてくるトリコ。

 

「ボクもレーションの開発は初めてなんですけれどね……それで、これが本当に良いものなのか、いまひとつ自信がないんですよ。軍人さんがどういう料理を好むのとか、知らないですし……」

 

「なるほど……」

 

 トリコは納得したように頷くと――

 

「じゃ、出かけようぜ!」

 

 突然、小松を外出に誘った。

 

「えっ、急に、なんですか?」

 

「軍人がどういう飯を好むのかわからないなら、同じ行動を取って同じ目線で飯を食えばわかるだろ」

 

「同じ行動ですか……」

 

 小松はトリコの言葉に、いぶかしげに視線を返した。

 

「ああ」

 

 トリコはそんな小松の肩を叩いて、言葉を返す。

 その顔は楽しげであった。

 

「行軍だ」

 

 小松は、いやーな顔をトリコに向けた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 トリコと小松は山を登っていた。

 その山は、グルメ登山家に人気のとある地方の山で、今のシーズンは一般の登山客もちらほらと見受けられた。けっしてハードな道程ではない。初心者向けの山だった。そんな初心者向けの山が、何故グルメ登山家に人気かというと――

 

「行軍って言うからどんな物々しいことをさせられると思ったら、グルメ山でグルメキャンプでしたか」

 

「オレの仕事に付き合って小松もだいぶ体力が付いてきたと思うが、これといった目標もなしに、何百キロも歩き続けるのはさすがに辛いだろ?」

 

 山は自然豊富で、食べられる食材がそこらに生えている。そして、登山客は、それを歩きながら手に取り、行動食として食することが許可されている場所だった。

 さらには、山頂付近は広間になっており、キャンプをすることができる。勿論、キャンプ場にも美味しい食材がそこかしこから採取可能となっている。獣は出ないため肉は調達出来ないが、それは逆に言えば危険な獣が一切出ないことを表わしてもいた。

 

「何百キロって……。せめてそこは二桁で」

 

「ああ、今日はせいぜい二十キロってところだな」

 

「それでもハーフマラソン並なんですね」

 

 そんな会話をしながらトリコは道ばたに生えていた多肉植物をおもむろに掴むと、引っこ抜いて口にし始めた。

 

「おおー、美味いな霜降り草。ほどよい脂がカロリー補給にぴったりだ。登山の優秀な行動食だな」

 

「文字通り道草を食ってる……それでもボクが歩くより速いんだよなぁ」

 

 トリコは小松の1.5倍近い身長を持ち、それゆえ歩幅も広い。移動速度は当然トリコの方が段違いに速く、小松がトリコの狩猟についていくときは、いつもトリコに歩くペースを落としてもらっていた。このように食料を確保しながらでも、トリコが小松に遅れることはないのだ。

 

「ボクも、小腹が空いてきたなぁ」

 

 トリコの食べる様子を見ていると、小松も空腹を感じるようになった。そのため、トリコの横で霜降り草を抜こうとするが。

 

「お前はダメだ」

 

 小松がむしった草をトリコは、横から奪って食べてしまった。

 

「えっ、何するんですか、トリコさーん!」

 

「お前が今回食べるのは、レーションだけだ。そのために来たんだろう?」

 

「そんなー、せっかくのグルメ登山からのグルメキャンプなのに」

 

 小松はがっくりとした様子でうなだれると、背中に背負った荷物から手の平サイズの包装された袋を一つ取り出した。

 包装の封を切ると、中から棒状の食料が顔を出す。これはレーションの一つで、三食用の一号や二号セットとは別に小松が開発したものだ。

 そして、それをパクリとくわえ、モグモグと咀嚼していく。

 

「うん、美味しい。クズもポロポロこぼれないし問題なさそうだ」

 

 そしてレーションを全て食べ終えると、今度は包装を口に含んで食べ出した。

 このレーションのコンセプトはゴミの出ない行動食。行軍中の栄養補給を想定して作ったものだ。包装部分も食べられるように作ってあった。

 

「あ、でも喉が渇く……」

 

 小松は荷物から水筒を取りだし、水をがぶがぶと飲んだ。

 

「はは、さっそく問題点が見つかったな、小松シェフ?」

 

 小松の様子を楽しげに見ていたトリコは、霜降り草を抜いていた手をふと止める。

 

「ところでそのレーション、オレも食って良い?」

 

 そんなトリコの言葉に、小松はしょうがないなぁ、といった表情で荷物から新しいレーションを取り出し、トリコに渡した。

 トリコはレーションを受け取ると、包装を解かないまま、ガブリとレーションにかぶりつく。

 

「ん、これは炒った濃麦にクリーム大豆を混ぜ込んであるのか。カロリー補給重視って感じの組み合わせだが、味と食感が抜群に良い。それにこのチョコレート味の包装が絶妙だな! おかわりだ!」

 

 そんなトリコの食べる様子を嬉しそうに眺めながら、小松は新たにレーションを取り出す。

 

「もう、ボクの食べる分がなくなるじゃないですかー」

 

 そんなことを言いながらも、小松は笑っていた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 山頂付近のキャンプ場に、トリコと小松たち二人はグルメテント(中で食事の煮炊きが可能となっているテントだ)を設置する。

 時刻はすでに夕方近く。だがグルメキャンプはまだまだこれからだった。

 小松は、荷物からレーションを新たに取り出した。夕食用の一号セットと二号セットだ。それが二人前ずつ。

 カロリーの多いレーションを小松は二食分も食べられないが、そこは半分ずつ食べて残りをトリコに渡してしまうつもりだ。

 そして、トリコはそれだけではとても一食分の食事量には足りないため、周囲から自然の食材を調達しに行っていた。食材を現地調達できるのがグルメキャンプの特徴だ。

 

 テントの設置、そして焚き火の設置と、小松はこれまでトリコとの食材捕獲の旅に同行して何度か行ってきた行為だ。

 だが、小松はそのときとはまた違う、どこかワクワクした感情に心を躍らせていた。

 キャンプなのだ。キャンプ飯なのだ。男心がくすぐられて当然だ。何より危険がない。これが大きい。周囲に気を配ることもなく、ただ純粋にアウトドアを楽しめるという行為に胸が弾んでいた。

 小松は荷物からグリル機能付きの焚き火台を取り出し、中に炭を並べる。そして着火剤を燃やし、炭に火を付ける。

 

「小松、用意できたか?」

 

 トリコがどっさりと食材を両手に抱えて戻ってくる。そのいつもの光景に、小松は笑みを返しながら言う。

 

「あとは、レーションを温めるだけです」

 

「おっ、いよいよだな!」

 

 小松のレーションは、温めなくても美味しく食べられるよう工夫が凝らしてある。

 だが、それでも温めた方が美味しいのは確かだ。湯煎でも良いし、直火で温めても良い。そんなことをコンセプトに作ってある。なので缶詰だ。

 小松は缶詰を開封すると、グリル式焚き火台の鉄板の上に缶詰を並べていく。缶詰は缶切りを使わなくても開封できる。このあたりの缶詰のギミックは、小松がヨハネスに頼んで食品開発部の研究員に用意をしてもらっていた。

 夕食はレーションを温めて食べる。そしてテントに一晩泊まって、朝食には温めないレーションを食す予定だ。

 

 缶詰が温められ、湯気を漂わせるが、匂いはあまりしない。匂いを過度に撒き散らさないよう加工されているからだ。それでもトリコはその驚異的な嗅覚で匂いを感じ取ると、その美味な香りに思わずよだれを垂らしてしまった。

 

「もうそろそろ、良いでしょう。あちち」

 

 小松は軍手をつけて缶を掴むと、用意してあったトレイ二つにそれぞれレーションを並べていく。

 食器は箸とスプーンだ。このグルメ時代に箸を使えないなどという軍人はいない。なので、かさばるナイフとフォークではなく、もっぱら箸がグルメコンバットレーション用の食器として採用されていた。

 

 まずは一号セット。ガッツリ(メシ)をコンセプトにした、栄養満点のレーションだ。

 

「この世のすべての食材に感謝を込めて、いただきます」

 

「いただきます」

 

 手を合わせて、食べ始める。メニューは生姜豚の炊き込みご飯。アーモンドキャベツの牛肉ロールキャベツ。生姜豚のたっぷりモツ煮込み。イカマグロのごろごろ野菜煮。バターオレンジの粉末ジュース。デザートは焼きチョコレートマト。

 腹一杯になれる満腹メニューだ。スープはないが、ロールキャベツの汁ともつ煮込みがスープ代わりになってくれる。

 

「おお、炊き込みご飯とモツ煮込みの組み合わせが最高だな! どっちも生姜豚を使っているから、マッチしているのか!」

 

「はー、温かいですねぇ」

 

 ここは山の山頂付近。時折、寒い風が吹くが料理の温かさのおかげで辛くはなかった。むしろ、その気温の冷たさがより一層料理を美味しくさせていると小松は感じた。

 

「イカマグロにジックリと染みこんだ出汁の味がたまらん。美味え……」

 

「野菜を大きくして正解でした。イカマグロから出た旨味が野菜の奥まで染みこんで、ほろほろと口の中で溶けていきます」

 

 瞬く間に料理は無くなっていき、そしてジュースとチョコレートマトをデザートに食して一号セットの食事を終える。

 

「チョコレートマトは焼いてあると果汁がこぼれなくていいな。んまっ」

 

「ええ、かじりつくだけでこぼれてしまうと、レーションとしては食べにくいでしょうからね」

 

 気がつくと小松は、レーションを全て食してしまっていた。本当なら半分残すはずだったのに、缶の中身は空だ。小松は意外と食いしん坊なところがあった。そして、まだ食事を続けられると感じていた。満腹ではない。予定通り二号セットは食べられると。

 小松は気を取り直して、二号セットの缶を開封すると、焚き火台の上に並べ始めた。食事の続行だ。

 やがて、缶詰は温め終わる。

 

「お待たせしました、こちらも食べましょう」

 

「おう、まさしく待ってたぜ」

 

 トリコは調達していた自然食材で小腹を満たしながら缶詰が温まるのを待っていたようだった。

 そして、二号セットの食事に取りかかる。メニューは、マイタケノコの炊き込みご飯。イモウナギのポタージュ。生姜豚のやわらか角煮。ホネナシサンマのコンフィ。水飴ダイコンとマカロニのしっとりサラダ。バターオレンジのパウンドケーキ。

 一号セットに負けず劣らず腹一杯になれそうな高カロリーメニューだったが、その料理された外見はどこか高級感にあふれていた。

 

「お、マイタケノコ。キノコの旨味がご飯にじっくり染み渡っていて、これはうみゃあ……」

 

「温かいポタージュは、冷たい夜風の下で飲むと格別ですね」

 

 ポタージュ用にスプーンも用意していたが、小松は行儀悪く直接缶に口を付けてポタージュを飲み干していた。

 

「角煮のこのとろとろと崩れる感じが、たまらなく美味え……!」

 

「温めたサラダはどうなるかと思っていましたけど、悪くないですね」

 

 順調に料理は消費されていく。パウンドケーキを手づかみで取って食べると、食事はこれで終了した。またもや小松は半分残すということなく完食していた。

 ホテルで試食を作っていたときには、ここまでがっついてレーションを食べると言うことはしていなかった。何がこうさせたのか。それは、キャンプという環境がもたらしたものなのであろう。

 

「さて、どうだった? このシチュエーションで食ったレーションの品評をしてみてくれ」

 

 トリコは満足していないのか、集めていた自然食材を次々と平らげていく。そして食事をしながらも、小松へと試作レーションの評価を尋ねていた。

 

「美味しいのは二号。そのはずなんですが……」

 

 高級路線の二号は、味と見た目が六ツ星らしくなるよう特に手をかけただけあって、非常に美味であった。しかし。

 

「一号の方が満足度が高いんですよね。食べていてより楽しい気持ちになれたというか」

 

「はは、そうか」

 

「栄養価が高いほど美味しい。そんな持論は、ボク、持っていないんですけどねぇ」

 

 高カロリーは美味い。いや、栄養素はともかく総カロリー数は、一号と二号どちらもそう変わらないように作っていたのだが、二号は見た目からしてその高カロリーさを感じさせない高級な作りになっていた。だから、一号のガッツリ食べられそうな見た目は、飯を腹一杯食べているという気にさせてくれるのだ。

 

「それに、高級さが、キャンプ料理という場面で、足を引っ張っていたというか……」

 

 そして何より、二号セットの高級感はキャンプ道具の中では浮いていた。今回、レストランでの食事に使うような高級カトラリーなど、用意していない。軍人たちだってわざわざ用意はしないだろう。将校ならまた話は別だろうが、今回の依頼は国連軍の一般兵が食べるグルメコンバットレーションの開発だ。

 その点で見ると、一般兵が野外で作戦中に食べるレーションとしては、一号セットがシチュエーションに相応しいといえた。

 

 では、六ツ星らしさはどこで出せば良いのか。

 そんな疑問をトリコにこぼしてみる小松であったが……。

 

「あ? そんなもん……」

 

 一通り食材を食べ終わり、葉巻樹の枝に火を付けながらトリコは言った。

 

「六ツ星店のシェフが作れば、それが六ツ星らしさなんだよ。背伸びする必要なんてない。もっと自分に自信を持て、小松シェフ!」

 

 背中をバン、と小松は叩かれる。トリコは小松より数多く、星付きの店を知っている。美食屋として高給取りなため、最大十星の店にまで通って食事をしている。その彼が、六ツ星らしさを語っているのだ。小松が勝手に思う六ツ星の高級店らしさなどより、説得力がある。

 なので、小松は一号セットを基本に、レーションの開発を進めることを決めた。キャンプから帰れば、そう遠くないうちに開発は完了するだろう。

 

 小松は気合いを入れて拳を握ると、残った缶詰の処理を始めた。なお、この研究員開発の缶詰は、唾液と胃液に反応して柔らかくなる素材でできているため、食べられる。よって、缶詰の処理とは、食べて胃の中にしまうことである。

 缶詰には、料理の汁が付着し味がついていたため、とても美味しく食すことができた。

 

 そうして食事も終わり、グルメキャンプの夜は更けていく。焚き火台の前でトリコと小松は今までの旅の思い出を語り合い、夜も深くなってからグルメテントで就寝した。

 朝は再びレーションを食べて、一号セットの良さを再度確認し、下山する。

 

 そしてキャンプから戻って五日後、グルメコンバットレーションの開発は完了した。

 さらにそれから半月の後、小松は国連軍のお偉い様達と一緒に、レーションの品評会を行っていた。国連軍の面子の中には、元帥であるジャンピンまでもが出席していた。

 そのビッグネームに、小松は聞いていないと震え上がるが、品評会の結果は好評。

 

「な、なんて美味いんだー! これが我が軍の糧食として採用されるのか! すばらしい!」

 

 と、驚きの声を上げていたジャンピン。高級感がないなどといった指摘は一切なく、小松は胸をなで下ろすのであった。

 

 そしてレーションは無事国連軍に配布され、さらに一般販売も開始。

 安価な割に非常に美味いと評判になり、小松の料理人としての名声をさらに高めることとなるのだった。

 トリコも遠くへ食材捕獲に出かける際には、携帯性に優れたこのレーションを持ち運ぶことも多くなったのだとか。

 

 レーションの缶には、六ツ星を示す☆☆☆☆☆☆のマークが燦然と輝いていた。

 




霜降り草(植物)
捕獲レベル:0
脂が葉の繊維に走っている多肉植物。霜降りの脂はジューシーかつしつこくなく、肉を食べないベジタリアンに好まれている。
栄養豊富な山岳地帯によく生えており、これを食べ歩くことを目的としたグルメ登山なども行われている。

濃麦(穀物)
捕獲レベル:0
濃い霧の中で育つ大麦。元々は濃霧の発生する自然界にあるものだが、品種改良されて人工的に栽培されるようになった。
食感はしっとりとしていて、主に麦粥にして食べられる。また、ビールの原材料としても使われており、大地の精霊ノームがパッケージに描かれたノームビールは夏の暑い日に喉を潤すために広く愛飲されている。

クリーム大豆(穀物)
お一人様向けオゾン草の回を参照

バターオレンジ(果実)
捕獲レベル:0
バターの風味がするオレンジ。バターの風味を活かし、ケーキのトッピングなどに利用される。
栄養価が高く高カロリーなため、バターオレンジを使ったスイーツはダイエットをしている人にとっては悪魔の菓子だと言われる。

チョコレートマト(果実)
捕獲レベル:0
トマトの形をしたチョコレート。生でかじりつくと、チョコレートドリンクで出来た果汁が口いっぱいに広がる甘いスィーツ。味だけでなく糖度が重視され、チョコレートマト農家はこぞって糖度を競い合っているらしい。

マイタケノコ(キノコ)
捕獲レベル:1
成長すると巨大なマイタケになるタケノコ。成長した後のマイタケは大味であまり好んで食されないので、タケノコ状態のマイタケノコを収穫する専門のマイタケノコマイスターが存在する。タケノコの味は繊細でしゃきしゃきしており、なおかつキノコ類の旨味が強い。
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