War Robots=A lot of Soldiers Memories= 作:哭糖
__ロシア帝国領旧独房施設
人の気の無い、月明かりだけが照らすその建物から、静かに足音だけが聞こえている。
淡々と並ぶ無人の部屋の中、唯一閉じられている独房の前で、その足音は鳴り止んだ。
「オルゲルト・カラシコフ、出所の時間だ」
「……元々、書類上じゃ投獄されていない身だけどな」
所々錆ができた古い鉄格子が、軋む音を暗い独房中に響かせながらゆっくりと開く。同時に、無手入れの髭を生やしたやつれた様子の男が独房の暗闇から姿を現した。
「今更どういう風の吹き回しだ?」
髭の男が、鋭い目つきの奥にあるエメラルドの瞳を、牢屋の前の男に向ける。今まで鉄格子に閉じ込められていたとは思えないような生気に溢れた目だった。
「インペラトリーツァから直々のご指示です。"前線に復帰せよ、渓谷のサヴァーの異名に期待する"と」
「……」
「あなたの機体は用意されています、後ろを」
指を差したのは独房の窓。
僅かな光しか通す事の無い小さなその窓を覗き込めば、収容所の広い敷地にそびえ立つ影が一つ。
「……軍上層部がイカれてるのは知っていたが、ここまでとはな……」
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__TMC大型航空輸送艦「Cl-05b Vedfolnir」
パイロットスーツに身を包んだ状態で集められた兵士達は、指揮官から作戦前ブリーフィングを受けていた。
艦内の壁と一体になっているブリーフィングモニターに映し出される情報に目を通しながら、指揮官の説明に耳を傾ける。
「……今回の目標を再度確認する。目標は、キューバ基地を占領しているロシア帝国強襲部隊の排除。基地への被害を最小限に抑えるために爆発物の使用は厳禁とする。
後方支援部隊が後ほど到着する予定だが、戦闘が長引けばそれだけ基地の被害が大きくなる。迅速に作戦を遂行せよ」
『了解!』
声を揃えてそう応え、パイロット達はモニター前の指揮官に敬礼する。
その中には、初陣後わずか数日の初々しい右手を額の上に掲げるリアム・アンダーソンの姿があった。
……
「アンダーソン准尉」
格納庫へと向かうリアムを、後ろから優しく呼び止める。
声の方に振り返ると、赤みがかかった髪を肩まで伸ばした、リアムの胸の高さ程の背丈である女性が立っていた。
着こなしているにも関わらず裾がダボついている軍服はどうやらサイズが合っていないらしい。
「君は……」
「あっ、申し遅れました。今作戦にて分隊のオペレーターを務めます、『アン・フローレス』です。
……私のこと、覚えていらっしゃいますか……?」
姿勢を正し右手を上げ敬礼を行なうと、リアムの方をすう、と上目に向いた。
「士官学校通信科の『赤毛のアン』か」
「もう、その呼び名やめてくださいよ……
お久しぶりです、リアム先輩」
かつて慕っていた人物との再会に、アンは思わず笑顔を綻ばせる。
「ところでリアムせんぱ……アンダーソン准尉は諜報部に所属なされていたはずでは?」
「……上官命令で数日前急に所属が変更された。Destrierのプロトタイプテストの経験があるからとかで強引にな」
幾多の大戦で大きく人口を減らしたこの世界では、人員が不足することが多々有りうる。
なので、最初は驚いた様子のアンだったが、リアムの話に対して「そうですか……」と言葉を返した。
「っと、もうすぐ作戦開始時間でした!急にお呼び止めしてすいません。
作戦遂行と無事のご帰還、私も全力でサポートいたします。頑張ってくださいね」
そう言って、アンはもう一度敬礼をしなおしリアムを見送った。
モニターの光だけが照らす密室で、リアムは小さく息を吐く。
今日、これからこのコックピットの中で命を落とすかもしれない。生きて帰れないかもしれない。
最悪のイメージをするのが駄目なことくらいリアムとて理解をしていたが、この狭い世界に閉じ込められるとそのことを考えざるを得なくなる。
『こちら、Vedfolnir。オペレーター、アン・フローレスです。本艦は現在作戦空域を航行中、部隊の投下地点を確認後、本艦を降下させDestrier 6機を投下します』
先ほどとは違うハキハキとした口調で、機内にアンの声が響く。
その通信の声が終わるのとほぼ同時に、大きな揺れと共に足元のハッチが開くのがモニターに映し出された。
『……これより、キューバ基地奪還作戦を開始します。ご武運を』