「…良いですか皆さん、中に入ったらくれぐれも気を緩めないで下さいね」
「「はいっ!」」
「恵也!頑張ろうね!」
「…」
こんにちは、私はティアナ・ランスター。私は今大事な休暇を潰してエリオとキャロ、現相棒のスバルと共にある施設の前にいる。面々はまるで戦場に行く兵士たちみたいに気を引き締めていた。
「では参りましょう…ここから先は修羅の国、人のままで入って来てしまったら生きてはいけない世界なのです」
「そ、そんな所なんですか…っ!」
「エリオ君、無理はしないでね」
「…わかってる、でも僕だって男なんだ…っ!」
「…」
「恵也!行こう!」
「…良し、それじゃあ皆…行くぞッ!」
こうしてスターズ、ライトニング分隊のフォワード勢+家政婦の混成部隊はとある施設の扉を勢いよく開いたのであった…!
「はーい、ティッシュペーパー御一人様三つまでですよー」
「ありがとうございます。あっ、五人ですから15個下さい」
「おや兄さんまた来たんかい。今日は子供と嬢ちゃん連れてかい?これからもご贔屓にねー」
「はーい、ありがとうございます優しいおじさん」
「…スバル」
「何?」
「帰っても良い?」
「駄目」
私は頭を抱えた。事の発端は昨日の事であった…相棒のスバルが「明日大事な用があるの、どうしてもティアの力が必要だから力を貸して…お願い」なんて神妙な顔付きで言うもんだから「良いわ、でも今回のは貸しよ?」なんてカッコ付けて言ってしまった…恥ずかしい…時を戻せるならあの時キメ顔で言った私をぶん殴りたい。どうしてあんな安請け合いしてしまったのだろう。
「…スバル、これのどこが大事な用よ。ただのスーパーの買い物じゃない」
そう、私たちは大型スーパー店にいるのだ。六課から歩いて15分と近い。店内は他のスーパーと比べてもなにも変わらない普通のスーパーである。
「ティア、買い物を甘く見ちゃいけないんだよ?時には迷子になるしたまに死者が出るんだよ?スーパーは戦場なんだよ?」
「あんた寝惚けてるの?」
「家政婦さんっ!玉子!玉子何処ですか!?」
「あちらですがもう少し待ってくださいねー」
「フリード、お店の商品食べちゃ駄目だからね?」
ライトニング隊の子達はすっかり初めてのお使い気分だ。商品を手にとって四苦八苦する姿を見ると何だか微笑ましい気分になる。
「全く…まぁたまにはこういうのも悪くないかしら?」
その時であった…ピンポンパンポーンと軽い音が店内放送で鳴る。その音と共にあんなに賑やかになっていた店内が静まり返っていた。家政婦を見ると険しい顔つきとなって放送に耳を傾けていた。
『只今から安売りセールを始めます。只今魚介売り場で鮭が一匹500円の販売となっております。早い者勝ちなので奮って御参加して下さい』
「えっ、鮭が500円?一匹で?なにそれ…」
「行くぞてめぇら!!付いていけない奴はバックアップだ!エリオ!スバル!行くぞォ!」
「はいっ!」
「応っ!」
「えっ、えっ?」
家政婦は二人を連れて魚介売り場へと走り魚介売り場へと飛び込む!魚介売り場は主婦のオバチャン達がひしめき合ってセール品である鮭を奪い合っていたのだ!
「あんた!そこをお退き!」
「うっせぇ!!若者に譲りやがれこの野郎が!!」
「まぁー!何て口の悪い男ザマス!このピチピチの鮭は私のザマス!アンタみたいな男には渡さないザマスよ!」
「へっ!今時ピチピチなんざ死語なんだよ!その鮭貰いぃ!」
「家政婦さん!家政婦何処ですか!?家政婦さーん!」
「エリオ!危ないと思ったら引いて!怪我するよ!」
「なに…これ…」
ピチピチと丸々太った鮭を巡って大の大人たちが争っている…あっ、今眼鏡のお爺ちゃんが吹き飛ばされた。
「…バーゲンセール、それは…人を狂わせ安売りの為に他者を蹴落とす闇のゲーム…怖い…怖いよ…なんで人は他より安い物の為に戦うの…?」
「キャロ、私は急に語りだしたあんたが一番怖いわ…!」
少し時間が経つと人混みは解消される…どうやら売り切れたらしい。すると家政婦は鮭を担いでこちらへ来た。エリオとスバルは戦果を得られなかったようだ。
「ごめーん、オバチャンが邪魔で取られちゃった…」
「僕も圧力に負けました…凄いですね…」
「気にすることはありません。何事も経験、ルーキーこそ負けたときに胸を張るんです…さぁ、次行きましょう」
「お荷物は私が持ちます!」
「キャロ、任せましたよ」
「はいっ!」
まだ少しピチピチいっている鮭を渡す。何故まだ生きているのか?鮮度か?鮮度が良いからか?もう訳がわからない。と言うかなまじ生きてる分可愛そうと言う気すら起きてくる。
「次はティアも参加しようね!」
「えぇ…嫌よ…」
「邪魔よこの青臭い小娘が!それは私のキャベツよ!私の邪魔しないでチョーダイ!」
「ぐぐぐ…っ!」
野菜売り場、ここでは今キャベツの大安売りセールを開催され半ば巻き込まれる形でキャベツの争奪戦に巻き込まれた。今私はこのパンチパーマのオバチャンとキャベツを取り合っていたのであった。
「おぉ…りゃっ!」
「この小娘がぁぁぁぁぁぁ!!?」
奪われそうなキャベツを取り返して真っ先にその場を離れる。おかしい、私もそれなりに鍛えて一般市民には負けない身体なのにオバチャンは皆私と同等、それ以上の力で競り合ってくる。
「ティアさん凄い!初めてでオバチャンに勝つなんて!才能あります!」
「キャロ…あんた…はぁ…はぁ…と言うか…そんな才能要らないわよ…はぁ…はぁ…」
「やったぞ!ついにキャベツを取ったぞ!クアットロ早く私を転送…」
「WRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!」
「うわぁああああああ!!クアットロ助けてくれぇえええええええ!!オバチャンがぁ!オバチャンがぁぁ!!」
何か白衣を着た男がオバチャンに襲われてる…あの人何処かで見たような…あっ、盗られた。
「なまっちょろいわぁ!!そんなものでこの私から逃れられると思ったかァーー?このマヌケがーーッ!!」
「うぅぅ…返してくれ…返してくれたまえよぉ…それは最後の…最後の…!」
「はっ!貴様のようなもやし野郎じゃあこのオバチャンの敵じゃないわァーーッ!」
「目当ての商品を取っても安心できない…ここは…ここは地獄…っ!だけどこの買い物カゴは守らなきゃ!」
「キャロー?貴女まで悪ノリしないで?スーパーってこういう世紀末なところだっけ?ねぇ?私の常識がおかしいの?」
そうこうしているうちに三人が帰ってくる。今度は家政婦とスバルば一つずつキャベツを持って帰ってきた。エリオに関してはまたしても戦果無しであった。
「恵也!見て!キャベツ!」
「おぉー、取れたか。やったじゃんスバル」
「えっへん!もっと誉めても良いんだよ!!」
「僕はまた獲れませんでした…駄目なのかな僕…」
「次があります…良いかエリオ、男はここ一番って所で結果を出すんだ。そうすりゃ名誉なんて挽回できるしかっこいいと思う…この経験はいつか別の機会に活かせるさ」
「…はいっ!ありがとうございます!」
「家政婦さーん?あんまりエリオに変なこと教えないでくれない?…でっ、次は何なの?もう終わりなら良いのだけれど」
「えぇ、次は…」
『御客様にお知らせです。只今卵6パックがなんと数量限定の50%OFFで販売しております。奮って御参加して下さい』
「…お前らここで待ってろ」
「えっ、何を…」
手に持っているキャベツを渡してそう言うと彼は懐から銀の装飾の手袋を付ける。そして…家政婦間藤恵也は走りだした。そしてその後に続くかのようにオバチャン達も次々と走り出した。彼は道を邪魔するオバチャンを避け、乗り越え、突き飛ばしながらも卵の元へ向かった。
時折オバチャンが立ち塞がって構えを取り、走る家政婦に殴りかかるも恵也はそれを受けて流し、その顔に蹴りを入れて近場のお菓子コーナーに突っ込ませる。
「邪魔だオラァ!!死にてぇ奴だけかかってこいッ!!」
そう、食品売り場は一つの店内放送によって一気に血を池で洗う戦場へと変貌したのだ!
「恵也!頑張って!後ろ!後ろ!」
「家政婦さん!もう少し!もう少しです!」
「ち、ちょっと!?暴動が起きてるわよ!?止めなくて良いの!?思いっきり傷害よ!?」
「このスーパーでは全ての事が黙認されるんです…魔法さえ使わなきゃ警備員さんに注意されない…だからメインの玉子を手に入れるためなら…合法なんです…っ!」
「ごめん、頭痛くなってきたわ」
…数分後、ボロボロになりながらも卵6パックを5個抱えた家政婦は晴れやかな顔をして帰ってきた。
「はぁー…終わりました。さっ、帰りましょう。今日すき焼きやろうと思ってるんですが皆様どうですか?」
暴動は次第に収まり、完売と同時にそれまでの興奮が嘘のように皆それぞれに散っていった。なんなんだこのオンオフの差は…
「いくいく!ティアは?」
「えっ、私は…」
「行きましょうよティアさん!せっかく一緒に行動した仲なんですから!」
「そうです!もうこうなったら一蓮托生です!」
「アンタ達ずいぶん積極的ね…はぁ。良いわ、行くわよ」
「決まりですね、それじゃ帰りましょう」
家政婦の買い物事情を垣間見たティアナはスーパーについての認識を改め、そして二度と彼の買い物に着いていきたくないと心から思ったのであった。
そしてすき焼きは美味しく皆で頂いた。
「オバチャン怖いオバチャン怖いオバチャン怖いオバチャン怖いオバチャン怖いオバチャン怖いオバチャン怖い…」ガタガタブルブル
「…クアットロ、どうしてドクターは部屋の隅で体育座りでブツブツ呟いているんだ?」
「あり得ない、あんな身体能力…そもそも魔力で強化してる身体なのにどうしてあんなに簡単に…」
「あー…チンクちゃん?あまり気にしないでね?ドクター今日は負けちゃったから拗ねてるの」
「負けた?何にだ?」
「…ドクターの名誉のためにそれだけは伏せておくわ」
時を同じく、セールで負けたテロリストことジェイル・スカリエッティは一人むせび泣いていたのであった。