第六話『到着、大陸からの逃亡者たち』
鳳鈴音(ふぁん りんいん)は深く安堵の息をついた。
両親の離婚、母とともに中国へ帰国、IS適正値による代表候補生への抜擢などだけでもかなりの人生のイベントが連続であったが、ここ二ヶ月に比べればそれは序の口でしかなかった。
2年前に発表されたHDにより、それまで中国政府内で幅を利かせていた元国家主席の縁者を名乗る女性の主導する女尊男卑主義者らへの風当たりが強くなり程なくして各地でHDを導入した軍閥や、縁者女性のやり方に反感を持つIS搭乗者たちの主導する武装蜂起が頻発しだ。
そんなある日、第三世代IS『甲龍』の専属搭乗者として訓練所にいた鈴音を含む訓練生と教官たちに反乱鎮圧の命令が中央政府から下ったのだ。
当然、人を殺めることを含んだ命令に未だ10代の訓練生たちと教官一同は反対したが、ヒステリックな口調の女性政府高官は横でへつらいの笑みを浮かべた所長を連れて中央の命令だとがなりたて、従わなければ彼らの家族の安全は保証しないし国家反逆罪にまで問うとまで言い放った。
こうなればうかつな行動もとれずに、鎮圧へ向かう日を暗鬱な感情で待っていた彼らの状況が変わったのは鈴音の父が訓練所に面会に来たときである。
『鈴音、事情は知っている。みんなで逃げよう』
小さく日本語でつぶやかれた鈴音は驚きを抑えつつも嬉しく思ったが、不安でもあり同じく小声でどうやって、どこへ逃げるのかと尋ねると、IS学園にだと父は返した。IS学園は世界各国で結ばれたアラスカ条約によりIS研究のために国から独立した存在であり、そこの生徒や職員であれば施設内にいる限りは国家の干渉を受けないとされている。
万が一実力行使を図ろうにもISの最精鋭候補たちと今年度から導入されるHD訓練性たちが一国に配備される人数ほどもいる。もしそこまで逃げられ受け入れられればこの国でもおいそれと手出しはできないだろうし、そもそも今は自分たちを借り出すほどに状況は逼迫しているのだ。追手もそう数を割けるわけではないだろう。
『でも父さん。逃げ切れるかな?』
『大丈夫だ、今協力してくれる人たちと計画を練っている。暫くしたら迎えに来るから母さんと待っていなさい』
そういう父の顔は自信と決意に満ちており、鈴音はようやく安心した。
結果として、その逃走は成功した。鈴音の父と所長が同郷の友人であり、計画に協力してくれたので訓練所にいた中央政府とつながっている者たちの情報が得られたのと、外部の『兎』を名乗る協力者からの逃走ルートとIS学園への口利きを受けられたことが大きかったといえた。条件として訓練所のISと、それに関する情報を持ち出すように言われたが、逃走の助けとしてISは役に立ったし、罪悪感もIS適正値が高いからと全国から強制的に集められ、過酷な訓練環境を強いられた鈴音たちには沸く事もなかった。中央政府の協力者たちは逃亡する教官たちが「お話」してくれた結果、逃亡までの間反省房で大人しくしてもらってはいたが、そのことも気にかからなった。
かくして、鈴音たち家族と訓練所一行の逃亡者たちは今無事に一人もかけることなくIS学園の地に入ることに成功し、鈴音が一月近い逃亡生活を終えられたのだ。ちなみに父と母はその間によりを戻し、再婚するそうである。
「しかしさあ、こうして見るとHDの訓練生って多くないか?」
「なんだい一夏、今頃気が付いた?」
IS学園食堂にて、一夏、葎、箒、セシリアの4人が昼食を取っているときに一夏がもらした言葉に葎はやや呆れた声で応じる。クラス代表決定戦以降、4人で放課後の訓練をするようになり自然と仲もよくなっていた。無論、一夏の両脇は箒、セシリアで固められていたのは言うまでもないことである。
「いやさ、今年からだろHD訓練生の受け入れってのは。にしてはこう見るとほとんどの生徒がHD訓練生の制服を着ているなって」
「確かにそうだな、不思議には思っていた」
「その事でしたら、説明して差し上げますわ」
「「知っているのか、セシリア?」」
異口同音で返す一夏、箒に若干のうらやましさを感じつつセシリアは咳払いを一つした後に続けた。
「まず、ISを動かすために必要なISコアが今いくつあるかご存知ですか?」
「確か500だっけか、葎?」
「そうだね、いくつかは所在が分からないコアがあるらしいけどあってるよ」
「それに対して、IS搭乗者として世間に公表されている人たちで大体その3倍はいますの」
「割と多いんだな、あれ?でもそうするとこの学園を卒業した人たちもはいるともっと増えるな」
「なるほど、そういうことか」
頭に疑問符を浮かべる一夏と何かを得心したような箒にセシリアは説明を続ける。
要は人が余るのだ。ここIS学園以外でも世界には個別の訓練所があり日々訓練を受けて搭乗できる者たちは増えているのに、ISコアは増えていない。これはISコアを生産できるのが開発者であり箒の姉である篠ノ之束しかいないからであり、彼女はここ数年行方を眩ましている。そのため世界各国でISコアの研究はされているが、未だISコア生産成功の声はなく、逆に研究用に使われるISコアの分実際稼動するISの数はさらに少ない。となればすでに人の余っている職場にこの学園の卒業者たちは突っ込まざるを得ないのだ。
そこに危機感を覚えた上級生たちがHD訓練生への転向許可を出した学園の提案に飛びついて現状にいたるというわけだ。
「というわけで、一年生以外でIS訓練生でいるのは代表候補生のような実力者の方々か、開発方面に進みたい方でなければISに乗れるという権利にしがみついている夢見るおばかさんたちだけですわね」
「お、おう」
過分に毒舌の混じるセシリアの説明に一夏はうなずきつつ食事の残りを片付ける。
「しかし、ここの食事は美味いけど中華だけは鈴の親父さんのほうが俺は好きだなあ」
「ああ、そうだね。あの店の中華はどれも美味かったね」
「む、一夏と葎よ。その鈴とは誰だ?」
「ああ、箒が引っ越したのと入れ違いで転向してきたやつでさ、その親父さんと奥さんで中華の店やってたんだよ。鈴も手伝ってたな」
「でも、彼女たちは引っ越して店もたたんでしまったから、あそこの店の酢豚が食えないって一夏暫く嘆いてたよね」
「良いだろ、ホント美味かったんだからさ。ああ、何度か作ってみたけどどうしてもあの味が再現できないんだよなあ。できればもう一度食ってみたいぜ」
そうぼやく一夏がその機会が訪れるのはまもなくであることは本人は知る由もないことだった。
次回『密談、生徒会長と理事』
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