Fate/is inferior than Love 作:源氏物語・葵尋人・物の怪
ランサーは一つ大きなミスをしていた。
少女を、見逃してしまったことだ。
雨生龍之介に殺されかかった少女は、名前を右京薫といった。
精気が感じられないほどに青白い肌と、それであっても怪しく映えるアンニュイな美貌以外は取り立て言うべきところのないように見えるただの女子高生であった。
少なくとも、ランサーの目にはそう映った筈だった。
併し、少女は驚くべき行動に出た。ランサーが立ち去ってからおもむろに、龍之介の死体を探り出したのだ。
理由は単純であった。何か面白そうなものがないか、好奇心が湧いたからだ。
これが千年ほど昔であったならば、ただ卑しいだけの行為であったが、今は二十世紀。移ろい行く常識は、彼女を異常と定義するだろう。
そして、彼女は一冊の和綴じの本を見つける。慶応二年と書かれた奥付からして、相当な古書であり、捲ってみると実際、蚯蚓がのたくったような墨文字に満たされた中身であった。
右京薫にとってそれを読み解くことは容易かった。高校生である薫にとって漢文や古文は常に触れているものであったし、それに関していえば高校生の枠で考えると持ち過ぎているほどに知識があった。
だが、内容は別だ。そこに書かれていたのはあまりに胡乱で奇々怪々。理解をしろという方が難儀であった。
所謂、降霊術。どうも、神話や歴史に生きた人物を式神とする術式なのだとか。畢竟するにオカルトであった。
霊脈や、魔力、抑止力の使者が云々と、怪しげな専門用語が連なっているが、
――恐山のイタコみたいなものだろうか?
と、薫は結論した。
そう考えて薫はハッと腕時計を見た。ポニーテールの背の高い美人――と薫が思った人物がいなくなって大分時間が経っていた。それだけに本の内容に魅了されてしまっていたのだ。
「……どうせなら、行く所まで行ってみようか」
薫は近所のアパートで一人暮らしをする気ままな女子高生であり、門限も、帰りを待つ家族もいなかった。
気にするものは何も無し。
そう考えてすぐに、薫はまた死体を漁り、そこから刷毛を見つけ出す。
自分を殺そうとした目的はこれだったのか、と薫は腑に落ちると、切断された首から“絵具”を絞り出す。
そして、刷毛を真っ赤に染めると、本にあった通りの魔法陣を書き始めた。
「……退去の陣を四つ刻み召喚の陣で囲む」
陣の書かれたページの走り書きの文言をぶつぶつと口ずさみながら、少女は陣を書き上げていく。
そうして出来上がったものはあまり綺麗なものではなかった。彼方此方が歪み、所々線が掠れてしまっている。
けれど、一応は形になっている。
あとは詠唱するだけだ。
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公――」
一言目を唱えると変化はすぐに起きた。
血で描いた筈の陣を作る線が青白く輝き出したのだ。その瞬間、右手の平に痛みが走った。ふと見ると、其処には、星を思わせる痣が現れていた。
本に書かれた内容が丸きり嘘ではないという確信を得て、薫は唄を紡ぎ出す。
「降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
全身の骨を締め上げられるような妙な痛みを覚えながら、薫は気にせず、儀式を続ける。
「閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ満たされる時を破却する」
何かが――どろっとした何かが自分の中に入ってくるような感覚を受けた。まるで、ウイスキーを大瓶一本飲み干した時のような、体内を逆流する気持ち悪さ。
併し、薫はそれに頓着しなかった。
「――定礎(せっと)。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯のよるべに従いこの意この理に従うならば答えよ」
薫は、ただの高校生であった。もしかしたら、先祖が魔道の者であったのかもしれない。けれど、薫自身はただ普通の高校生であった。
だのに、まるで薫は何年も魔術の修業を積んでいるかのように、あっさりと五体を蹂躙する魔力の奔流に耐えている。
「誓いを此処に。我は常世総ての善となる者、我は常世総ての悪を敷く者」
愈々、超常現象は占め捲りを迎える。
光は辺り一帯を白く染める程輝き、風は金切り声を上げながら、嵐のように渦巻いている。
おおと、感嘆の声を上げそうになったのを、薫は寸での所で呑み込んだ。
最後の最後で総てを台無しにするわけにはいかない。此処まで来たんだ。絶対に最後までやり遂げたい。
「――汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」
そういった思いから一気に最後の一小節を言い終えると――
「うわぁぁぁああ!」
突然、爆風が巻き起こり、薫の体は工場の柱に打ち付けられた。
一面を覆うほどの粉塵。何が起こったのか、薫には見当も付かない。というよりも、背中の痛みが尋常ではなく、それに気を払う余裕すらない。訳の分からない儀式などやるものじゃないと、深く反省した。
「……やれやれ、酷い召喚だ。そもそも僕は聖杯戦争に呼ばれない筈なのだけど。この召喚の所為か?」
土煙の中に一つの人影があって、ぶつぶつと何かを呟いていた。
そして、漸く辺りが見えるようになって、薫の目に留まったのは魔法陣の辺りに出来たクレーターのような大穴。そして、その中央に立つ少年であった。
「綺麗……」
薫は自然と少年を見てそう呟いていた。
一点の穢れなき、白い肌。蒼穹のように澄んだ碧眼。絹を思わせる美しいブロンドの髪。
薫には、十歳から十二歳ほどの子供に見えた。
白いYシャツに留め具が金で出来たタイをしており、濃紺のハーフパンツを履いている。靴は鰐皮で、ソックスには本物の金で刺繍をしてある。一見すると、ヨーロッパの王室育ちのようにすら見えるが、明らかに体に合っていないフード付きの浅葱鼠色のローブを羽織った姿が怪しげな雰囲気を醸し出す。
「ねぇ」
「ひゃっ⁉ な、何⁉」
ふと少年に声を掛けられると、薫はあからさまに慌てた。
見つめ過ぎて、不愉快に思われてしまったのではないかと。
だが、それは杞憂に終わる。
「君が僕を呼んだの?」
失礼だとか、喧嘩を売っているのかといった、言葉が遣って来ると、身構えていた薫は拍子抜けする。
「多分そうだと思う」
状況から薫はそうであろうと判断した。
「そうか、なら僕が君のキャスターだ。必ず君に聖杯を齎すことを約束しよう」
そう言って小さく頭を垂れる。
だが、ここで薫は疑問を抱く。
「聖杯って何? この本にも書いてあったのだけれど。キリスト教?」
「知らずに召喚したのか……」
本を見せ、まさかの問いを投げかけるマスターにキャスターは唖然とする。
そして、悟る。少女は何も知らないのだと。
キャスターは頭を抱えた。
「――成程。そうと分かれば仕方ない。何処か落ち着ける所に行こう、総て話す。えっと……」
「右京薫です」
「では、薫、行こうか。君の都合の良いところで構わない。案内してくれ」
そう言いながらキャスターは身を翻し、歩き出した。
「あ」
その時、薫は声を上げた。
背中のローブに大きく刻まれた五芒星を見て。
「五芒星……君、安倍晴明なの?」
そう声を掛けられて、キャスターは足を止め、振り返った。
「何も知らないんだと勝手に決めつけたけれども。成程、召喚されるモノがどういう存在か理解はしているのか」
「本に書いてあったから」
「応用力があるね」
キャスターは笑って、薫を褒めた。
それを見ると、トクンと胸が鳴る。
「でも、残念ながら僕はハルアキラじゃないよ。これは、ハルアキラの星じゃない」
彼の言葉で、薫は我に返る。
そして、そこで漸く、自分の意識が浮遊していたことに気が付いた。
「じゃあ、何なの、それ?」
不自然がないように、薫は話を繋げる。
「この星は……僕の友であり、師匠でもある、偉大な魔術師の紋章。絶対に忘れてはいけないものだ」
キャスターは何処か嬉し気に、そして誇らしげに、だが痛ましい顔で語った。
故に薫は気になった。
「ねぇ、教えてくれない? 貴方の名前は?」
彼の名前が。
「――――」
その名を聞き薫が抱いた感想は、
「パン屋さんみたいな名前だね」
と、いうものだった。
――斯くて、最後のサーヴァントが現れ、聖杯戦争は本格始動する。
併し、この戦争に関わる誰もが知らない。このキャスターが至上最悪のサーヴァントであるといことを。
†
【CLASS】キャスター
【マスター】右京薫
【真名】???(パン屋さんみたいな名前)
【性別】男
【身長・体重】148cm・52kg
【イメージカラー】アイスグレー
【特技】大体全て
【好きなもの】友達、出会い
【苦手なもの】別れ、独りぼっち
【天敵】神の子にしてユダヤ人の王
【属性】中立・中庸
【ステータス】筋力B 耐久B 敏捷B 魔力EX 幸運B 宝具EX
【クラス別スキル】道具作成EX:魔力を帯びた器具を作成出来る。規格外を示す彼の道具作成は魔術師として頂点に立っている。
陣地作成―:とある理由によって彼は陣地作成のスキルを持たない。
【固有スキル】???
【宝具】???
【Weapon】???
【解説】連続殺人鬼、雨生龍之介の獲物だった少女、右京薫が気紛れで行った儀式によって現れた最後のサーヴァント。本来は聖杯戦争に呼ばれる訳がない存在らしい。五芒星の描かれたローブを羽織り、最も偉大な魔術師が師であり、友であると語る。