Fate/is inferior than Love 作:源氏物語・葵尋人・物の怪
ゴホンと一度咳払いをし、
「迷惑をかけたわね」
と、謝したソラウは恥じらいからか、頬を赤らめていた。
「……君の趣味をとやかく言うつもりもないし、些細な過ちの一つや二つ許容は出来るが。それでも一つ言わせてくれ」
あまりにも迂遠な提起の後、
「一体君は何に興奮したというんだ?」
とソラウに訊ねた。
「だって、二人だけの世界を目の前で展開されたら誰でもこうなる……」
「誰でもではないと思うが」
そもそもケイネスとしては、ソラウが思い描く理想郷を形成した覚えもない。
「それに、サーヴァントの過去を夢で見るなんて、それってもうセッ」
「言わせないぞ」
飛躍し過ぎな上に、聊か脳内が桃色ではないかと、ケイネスは頭を抱える。
――せめてそういう妄想は私とランサーではなく、私と君自身に於いてするべきなのだ。
……こんな風に言えたらどんなに良いだろうかと、ケイネスは思ったが諦めることにした。
「つーか、いつからそういう趣味なわけよ、ソラウさんは」
一息入れようと、ランサーは甜茶を淹れ、二人に振る舞う。
突っ込んだ質問をされたからだろうか。ソラウはまるで砂漠に落とした一滴の水が滲み込んでいくような勢いで、カップの中の茶を飲み干した。
「アオザキの工房でそういう本を見つけて、それで暇つぶしに読んで……」
「虜になってしまったわけね」
ケイネスは、大きく溜息を吐き、
「傷んだ赤色めぇ……」
と呪詛の如き唸り声を上げる。
ケイネスとしてはソラウの趣味を諫めるつもりは毛頭ない。好きになってしまったものは仕方なく、またそれによってソラウがケイネスから離れることも、ケイネスのソラウに対する気持ちが変わることも無いのだから。
だが、許してはいけないものはあるのだ。
ケイネスは聖杯戦争が終わり次第、封印指定の執行者をアオザキの工房に派遣することを心に誓った。
濡れ衣、八つ当たり――客観的に見てもそうであり、またケイネス自身ですらそう思っている。
故に、ケイネスは知らない。
総ての元凶となった衆道本が、手慰みでアオザキが作り出した礼装であるという事実を。
その秘められた魔力は、読者の感情を“腐の道”へと強く引き付けるというものである。但しその効果はあまりに微弱であり、正しく機能する相手は魔道の“ま”の字すら知らないような一般人のみ。多少なりとも魔術師としての手解きを受けたのであれば十分にレジスト可能な代物である。
だが、不幸はソラウが、今まで強く感情が揺れ動くことがない、言うなれば“渇き”を持った人間であったこと。
胸に点った熱は彼女にとって初めて感じる酩酊であった。
故にその甘い蜜を、ソラウは拒否することは出来なかった。本から溢れ出る腐爛した魔力に従い、彼女は穢れ切った奇跡を手にしたのだ。
――されど、これは誰にも知られない物語だ。
禁書の生みの親たるアオザキすら、そんな礼装を作り出したことすら忘れている始末なのだから。
「……ランサー、この聖杯戦争、早急に片づけるぞ」
屹度、気持ちを新たに、闘志を燃やすケイネスすら永遠に知ることはないだろう。
「なんか全く気が引き締まらないけど……ま、そのOrder(ヲードァー)には答えようか」
ランサーは項の辺りをぽりぽりと書きながら、こなれた様な手つきでくるくるとペンを回す。
そして、ホワイトボードに彼等が最も危険視する魔術師の顔を描く。
衛宮切嗣である。
情報収集により、顔写真も手に入れている為、似顔の作成も容易であった。
「アインツベルンに雇われての参加らしいこの男だが……」
ここでランサーは、“衛宮切嗣”とセイバー、またはアイリスフィールとの間に破線を繋ぐ。
「破線の意味は?」
「仮定ってこと」
「ホムンクルスのマスターとの繋がりは?」
「マスターではない傭兵としてのRoll(ルォール)ってこと」
主の問いに、従者というにはあまりにもフランクな態度でランサーは答える。
「バーサーカーやキャスターのマスターということはないの?」
ソラウが口を挟む。
「それはない」
ランサーより早く、ケイネスが答えた。
「あの戦場を衛宮切嗣が見守っていたという事実とバーサーカーが乱入したタイミングから言って、在り得ない筈だ。遠くからの射撃――と言われても私にはピンとこないが……だがそれでもああも混戦になってしまっては的を絞り辛いことくらいは分かる」
「それにバーサーカーって燃費悪いし、体にくるから。戦わせながら、正確な射撃ってのは無理なんじゃない?」
ケイネスの意見、そしてランサーの補足説明にソラウは納得したようなしていないような判然としない表情をした。
「それにバーサーカーのマスターは……おっと、これは後だな」
そう言い淀んだ後に、ランサーは説明を続けた。
「で、キャスターのマスターって線も薄い。もしそうなら、あの戦いの中にも駆り出してい筈だ」
「役立たずの二流サーヴァントを呼んでしまったということは?」
「それも考えたけれど、アインツベルンが付いている以上、仮にキャスターも呼ばれていた場合には一流の英霊が呼ばれていた筈だよ」
ソロモン、トリスメギストス、クラウディウス・プトレマイオスなどランサーは思いつく限りの例を挙げる。
それらの英霊を呼び出せる触媒を揃えることが容易であることも、ケイネスは肯定した。
ソラウは成程と、唸るばかりであった。
「で、残る可能性はあのLady(ルェードィー)がセイバーのマスターかそれとも衛宮切嗣がマスターかってハナシになるわけだ」
ランサーはどちらの可能性が有力か、ケイネスに質した。
「……薄汚い殺し屋を雇うほどに堕したとはいえ、それでもアインツベルン。ホムンクルスの製造に掛けて言えば一流だ。魔力供給のことを考えればこっちが本命だと私は思うが……」
いくら衛宮切嗣が殺し屋として驚異的だとはいえ、魔力供給量において魔力回路を中心に設計されたホムンクルスに勝てるとはケイネスには思えなかった。
基本的に表だって戦うのは魔術師ではなくサーヴァント。
で、あるならば、サーヴァントの性能はより高い方が良い筈なのだ。
「確かにそうだね。それに“女”というホムンクルスの性別は見逃せない点だよ」
ケイネスはランサーの言葉の意図が分からず、
「どういうことだ?」
と訊ねた。
「女に弱い英雄ってのは少なからずいるってハナシ。幸いにしてこの聖杯戦争にはそういう英霊はいないわけだが、若しそういうサーヴァントがいた場合にどうよ?」
「マスター殺しという選択肢がなくなる……のか?」
「それどころか、あのマスターに恋心を抱くって場合があるね。なんせ、ボクの娘に似て美人だ」
最も僥倖に僥倖が重なった上での微々たる確率であるともランサーは語った。
「娘に似て……それは高評価なの?」
ソラウの問いにケイネスは、
「正直全く洒落になってないくらいの高評価だ」
と答えた。
関羽雲長が愛娘に掛けていた思いは絶大である。
何せ、それが原因で自身の死を、ひいては蜀の崩壊を招いているとすらいえるのだから。
具体的に言えば、呉王孫権の息子と自身の娘“銀塀”との間に持ちあがった縁談を劉備にも無断で断り、それが原因で呉王孫権の怒りを買ったのだ。
「それで、ランサー。セイバーのマスターはあのホムンクルスということで良いのか?」
「現状ではそっちの可能性が高いかもと思う。でも、そう思わせることにも意義はあるから衛宮切嗣がマスターである可能性も捨ててはいけないね」
その上でランサーは方針を決めた。
まずセイバーのエクスカリバーが凍結している間に敵の本拠地を突き止めるかセイバー自体を補足する。
そして、直接戦闘を行い、セイバーを撃破、その後アイリスフィールを捕獲。
最後に尋問なり拷問なりでアイリスフィールに衛宮切嗣の居場所を吐かせる。
「まぁ、これが一番良いパティーンではあるけど、上手くいくとは思えない。拠点の発見は結構困難だろうし」
衛宮切嗣が魔術師なら誰でも気を払うべき神秘の秘匿を気に掛けるような人間ではないこと、無辜の民の命にすら気を払わない外道であることを前提とし、恐らく住宅街の只中にでも本拠地を置いているのだろう――ランサーは現時点でセイバーたちの拠点についてそのような推測をするに留めた。
「……となると、矢張りあのプランか」
「うん。てかそれが本命だね」
二人だけに分かる世界……その甘美なる刺激に立ち上る熱を、より正確に言えば鼻腔に溜まる血潮をソラウは如何にか抑えながら訊ねる。
「一体何の話?」
平静を装いながら。
言う間でもなくソラウの様子は全く尋常ではないのだが、それを指摘すると話の腰が折れる為、ランサーは敢えてそこは見なかったことにして、ホワイトボードに写真を張る。
男性であった。十代の半ばを過ぎているかそんな見た目の、取り立てて特徴のない、何処か頼りない雰囲気を漂わせた併し快活そうな青年の顔を。服装は特徴のない、日本の学校ではスタンダードな学生服であるから学生なのだろうと、ソラウは思った。
だが、それ以上の感想を持てない。序でに言えば、魔道の臭いさえしない。
ある意味でこの場に一番相応しくない雰囲気であるとは言えた。
「これは?」
「間桐雁夜――御三家の一つ間桐家の長男でバーサーカーのマスターだと思われる人物だ」
十年前の写真だからこの姿だとは限らないがと、ケイネスは余談をした。
「貴方達、ひょっとしてこれをずっと調べてたの?」
「ちょっと違うね」
ランサーは明朗な笑みをソラウに振る舞う。
「ボクらがやっていたのは間桐雁夜のBackbone(ヴァコゥボン)の調査だよ」
兼ねてより、間桐雁夜が聖杯戦争に参加していることは分かっていた。
衛宮切嗣が雇った情報屋を買収して得た情報の一つである。
だが、妙な話だった。曰く、聖杯戦争開始より十年前、間桐雁夜は生家を出奔しており、一年前急に戻って来て魔術師としての修業を開始したという。
ケイネスは万能の願望器と聞いて飛びついていたのだろうと結論し、ランサーもその時点ではそうなのだろうと考えていた。
併し、バーサーカーのサーヴァントの行動を見てランサーは考えを改めた。
旨味が薄い状況下での戦闘介入は、遠坂時臣に対するバーサーカーのマスターの私怨。
駄目で元々――事前に知っていたマスターのうち遠坂時臣に怨みを抱き得る人間であろう間桐雁夜を調べようと、ランサーはケイネスを連れだした。
パソコンを使い、間桐雁夜が通っていた学校の名簿や、勤めていた会社を洗った。
最初こそ難航を極めた調査であったが、途中からケイネスが忘却した記憶を再生する術式を使うことで直ぐに片付いた。
更に間桐雁夜の会社にも電話を使い可能な限りの情報を絞り出した。
「で、結果はどうだったの?」
逸る気持ちを抑えられず、ソラウは訊ねた。
「……間桐雁夜は多分、遠坂時臣を逆恨みしている。バーサーカーのマスターであることもほぼ間違いない。でも重要なのはここから。間桐雁夜が聖杯を求めた理由だ」
「そんなことまで分かったの?」
「推測だけどね」
ランサーは自分の仮説を証明する為に、いくつかの事実を並べる。
間桐雁夜がある女に恋心を抱いていたということ、その恋は実ることはなく女は別の男――遠坂時臣と結ばれたということ。
間桐雁夜の出奔、遠坂家に生まれた二人の女児、一族に伝わる魔術刻印を受け継ぐ子供は一人きりという変えられない因習、そして間桐の家には雁夜以外に魔術の素養を持つ子供がおらず遠坂の次女を引き取ったという事実。
間桐雁夜が冬木を離れてからも女と娘と頻繁に会っていたという物証――彼女達と映った写真を会社の元同僚が目撃していた事実。
間桐雁夜が辞職した時期が一年前、次女の桜が養子に出された時期が一年前と重ねっていること。
「ってことを考えると、間桐雁夜が聖杯を求める目的はこの次女に由来するんじゃないかと思うんだ」
ソラウはまるで納得していないような顔をしていた。
魔術刻印を継げない子供を別の家へ養子に出すことはごく当たり前であり、寧ろ凡俗の身に堕する運命からの救済といえる。
それなのに何故、それを阻むようなことをするのか。
ソラウには分からなかった。
尤も、ランサーにとってしてみればソラウのこの反応は想定内だった。というのも、ケイネスにこの推察を話した時も同じような反応をしたからだ。
「お綺麗な生まれにしてみれば理解し難いことだろう。でも相手はそのお綺麗な環境を嫌った人間、そういうのは得てして凡人だよ」
「そういうものなの?」
「小市民のボクが言うんだ。間違いない」
ソラウとケイネスは喉に引っ掛かるものを感じた。
確かにランサーの出自は王侯貴族所か、武人の家柄ですらない為、小市民という表現は間違いではない。
間違いではないが、何故か釈然としないものを覚える。
「……ゴホン。まぁ、あれだ。そういう凡人ってのはね、“命を賭してまで成し遂げるべきことなんてない”なんつー理論で生きているもんなんだよ。それでいけば、愛した女の娘に魔術の修行なんてさせんという発想は充分あり得るよ」
批判的な視線に耐え兼ねたのか、ランサーは咳払いをした。
「待て。確かお前、“その裏にはもっとドス黒い下心みたいなモンがあるんだろうけど”だとか、言っていなかったか?」
「それは……まぁでもそれで作戦の内容が変わるわけでもないし、わざわざ晒すこともないっつーか」
ソラウはそこで傍と気が付く。
「そうよ、結局、“作戦”って一体何のよ」
肝心の“作戦内容”にランサーが全く触れていないことに。
そう問われた瞬間、ランサーの顔から笑顔が消え、双眸に絶対零度の輝きが宿る。
「バーサーカー陣営との同盟……しかも此方が絶対的優位に立てる同盟を組む」
これまた、凛冽な声色でランサーは告げる。
続く具体的な内容は、ソラウにとっても、事前に輪郭を把握していたケイネスにとっても驚くべきものであった。
Q.ランサーって文系、理系、体育会系だったらどれですか?
A.やたら元気で体が頑丈な数字に強い文系
Q.特技がやたら多いランサーですが他に特技はありますか?
A.フラッシュ暗算。数学。あと記憶力が強い。
Q.ランサーが出来ないことって?
A.敬語を使うこと。罵倒したいと思った相手に罵倒するのを我慢すること。