寒い。
肌で感じられる熱など最早皆無。寧ろ、僅かな熱を逃がさぬように、我々は厚着を身に纏うのだから。
1月。季節は冬。天気は若干の雪。ここでの暮らしは2年程になるが、福山で雪が降るのはとても珍しい。せいぜい年に1、2回といったところだろう。
それ故か、行き交う人々は皆、空を眺め雪を視界に焼き付ける。
吐く息は白く薄く弱く。まるで、この空の雲のように消えそうで、曖昧なのにはっきりとしている。
「寒い」
だが、東北出身の私から言わせてみれば、これはまだ可愛い方なのだ。あそこの冬は人が住む場所じゃない。考えられる?雪で人が死ぬんだから。冗談抜きで笑えない。
「・・・・・。」
周囲に響く工事音。聞き慣れた音。一日中鳴り響くそれは、違和感という概念を完全に超越した。
近年開発が進み現在も尚続いている駅周辺。なんでも、市が福山市のシンボルとして、大開発プロジェクトを進めているようだ。―――うん。こう言っちゃなんだけど、やる意味無いよね。栄えるのは数年。盛者必衰。すぐに廃れるのは、目に見えているのだから。
「痛・・・っ」
あぁ、いつもの頭痛。慣れてはいるのだが、突拍子もなく訪れるこれは、いわば通り魔のような物。私にとっては、立派な邪魔者に他ならない。事実、これと連結する
思い返すのも億劫だ。とても不快な気分になるから、普段は考える事すらない。
新年、真新しい事でも起きるわけじゃなし。まぁ、今年も同人活動に勤しむのが無難であろう。
「・・・痛い」
頭痛が続く。ダメだ。今日は特別キツい日だ。普段ならすぐに収まるのだが、たまに今のような長い波が来る。その度に思い出す。この痛みに似た凌辱を。あの夜から始まり、あの夜に終わった痛みを。
「あのー」
突然の声に驚いた。背後なので確認してみないとわからないが、明らかに私を呼び止める声だった。顔を確認するために後ろを振り向く。
「なんですか?」
「あ、すみません。急に呼び止めちゃって」
見た目、私と同い年くらいだろうか。同年代の女の子が声をかけてきた。学生かな。
髪の毛が長く明るく特徴的、それをポニーテールよろしく後ろで結び込む。
飾りの無い服装と髪型で、愛嬌のある顔つきがより印象的だ。
その手には見知った柄の財布が―――
「この財布、落としたの見ちゃったから」
私の財布に間違いなかった。先月、自身の貯金で買ったばかりの財布だ。見間違いようがない、私が選んで買ったのだから。あまり風貌がよろしくないので、人には見られたくないような物なのだが・・・。
そんな物を落としてしまった私に、深々たる怒りと、
これを拾ってくれた彼女に、心からの感謝を。
「ありがとう、ございます・・・」
人に親切にされるのは慣れていない。人の好意という物も、私には無縁だった。
だから、こういう時、どんな反応をすればいいのか・・・―――少し迷ったが、お礼の気持ちを伝えるのが当然だと思った。
「うん。次からは落とさないように気を付けてね。大事にしてるみたいだから、やっぱり気を付けた方がいいよ」
うーん。大事にしているか、そうでないかと問われれば否定は出来ない。けど、残念ながらそこまで思い入れは無い。ただ、好きな作品のキャラクターをモデルに作られた財布と言うだけ。まぁ、こんな物を好んで買ってるのだから、大事にしていると言われればそこは否定出来ない。
「はい・・・、ありがとうございました・・・」
お辞儀をした後、頭痛が治まってくるのを理解出来た。よかった。暫くは来ないことを祈っておこう。
そして、彼女もニコリと笑って私を後にする。近くで待たせていた付き添いの女性の下に駆けていく。あれ、派手な髪色だなぁ。コートも橙色で凄く目立つ。煙草も吸っているし、あまりいい印象は持てない。そして付き添いの女性は待たされた事に不満なのか、彼女の頭をわしゃわしゃとする。その後、急ぐようにこの場を去っていった。
「変な人達だったなぁ・・・」
失礼な発言なのだろうが正直な感想だ。お人好し地味目な少女に、派手目な赤髪の美女。うん。なんか絵になるような、全く場違いな珍人コンビのような。
どちらにせよ、財布を拾ってくれた彼女には本気で感謝している。
だが、正直驚いている自分がいるのも確かだ。過去、私は周囲の人間に助けを求め続けた。だが、決まって彼らは皆、私の乞う助けを無視し続けた。そして、私の人格が形成された。
“他人は、他人を助けない”
人間と言う生き物は自己に正直な生物だ。自身の理想、自身の可愛さ、自身の欲望の為に、他人を蹴落とし他人を虐げ他人を阻む。
他人の助けなどに耳を貸さない。そんな物にいちいち気を取られていては、自身の理想から遠のくだけなのだから。
故に、自身にメリットのない行為は何一つ容認しない。あぁ、ボランティア?そんな物はただの偽善だ。上の存在が下の存在に対して抱く慈悲のような物。上の存在が、上の存在としての愉悦感に浸りたいが故の偽善行為に他ならない。
正義感もそうだ、それは自己から生まれた渇望。正義という概念を自己として有りたいがための善行なのだ。そんなものは、正義感という名を借りた快悦に過ぎない。
これは、私の屁理屈に過ぎぬのだが、間違っているとは塵ほどにも思っていない。
事実。私の周りの人間はそうだった。助けを求めても耳を貸さず。いくら目の前で甚振られていようと、平気な顔で立ち去る。
唯一の不幸があったとすれば、私の周りには正義を快悦する者が居なかったと言う事ぐらいだ。後は、生まれてきた事が、不幸だったのかもしれないな。
「―――帰ろう」
冬休みだから、暇なので散歩でもしようと思っていたのだが、嫌な過去を思い出したせいか気分が悪くなった。ほら、やはり私には過去を省みるなんて事は似合っていないんだ。異端は異端らしく、先を眺めるのが性にあっている。
『そんなのはダメだ―――!!』
頭の中で響いた閃光の声。何がいけないのかよくわからないが、また、
色々語ったが、注釈して簡単に説明すると、
―――私には、“未来”が判るのだ。