鬼子 未来吟詠   作:なんばノア

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悪魔。

その概念は宗教に根ざした超越的存在のこと言う。または、悪しき超自然的現象なども然り。

仏教では仏道を邪とする存在、詰まるところ“煩悩”をそう呼んでいたりもする。

キリスト教では、神を誹謗中傷し、人々を惑わす存在として扱われている。西洋文化で生まれてきた悪霊の類を、日本語で我々は一般としてこれらを悪魔と呼んできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

1/ (未来吟詠)

 

 

「悪魔憑き、ねぇ・・・」

 

突然、口を開いたのは担任である蒼崎橙子だ。自室同然のように扱っているここは一応学校の1室。美術準備室だ。自室の如く扱うのもどうかと思うが、それを上回る非常識さがこの人。あろう事か、学校の一室を魔術の工房同然に仕上げているのである。

本棚に並ぶのは、凡そ学校の授業とは無縁の品々。人避けの結界を部屋に張っており、一般生徒や職員の立ち入りを無くしている。

そんな用意周到で完璧な彼女が、ため息混じりにひ弱な声で呟いた。

 

「何なんですか?それ」

 

「いや。ちょっとした知人からの知らせなんだけどねぇ。関東にある“支倉市”って知ってる?」

 

「えぇ。たしかC県の・・・」

 

あまりにも遠い場所なので、それくらいしかわからない。ただ、ニュース等で聞き覚えのあった町だ。そこが一体どうしたのか、少し疑問に思う。

 

「そう。そこでね、ちょっとした殺人事件が起きたみたいなんだけど・・・―――これがどうにも不可解でね。その知人から、私の下に調査の依頼が来たって事よ」

 

出た。この人の顔の広さ。ブラハムが言ってた通り、凄い魔術師なんだろうけど、流石にこの顔の広さには驚きを隠せない。

この間の件もそうだ。

 

「まぁ、遠いし。金にならないから引き受けないけどねー」

 

そう。橙子さんは凄い魔術師なのにお金は無いのだ。だから、何かとそう言った金銭的に苦しい場面も見て取れる。関東までの交通費と、無料(ただ)同然の報酬とでは割に合わないという事くらい、私にもわかる。

 

「それとさっき言ってた悪魔憑きってなんの関係があるんですか?」

 

「ん?あぁ。強盗殺人事件なんだがね、被害者は3人。内1人は死亡、内2人は重症。死亡したのは強盗被害に遭った店の店員。重症として入院中の客2人の口から語られたのが、そいつは悪魔憑き。犯人はA異常症患者(、、、、、、)だったと言うことだ」

 

「―――A異常症?」

 

全く1度も聞いたことの無い単語が読まれた。

A異常症なんて病気あったかな?

橙子さんは眼鏡を外し淡々と喋り出した。

 

「そうか・・・、この辺りのニュースでは報道されていないのか。関東(あっち)ではそれなりに有名な病名として人々に認知されているがね。

正式な名称を“A(アゴニスト)異常症”。精神病の一種だ。人間の精神を狂わせ、肉体を変貌させる。まさに、悪魔の所業としか思えない症状。それ故に、通称として彼らはこうも呼ばれている。“悪魔憑き”、とね。彼らの症状は実に奇怪だよ。考えられる?腕が普通の人より多かったり、目が多かったり。様々な症状があるけど、彼らは皆人間。いや、人間だったが正しいか?人と言う枠組みから外れた人間。それが彼ら、悪魔憑きだよ」

 

「悪魔憑き・・・」

 

そんな病気があって良いのか。そんな現象をもはや病気と言って済ませても良いのか。甚だ疑問だが、病気という以上治せるのは絶対だろう。どんな病気であろうと、治療法さえ見つかれば治せる筈なのだから。

 

「その病気って治らないんですか?なんか、悪魔って呼ばれるのは嫌じゃないですか。人間」

 

「残念だが、原因不明で治療も不可能だ」

 

「な―――」

 

あまりにも残酷な現実に思わず絶句する。

当然だろう。その病気にかかってしまえば治らないと言われたんだ。原因不明とは発病の原因がわからないという事だ。言ってしまえば、予防策も無いのに発病したならば治らないという事だろう。

 

「治療法がまだ見つかってないんですか?」

 

「いや、治療法なんて物は無意味なのさ。悪魔憑きって言うのも一概に、一括りには出来ないのさ。彼らは本質が違うから、患部も新部もバラバラ。患者Aの治療法と患者Bの治療法は違う。症状が同種でもその本質が違うなら、同じ治療法を実践しても治るはずがない。言うなれば、患者1人1人にそれぞれが適した治療法を、新たに開発していかなきゃならないんだよ」

 

「・・・」

 

声すら出なかった。もしも、自身や知人がそのような病気にかかったりしたらと考えると、ゾッとする。

 

「心配しなくても、君は感染しないぞ」

 

「―――え、どうしてですか?」

 

「A異常症の感染者は何故か、関東や近畿、東北以外では発見されていない。関西より西の地方では未だその症状を発病した人間が居ないのさ。だから、君は安心していい。今のところは(、、、、、、)

 

最後の一言が気にかかったが、まぁ、橙子さんが言うなら安心できるのも確かだ。

そうならないように、是非祈っておこう。

 

「失礼しまーす」

 

横開きのドアを開け、1人の男が入ってきた。

人避けの結界が機能している中、いに介さず入ってくる人間とは、そういう事だ。

 

「なんだ、西谷か」

 

西谷 翔。同じクラスの男子生徒。そして、現在は魔術使い並びに八咫の憑依体として、現在、蒼崎橙子が身柄を守ると言うのを名目に、彼の監視を行っている。

 

「いい加減、あの家を私に譲る気になったか?」

 

あの家とは、丘台の1等地に佇む洋館の事だ。

 

「なるわけ無いっすよ。それより、明日から冬休みだけど、俺ずっとあの家に居るんで。何かあったら来てくださいね」

 

「お前、それが人に物を頼む態度か?用事なら電話で済むだろうに」

 

「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ。じゃあ、電話で済まない用事なら使い魔ください。あ、別にご自分で来られるのも構いませんけど」

 

そう言い残し、彼はドアを開け出ていってしまった。橙子さんは、明らかに不機嫌な様子だ。

 

「くそ。アイツには年末世話になった恩もある。これ以上は何も言えんな」

 

これ以上って、色々言いたい放題してたような気もするが、まぁ、黙っておくのが吉だろう。

 

「いい加減あの家は諦めたらどうですか?お金も無いんですし」

 

「こんな狭い工房じゃ何も出来ないよ。アソコなら充分なんだけどね。年末のアレの足止めで、勝手に仕掛けてた術式とかで派手に内装を壊しちゃって、西谷に怒られたんだよ。全く、器が小さいねぇ。アイツは」

 

それは明らかに橙子さんに非があるだろう・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

数時間前。

終業式の長い話の中、瀬尾 珠花(せお たまか)は憂鬱混じりに考え事をしていた。

 

昨日の晩ご飯は何だったか。昨日の番組は面白かったな。果ては、去年の冬休みって何してたかな。とか、過去を省みてはため息をこぼす。

 

退屈な日常。もしも、過去と言うやつに縋ることができるなら、私は過去に戻りたい。戻って、何もかもやり直したい。

でも、はたして過去に、私の居場所はあるだろうか?少なくとも、幼少の私に私の居場所は無かった。なら、私が私である以上、過去に戻っても居場所などは無いのだ。

 

しかし、未来なんてものはもっと嫌いだ。

「未来は不確定。わからないからこそ、人はそれに縋り夢を見る」、などと現国の先生が言っていたが、私の場合、未来こそ最もつまらない物に他ならないのだ。

 

未来なんて少し考えればわかるのに。過去は、どれだけ縋っても追いつけない。結局の所、私は前にも後ろにもうんざりしていた。

退屈に過ぎていく毎日。過去に知った結果(それ)を通り過ぎてく私。

 

「―――ぇ、・・・――ねぇ、瀬尾?聞いてる?」

 

突如私を呼ぶ声に、反応が遅れた。

 

「あ、―――ごめん。聞いてなかった・・・」

 

同じクラスの女の子。チヒロちゃんの声に気付かず、考え事ばかりに身が入っていた。

 

「もおー、何をボーっとしてんだよー。さっきからずっと1人で喋ってて恥ずかしかったじゃんかー!」

 

チヒロちゃんは少しだけふてくされて、私の両頬をつねっては弄くり回す。

 

「痛い痛い、ごめんへば。私が悪かったえふ」

 

すると満足したかのように笑顔になってつねるのをやめる。

 

「うんうん、わかればよろしい。瀬尾の素直さだけは、私も尊敬してるんだから」

 

うーん。素直さなんて、尊敬されても別に嬉しく無いような・・・。

あ、そうだ。確認がてら、現状の進行を聞いておこう。

 

「そういえばチヒロちゃん、活動の方は上手く行ってるの?―――ほら、チヒロちゃんが書いてくれないと私も描けないし・・・」

 

「お、聞くかー?昨日辺りからヤバいよ?アイディア閃きすぎて脳みそパンクしそうなくらいだぜ!あ、勿論期限までに出来上がるぜ?私が時間取って瀬尾が絵を描けなかったらマズイからね」

 

うん。そう言ってくれるのはありがたい。けどね、チヒロちゃんは間に合わない。これはもう決まってる事だから。

基本、この子の自信は意味なく湧き出てくるもので、根拠もなく得意げに宣言してみせるのだ。

気になって一応昨日()てみたけど、やっぱり予想通り。チヒロちゃんの作業は終盤に差し掛かる所で行き詰まってしまうのだ。

このやり取りも実に3日ぶり。あれは寝る間際、私が作業の合間に見た夢。この未来(えいぞう)は、一度見ている。そして、その先の未来も、予めわかっているのだ。

 

「うん。期待せずに待ってるね」

 

「いやいや、そこは期待しろよ!」

 

 

 

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