私には未来がわかる。
いや、比喩でも何でもなく、事実。
私には
「先なんて物は考えれば誰でもわかる」
その通りだ。未来には無限の可能性が秘められている。だから、様々な予測、考えが反映される。故に、考えれば誰にでも未来はわかる。だって、無限の可能性が渦巻く中、的確な未来を予見する生命体など居ないのだから。
これは
故に、こんな所業を可能とする生物は、もはや人間ではない。悪魔―――
とある数学者が、この超越的存在に名前をつけたという。
Laplace's demon.
ラプラスの悪魔―――と、
□
「寒いねー」
「寒いのになんでこんな所へ来てるんですか」
「そりゃあ君、年末年始の戦争だよ」
そう、現在我々は戦争の帰路。それも敗戦。
「いやいや。
1月4日、年明け。午後1時過ぎ。
各スーパー、雑貨屋等の年末年始バーゲンセールも今日まで。とくれば当然、最終日の最後の最後の恩恵にあずかろうとするのは当然だ。
そう考え、駅前の商業施設を渡り歩くこと2分、あまりにも悲惨な現実を思い知った。
予想していた特売品はその在庫を切らし、もはや家電製品くらいしか割引商品が残っていないではないか。
うん、家電製品か。要らないな。
即決出来る。古くなっていたオーブンレンジも、先月のテオさんの一件で買い換えたからだ。
結局、買えたのはパスタ2袋とトイレットペーパー、それと冷凍食品を少しだった。
そして、別の店へと移動している最中。見知った人物と出くわしたのだった。
蒼崎橙子。見ると、手には空のエコバッグ。眼鏡を掛けている状態ですら、容易に伺い知れる程の明らかに不機嫌な表情。眉間にシワを寄せ、唇を尖らせてコートのポケットに片方だけ手を突っ込んでいる。
そして私を見るなりその風貌から状況を察し、ヘラヘラと笑い出したではないか。
あの、すみません。ご自身の状況をご存知でしょうか。私以上の大惨敗ぶりですよ・・・橙子さん。
「去年はもう少しだけマシでしたよ。多分今年だけなんで、安心して下さい」
「そうね。この街の人間は、みんな図太いわ。
三吉、奈良津、南陽台の
あぁ・・・、アレか。
半月ほど前。この福山市に、とある怪物が通りかかった。
そう、それはただ通りかかっただけ。通りがかりに、人間を数百人■■して行った怪物。
被害地区は三吉、奈良津、南陽台の3つ。特に三吉の被害は甚大で、町の住人の7割は
これは世間に公表されてはいないが、その被害現場はまさに地獄そのもの。一面の血の海に人間の四肢。まるで、
この謎の集団失踪事件は教会によってなんとか隠蔽されたが、橙子さんが仕掛けていた術式の起動により、南陽台の住宅は酷い有様。
特に、彼女の家の内装などはもはや跡形もない。派手に破壊されており、西谷も凄く怒っていた。
私はその怪物を見たことすら無いのだが、ブラハムはその正体を知っているようだった。
なんでも、何処かの皇帝のような名前だった。―――まぁ、もう関係の無い事だろう。
「―――いや、それはこの街の人間だけに言えることでは無いな」
「え?」
気が付けば、橙子さんの眼鏡が外れていた。
「人間の本質だよ。わかりやすく言えば、性根のような物だ。彼らはあの事件を忘れた訳でも乗り越えた訳でもない。彼らはあの事件にね、
「―――な、」
それは有り得ないだろう。だって、人があんなに消えているんだ。その現象に恐怖するのは当然の原理。人間は、そこまで不感症な生き物では無いだろう。
「有り得ない、と言った顔だね。それでは言い方を変えよう。人間というのはね、他と言うものに無頓着な生物だ。
他人の結果などどうでもいい、自身の結果さえ判ればどうでもいい。判るかい?人間はね、同時に違う事柄を思考出来ないのさ。同時に異なる事を考えられない。それは、思考を単一とするに同意義だ。二つの事を同時に考えられない。つまり、思考すべき事柄に優先順位をつけなければならない。そして、その第一優先になるのは間違いなく自己だろうね」
「でも、同時にたくさんの事を考えられる人だっています。聖徳太子がそうだったとかなんとか・・・」
「聖徳太子ぃ?そもそも存在自体が不確証ではないか。―――でもまぁ、確かに例外はいる。アトラスの錬金術師なんかがそうだ。だがね、彼らの最優先事項は魔術の研究成果のソレなんだ。自身の研究の成果、故に自己のための思考回路」
アトラス・・・なんか聞いたことのない単語だなぁ。錬金術って中世の魔術みたいなイメージだ。アレでしょ?石から金を作り出す、みたいな。そんな人達が聖徳太子と同じ事が出来るなんて、正直驚きだ。
「他人に気をかける時。それは、必ずどこかで自己が絡んでくる。君は学生だから、こう例えよう。Aさんのテストが気になる。それは何故だ?―――答えはね、自身の点数と比較したいからだ。
Aのテストが赤点だとして、君に哀れみは生まれるか?生まれないだろう。純粋に、勉強が足りなかったAが悪いのだから。そこに哀れみや同情を述べる
これは、人間の悪性でもある。
自己の為なら、他を犠牲に出来る。
自己を守るための強さと、他を貶めるが故の弱さ。強弱では矛盾関係だが、善と悪に捉えると、矛盾であり連結なんだよ」
「へぇ、つまりそれは人間の本質だから別に悪いことではないと・・・―――あっ」
橙子さんは1度話し始めると話が長い。魔術師とか、そっち方面の話がわかる人間ならわかるのだろうが、あいにく私は一般人。何の話かもさっぱりなのだ。
だから、話が長くなるとどうしても別の話題を探してしまうのだ。
そして見つけた。通行人の少女が財布を落とすのを。
「あ、おい香桜――」
「ちょっと行ってきます!」
橙子さんの制止を振り切り、落ちた財布を拾って持ち主の少女へと向かう。