今年は色んな所行き過ぎた…
舞鶴、佐世保、横須賀、呉…あれこれ日本四大鎮守府制覇してるやん
「はぁ……どこにいるんですかね。電探は未だノイズだらけで使えない……全く小賢しい手を使うなぁ」
吹雪や見張り妖精さんは双眼鏡を使いながら地平線をじーっと目を凝らして索敵を続けていた。
三平方の定理(ピタゴラスの定理)によれば地上から地平線までは4.6km前後あたりだろう。
「そっちも見えない?…まじかぁ」吹雪の身長よりも高い所にいる見張り妖精さんでも何も見つけられなかった。
「残り時間は30分……急がなきゃ」
主機の回転数を上げようとした矢先、向こうから矢のような鋭い殺気を直感的に感じた。
(んっ、何か来る)
すると、短い間隔で寸分狂いなく3発もの砲弾が襲いかかってきたことに心の中で感嘆した。
(おおッ♡)
吹雪は必要最小限の動きで3発すべてを舞うように回避した。
(あそこからということは、北北東辺りか)
飛んできた砲弾からおよその方向は分かった。
ーついに獲物を見つけた。
ーここまでけちょんけちょんにした輩は久しぶりだ。
ーあぁ、どう料理しようかなぁ。
ゾクゾクッと体を震わせ、狂乱の笑みを浮かべながら防風用眼鏡(防砲弾仕様)を装着し、エンジンブーストを使用する。スピードが上がる分向かって来る風は強くなるので必須だからだ。
すると排気口から黒煙がモクモクと上がりスピードが8%もアップし、横髪が後ろに靡いていく。
三回使用できるが180秒しか使えない制限持ちだ。乱用すると主機がイカれるからね仕方ない。
右、左と之字運動を繰り返しながら進んでいくと、また鋭い殺気を感知した。
(また来る 一発目は左足か )
右足を軸にし反時計回りで回転して躱した。
左足があった場所には勢いよく水柱が上がっていく。
回転を止めると、すぐ様次の砲弾が向かってくるのを捉えてた。
(素晴らしいッッ)
二発目、三発目も両足を狙ってきている。
「妖精さんたち、ちょっとごめんねぇ」吹雪は先に謝った。グッと足に力を込める。
『えっ、まさか…総員なにかにつか…』妖精さんが言い終わらないうちに吹雪は砲弾を避けるため前方宙返りをした。無論しっかりと足から着地し何事もなく進むが、艦内は阿鼻叫喚と化してた。
『うおおおおおぉぉ?!』
『世界が回った…??』
『あかん酔ってきた……』
『やばい新人が!!酔い止めと袋もってこーい!!』
『吹雪さん!もう少し早く言ってくださいよ!!』
「ごめんごめん。しかし思ったより厄介ですねあれ」
吹雪はこのようにアクロバティックな回避をすることが多々あるために、艦橋内等の配置は全員着席が基本となっており、それぞれの席には5点式シートベルトと緩衝器が備えられている。
ー今度は胴体ね
流石にアクロバティック回避術をするのは妖精さんにも悪い(というかこれもバカスカ乱用できない)ので右足を後ろに引き半身にして砲弾を回避していく。
「ふぅ…しっかし恐ろしい精度ね」
一つでも対応を誤ってしまえばいくら鍛えていても所詮駆逐艦の装甲では中破は確実。
まさに綱渡りの状態なので冷や汗をかきながらも集中力は途切れず、むしろ落ち着いており呼吸や周りの景色もモノクロでコマ送りのようにゆっくりとなっている。
吹雪はゾーンに突入した。眼からは白い電撃のような残像がバチバチッと走った。
「もっと楽しませてくれよ♡」
一方で護衛艦ふぶきの方はというと混乱と化していた。
「あたっ…てない?!ナンデ?!」ふぶきは思わずカタコトになってしまった。それほど衝撃は大きいものだった。それも当然、百発百中を誇る最新鋭のイタリア産主砲が本射でも当たらなかったのだから。
『座標は間違ってないだろ?!』
『間違ってない!なのに全弾外れるなんてありえねぇ……』
『試射で当たらないのはなんとか理解できるが本射すらとはどういうことだってばよ……』
『…機関室、主砲付近の異常は?』妖精さんは機関室と通信を試みた。計算が合っている前提だとすれば、疑われるのは砲がご機嫌斜めなのか。
『艦内状況表示盤にはなにも異常はありませんよ』
あっさりと否定され、CICでは不穏な空気が流れ始めた。
ならば、もう一度しっかり計算しなおせ、と発破をかけようとした矢先ヘリから通信が入った。
「こちら、ふぶき。なにかありましたか?」
『こちらマイヅル。信じられないかもしれんが……やつは砲撃を避けてるッ!』
何言ってんだオメーと全員が心の中でツッコんだ。しかしヘリから送られてきた映像を見せられるとぶったまげてしまった。
確かに彼女は砲撃をまるで踊るかのように避けまくっていたのだから。
そしてその映像はもちろん、ふぶきのコンタクトディスプレイにもはっきりと映された。
「ええぇ…そんなのありかよ」ありえない回避にドン引きの顔を浮かべた。
映像を見る限り反射神経、運動神経、動体視力はどのトップアスリートよりもはるか凌駕しているレベルだ。
モンスターと世界から絶賛されている最高傑作の日本人プロボクサー
神童と呼ばれている最強の若きキックボクサー
霊長類最強と歴史に名を残すレスリング選手
いずれも格闘技界のトップに立つ選手。
してあの動きができるのか?
否、もはやそれは漫画の世界である。
しかし彼女は漫画のようなこと平然とやってのけた。
(すごい……けれどね、身体能力が極めて優れようが所詮WW2の駆逐艦。現代の最新技術を詰め込んだ神の盾の有利は揺るがないのよ。それを今から嫌というほど教えてあげる)
「砲弾を赤外線誘導弾へと変更。戦艦らを狙ったときのように煙突部分を狙いましょう」
妖精さんたちに指示を出す。赤外線誘導なら絶対外れることはない。
『装填完了です。CIC指示の目標、025度、5マイル、目標吹雪型駆逐艦の煙突、撃ち方始め』
「撃ち方始め、発砲ッ!」
砲身が虎視眈々と上空を見上げ、テンポよく赤外線誘導弾を全弾撃ち尽くしていく。これで残りは通常弾と調整破片弾のみとなった。
(これで決める!!)
妖精さんも、ふぶきも強く願った。しかしその願いは無情にも届くことはなかった。
なぜならば…
赤外線誘導弾すら彼女は難なく避けたのだから
『だんちゃーく、いm……なっ、うそだろ?!全弾全て回避した模様!!』
『馬鹿な?!信じられん!!』
『なんなんすかあいつ?!』
赤外線誘導弾が外れた…その事実に艦内は落胆と怒号が響き渡る阿鼻叫喚と化していた。
「皆さん落ち着きなさい!」ふぶきは艦内放送でピシャリと制する。
それまで騒がしかった艦内がピタリと止んだ。
「認めましょう。正直WW2の駆逐艦だろうと私、いえ私たちは舐めていました……。しかし彼女は赤外線誘導弾すら避けて突破してきています。彼女はとてつもなく強いと。これより本艦は敬意を表し、全力で彼女を叩き潰します!!Z旗を上げ!!」
それまで意気消沈していた艦内のボルテージが一気に最高潮へと引き上げられた。
信号旗収納箱からZ旗が妖精さんによってシュルシュルと上に上げられていく。頂上までに達したときZ旗は優雅にバタバタと靡いていた。
かの日露戦争の日本海海戦において三笠のマストに【皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ、各員一層奮励努力セヨ】を意味を込めてZ旗を掲載したことは有名だろう。
『ふぶきさん!攻撃手段はどうされますか?』
「そうですね……」
(対艦ミサイルを使うにしてはもう距離が短すぎる……通常弾ではまた避けられる可能性大……ならば)
「調整破片弾と短魚雷を使いましょう」
『ええっ?!調整破片弾は対空用、短魚雷は対潜水艦用ですが……」
「だからこそ、虚をつけるかなと思って」
ヘリからの映像によれば彼女は最低限の動きで避けるそうだ。つまり砲弾と体との距離は短くなるということになる。
煙突部分から破片が入り込んで主機を一時的に使えなくすることや装甲が薄いところを狙って兵装や機動力を奪おうと考えた。
また、短魚雷は技術進歩のおかげで射程は20km近くまで延び、音響ホーミングのため追尾できるし、まさか魚雷が追いかけてくるとは思わないだろう。
体力は無限にあるわけではないのでいつか尽きる。本命は疲れたところに主砲による攻撃でとどめを刺すからだ。
私たち現代艦はアウトレンジ戦法が当たり前で近距離戦闘はそれ程重視していない。ただ米イージス艦を狙った自爆事件や某国の不審船事件を契機に重機関銃等を配備しているが、駆逐艦相手には付け焼き刃だろう。そうなると近接防御火器システム(CIWSとSeaRAM)による攻撃がはるかましである。CIWSは射程が短いという欠点はあるが発射レートが高く、20mmという口径とタングステン弾で装甲が薄いところに射撃すれば多少なりともダメージは与えられるだろう、と考えた。
一方、SeaRAMはというと対水上目標にも対応できるらしいが、そのような型はまだ海自には配備されていない。
「魚雷発射管は?」ふぶきは水雷長妖精に確認した。HOS-303短魚雷発射管は船体のステルス性を意識して従来の外部に剥き出しに置いてはおらず、内部に収容されてある。これはあきづき型を例に設計された。
『配置も終え既に旋回してありますが、まさか現代戦で雷撃戦をするなんて夢にも思わなかったですよ』
見ると扉が開いて発射管がコンニチハしている。
水雷長は短魚雷で攻撃をしましょう、とさらりと聞かされぶっ飛んだ発想をするやん、そんなんのできへんよ普通!と心の中でツッコんだ。
「まぁ対艦ミサイルなどの出現で雷撃戦は廃れてしまいましたが、いい経験にはなるでしょう」
『ぶっつけ本番ですが、ご期待には応えますよ』 ニヤリと微笑み、帽子を深くかぶり直した。
「砲雷長、調整破片弾への変更は?」
『こちらも既に変更終えました』
さすがの練度である。無茶な要請にも関わらず数分で態勢を整えた。
「よし、やりますか。左舷魚雷1番管、発射用意、発射っ」
バシュン、と圧縮空気によって打ち出された12式魚雷は水中に潜り36ノットで海中を散歩していった。昔の魚雷と違って航跡はできにくくなっているし、推進音も限りなく抑えられ、任意で魚雷の速度も変えられる。探知するのは限りなく難しいといえるだろう。
「頼んだわよ……!」
「ん~っ…??この推進音は聞いたことないし何より静かすぎるね。ソナー員どう?」1回目のエンジンブーストが切れた吹雪は得体の知れない音に気づき速度を落とした。
『推進音が小さく判別しにくいですが同じくこんな音は聞いたことないですね。我が艦隊の魚雷ではありませんね』
「だよね。そうなるとこれは、向こうが放った魚雷か」
吹雪はなぜ探知できたのだろうか。
ゾーンと呼ばれる極限の集中力に入ってる、というのもあるが常に鍛え、訓練し、栄養も摂り、近代化改修を行い、最前線で闘い、時には幾度も死の淵に陥るも数多の深海棲艦を屠ってきた彼女は必然的に成長を続けている。身体的な能力はもちろん、五感や経験はこの鎮守府の中でも断然トップを走っている。
そしてケッコンカッコカリと呼ばれる絆を結び司令官と愛を誓いあう儀式も行ったことでより強くなり、守護らなければならぬものができたのも一因である。
昔霧の艦隊のタカオが愛は沈まない!という名言はケッコンカッコカリして初めて分かった。
愛という力はスゴイ。どんな苦境でも肉体を、精神を奮わせてくれる最大級の魔法だ。
さて、吹雪は推進音の違和感だけでなく、もう一つの違和感を感じていた。
(なぜ一本だけ?)
基本的魚雷はまっすぐにしか進まない。そのため敵艦に雷撃戦を仕掛けるときは当たる確率を少しでも上げるため扇状に複数本撃つのがセオリーである。
(魚雷は陽動?それか絶対に当たる確信がある?それとも私が回避するのを見越した上で後ろの味方を狙った攻撃?どちらにしても厄介ね。)
特に3つ目の懸念は無線がECM攻撃によりいまだ使えず、これでは味方に警戒を呼びかけられない。
魚雷といえばかの大戦で伊19が放った魚雷が米空母ワスプに命中しただけでなく、外れた魚雷が10キロ先まで散歩してしまい別動隊の米戦艦と米駆逐艦に命中した事例があるためだ。
そうなるとやることは一つ、主砲や対空機銃、爆雷を駆使して魚雷を撃破するしかないが弾が当たって命中を阻止した例は限りなく少ないが、やらないよりはましだ。
主砲、対空機銃はすでに臨戦態勢を整えており、見張り員の数も増やしたので急いで爆雷を準備していく。
慌ただしく妖精さんたちが爆雷の信管をセットしていたら突如忌々しい音が強烈に聞こえてきた。
「ッッ?!魚雷からアクティブが?!」
まだ予定数の爆雷信管をセットしてないが回避が優先だ。作業している妖精さんに作業中止及び艦内に避難することを命令すると、妖精さんらは電光石火で艦内へと避難を終えた。
(しかも音がどんどん大きくなってるし、なにより雷速が速く航跡もこちらからは殆ど見えないッッ)
「見張り員ッ!雷跡は見える?!」
『こちらからも見えません!!』見張り員も魚雷がいるであろう場所へ必死に目を凝らすが、見つけられなかった。
(雷跡が見えないということは、酸素魚雷よりも優れた燃料を使っているか、深めに潜っているか。後者なら海中に向けて撃っても無駄かッッ……)
ならば残る選択肢は1つ、後ろの味方に当たる危険性があるが回避する他ない。幸いブーストは残り2回なのでしばらくは逃げられるだろう。
吹雪はここまでわずか数秒ほどで分析し、次とるべき行動を選択したがそうしている間にも魚雷は甲高く耳障りな音を放ちながら刻々と接近しているため、体重を右足にかけ面舵で回避していく。
航跡が美しく弧を引いている中魚雷がいるであろう方向を振り向くと、吹雪が元々いた場所を通りすぎていった。
(さぁ、どっちに行く?)
すると魚雷は後方の味方に行くことなく進路を自分の方向に向けて追いかけてきた。
「ちっ、そうくるかぁ!上等ッ!!」再度ブーストを駆使して機関を目いっぱいぶん回し、左へ右へと之字運動回避で魚雷を躱そうと試みるがストーカーの如しぴったりとついていてきている。
(ブースト焚いても振り切れないのか)
内心悪態をつきながらも時間を確認すると稼働時間は残り僅かしかない。このままでは追いつかれ被雷してしまうのは確実である。
この時点で吹雪が考えた方法はー
アクロバティック回避術、もしくは海面を蹴り走って突撃するか。
しかしどちらも著しく体力を消耗してしまうのが欠点である。
なら爆雷による撃破はどうか。
魚雷に当たれば撃破は可能だろうが確率は非常に低い。
(仕方ない、やれだけやってみよう)
信管をセットできた爆雷は全部で4つ。まず2つは投射機にセットし残り2つは手で持つことにした。
いったい彼女は何をしようとするのだろうか。
唐突ですがここで問題
人類が動物より優れている点とは?
直立二足歩行、一定のスピードで42km以上走る持久力、脳の発達等々…。
なるほど、どれも正解だろう。
しかし、物を投げるという力では圧倒的に優れているともいえる。
…チンパンジーやゴリラなどは手を使って投げれるだって?
確かに彼らは投げる動作ならできる…が、野球選手のように160km/hで正確に投げ、槍を90mも遠くに投げたりすることはできるだろうか?
槍といえば、旧石器時代では石槍を用いた狩猟が発達していき、突くだけでなく投槍することで獲物の攻撃圏内から一方的に狩ることができた。一説によればマンモスは高度に発達していった狩猟の殺りすぎで絶滅してしまった仮説もある。
話を戻すと、手に取った爆雷2つは投げるようだ。
爆雷を投げるという動作は艦娘という人型ならではのアドバンテージでもある。中にはアンダースローのように投下する子や、挙句にはGKのように爆雷を蹴る子もいたりする。もはやなんでもありの状態であるが、投射機や発射管が使えなくなることも十分に考えられるのでむしろ推奨しているところもある(もちろん我が鎮守府は推奨している)。
「よし、そろそろね」
吹雪はググっと前かがみになり少しでもスピードを上げていく。そしてブーストが切れた瞬間、海面を蹴ったことによって水柱ができたかと思うと腕を前に振りさらに推進力を得ていく。脚を下に踏み込み海面の反発力を利用しながら回転数も上げていく。
世界記録を更新した世界最速男のような高身長ではないため大きくスライドするのは限界があったため、必然的に脚の回転数を上げていく他なかった。
しかし、ブーストで得たスピードの慣性+太ももを大きく上げられる股関節の柔軟性+強靭な脚力から繰り広げられる踏み込み+脚の回転数によってピッタリと付いてくる魚雷を振り切ろうとしていた。
そして十分離れたところでゴロンゴロンと後ろから爆雷を二つ落としていく。沈む速度はあまり速くないため離れないと巻き込まれる恐れがあるため、このように走りながら落としていく作戦にした。
設定された深度ー今回は5mと8mまで自沈した爆雷は信管が作動し水中で爆破してゆく。バブルパルス現象により水柱が大きく2つもあがるも、タイミングが悪かったのか魚雷はそのまま一直線に追いかけてきている。
「ちいっ」
舌打ちしつつも海面を左右に駆けていくが、心臓の鼓動は早くなり肺も焼け付くように熱い。足は鉛のように重くなっていく。
体力も限界に近づいてきているがさらに悪い知らせが妖精さんによって届けられた。
『前方から新たな音が2つッ!!』
「やっぱりそうだろうと思ったッッ」悪態をつきながらもどこか楽しそうに笑みを浮かべる。
(このままでは私の体力が先に尽きてしまう。恐らく向こうはそれが狙いでしょう。動けなくなったところを主砲でズドン、とかね)
その考察は当たっていた。実際ふぶきの主砲は寸分狂いもなくずっと見つめていたのだから。
「さて、一か八か賭けますかね」
まず前方から向かってくる魚雷に対して爆雷を思いっきり遠くに投げた。
美しい弧を描きながら着水した爆雷はゆっくりと沈んでいき、重ならず左右に水柱を作った。
タイミングがよかったのか、それとも偶然かは定かではないが2つの魚雷はバブルパルスによって航路が乱れた。
が、相手は未来の最新鋭の魚雷。所々へこんでしまっているところもあるが見事に立て直し再度獲物に猛進していく。
「立て直しやがったとは、面白いっ」すでに魚雷との距離は50m…40mまで迫っているが、慌てなかった。
ソナーから魚雷の速度は私たち吹雪型と同じくらいと判明していた。秒速に直せば約18m/sにもなる。つまり残り40mとなると対応時間は2~3秒前後という大変短い時間になるが、吹雪にとっては景色がコマ送りのように感じられた。
魚雷を引き付けると、ラグビーのような華麗なステップで前後三本の魚雷を躱す。これも船ではできない艦娘ならでは動きだ。
突如獲物を見失った魚雷はウロウロと迷走しかけるもアクティブによってまたも捉え、今度こそ逃がさないと最大速度である40ノットまで上げる。
(なっ、速度が上がった?!今までのは全力ではなかったのか……)
エンジンブーストのインターバルはあと30秒。2つの事実に愕然とするもゾーンの力を振り絞り、魚雷との逃走を繰り広げようとするも島風並みの速度で追いかけてくるのだからじりじりと距離が縮まってゆくため、逃げ切れないと判断した吹雪は次の一手を繰り出す。
(バク宙で回避しよう。ただ脚は限界が近づいているから一発が限度かな)
両ひざをぐっと曲げ力をこめようとした矢先、右横から殺気を感じた。横目でちらりと見ると、1つの砲弾がこちらに向かってきていた。
(狙いは頭か。ならこのままバク宙すれば問題ないッ)魚雷と砲弾の距離を見極め、トンっと軽く海面を蹴り上に高く飛び、脚を曲げ抱え込んで後ろに回る…まではよかった。
そこから吹雪の意識は一瞬ぷっつりと落ちた。
わずか数秒間で意識を復活できたものの、景色はグニャグニャ溶け、背中や脚あたりは激痛が走っていた。
状況分析しようとするもバク宙で回避した三本の魚雷がいつの間にか目と鼻の先まで近づいており思考する隙すら与えない。
回避のため立ち上がろうとするも力が抜けたようにガクリと崩れ落ちる。が、吹雪はこれを好機ととらえた。
液体をイメージして脱力し、そのまま重力に身を任せ体がドロリと落ちる。
落ちた加速を踵で踏みこみ、その反動で最速のダッシュを得た。
1秒後、吹雪がいた場所は3本の爆音を響かせる水柱が立っていた。
あと0.5秒ほど回避が遅ければ巻き込まれていただろう。
「あっぶな…ってまた来るっ?!」
正面には2発の砲弾が迫ってきている。
(間隔は狭いけど大丈夫、これも十分避けれる)
スピードを維持したまま身を沈め砲弾を下に通り抜けようとしたが、叶わなかった。
突如砲弾が頭上で爆破し、金属の高速シャワーが降り注いだのだから。
「がっ…?!」
激痛が襲い思わず顔をしかめる。とっさに主砲を盾にし頭部の致命傷は避けられたものの、3発も食らったため背負っている機関は穴だらけで所々煙を吹いており、背中や腕は血まみれでポタポタと海面に滴っていた。
(1発目のあれもそういうことだったのか…三式弾のようなもので対駆逐艦に使うという発想は素晴らしいね)
いつも通りギリギリまで砲弾を引き付けて最低限の動きで回避することにこだわっていたため、無数の金属シャワーを回避できず結果として中破まで追い込まれてしまった。恐らくあと数回浴びてしまえば大破判定だろう。
そうこうしているうちにまた砲弾が襲い掛かる。
最低限の回避はダメ、かといって最大限の回避をする体力やゾーンは切れてしまい回復までは時間がかかる。
残る選択肢は砲弾を撃ち落とすか、主砲を盾にして耐えて前進するか。
吹雪がとった行動はー前者。
もはや計算もクソもない。砲弾には砲弾をぶつけるしかない。
「上手くいってください…撃ち方はじめっ!」無駄のない動きで10cm連装高角砲を構え目視で狙いを定め、迷いなくトリガーを引いた。反動で体が僅かに後ろにそれるのを利用してさらに後ろに下がった。爆風などによる損害を少しでも少なくするためだ。
放たれた砲弾は真っすぐと狂いなく護衛艦ふぶきが放った砲弾へと向かい、直後爆炎を咲かせた。
「やった…!」初っ端からうまくいくとは思わなかったが結果オーライだ。小さくガッツポーズするも、すぐさま気を引き締めて警戒する。
が、数十秒経過しても殺気は感じられず、風の音とパチパチと船体が焼ける音や焦げた匂いが辺りを包み込んだ。
(止んだ理由は分からないけど、今なら距離を詰めるチャンス!)
体力面ではだいぶ回復できたものの、機関はしばらく使えそうにないためマラソンのように海面を駆ける他なかった。
彼女は倒れても何度も何度も立ち上がる。それはまさしく執念の塊であり、味方も吹雪の背中を追うように士気があがる。まさしく“軍神”、“ミセスウォーズ”。
そして、勝てると思っていた深海棲艦や演習相手である艦娘は驚愕、畏怖、恐れ、絶望し、精神を容赦なくへし折り、実力で屈服させる。
また、吹雪の武勇伝をほんの一例紹介すると
ー演習で単艦だったため、戦艦置いたし大丈夫だろうと突撃させたら撃退された。
ー吹雪に集中攻撃させたのにやけに静かだと再度探索してみたら、深海棲艦の遺体や艦載機の残骸があちこちに散らばっていた。
ー来るぞと叫んだ演習艦隊のうちの一人が、次の瞬間後ろに吹雪が現れ、主砲や魚雷を使わず恐ろしく速い手刀によっていつの間にか倒れていた。
ー「そんな駆逐艦いるわけがない(笑)」といって攻撃しに行った6名の深海棲艦が、半日で全員スクラップになって発見された。
ー「たかが古臭い特型駆逐艦でなにができる(笑)」と突撃した深海棲艦らがボコボコだらけでしかもありとあらゆる関節がありえない方向に曲がった状態で発見された。
ーバシー海峡(台湾)付近でうろついている深海棲艦からのあだ名は「絶望」と呼ばれているとかないとか。
“戦慄の吹雪”は伊達ではないのだ。
「うそでしょ…」
ふぶきの精神はまさに折れようとしていた。護衛艦内はお通夜の雰囲気となり果てたほど静まり返っていた。
頼みの綱であった魚雷と調整破片弾でも決定打とはならず、挙句の果てには砲弾で砲弾を撃ち落されるというびっくり仰天なことをやってのけたのだ。
現代艦ならば不可能なことではないにしても、まさか第二次世界大戦時の駆逐艦が行い、しかもコンピューターで計算された砲弾コースを恐らく目視で2発のみで成功したことにとても強いショックを受けていた。
先ほどの旺盛な士気は一気に飛ばされ、どん底まで突き落とされてしまった。
「6人相手でも絶対勝てますよ(意訳)」と演習前にドヤ顔で執務室に放った言葉がこうも恥ずかしく聞こえる。このままではイキっている自称未来の艦娘(笑)と後ろ指刺されてしまう可能性もある。
しかし有効な攻撃手段が思いつかないのが現状だ。なんとか現状を打破しようと頭をフル回転する。
「やばいぞこりゃ…えっとえっと、あと残っているのは…あれを積んだヘリ。2つでも駄目なら3つ同時に仕掛けるしかない。そして装甲が薄いからシャリシャリ出てこないだろうと読んでいるなら、あえてタイミングよく目視距離まで出て混乱させる手もありね…」
(イージス艦のアドバンテージがなくなるなぁ)、と苦笑しつつも無線でヘリにプランの発動を伝えた。
無線を受け取ったヘリの妖精達は伝えられた内容に驚いたが、それほど追い込まれているとひしひしと感じた。
『まさかこいつの出番があるとはなぁ』ドアガンを任された妖精さんはよっこいしょとイスに座り、コッキングレバーを引く。
『あれを彼女の目視外ギリギリの4.7㎞から撃った後は、一気に近づいて気をそらすためにそれをばら撒く。対空機銃は一通り潰したそうだがまだ主砲が残っているため、あまり近づくと餌食になるが、かといって遠くても意味ない。操縦士、腕の見せ所だぞ』機長妖精は発破をかけた。
『任せてください。一泡吹かせてやりますよ』
『ついでにスピーカーとワ〇キュー〇の騎行がありゃ完璧なのにな』誰かがぼそりと呟やいた。
確かに、と機内は笑いに包まれた。
『無いなら脳内でワル〇ューレ流すしかないな(笑) 。さぁ気を引き締めて行くぞ』と機長妖精が冗談も言うも直後に活を入れ機内はピリッと空気が引き締まった。
指揮操縦士妖精はサイクリック・スティックを前方に傾けると翼の回転面が前へと傾けられ、ヘリコプターの機首が下がりながら高度も低下し、海面ギリギリへと前進飛行してゆく。
数分間低空飛行をしたヘリは射撃位置に到着した。高すぎず低すぎず絶妙な距離を保つのは神経を使う。操縦士は高度計や外の景色を何度もにらめっこしながら微調整していくホバリング低空飛行へと移行した。ホバリングが安定すると到着したことを無線で伝え、あとは彼女の号令を待つだけだ。
待つ間も気が抜けない。対空砲火が襲ってくるかもしれないし、風がいきなり変わって海に叩きつけられる可能性もありえるため、臨機応変な対応をしなければならない。操縦士はじんわりと熱が体中を籠っているのを感じた。
すると護衛艦から再度無線が入った。
「こちらふぶき。マイヅル、ヘルファイアの射撃を許可する。繰り返す、射撃を許可する」
『マイヅル、了解。射撃する。目標正面、駆逐艦吹雪!距離4700、発射用意!…発射ッ!!』
ロケットモーターに点火されオレンジ色の炎を吹きだしながら対艦用・AGM-114N ヘルファイアⅡが放たれ、薄白い尾をなびかせながら超低空で駆けて行くとともにロクマルも吹雪に近づいていく。
ふぶきのレーダ画面にはスピードを上げるロクマルと駆逐艦吹雪、放たれたヘルファイアⅡの合計3つの光点があった。
ヘルファイアⅡは無事に発射されたようだ。
「よし…さぁて、こちらも行くわよ!機関全速前進ッ」
ガスタービンエンジンはご機嫌よく独特の唸りをあげて海面を駆けてゆく。
冬コミ&艦これコンサート楽しみれす(^q^)