Fate/EXTERIOR   作:ニカワ信者

2 / 4

 続かないんじゃなかったのか? 何を仰るウサギさん方。
 反響が(想定よりも)大きければ別だと言ったではありませぬか。
 感想やら評価やらを下さった皆々様、本当にありがとうございました。
 匿名投稿なので返事は控えさせて頂きましたが、涙がちょちょぎれていますとも。
 という訳でニカワ信者からの、ささやかなクリスマスプレゼントをどうぞ。
 前話よりも過激になっております。
 部屋の壁をガトリングランスでブチ破ると良いよ!




第二話

 

 

 

 

 気がついた時にはもう、“それ”に没頭していた。

 頭上から直角に陽光が降り注ぐ中、膝をつき、平たい石を両手で持って、地面を掘り返す。

 傍らに、小さな首輪があった。

 小型犬か猫につけるサイズ。小さな鈴が付いているから、猫の物だろうか。よく分からない。

 

 フワフワと、ユラユラと。

 ぬるま湯を漂っているような思考は、ある種の酩酊にも似ていた。

 そう、酔っている。

 途方もない/ほんの些細な■■に酔いしれ、前後不覚のまま。

 自分は、穴を掘り続ける。

 

 

「あの……」

 

 

 背後から声を掛けられた。

 鈴を転がすような、清涼感を与える少女の声。

 振り返ると、果たして予想通り、少女が立っていた。

 

 毛先が緩くウェーブした、長い髪の少女。

 真っ白なワンピースを着ていて、腰には大きな赤いリボン。

 同じく赤色のチョーカーと、ブレスレットを左手首に着けている。

 

 よく見れば、左手の薬指には指輪が光っていた。

 女子高生くらいなのに、まさか人妻なのだろうか。相手の男が羨ましい。

 そんな事を一瞬思って、なんですか、と返事をする。

 自分の喉から発せられたとは信じられないほど、冷たい声で。

 

 

「………………」

 

 

 萎縮してしまったのか、少女は何も返さない。

 怖がらせてしまった。

 罪悪感と、申し訳なさが込み上げてくるけれど、浮ついた思考は、それを無視してしまう。

 ようは、作業に戻る事を選んだのだ。

 

 少女を居ないものとし、穴を掘る。

 無心に。

 手の痛みも、汚れも厭わず。

 そうする事でしか己を証明できない、単純な機械のように。

 

 

「……あの」

 

 

 いつの間にか、少女が隣に座り込んでいた。

 チラリと視線を動かし、また地面へ落とす。

 放っておいて欲しかった。

 何故だか分からないけれど、 無性に“人間”が鬱陶しかった。

 だから、ただ穴を掘り続ける。

 掘り続ける事以外に、何もしたくなかった。

 

 なのに、“君”は──

 

 

「早く、起きて下さい。仕事に遅れますよ」

 

 

 ──ぬぁんですと?

 

 

 

 

 

 優しく揺すぶられる感覚で、ようやく、自分が天井を見上げている事に気づいた。

 知らない天井だ。いや本当に。というか天蓋?

 うちのベッドには、こんなゴージャスな天蓋なんて付いてないし。

 

 夢? 随分と懐かしい夢を見たな……。

 というか、やけに煌びやかな家具の目立つここは、何処だろう。

 さっきの声は“彼女”のだったけど、あれも夢だったのだろうか。

 だったら惜しい事をした。

 朝、好きな女の子に優しく起こしてもらえるなんて、そんなの男の夢に他ならな──

 

 

「もう。早く起きてくれないと、ほっぺ、つねりますよ」

 

 

 ──あれ。

 夢の存在だったはずの子が、夢と同じワンピースを着て、こちらを呆れ顔で見下ろしている。

 

 ……え? お、はよう?

 ん、あ、んん? なんで“君”が……。

 

 

「まだ寝ぼけてるんですか? ここは、ローマ領域にあるわたしの家ですよ。

 “貴方”の部屋……というかアパートは昨日、エリザベートが更地にしちゃったじゃないですか」

 

 

 ……ああ。そう言えばそうでした。思い出したくなかった……。

 

 むくり。体を豪華なベッドから起こしつつ、昨日の出来事を振り返る。

 “彼女”に押し倒されて……き、キスをしたまでは良かった。うん、良かった。

 無我夢中で、何度も何度も、ただ唇をついばみ合うだけの、拙い行為ではあったけれど、もう昇天しそうでした。

 濃密なキスシーンに当てられたのか、セイバーさんもキャスターさんも、真っ白に燃え尽きてムンクの叫びみたくなっていた。自分が彼女達の立場だったら、きっと同じ風になっていたと思う。

 ちなみにアルテラちゃんは、とても満足そうに、お肌をツヤツヤテカテカさせていました。君の将来が心配です。

 

 とまぁ、ここまでなら笑い話で終えられた……かも知れないのだが、むしろここからが本番だった。

 ご臨終された窓枠のフレームを潜り抜け、第四の侵入者が「やっほー」と現れたのである。

 鮮血のような赤い髪。ねじくれた角。爬虫類を思わせる尻尾と、皮膜の翼を持つ彼女の名は、エリザベート・バートリー。

 数百の少女の生き血を浴びたとされる、極悪非道な、あのエリザベート・バートリーなのだという。にわかには信じ難いのだが。

 いつもの露出度高めな格好をしたバートリーさんは、優雅に部屋へと降り立つと、勝気な瞳を光らせ。

 

 

『なんだか心地の良いセイバーとキャスターの悲鳴が聞こえたから、寄ってあげたわよ? 子リス。

 でも、貴方の家ってこんなとこにあったかしら……ん? さっきからうずくまって何を……し……くぁwせdrftgyふじこlp!?』

 

 

 ──たかと思いきや、すぐさま声にならない悲鳴をあげ、腰を抜かした。

 横目に純白の布地が見えていたのは秘密だ。

 しかし、バートリーさんの登場で正気に戻された自分と違い、“彼女”は……行為に夢中で。結果として無視する形に。

 自分としても中断し難く、されるがままになってしまったのが、良くなかった。

 

 

『……駄目よ。駄目。駄目、だめ、ダメッ! そんなの、許さない……。許さないん、だから……。

 私を置いて、子リスだけ先に大人になるなんて。絶対に、許さないんだからぁぁあああっ!!!!!!』

 

 

 次の瞬間、バートリーさんは禍々しい紋様を身に纏う。

 悲痛な叫びにも聞こえるが、実態は清々しいほど自分勝手な、怒りの咆哮。

 それは物理的な衝撃波となり、燃え尽きていた二騎のサーヴァントの、防衛本能を励起した。

 つまり、マスターである“彼女”を守ろうと、戦闘モードになっちゃったのである。

 

 

『な、何事だ!? 何やら、奏者の唇が奪われる幻を見ていたような気がするのだが、なぜにエリザベートがおるのだ!?』

 

『奇遇ですねぇセイバーさん。私も不愉快な白昼夢を見ていたようなのですが、とりあえず、今はあの元小間使いをどうにかしましょう。あれ、マジで暴走しかかってます。

 というか、あの戦いの時にも思いましたけど、しばらく見ない内に何があったんですか? 妙に魔力が高まっているというか、露出度が減ったと言いますか……』

 

『ふむ、確かに。我がライバルよ! イメチェンは時に良い刺激になるが、その柄は少し禍々しい雰囲気がするぞ? なんなら、余が新しいコスチュームをデザインしても良いのだぞ!』

 

『うわぁああんっ! どうせアタシなんてそんな扱いよぉおおっ! もっとちゃんとした出番さえあればぁああぁぁあああっ!!!!!!』

 

 

 蓑虫状態から脱したセイバーさん達が、バートリーさんとの間に立ちふさがる。

 噛み合っているようで、全く別の方向へとすれ違う会話。

 なおかつ、意味不明な切実さを宿した絶叫が、アパートにヒビを入れていった。

 その後を語ると長くなるので箇条書きにすると、以下のようになる。

 

 1 流石に正気へと戻った“彼女”が、困惑するアパートの住人達を、レガリア──例の指輪の機能で丸ごと避難。

 2 セイバーさん&キャスターさん VS バートリーさんのマジバトル開始。アパートが瓦礫の山へと変貌する。

 3 意外にもバートリーさん善戦。追い詰められるセイバーさん達。

 4 二人を助けようとアルテラちゃんが参戦し、「てぃあーどろっぷ、ふぉとんれい!」。空から光の柱が落ち、アパートのあった場所が更地と化す。バートリーさんも黒焦げに。

 5 事が終わった後、家を失った人達から賠償を求められ、失った資産価値の十倍のリソースを支払うことで決着がついた。もちろんバートリーさんが。

 

 払う当てが無い彼女は、仕方なく千年京で野良小間使いへとジョブチェンジしたらしい。返済の目処は百年後だそうな。

 そんでもって、住む場所を丸っと失ってしまった自分は、“彼女”の「うちに来ませんか」という申し出を受け、半同棲生活がスタートしたのだ。

 あれ? 更地にしたのバートリーさんじゃなくて、セイバーさんやアルテラちゃんじゃ?

 ……まぁいいか。元凶みたいなものだし、責任の一端があるのは間違いないんだから。

 

 

「目は覚めましたか。なら、顔を洗ってきて下さい。案内しますから。お仕事、本当に遅れちゃいますよ」

 

 

 はーい。

 

 少しだけ大人びた……というより、背伸びしたような物言いの“彼女”に促され、ベッドから降りる。

 ちなみに、寝間着は緑色のジャージだ。着の身着のままでアパートから脱出したため、“彼女”が用意してくれた物である。

 見た目はともかく、着心地は素晴らしく良かった。ステータスがアップでもしていそうだ。

 目の前をトコトコ歩く背中に続き、妙に豪華な洋風建築の廊下を、洗面所へ。

 これまた妙に豪華な洗面所の中で顔を洗い、トイレを済ませる。

 

 電脳体に排泄が必要なのかと問われれば、それはYesである。

 具体的に説明すると、電脳体は眠っている間に自らのデフラグを行うのだが、その際に出た不要な断片クラスタを消去する……という行為を、排泄として行っているのだそうだ。

 自分としては全く意識せず、普通に出しているだけだけども。

 

 ちょっと汚い話はさて置き。

 サッパリした自分は、待ってくれていた“彼女”にまた案内され、とある部屋に入る。

 大仰な木製のドアを開けた先に、なんとも意外な、一般家庭のリビングが存在していた。

 誰もが簡単に思い描けるであろう内装は、「セイバーの趣味も素敵だけど、やっぱり落ち着かないから」と、“彼女”が設計したのだとか。心の底から同意します。

 そして、木目調のテーブルに、自分を出迎えてくれる白い幼子が一人。背の高い椅子に座り、脚をプラプラさせていた。アルテラちゃんだ。

 

 

「あ、ナナシさん。おはようございます。よく眠れましたか?」

 

 

 うん、グッスリね。おはよう、アルテラちゃん。

 

 にこやかに挨拶を交わし、斜向かいへと腰掛けた。

 正面に座るとなんとなく居心地悪いし、遠慮なく隣へ行けるほど親しい訳でもないので、これが適切な距離だと思われる。

 こんな事を気にしてるの、自分だけだろうけど。

 

 

「今から朝ご飯作りますけど、和風と洋風、どっちにします?」

 

「はい、マスター! わたしは洋風がいいです! “はんじゅく”のめだま焼きは、良い文明だと思います!」

 

 

 アルテラちゃんが元気良く右手を上げ、紺色のエプロンを着けた“彼女”に返事を。

 ただ住居を提供してくれるだけでなく、こうして食事まで用意してくれるとか、本当に至れりつくせりだ。

 とはいえ、何もせずに座っていられるほど、小市民は図太くないのでして。

 

 じゃあ、自分も洋風で。何か手伝うよ。

 

 

「だったら、トースト用のお皿を出しておいて貰えますか。戸棚に入ってますから」

 

 

 了解です。

 

 小さく微笑み、冷蔵庫の扉を開ける“彼女”。

 自分も自然と微笑み返し、分かり易く整理整頓された戸棚へ向かう。

 指示された皿はすぐ見つかったのだが、あまりに平穏過ぎて、おかしな不安を感じてしまった。

 それと言うのも、本来ならば居るはずの二人──セイバーさんとキャスターさんが見当たらないからである。

 特にセイバーさんなんか、自分と“彼女”が一つ屋根の下に住むと聞いて、これでもかと猛反対したのに。まさか、闇討ちしようと隠れてるとか?

 う~ん……。セイバーさんに限って騙し討ちはなさそうだけど、奸計謀略なんでもありのもう片方が心配だし、一応、確かめておくか。

 

 ところで、アルテラちゃん。あの二人の姿が見えないんだけど……。

 

 

「ネロとタマモ、ですか? 二人は、“しゅっちょう”してますよ?」

 

 

 席に戻りつつ、出張? と首を傾げれば、アルテラちゃんは「はい」と頷いた。

 なんでも、先日の責任をバートリーさんだけに負わせるのは忍びないと、“彼女”がセイバーさん達に頼んで、新規拡張領域の財宝(余剰リソース)を入手してもらっているのだとか。

 セイバーさんは、ローマ領域の端っこに確認されたという、尻尾が蛇の珍しいライオンの素材(マテリアル)を。

 キャスターさんは、千年京の隣に現れた中国っぽい領域に生る、竹の実を。

 前者は多分ライオンじゃなく、後者に至っては、数十年から百年近く待たなければならなかったと思うのだが、どうなんだろうか。

 ふぉとんれい! しちゃったアルテラちゃんは何もしないで良いのか?

 まだ小さな子が仲間を助けようとした結果、力加減を間違えてああなっちゃったんだから、責めるのは酷だと思います。可愛い無罪。

 

 しかし、二人が外出するということは、自分と“彼女”が二人きりになるという事。当然、セイバーさん達は渋ったようだ。

 が、ここで取っておきの秘策が登場する。その名も──愛妻弁当。

 ぶっちゃけ、“彼女”が手作りしただけの、ごく普通の弁当らしいのだが、よく考えてみて欲しい。

 

 想いを寄せる女の子が、わざわざ早起きして作ってくれた、お弁当。

 

 これに抗える存在など居るだろうか。いや居ない。

 思わず反語を使ってしまうほど羨ましかった。

 まぁ、これから“彼女”お手製の朝食を食べられるのだから、痛み分けと思おう。

 

 

「はい。朝ご飯、出来ました」

 

 

 コトン、と目の前に置かれる、ベーコンエッグの乗った皿と、二枚のトーストが乗った皿。

 他にも、バターやらジャムやらサラダやら。いつのまにか、朝食の準備は整っていた。

 いけない。すっかりアルテラちゃんと話し込んで、任せっきりに。

 ……けど、なんというか。

 エプロンを着けて、忙しそうに動き回る“彼女”の姿が、とても。

 料理するためにだろう、おろしていた髪をポニーテールに纏めているのが、とっても。

 

 良い……。

 

 

「……? どうか、しましたか」

 

 

 っ! い、いいえ、なんでもないですっ。

 

 不思議そうな顔の“彼女”に、自分は慌てて首を振る。

 しまった……。脈絡もなく、うっかり素直な感想を呟いてしまった。

 むしろ、許されるなら即プロポーズしたい位に大好きなのだが、空気の読めない男はきっと嫌われる。誤魔化しておこう。

 

 その後、アルテラちゃんの隣──自分の正面に“彼女”が腰掛け、「頂きます」の合図で朝食が始まる。

 ふんわりサクサクなトースト。

 半熟の目玉焼きに、香ばしく焼けたベーコン、サラダはコールスローだ。

 定番かつシンプルながら、美味しくないはずがない鉄板メニュー。自分も、アルテラちゃんも、もちろん美味しく頂く。

 ああ、幸せだ……。

 可愛い女の子と一緒に、その手料理を食べるだなんて。なんというリア充生活だろう。

 自分は前世で、よっぽど徳を積んだに違いない。

 生まれ変わってる時点で徳が足りてないような気もするけど。

 

 

「あの。一つ、質問しても?」

 

 

 ふと、“彼女”が手を止めて質問を投げかけた。

 なんだい? と返すと、ほんの少し間を置いて、“彼女”は続ける。

 

 

「“貴方”は普段、お昼ご飯はどうしてるんですか」

 

 

 お昼ご飯、かぁ。

 

 今朝の話の続きになるが、電脳体における食事というのは、意外にも生身の肉体の時と同じ意味を持つ。

 情報資源(リソース)を使い、自らの体を維持するためのシステム保全やらドライバー更新する事が、生身における食事と同義なのである。

 実際には、食事という形でなくとも電脳体は維持できるらしいけど、人間としてのメンタリティを持つ者にとっては、やはり食事を真似てリソースを得る事が、最も効率が良いのだとか。

 そんな訳で、SE.RA.PHにも普通に食材は売っているし、レストランやスーパーだってあるのだ。

 ところが、もっぱら自分の利用する場所と言えば……。

 

 普通に外食、かなぁ。忙しい時はコンビニ弁当で済ませちゃうし。

 自炊できれば良いんだろうけど、男のやもめ暮らしじゃねぇ。

 

 

「そう、ですか。……え、っと。ですね」

 

 

 自堕落と思われても仕方ない実情に、しかし“彼女”は、なぜか安堵したかのような表情を見せる。

 かと思えば、わずかに頬を赤らめて、恥ずかしそうにモジモジ。

 相変わらず可愛いなぁ。とか思いつつ言葉の先を待っていると、意を決したのか、両手を前へ差し出す“彼女”。

 何も乗せられていない手の平に、小さな光。

 次の瞬間、そこには大きめな弁当箱が出現していた。

 

 

「お弁当、作ってみたんです。……ご迷惑じゃなければ、その……。受け取って、もらえますか」

 

 

 天使か。天使だ。天使が居る。

 ワンピースの上からエプロン着けた、ポニーテールの愛らしい天使が、照れ臭さを無表情に隠し、手作り弁当を差し出していた。

 もしかしてこれ、何かのフラグなんじゃなかろうか。

 受け取ったが最後、分不相応な幸運のツケで、非業の死を遂げるんじゃなかろうか自分。

 そんな考えが頭をよぎったけれど、脳内に提示された選択肢は、

 

 ○ありがたく受け取る

 ○受け取るに決まってる

 ○受け取らないはずがない

 

 の三つ。選択の余地がなかった。

 というか、どれを選ぶか以前に、自分はもう立ち上がり、弁当箱を受け取っていたりする。

 我ながら欲望に忠実だ。

 

 迷惑だなんてとんでもない、嬉しいよっ。

 セイバーさん達のついででも、“君”に弁当を作ってもらえるなんてさ。お昼が楽しみだ!

 

 

「……違います」

 

 

 へ?

 

 

「どちらかと言えば、セイバー達の方が、ついでなんです。

 ……ほ、本命は、“貴方”の……ですので。

 二人に用事を頼んだのも、その……。邪魔されないため、ですし」

 

 

 さ、左様です……か。

 

 

「左様で、御座います」

 

 

 リビングに、気恥ずかしい沈黙が広がった。

 顔が熱い。

 火で炙られているようだ。

 “彼女”も俯き加減に、朱の差した頬を隠している。

 というか積極的過ぎません? 

 もう、セイバーさんの言う情熱の奏者じゃないはずなのに。

 ……いや。よく考えたら、元々は“彼女”の一部。こんな風に表に出ても不思議ではない。

 不思議ではないんだけども、意中の相手からガシガシ攻略されるなんて、きっと産まれて初めてだろうから、反応に困るっ。

 

 

「マスターとナナシさん、ラブラブ?」

 

「う。……えー、あー、その……」

 

 

 唐突な幼女の横槍に、“彼女”と自分は何も返せない。

 おそらく、間違いじゃないだろう。

 まだお互いに、ハッキリと好意を伝えてはいないけど、キスだってしたし、お弁当まで作ってくれたし。

 むしろ、これで好かれてなかったとしたら人間不信になります。

 でも。だがしかし。

 まだ認める事の恥ずかしさが勝った自分は、ワザとらしく壁の時計を確認。大声を上げた。

 

 あ、あっ! もうこんな時間だー! 早く仕事に行かないとー!

 

 

「ほ、本当ですね。急がないと、遅れてしまいます」

 

 

 焦ったふりで席を立つと、“彼女”もそれに続いてくれる。

 アルテラちゃんは不思議そうな顔をしていたが、どうにか誤魔化す事には成功したようで、自分達は出勤の準備に取り掛かった。

 といっても、“彼女”に貰った携帯端末でシステムコマンドを呼び出し、ジャージからスーツへと装備変更するだけなのだが。

 まるでゲームみたいだけれど、これがSE.RA.PHでの一般的な行動である。

 魔術師でも、月で産まれたAIでもない、ただの人間である自分では、こうして専用の端末を用意して貰わないと、そもそもシステムコマンドすら呼び出せない。地味に不便だ。

 

 ともあれ、働く大人の戦闘服を身に纏った自分は、リビングからドア一枚を隔てた玄関へ向かう。

 リビングと同じく、ごく一般的な玄関は、ドアそのものがポータルとして機能しているらしい。つまり、仕事場の近くまでひとっ飛び。

 うちのドアにもこんな機能が欲しかった。

 

 

「忘れ物、ありませんか?」

 

 

 物理的な行動として革靴を履きつつ、バッグと、その中に入れた弁当箱を確認。

 他に仕事場へ持っていく物は、筆記用具とか名刺とか、よくあるサラリーマンの必需品くらい。

 忘れ物はないと判断し、新妻の如く見送ってくれる“彼女”を振り返る。

 

 うん、大丈夫だと思う。それじゃ、行ってきま──

 

 

「……わ、忘れ物、ありませんか?」

 

 

 ガッシ。

 再び玄関口へ向かおうとした自分の腕が、引き止められた。

 うん? と今一度振り返れば、ジャケットの袖をつまむ“彼女”が。

 

 ど、どうかした?

 

 

「忘れ物、ありますよねっ」

 

 

 え。確定ですか。

 ちょっと強気に言い切られ、なんだか自信が無くなってきた。

 一応、端末からシステムコマンドを呼び出してステータスを確認するけど……。特に問題なし。

 なんで止められてるんだろう、自分。

 

 

「忘れ、物……」

 

 

 そうこうしている内に、“彼女”の方も自信喪失。涙目になっていく。

 ヤバい。泣かせた!? でもどうしよう。皆目見当がつかない。

 スーツは着てるし、弁当箱を持ってるし、ハンカチだってポケットにある。

 それなのに忘れ物? うぅむ……。

 

 

「ごめんなさい、マスター。ちょっとナナシさんをお借りしますね?」

 

 

 え。え。え。アルテラちゃん?

 

 困り果てていると、“彼女”の背後からヒョコっとアルテラちゃんが登場。

 手を取られた自分はリビングへと歩かされる。

 そして、ある程度まで行った所でアルテラちゃんは停止した。

 

 

「ナナシさん。そこに正座してください」

 

 

 ……はい。

 

 振り向いたその顔は、笑顔。

 とても可愛らしく、思わず頭を撫でたくなるはずが、何故か今は迫力満点に感じてしまい、ビシッとフローリングを差す指に、従わざるを得なかった。

 

 

「いいですかナナシさん。マスターが言っているのは、忘れている“こと”がありませんか? という意味だと、アルテラは考えます」

 

 

 忘れ物ではなく、忘れている“こと”……。

 大した違いのない言葉だが、意味する所はかなり違ってくる。

 物品を忘れているのではなく、何か、行うべき事を忘れているのか、自分は。

 しかし、やはり思い当たる節が無……あ! 朝ごはんの御馳走様を忘れてた! けど、これで引き止めはしない、よなぁ?

 相変わらず首を捻るしかない自分だったが、そんな鈍感男を前に、アルテラちゃんはキラリ、 目を光らせ──

 

 

「つまり、マスターの求めているものは……。行ってらっしゃいのちゅー、なのですよ!」

 

 

 ──と。トンでもない事を言ってのけるのだった。

 思わず、な、なんだってぇー!? と驚愕してしまう自分。

 アルテラちゃんが瞬間的にメガネをかけたように見えたけど、たぶん気のせいだろう。

 にしても、い、行ってらっしゃいの、ちゅー、ですか。

 そればっかりは考えつかなかったというか、そんなことを要求してもらえるなんて、思ってもいなかったと言いますか、ねぇ……。

 

 

「という訳なので、がんばってくださいね? マスターを泣かせたりしたら、悪い文明として、ふぉとんれい! しちゃいますから」

 

 

 はぁ……。

 

 にっこり微笑むアルテラちゃんに、また手を引かれて立ち上がり、自分は玄関へ追いやられる。

 まだ腑に落ちないが、取り敢えず元の立ち位置に戻ろうとすると、“彼女”は膝を抱えてしゃがみ込み、不貞腐れていた。

 

 

「……むー」

 

 

 ジト目になり、不服そうにほっぺたを膨らませる“彼女”。

 初めて見る表情だけど、ああ、なんて可愛らしいのか。抱き締めたい。

 が、今求められているのは、もっと過激な行為のはずで。

 緊張を紛らわせるため、自分は大きく咳払いしてから本題に入る。

 

 う、うぉっほん。

 あー。忘れ物、してました。気が付かなくて、ごめんなさい。

 

 

「別に。謝られるような事じゃ、ありませんし。それで、何を忘れたんですか?」

 

 

 ……ええっと。

 

 “彼女”はすっくと立ち上がり、素知らぬ顔でのたまう。

 さっきまで涙目だった癖に、天邪鬼め。

 けれど、おかげで気も楽になった。自分は、“彼女”の両肩へ手を置く。

 

 目を、閉じてくれるかな。

 

 

「……はい」

 

 

 ピクリ。細い肩が跳ね、次いで、力が抜けていくのが分かった。

 言われた通りに瞼を伏せ、少しだけ上を向く顎。

 頬はチークを塗ったように赤く、触れられるのを唇が待ってくれている。

 不思議と、もう緊張はしていない。

 ただ、己が本能の望むままに。

 自分も目を閉じて、“彼女”との距離を、ゼロにする。

 

 

「ん」

 

 

 まず感じたのは、例えようのない柔らかさだった。

 ほんのりと水気を宿し、とろけるような熱を持つそれが、ただ触れ合うだけでは物足りないと、こちらの唇をついばむ。

 自分としても同感であり、何もかもを一先ず置いて、“彼女”を貪る。

 

 

「ん、ん……んむ、ぅ……」

 

 

 甘い快感。

 誤魔化しようのない、情欲の伴う快感に鳥肌が立つ。

 ずっと、こうしていたい。

 仕事とか、セイバーさん達の事とか、“彼女”の背後で見守っているはずのアルテラちゃんとか。

 そういった事柄を全て投げ捨て、永遠に貪り合っていたい。

 んが、そうも行かないのが実情だ。

 特に三つ目。絶対アルテラちゃんに見られてるというのがマズい。

 このままだと理性で性欲を抑えられなくなる。

 そうなれば、見た目一桁な幼子の前で、R-18なラブシーンを演じてしまう事に。

 それだけは避けなければならないと、自分は理性を雑巾のように振り絞り、愛おしい体温を引き剥がす。

 

 ──ぷぁ、ま、待った、これ以上は──むぐっ!?

 

 

「は、ぁむ……」

 

 

 あ、駄目だこれ逃げられない。

 いつの間にやら、首へ腕を回されていた。

 それだけでなく、中途半端に開いた唇の間から、艶かしい“何か”が、口内へと侵入してくる。

 控えめに。探るように。おずおずと彷徨う“何か”を、反射的に舌で絡め取る。

 背筋をゾクゾクとさせるそれは、間違いなく“彼女”の舌だろう。

 小さかった。

 小さくて、でも、その存在を感じると、自らが満たされていくような、初めての感覚。

 堪らない。

 堪らなく、そそられる。

 もうこのまま、“彼女”を押し倒したって構わないだろう。

 きっと、拒まれはしない。拒まれた所で、もう我慢なんか。

 

 ……いやいやいや駄目だ駄目だ駄目だっ。

 性欲に流されたらいけない! しっかりしろ自分、大人だろう!?

 仕事だってあるんだし、ここは一つ、大人の男として節度ある行動を取らねばっ!

 

 ──っは、だ、駄目だってんむっ……っ……っはぁ、ほ、本当に遅れるぅぶっ。

 

 

「ん……んぅむ……やぁ、です……もっとぉ……」

 

 

 渾身の力で振りほどこうとするものの、ビクともしない“彼女”の細腕。

 時折、言葉を発するために唇が離れるけれど、またすぐに塞がれてしまい、段々と思考までもが蕩けていく。

 唇を重ね、舌を絡め、唾液を啜り。

 雄としての欲望に、か弱い理性は容易く駆逐される。

 朦朧とする意識の中、自分が最後に見たのは。

 

 

「良かったですね、マスター。愛の文明(メモリー)、ちゃーんと記録してますからね?」

 

 

 ドアの隙間からこちらを覗き、ビデオカメラ片手に微笑む、白い幼子だった。

 松崎し○るか! という自分の突っ込みは、“彼女”の小さな舌に絡め取られて、言葉となる前に消えていった。

 

 なお、仕事には遅れました。ええ。

 言峰社長の慇懃な嫌味にも、かなり慣れてきた今日この頃です……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○余談 ある日の食卓。五人で鍋をつつきながら、三位一体のザビ子について。

 

 

 

 

 ところで、キャスターさん。

 前々から気になってた事があるんですけど、質問してもいいですか?

 

 

「なんですか、モブ男さん。あ、私のスリーサイズは御主人様しか知り得ないトップシークレットですから、お教え出来ませんので。あ・し・か・ら・ず♪」

 

 

 そんな物には毛筋ほども興味ありませんので御安心下さいねー。

 時々、精神の奏者とか、魂の御主人様とか、肉体のマスター、って表現を使うじゃないですか。

 あれってどういう意味なのかなー、と思って。

 

 

「ああ、あれですか。もう別段隠す事でもありませんし、お話しして差し上げましょう、この唐変木。

 オッホン。以前、御主人様が不測の事態に陥ってしまった際、その打開策として、一時的に三人に分裂してしまった事があったんです。

 その時の御主人様達、それぞれの呼称が、電脳体を構成する三要素である精神・魂・肉体だったという訳です。お分かりになりました?」

 

 

 三人に分裂!?

 そ、そんな事、可能なの?

 

 

「ふっふっふ。不可能を可能とするのが、余の奏者の最も大きな特徴だからな!

 いや、普通はやらぬというか、絶対に無理な事でもあったのだが。

 そのままでは消滅は免れぬし、そもそも、分裂する時に死んでしまっていても不思議ではない。

 ……今思うと、本当に無茶をしたな奏者よ!?」

 

「だって、あの時はもう、それしか思いつかなくて……。それに、結果だけ見れば大団円な訳だし」

 

「終わり良ければ、全て良し……ですよね? マスター、合ってますか?」

 

「うん、正解」

 

 

 はぁ……。凄いなぁ……。

 いまいち想像できないけど、電脳体が分裂って、どんな感じなんだろう。

 

 

「んー。なんと言いますか、今の御主人様を構成する要素を、三分割して特化した、と思って頂ければ。

 私の所に現れた魂の御主人様は、いわば本質の御主人様。

 前向きなのは変わりませんが、どちらかと言うと受け身で、でもでもでも! 色気は当社比300%アップ!

 もうタマモ、襲い掛からない様にするのが精一杯でした! いえ、むしろ襲っておけば良かった……っ!」

 

「後悔先に立たず、とはよく言った物よな。

 ちなみに、余の所に現れた精神の奏者は、非常に情熱的でなっ?

 もうとにかく何事にも前のめりで、普段なら絶対に言ってくれない様なことも言ってくれたのだ!

 ああ、あの頃の奏者が懐かしい……」

 

「二人とも、むせび泣くほどのこと……?

 アルテラには、精神と魂が抜け落ちた、肉体の“彼女”(わたし)が側に居たんですけど。

 経験も何もない状態だったので、自分の性別に寄って判断する事が多かったみたい、です。

 今のわたしより女の子らしい、と言っても良いと思います」

 

 

 情熱的……。色気……。より女の子らしい……。

 

 

「ナナシさん? どうかしました?」

 

 

 いやね、アルテラちゃん。

 その三人が、もし一堂に会してたらさ。

 ……天国だったんじゃないかなぁ、と。

 

 

「おや。珍しく意見が一致しましたねモブ男さん。

 でも残念でしたぁ、貴方はもう絶対に“あの”御主人様とは会えないんです。

 儚げなのに色気たっぷりな御主人様は、私だけの御主人様なのです!

 羨ましいですか? 羨ましいですよね? 羨ましいでしょうとも! はっはっはザマァ」

 

「余もだな、情熱の奏者とは甘い日々を過ごしたのだぞ?

 一つのベッドで、指を絡め合って、甘い夜を……。

 どうだ、ナナシノよ! 奏者とのラブラブ度合いでなら、決してお主には負けぬからな!」

 

 

 ……ふっ。

 キスした事もない癖に。

 

 

「あ!? ぃいいい、言ったな!? 言ってはならぬ事を言ったなぁ!?」

 

「やだもーモブ男さんったらー。それを言ったら戦争じゃないですかー。

 はいセイバーさん、根性棒。ええっと、破戒の警策は……あったあった」

 

 

 ちょ、先に自慢してきたのはそっちじゃないですかっ。

 痛、やめて地味に痛い! 

 そして痛いのに何かが充填されていくような不思議な感覚がっ!

 

 

「……マスター。みなさん、仲がいいですね? 楽しそうです」

 

「うん、そうだね。うん? うん、そうだよね。そういう事にしておこうね」

 

 

 

 

 





 オマケのExterior material


○エリザベート・バートリー
 Fate/EXTRA CCC、Fate/EXTELLAに登場するサーヴァント。
 クラスはランサー、バーサーカー、アイドル、小間使いから状況に応じて変化する。
 回想でしか登場できなかった、我らがドサ廻り鯖ダーク☆エリたん。
 ご存知の通り、真セイバールートではあんまり関わらなかったため、セイバー達の認識は「なんだか妙に強くなってるし服装も変わってるけど、言動はいつもの通りだし、まぁいっか」程度である。
 主人公と面識はあったものの、そもそも人間として認識すらされていなかった。
 が、濃厚なキスシーンを見せつけられ、彼女の中でAUO並みのハレンチ物体へと昇格(?)する。
 以降、千年京などで彼とすれ違うたび、「いやあああ穢される犯される孕まされるうううっ!?」と、風評被害待った無しの悲鳴をあげて逃げるように。
 SE.RA.PHに警察があったらヤバかった。

 この作品では、アルテラ(巨)に「えいっ」とされた際、霊基になんらかの不具合が生じたという事になっている。
 故に見た目はデフォ衣装のまま、平行世界のレガリアの破片を吸収してもいるのだが、その恩恵は今まで以上に図太く──もとい、しぶとくなった程度に留まる。
 俗に言う、「対城宝具の直撃を食らっても何故だか生き延びられる程度の能力」を得たのだ。次のFateは弾幕STGにクラスチェンジする予感。
 また、感情が爆発した時に、見た目だけが侵食されてしまう事も。冒頭のアレは分かり辛かったでしょうけど、こういう事なのです。
 恋するドラ乙女は子リスを思うと切なくなってヴォイド化しちゃうのよー。

 もしもEXTELLA2の開発が決定したら、クリア後のおまけシナリオでバートリー嬢の個別EDが作られる可能性に5000ギャバ!(ガンマ・アミノ酪酸)


○主人公のジャージとスーツ
 ザビ子が用意した専用装備。
 実は超一級品の礼装であり、これを着た主人公を傷付けるには、それこそサーヴァント並みの出力が必要となる。
 基本ステータスを無視した高い防御力を付与し、その上で一定以下のダメージをカットすると思って貰えれば良い。
 周辺環境の自動調節機能(状態異常の無効化)、HP自動再生機能まで完備。何も言わないけれど、すこぶる過保護なザビ子であった。
 また、ザビ子のチャーム(キス)から逃れようと思えたのも、この礼装の加護あったればこそである。
 しかし悲しいかな、主人公がそう思っていただけでステータス補正は微塵も無く、密かにコードキャストでブーストされた腕力には敵わなかった。南無三。





 以上! 今回はここまで。
 感想をいっぱい貰えれば、有頂天になった筆者が続きを書くかもよ? と乞食ってみる。
 ではまたいつか。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。