高坂家長男の華麗ならざる日常   作:ポーラテック

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胸がドキドキ①

ねりきり、というものがある。

和菓子と聞くと想像するのは団子やどら焼き、そしてこのねりきりだろう。

仏壇のお供え物に良く使われる花や果物の形をしたカラフルなアレだ。

白あんに砂糖や白玉粉などのつなぎ、着色剤を加えて練り、中身に餡子を入れる。

粘土細工の要領でヘラなどを使って整形し完成だ。

色彩や形で季節を表現する芸術性やかわいらしい見た目から、最近では海外からの観光客にも人気がある逸品である。

「…お願いします」

厨房の台の上にずらりと並んだねりきりの数々。今言葉を発した青年が作ったらしいこれらは今の季節である春をイメージしたのか、スミレや椿、桜を模ったものだ。

「…」

青年の傍らにたった壮年の男は無言でおもむろにねりきりの一つを取った。

取ったものは春紅葉を模ったねりきりだ。

年相応の皺が刻まれた目元を細く、しかし鋭く尖らせねりきりを念入りに調べる。

調べ終えると、今度はねりきりを口に放り込んだ。

「――!」

青年の顔が僅かに緊張で強張る。

少しの間咀嚼し、嚥下し数回納得するように頷く。

そして青年に向き直り、一度頷いた。

「合格ってこと?」

再度の頷き。

「そっか、合格ね、合格…よっし」

あくまで騒がず、冷静に。

初めて一から担当した仕事をやり終えた男――高坂穂積は父親の許しを得た達成感に小さくガッツポーズした。

 

「お兄ちゃん」

厨房の片付けを終わらせ、白衣から部屋着に着替え、小ぶりなタッパーを持って自室から出てきた穂積に声を掛ける少女が一人。

「雪穂」

穂積に声を掛けたショートカットの少女は高坂雪穂、穂積の妹の一人である。

ノースリーブのシャツにショートパンツといったラフな装いの下の妹の表情は明るかった。

「お菓子、お父さんからOK出たんでしょ?」

「まあな。初仕事でどうなるかと思ったけど上手くいったよ。というか何で知ってる」

「見てたもん。変なの売りに出されたらウチの沽券に関わるからね」

「厳しいな」

苦笑する穂積に対する雪穂の表情は明るく、どこか誇らしげである。

今回穂積が作ったねりきり群は得意先の祝い事用に誂えたものだ。

親しい親戚の娘が高校に入学したので祝いの菓子折りを、との注文を受けた穂積の実家――和菓子屋「穂むら」の長である穂積の父親はこの仕事を次期跡継ぎである修行中の長男坊にこの仕事をやらせることにしたのである。

菓子のチョイス、製作から何から何まで全て穂積一人にやらせるのは今回が初めて。

幼少より店を手伝ってはいたが、本格的に厨房入りし修行を始めたのは高校卒業した1年半前ほどの事。

『餡炊き3年』とも言われる和菓子業界では異例の速さで仕事を割り振られたことになる。

「そうだ、余ったねりきりあるから食ってみてくれよ」

下でお茶用意するから、と穂積は手に持ったタッパーを掲げる。

「私が?もうお父さんからGOサイン出たんでしょ」

「そうだけどよ、今回の客は女子高生なんだ。だから親父以外にも"イマドキ"の娘の意見も聞きたいんだよ」

「うん、それはわかるよ、わかるけど…」

そう言うと雪穂の表情が少し陰った。

ふむ、と穂積は雪穂の表情に気づき、暫し考える。

「あぁそうか。体重のこと気にしてるのか。最近ウチの菓子全然食わないもんな」

「!」

図星。雪穂はここ最近体系や肌の状態改善に腐心している。

思春期特有の体系変化やニキビの発生を良しとせずに早速食事制限や美肌パックを取り入れて肉体の維持に努めているのだ。

「大丈夫だって、兄ちゃんもお前ぐらいの歳には毎日バカ食いしてたけど全然太らなかったぜ?それにまだ14なのにダイエットなんて健康に悪いぞ」

「ホ、ホントにデリカシーのない兄貴…お兄ちゃんとは色々違うんだって」

雪穂は周囲からよく大人びている、との評価を下される。

姉と比較して、というのもあるだろうが家族感でも賢いしっかり者であるという認識だ。

されど雪穂は多感な14歳、他人の目も気になるしおしゃれだってしたいのだ。

デリカシーを完全に無視し、悪い悪いなどと口だけの反省をする兄に向ける視線はやや厳しい。

「まぁ、いいけどさ?別に一個ぐらいなら大丈夫だよ」

「さすが雪穂様。話がわかる」

「様、ってねぇ…」

そんな軽口を叩く兄と呆れ気味の雪穂は居間へと向かった。

 

「ハイ、ご賞味あれ」

そんな気取った台詞と一緒に食卓のに座る雪穂の前に熱い緑茶と細長い皿に乗ったねりきりが置かれた。

「お兄ちゃん?一個だけって」

皿のねりきりは桜、春紅葉、スミレ順に三つ。要求と違う数に雪穂は傍らで腕組している兄に視線を向ける。

「まぁまぁ、こういうのは一個だけじゃあ殺風景だろ?後は残して良いから」

「そういうことなら…」

雪穂は桜のねりきりを手に取った。

「おっ、桜ね」

「自信作なの?」

「いや全然。親父の奴そのまんま真似ただけだし」

「でもすごいカワイイよ?キレイな形だし色だってちゃんと出てる」

つまんだねりきりをまじまじと眺めて雪穂は素直に賞賛した。

雪穂も手伝いの一環としてねりきりは作ったことはある。

しかしヘラで整形するのが中々難しく、小さなヒビも入って苦労した記憶はまだ新しい。

現に上の姉はしっちゃかめっちゃかな形になった挙句幾何学的物体を作り出した。

「じゃあ、頂きます」

原材料と製作者である兄に感謝を表してから雪穂は行儀良く半分に割ってからねりきりを口へと運ぶ。

「ん、美味しい」

「そうかそうか」

大げさなリアクションでないものの、妹の表情が喜色になったのを見て穂積は満足げに頷く。

「ウチに置いてあるのよりちょっと甘さ控えめに作ったの?」

「お、分かったか。あんまり甘すぎてもスグに飽きちまうからさ」

親父も気に入ってくれたみたいだし、と穂積は付け加える。

「確かに、これならパクパク食べれそう」

雪穂は緑茶を啜りながら桜の花弁を模ったそれを平らげると、言葉通りスミレのねりきりに手をつける。

「気に入ってくれたようで何よりだ」

「あっ」

兄の嬉しそうな声で『一個だけ』という自らの発言を忘れて食べ進めようとしたことに気づき、雪穂はスミレを半分に切り分けようとした手を止める。

「ご、ご馳走様。結構いけるじゃん」

失態を取り繕うように雪穂は湯呑みの緑茶を一気飲みした。

「ん゛ッ!?」

慌てて飲み干したからなのか、雪穂が嚥下した緑茶はその一部を気管へと落とした。

結果として吐き出しはしなかったのものの、雪穂は激しくむせはじめる。

「ああ、ホラ。そんな一気飲みするから」

「ゴメン…」

背中をさする兄に、雪穂は涙目になりながら謝罪するのだった。

 

「でも、本当に美味しかったよ」

「それは良かった。現役女子中学生のお墨付きなら間違いはないだろ」

ようやく落ち着いた雪穂は兄に感想を伝えた。

結局残りのねりきりは手付かずのままであり、このままなら自分が食べてしまおうか、と後始末に穂積が皿に手を伸ばすと。

「穂積に雪穂、夕飯はまだよ?」

「お袋」

「お母さん」

店先から続く居間に入ってきたエプロン姿の女性は卓を挟んでくつろぐ穂積と雪穂に声を掛け、二人はそれに答える。

「あ、それ穂積。アンタが作ったねりきりでしょ」

言うが早いか卓に加わり座った母はスミレのねりきりを手に取る。

「親父から聞いたのか?」

「うん。お父さん自慢げにアンタのねりきり見せびらかしてきたもの」

そのままスミレを口に放り込んだ母はおいし、と先ほどの雪穂と同じ感想を口にする。

「お父さんも素直じゃないよねぇ。お兄ちゃんに直接言えば良いのに」

一部始終をこっそり見ていた雪穂は父が兄に対してのアクションが頷いただけなのを思い出し言った。

職人気質な父親にとってあまり口数が多いのは好ましい(というか苦手)のでないのだろうが、息子の初仕事ぐらいは賞賛したらどうだろう、というのが雪穂の意見だった。

「不器用な人だからねぇ。それより穂積、このねりきりとっても美味しいわ」

さすが私とお父さんの息子ね、と誇らしげに母は胸を張ると穂積の肩を叩いた。

「ん」

「あ、お兄ちゃん照れたでしょ」

母親に面と向かってほめられると気恥ずかしいのかわざと渋い顔をした穂積を雪穂がおちょくる。

「照れてねぇ!」

「もう、そういうとこはお父さんとそっくりなんだから」

反論するも快活に笑う母とデリカシー違反の仕返しとばかりに意地の悪い顔をする妹の前には穂積の家庭内ヒエラルキーなど最下層に位置する。

「そうそう雪穂、お母さん夕飯の準備するから店番お願いできる?」

しばらく長男をからかった母は思い出したかのように店先から引き上げてきた理由を口にした。

「うん、わかった。時間になったら店仕舞いしちゃってもいい?」

「俺も手伝おうか?」

母の命を受け居間の箪笥から自分のエプロンと三角巾を取り出し、実につけ始めた雪穂に手持ち無沙汰な穂積が加勢を提案する。

「いいよ。お兄ちゃん朝からずっと仕込みとかやってて疲れたでしょ。お夕飯になったら呼ぶから部屋でゆっくりしてて」

「あら、珍しくお兄ちゃんに優しいのね」

「そりゃ妹ですし?仕事に疲れた兄を労わるぐらいはしますよ?」

「雪穂…」

最近雪穂から思春期女子特有の兄に対する当たりの強さ(これでも世間一般より大分マシ)を感じていた穂積にとって、暫くぶりに体感する妹の優しさである。

「兄ちゃんはお前が妹で良かったぞ!」

「バカ言ってないで早く部屋に引っ込みなよ」

そんな穂積を一蹴すると雪穂はさっさと店先へと出かけていった。

「ホラ、可愛い妹の気遣いはありがたく受け取りなさい?朝からずっと厨房で疲れてるでしょ?」

「ん、じゃあお言葉に甘えちゃうとする」

台所に引っ込んだ母を見送ると、食卓上の食器を片付けるべく穂積は行動を開始した。

「お兄ちゃん」

「?」

廊下から声がすると思うと、そこには先ほど店番に出た雪穂が立っていた。

「忘れ物か?」

「まぁ、そんな感じ…まだ言ってなかったから」

こほん、と雪穂は小さく咳払いをした。

「お兄ちゃん。初仕事お疲れ様。あと、おめでとう。これからも頑張ってね」

そう言うと兄の返答を待たず、雪穂は照れで赤くなった顔を隠しながら今度こそ店先へ向かった。

「…ほんと、お前が妹で良かったよ。雪穂」

充実感と、達成感と、照れ臭さと。

それらを乗せて店番を務める妹に聞こえないように呟いた。

「っと、片付け片付け」

この感覚を持ったまま部屋でゆっくりしたいところだったが、その前に食卓を片付けなくてはならない。

食卓と向き合って、結局春紅葉のねりきりは残ってしまったことに穂積は気が付いた。

今食べてしまおうか、とも考えたが冷蔵庫に入れておけばそのうち帰ってくる上の妹が勝手に処理するだろう、と踏んで行動を始めようとする。

と。

「たっだいまー!」

戸が勢い良く開け放たれる音に遅れて聞こえる溌剌とした声。

噂をすればなんとやら、穂積の妹で雪穂の姉、穂乃果のご帰宅である。

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