神田明神をスタート、皇居周りを一周し、再びスタート地点へ戻ってくる。
いつもロードワークコースはその日の気分で適当に決めている穂積だったが、今回は初めての参加者連れということでシンプルなコースを指定した。
あらかじめポケットサイズに印刷した地図を三人に渡した穂積は、自分と同じ様に走る事を指示すると準備体操も程ほどに神田明神を飛び出した。
時折背後を気にしつつ、ゴールの境内にたどり着くと三人の体力の差はハッキリと見て取ることができた。
「流石だぜ海未。初でここまで走れるとは思わなかった」
肩で息をする穂積は両膝に手をつき、前屈姿勢で呼吸を整える海未を賞賛する。
ギリギリ着いてこれないペースで走る事を考えてきた穂積だったが、どこまでも食い下がってくる海未にその考えを捨てて途中からは全力を出してしまっていた。
しかしそれでも海未はピッタリ穂積にくっ付き、一度もペースを落とさずに完走するポテンシャルを見せ付けた。
「ゼエッ、ゼエッ、ウッ」
海未は息を切らしながらも、"出来て当然"と云わんばかりの瞳を見上げる形で向ける。
一つ深呼吸をした海未は何時も通り背筋をしゃんと伸ばす。
「フーッ…日々鍛錬、していますから…それにしても、こんなに激しいものだとは。穂積こそ流石です」
「昔っから毎日やってるからさ。もう慣れたよ」
「同じ武道を嗜む者として、私も負けられませんね」
「その意気だぜ」
「つっ、着いたぁ…」
穂積・海未に遅れる事十数分、境内に現れたのは今にも倒れそうなことりだった。
階段を上る過程で太ももに溜まった
「よしよし、良く走り切った」
「あっ、ありがと…穂積くん…」
倒れ付したことりを穂積が抱え起こす。
「ことり、大丈夫ですか?」
「う、ううん、あんまり…」
穂積の助けで立ち上がるもその足は限界のようでおぼつかない。
その様子を見た海未が穂積から受け取る形でことりを支える。
「ほら、毛先にホコリ着いてる」
「うわっ、ホントだ…」
海未の言葉で視線を落としたことりはがっくりと肩を落とす。
腰まで伸ばしたことりの長髪。
折角良く手入れされた直毛の毛先は石畳のホコリを巻き取ってしまっていた。
「私もことりも、次から髪を結って走るべきですね」
「そうだね…走ってるときも結構邪魔だったし」
「髪の毛は気付かなかったなぁ…ウチのジムで練習してんのほとんど短髪の野郎だし」
バックとサイドを刈り上げ、トップを後ろに流した髪型の頭を掻きながら穂積は、ホコリを払う海未とことりの様子を見て納得する。
今の今まで気付かなかったが、腰まで伸ばした長髪を下ろしたまま激しい練習するというのは、暴れる髪の毛からして中々難儀だろう。
「ハアッ、ハッ、ヒューッ、ゼエッ、ハアッ」
「お、来た来た」
ことりから更に遅れること数分、大口を開け、肩とサイドテールを大きく動かしながら穂乃果が境内に現れた。
「しっ、しんどっ」
息も絶え絶えでそのままよたよたとおぼつかない足取りで穂積にすがりつくように倒れ付す。
「どうどう」
穂積はそのまま妹を抱き止めてやる。
穂乃果には今朝そこそこ辛く当たってしまったので、優しくして帳尻を合わせておこう、という穂積の心だった。
「お、お兄ちゃん、早すぎ…」
「あー、それは悪かった…なんかヒートアップしちまって」
本来は軽く流すつもりの穂積だったが、海未が予想以上に食い下がってくるもので穂乃果とことりを忘れて力を入れて走ってしまった事を反省する。
指導する立場となったのに、自分の事で熱くなっては世話が無い。
「でも良く走り切った。偉いぞ」
「うん、穂乃果ちゃんエラいエラい」
「良く頑張りました。穂乃果」
「へへへ…」
汗だくの顔と頭を三人に撫で繰り回される穂乃果。
息も絶え絶えで髪の毛も何本か食べてしまっているボロボロな有様であったが、その顔は満足気であった。
呼吸も整い汗も引いて落ち着いた頃。
穂積一行は境内から神社前の階段へ移動し、石段に座って休憩を取っていた。
「穂乃果、いい加減離れろよ」
「えー?いいでしょ別に…あ、ひょっとして穂乃果汗臭い?」
鼻をひく着かせて着ている運動着の襟の匂いを嗅ぐ穂乃果は、石段に座る穂積の背後から覆いかぶさるような体勢だ。
休憩にしようと石段に移動している最中も穂積から離れようとせず、かれこれ15分以上くっ付いたままである。
「いや、それは全然」
「じゃあ良いじゃん」
「それもそうか」
「いいじゃん、では無いと思いますが」
そんな兄妹の様子に苦言を呈したのは高坂兄妹の上段に座る海未だ。
「兄妹仲睦まじいのは良いことですが、流石に高校生にもなってそこまでベタベタするのはどうかと思います」
「穂乃果たちそんなにベタベタしてる?お兄ちゃん?」
「汗は拭き取ったぜ」
「距離のことです!距離の!」
「海未ちゃん、そんなに興奮したらまた汗かいちゃうよ?」
兄妹のボケにツッコミを入れる海未を諌めるのは兄妹横に座ることり。
「まぁでも、確かにちょっとくっ付きすぎかな、とは思うトコあるけど」
「えぇ?ことりちゃん海未ちゃん派?」
「これぐらい世のキョーダイは皆やってんだろ」
「穂積くんと穂乃果ちゃんはやりすぎじゃないかな…」
穂乃果は穂積の肩に顎を乗せてブーたれ、そんな妹の頭を撫でる穂積にことりは苦笑する。
「…まぁ、こんなやり取りはもう今更ですね。もう諦めていますし、何だか懐かしいような気すらしてきます」
「仲良すぎな兄妹ぐらいには落ち着いたし、ちょっとはマシになったんじゃないの?」
小学校時代、穂積にベッタリで授業中も離れようとしなかった穂乃果を思い出し、海未とことりは苦笑したまま互いに顔を見合わせる。
「…えへ」
「穂乃果?」
特に笑い処もない筈の場面で、突然穂乃果が笑った。
「なんか、こうやってお兄ちゃんが加わって4人が揃って何かやるのって久々だなーって思ったら何だか嬉しくってさ」
「うん…穂積くんとはちょくちょく会ってるけど、皆がそろうのって最近なかったよね」
「昔は良くこの4人で遊んでたのに、いつの間にかそれもなくなってしまいましたね」
「そーだな…10年ぐらい前は毎日遊んでたと思ったけどよ」
近所で有名なガキ大将だった穂積とその妹、そして妹の友人2人。
当然男友達と遊ぶ事もあった穂積だったが、基本はこの4人で近所を探検してみたり公園で走り回って遊んだりしていた。
しかしそれも小学校まで、周りの目を気にする思春期(尤も、高坂兄妹はお構いなしではあったが)という事もあって中学校に進学してからは同性の友人を優先しがちになり、一緒に遊ぶ機会は減った。
高校も別になり、時折実家に遊びに来た時に顔を合わせる程度まで更に機会は激減してしまっていた。
「でもさ、これから毎朝練習見てくれるんでしょ?それなら毎日顔合わせられるよね?」
「まぁ、な」
「何か良いよね!昔からの友達と一緒にやりたい事やるって!」
穂積の背中を離れた穂乃果は、すっかり回復した体力で階段を駆け下りる。
「何だかこの4人なら、廃校阻止できそうな気がする!」
十数段降りた処で三人に向き直り、穂乃果は三人に自信に満ち溢れた表情でそう言った。
「随分自信満々じゃねぇかよ?」
「だって、昔からこの4人でやってきたんだから。今回だってきっと上手くいく!」
兄の問いかけに楽観的とも取れる答えをする穂乃果。
「確かに、今までも何とかしてきましたね」
「何とかなっちゃたもんね」
「なっちゃったなぁ」
もうこの面子は10年以上の付き合いだ。
大小はあれど、様々な事に遭遇し、解決してきた。
「でしょ?だから絶対出来る!いや、ヤル!」
その経験と、3人への信頼が穂乃果の自信に繋がっているのだろう。
「よーし!燃えてきたぞ~!次もガンバロー!」
体中に滾るエネルギーを発散せんと両拳を天に突き上げる穂乃果。
「やる気充分ってカンジだな」
「穂乃果ちゃんらしいよね」
「ええ、本当に」
一度火のついた穂乃果の意思はテコでも動かず、目標達成に向けて猪突猛進である。
その事を、過去に散々彼女に引っ張られて兄と幼馴染らは重々知っていた。
「で、お兄ちゃん!次はどうするの!?」
数十分前まで死に体だった人間とは思えない活力で穂乃果は次なる練習メニューを兄に要求する。
強烈なやる気が穂乃果の身体にパワーを漲らせているのだろう。
「落ち着けって、最初に言ったろ?今日は体力測定兼触りだけだって。だから今日はこれでオシマイ」
「ええ?折角やる気になったのに」
「明日の楽しみにしとけよ…時間もないしな」
そう言うと穂積は左手首のダイバーズウォッチを指し示す。
「ああ!何か周り明るいと思ったら!」
穂積の仕草でようやく自分達が置かれている状況に気付いたのはことりだった。
「?どうしたのことりちゃん?」
「もうこんなに明るいんだよ!?学校!行かなきゃ!」
「アッ!」
まだ日の入り前という事もあってロードワーク開始当初は薄暗かったが、現在はすっかり快晴の空の下、さんさんと早朝の肌寒さを駆逐するように日光が降り注いでいる。
その明るさは、穂乃果たちの登校時間が迫っている事を同時に知らしめていた。
「こりゃ遅刻だ」
穂積は静かに、達観の表情で諦めの言葉を口にした。
「不吉なことを言わないでください!こうしてはいられません!急ぎますよ!穂乃果!ことり!穂積も、また明日!」
学校では無遅刻無欠席、成績優秀な優等生の鑑で通っている海未はこれ異常なく狼狽し飛び出す。
優等生であると同時に
「あっ、海未ちゃん!じゃ、じゃあことりも行くね!穂積くん、今日はありがとう!」
「お、おう。転ぶなよ」
「何でそんなに暢気してるのお兄ちゃん!早く帰ろうよ!」
海未を追い階段を駆け下りることりを見送った穂積を穂乃果が急かす。
「こりゃあ30分早めるだけじゃダメか?」
「早くぅ!」
穂乃果に腕を引っ張られながら、穂積は翌日の練習開始時間とメニューに頭を巡らせていた。
出来るだけ数十分後お見舞いされるであろう母と下の妹からの小言は考えないように。
Another One Rides The Bus( "Weird Al" Yankovic)