布、布、布。
右を見ても左を見ても一面布だらけのこの場所で、目的の物を探すのは容易ではない。
特にこういった物に触れる機会が家庭科の授業以来というレベルの知識では尚更である。
「えっと、次は…」
目の前を往くロングのプリーツスカートな彼女は目を回しそうになっている穂積をお構いなしにグングン進んで往く。
有象無象、群雄割拠といった具合に棚にひしめく様々な素材、色の布を一瞬手にとっては戻し、目星をつけたものをカートに入れて行く様を見て穂積はよく分かるものだ、と1人感心した。
「その赤いの、さっきも入れなかったか?同じようなの何個も買うこたないだろ」
放り込まれた赤いそれを指差しながら訪ねる。
服飾の知識に疎い穂積にはどれも同じようなものに見えた。
「全然違うよぉ!」
こちらを振り向いた少女は普段のおっとりした態度からは想像出来ない剣幕で穂積を一喝する。
「こっちのレーヨンでこっちはナイロン!ほら、触ってみて?全然違うでしょ?」
「お、おう」
気圧され気味の穂積は言われるがままに手を取られ、先程『同じような』と言った布を触らされる。
心なしか、いつもよりサイドテールの
「レーヨンはスカートの裏地に使って…あ!リボン用にレースも買わなきゃ!」
「…レースってこれ?もう入ってんじゃないか」
興奮気味に赤い布を穂積に押し付け、再び先頭を往こうとする彼女にまた声を掛ける。
声を掛けながらカートから引っ張り出した布地はチュールだった。
「だからぁ!」
それを目にした瞬間、トサカを立たせた彼女から、本日何度目かも分からない指導が穂積に入ることとなった。
「あんなテンション高いことり始めて見たぜ」
公園のベンチに座り、微糖コーヒーの紙カップを手で転がしながら数十分前の彼女を振り返る。
『休日衣装作りの材料買出しに付き合って欲しい』と言われて来てみれば、ことりの専門知識に全く着いていけず、その度に指導を受けるという目に合わされてしまった。
「ご、ごめんね?何だか調子に乗っちゃって」
穂積の傍らに座ることりは自らを省みて謝罪する。
ことりが感情を昂ぶらせる様は、10年以上の付き合いである穂積も見た事が無い程貴重な姿である。
「いや、新しいことりの一面見られて新鮮っつーか、何か面白かった」
「あはは…」
愛想笑いをしつつ、ことりは手に持ったカフェオレのストローを銜え中身を吸った。
「しかし、買ったなぁ。これで3人分?」
テーブルに山と詰まれた紙袋。
大型ショッピングカート一杯分はあろうか、という量の様々な種類の布地は全て衣装用である。
「ううん。いくつか衣装は作るつもりだからちょっと多めに買ったの」
穂乃果、海未、ことりがスクールアイドル活動を開始して一週間程。
学校ではいよいよアイドルらしくダンスや歌の練習を開始しているらしく、夕方帰ってくる穂乃果は朝のロードワークと学校での練習でクタクタになっていた。
慣れない激しい運動を始めたばかりで相応の疲労が溜まっている筈だが、それでも嬉々として一日の出来事を穂積に報告してくる辺りは流石は穂乃果、といったところだろう。
「でもすげぇよな。布切った張ったしてイチから服作るなんてさ」
ことりに解れた裾や取れたボタンを直してもらった経験から、穂積は彼女が手先が器用で服飾の才が有る事は知っていたがアイドルの衣装製作に携わるとは思いもしていなかった。
「何から何までイチからってわけじゃないよ?カタチだけ作って仕上げはお店でやってもらうの」
「それでも服作るワケだろ。ことりはすげぇよ」
俺には到底ムリだ、と素直にことりを賞賛する。
小学校の家庭科実習で作ったナップザックをこしらえるのにも四苦八苦した経験から衣装製作にかかる苦労は相当なものだろう、と容易に想像出来た。
その上での賞賛である。
「えへへ、昔からやってみたかった事だし…あ、そうだ」
そう言うとことりは肩掛け鞄からスケッチブックを取り出す。
角が
「今度着る衣装のスケッチ書いてみたんだけど、どうかな?穂積くんにも見て欲しくって」
何ページか捲って穂積に差し出された画用紙に描かれたイラスト。
ピンク色を基調とした衣装のイラストは、派手な装飾の無い到ってシンプルなものだ。
胸元の大きなリボンが特徴的である。、
「いいんじゃないか。カワイイし動きやすそうだ」
「ホント?よかったぁ」
「…でもよ、アイドルには疎い俺の意見より、詳しい奴に聞いたほうがもっとウマい事言えると思うぜ。クラスメートにそういう奴いないのか?」
「ううん、いいの。男の人の意見も聞いておきたいなー、って思って。それも出来るだけアイドルに先入観持って無い人の。こういうのって第一印象が大事だと思うから」
「それでスクールアイドルを最近知ったぐらい疎い俺に白羽の矢を?」
「うん。穂積くんならアイドルに色眼鏡持って無いだろうし、率直に感想言ってくれると思ったんだ」
「成程」
頷きながら穂積はことりの考えに感心する。
目の肥えた専門家より、率直な一般大衆の意見が欲しい、という事なのだろう。
「なんかことり、普段より生き生きしてるな」
楽しそうな様子のことりを見て穂積は言う。
買い物中の極高テンションを省みても、昨今のことりの様は普段よりも活力に溢れているように穂積の目には映った。
「そうかな?」
「してるよ。熱中して打ち込める事があるってのは良い事だ」
「うん、衣装のデザイン出来る良い機会だから」
「頑張れそう?」
「穂乃果ちゃんと海未ちゃんがいるから。それに、穂積くんも応援してくれるし」
「そっか…穂乃果の事、よろしくな。アイツ1人で突っ走る事多いから支えてやってくれ」
「わかった」
「ありがとよ」
妹の事を頼むと、幼馴染は二つ返事で快諾する。
つくづく良い幼馴染を持ったと、穂積は感謝した。
「にしても、海未がこんな短いスカートのヤツ着るかな」
そう言って穂積はイラストの足の部分を指差す。
「だってアイドルなんだもん。これぐらい短くなきゃ」
「渋りそうだよなぁ…それにこれでダンス踊ったら
「…穂積くん、やっぱりアイドルそういう目で見てるの?」
「あ、ヤベ」
率直すぎる感想だった、と穂積が気付いて口を噤んでももう遅い。
ことりはスカートの端を押さえながら、穂積に厳しい目線を向けた。
「…だって、こんな短いスカートで動くってなったら中身の心配するだろフツー」
厳しい視線に晒された穂積は反論するも、歯切れが悪い。
「大丈夫だよ。ちゃんと
「期待してねぇよ!」
「ホント?」
「…ウソです。ちょっとしてました」
「スケベ」
「グッ」
「もう、こんな事海未ちゃんに言ったら絶交されちゃうよ?」
「ハイ、気を付けます」
「うん、素直でよろしい」
正直に誤ったところでことりは穂積に対する態度を普段どおりの柔らかい物へと戻す。
海未は破廉恥と怒るだろうが、ことりと穂乃果は穂積の助平を《《そういうもの》》だと割り切っており理解していたのでこの程度は慣れっこだった。
「…で、見せパンのイラストは無ぇの?」
「どうしようことりが絶交したくなっちゃった」
慣れっこではあったが許す許さないは別の問題であったようだ。
Knapsack(Bad Company)