高坂家長男の華麗ならざる日常   作:ポーラテック

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最近雪穂を出せていない


ヘルシー・ウーマン-パルスイートの唄-

初めて相手の顔面を捉えたパンチは右フックだった。

1R序盤、オーソドックスに構え、リング上を円を描くように周り、時折ジャブとローキックを出しつつ様子見をしていた赤コーナーの選手はラウンド中盤、攻勢に転じるべく踏み込んで右フックを放った。

数々のアマチュア大会でKOを奪ってきたパンチを相手の顔面に見舞うも、そのパンチは相手には届かない。

相手の右フックに合わせ、数段早いハンドスピードで放たれた青いグローブの右フックが相手の顎先を捉えたからだ。

「入った!」

「あっ」

「おお」

自身のステップインの勢いをそのまま顔面で受けることとなった相手は、糸の切れた人形の様に前のめりに倒れ込む。

『ダウン!ワン、ツー、スリー…』

レフェリーのダウンカウントと会場のまばらな歓声を受け、無色ニュートラルコーナーにゆっくりと引き揚げて行く。

青いグローブ、『穂むら』の字を入れたキックパンツの選手の顔は傷一つ付いておらず、息一つ乱れた様子は全くなかった。

「KOだ!」

「うわ~…」

「相手、動いていませんね」

『フォー、ファイブ…』

5カウントを過ぎてもうずくまったまま動かない赤コーナーの選手にレフェリーが頭上で手を交差させる。

試合続行不能レフェリーストップと判断したのだ。

『勝者!高坂穂積!』

リングアナウンサーの勝者コールと会場の歓声に応えさせるように、レフェリーが青グローブの手を挙げた。

 

「すごいよお兄ちゃん!漫画みたいだった!」

ビデオの再生を止めると穂乃果は興奮気味に肩を上下させる。

今年の2月に開催されたプロキックボクシング興行での3分3ラウンド制の試合。

父が録画したこのウェルター級77.1キロの体重契約で執り行われた試合は今年に入ってからの穂積の初試合であり、白星スタートと幸先良い出だしとなった。

「すごかったね~こう、バシーッって一発で倒しちゃった」

「子供のときから腕っ節は強いと思っていましたが…プロで活躍出来るまでとは流石です」

「ありがとな」

妹と幼馴染に賞賛される()()()()()()()()の顔の表情は晴れやかそのものである。

「相手も6位のランカーだったから警戒したけど、上手いことカウンター決められてよかった」

穂積と対戦した選手は日本6位の選手であり、日本王座射程圏内の選手だ。

ステップインからの右フックを得意とするファイタータイプで、今までも打ち合いに持ち込みKOするというパターンが多く、実際勝ち星の13勝の7割は相手をキャンバスに沈めての勝ちだった。

「これでデビューして9連勝ですか?」

「おう、9戦全勝8KOだ。ランキングも5位になったぜ」

海未の問いかけに自慢するように答える。

この試合で穂積はランキングを9位から5位にアップさせ、日本王座を射程圏内へ収める事となった。

「穂積くん日本で5番目に強いってことでしょ?すごいよ」

「でしょ?お兄ちゃんスゴイでしょ?だって5番目だよ!上から数えて5だよ5!」

「そういう微妙な言い方やめない?」

ことりに兄の立ち居地を自分の事のように誇る妹に釘を刺す。

釘は刺すものの、はしゃいで

「あと5番目じゃなくて6番目な。一番上にチャンピオンがいて下にランカーがいるワケだから…」

ここまで言って、穂積は言葉を切ってハタと気付く。

「つかよ、何の話してたっけ?」

「…なんだっけ?」

「穂積くんのKO勝ちおめでとうの話?」

「…あっ!今後の活動についての話し合いでしょう!」

穂積の言葉で穂乃果の自室に集まった目的を思い出した海未がちゃぶ台の上に身を乗り出す。

「あ~そうそう。今後の話し合いだったね~…あと、ダイエットだっけ?」

「そうです。学校でやると言い出したのは穂乃果でしょう?ダイエットは…」

ちらり、と海未はテーブルの上を一瞥する。

テーブル上には先程まで穂積の試合を観戦するべく設置した穂乃果のノートPC、それを囲むように店の三色団子2人分と湯呑みが人数分用意されていた。

因みに三色団子は食いかけである。

「…芳しくないようですね」

「うっ…だ、だって頭使うと小腹空いちゃうし…」

「穂乃果ちゃん家のお菓子、美味しいからつい…」

「俺は減量中だから食ってねぇぞ」

弓道の部活で遅れる海未がやってくるまで菓子に舌鼓を打っていた穂乃果とことりは歯切れ悪く言い訳を始める。

「全く、ことりまで…穂乃果も、穂積を見習って節制したらどうなんですか?」

「まぁ確かに穂乃果は最近食いすぎだ」

「そ、そうかなぁ?でも毎朝走ってるし!」

海未と兄の口撃に反論する穂乃果。

ロードワークを始めて一週間の実績を引き合いに出しての反撃である。

「走ってるからってその分バカ食いしたら太る一方に決まってるだろ」

ここ数日の穂乃果の食欲は隆盛極まっていた。

以前から同年代の女子と比べて多い食事量は、ロードワークを開始してからは特に量が増えてしまっている。

「だってぇ…走った分お腹空いちゃうんだもん…」

「お前今から間食禁止な」

「そんなぁ!」

「穂乃果ちゃん…ことりもおやつ抜くから、ガンバロ?」

「うえぇ…ことりちゃん…」

穂積裁判長の判決は極刑である。

判決を告げられた穂乃果被告はこの世の終わりのような顔をし、そんな被告にことりは寄り添う。

「穂乃果の食事管理も考えないとな…」

「そうだ穂積、先程減量中と言いましたよね?」

つぶやいた穂積の言葉に海未は反応する。

「ああ、一月後また試合あるからな。77キロまで落とさないといけないから余裕持っとかないと」

穂積の通常体重は84キロ、そのままならミドル級の体重であり、主戦場のウェルター級の契約体重を大幅に超過しているので減量しなくてはならない。

その間は食事制限はもちろん、今後の練習メニューも限界まで身体を絞るため過酷になってくる。

「今度は何キロ落とすのですか?」

「ん…今84キロだから7キロぐらい?」

「よかったらその間の食事や運動メニューを参考にしても良いですか?私達もライブに向けて身体を絞らなくてはいけませんから」

成程な、と穂積は海未の言葉に納得する。

ある程度の時間、アイドルが軽快にダンスを踊り歌も歌う為には余分な贅肉は落とし身軽になりたいのだろう。

「全然いいぜ。減るもんじゃないし」

「ありがとうございます」

「うへぇ、ダイエットかぁ…」

「やっぱりお水飲まないようにお家の蛇口針金で縛ったり…」

「力石じゃないんだからそんな事しねぇよ…」

穂乃果とことりはどうやら相当無茶な減量を想像しているらしく、今後の節制生活を思い浮かべ顔を暗くする。

「…まず大事なのは炭水化物、脂質、糖質の制限だな。饅頭みたいな甘いもんはモチロン、白飯も量減らさないと」

「ふむふむ」

「次に――」

 

「…と、まぁザックリ説明するとこんなトコだ」

「成程、良くわかりました」

穂積トレーナーの減量講座は30分程度で終了する。

要約すると、『炭水化物を控えてたんぱく質多く採ってよく運動しろ』という事だ。

「そういう訳ですので、明日からの食事メニューは減量食にしてみましょう」

「ああ、お兄ちゃんがいつも食べてるようなのでしょ?それなら穂乃果わかるよ」

「穂積くんの?」

「白飯は抜いて肉も脂少ないロースとか、鶏ささみとか、野菜とか採る感じだな」

炭水化物と脂質の摂取を抑えて脂肪を落とし、たんぱく質を豊富に採って筋肉量を維持しつつ、極端な食事制限からくる体力の低下を防ぐというのが穂積の減量法だ。

最後の2、3キロは水分を制限して体重を落とし、計量後に水分と食事を摂取しリバウンド。

そうする事で体重はミドル級85キロ近くに戻り、パワーもそれと同等で闘えるのだ。

「うちはお兄ちゃんが減量するってなると、お母さんが減量食作ってくれるんだよ。それを家族みんなで食べるの」

「自分の分くらい自分で用意するって言ってるんだけどな…」

母が用意する減量食は味を損なわずカロリーと糖質を押さえた理想的なものだ。

ストレスなく体重を落とせるので穂積としては大助かりである。

「今頃お袋が用意し始めてるだろうし、ちょっと見に行くか?」

「ええ、拝見しましょう」

キッチンで夕飯の支度中の母の手並みを拝見すべく、穂積と海未は立ち上がる。

「では行って来ます」

「は~い」

「行ってらっしゃ~い」

ことりと穂乃果は二人をにこやかに見送った。

幼馴染の見送りを受け、穂積と海未は引きとの向こうへと消える。

―――その引き戸が閉まった瞬間、穂乃果は弾かれたように動いた。

「ほの――」

「シッ!」

突然素早く静かに怪しい動きを見せる幼馴染に声を掛けたことりを手で制する。

ぴったりと引き戸へ耳を当て、穂乃果はじっと動かない。

「よしよし、行った行った」

暫く引き戸へ密着していた穂乃果は、廊下の物音がしなくなったのを確認するとその身体を離し、ちゃぶ台の前へと舞い戻る。

すっかりさめてしまった緑茶と三色団子の前へと。

「はやく食べよことりちゃん!お兄ちゃん達が戻ってくる前に!」

「えっ、さっき穂積くんに間食禁止だって」

「明日から減量するんだよ!?今のうちに甘いもの食べ貯めしておかなくっちゃ!」

「ダ、ダメだよ!こんなにたくさん食べたら怒られちゃうよ!」

穂乃果が平らげようとしている三食団子は実に4人前であり、これから減量しようとしている人間が採っていい炭水化物の量ではない。

ことりが必死になって止めるも、間食のパンも禁止される事となり明日からの節制生活に穂乃果の食欲は鰻登りである。

「大丈夫!物的証拠はお腹の中だから!」

「状況証拠で有罪だよぉ…」

「それじゃあ頂き」

穂乃果が早速団子を食べようとした瞬間、その顔が凍りついた。

穂乃果が先程まで張り付いていた引き戸、少し開いた隙間。

その隙間からこちらを覗く2つの瞳と眼が合ったからだ。

「穂乃果…」

「現行犯だ」

引き戸を開けて穂積と海未が現れた。

共に呆れの表情をぶら下げて。

「お、お兄ちゃん、海未ちゃん…」

「今日の晩飯抜き」

「あああああああ!!」

夕飯時の穂むらに穂乃果の悲痛な叫びが木霊した。




ヘルシー・ウーマン-パルスイートの唄-(ダイエッツ)
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