高坂家長男の華麗ならざる日常   作:ポーラテック

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本日ハ晴天ナリ

高坂穂積の朝は目覚めてからの深呼吸とストレッチから始まる。

目覚ましのアラームを待たずに目を覚ました穂積は布団から抜け出し、カーテンと窓を開け放つと空は白みを帯び始めていた。

雲ひとつないところを見ると、昨日の全国で晴天、という天気予報は大当たりだ。

朝焼けはまだその姿を見せておらず、春の朝特有の涼しい風が穂積の頬を撫でる。

朝の空気を思い切り肺に入れて深呼吸、大きく伸びをしたり体を捻ったりして身体を僅かでも暖め僅かに残った脳の眠気を飛ばす。

枕元の目覚まし時計を見ると時刻は午前4時50分、目覚ましをセットした時刻より10分ほど早く目が覚めたことになる。

「今日もよく眠れた」

昨日床に入ったのが23時、6時間程の睡眠で穂積の身体の疲労はすっかり抜け、リフレッシュした。

「行くか」

誰に言うでもなく穂積は着いつものスウェットに袖を通した。

 

歯磨きと冷たい水での洗顔、水分補給を手早く済ませた穂積はキャンバスのスニーカーにスウェットという、彼の敬愛する映画の主人公を意識した出で立ちで実家を出た。

無論寝静まっている家族を起こさぬよう静かにだ。

履きなれたスニーカーに着慣れたスウェットでいつもどおりの準備体操をこなす。

小学校入学から数えて13年。

入学と同時に始めた朝のロードワークはほぼ毎日欠かさず行っており、穂積の中では"起きたらとりあえず走る"ぐらいには習慣化している。

「よし」

準備体操を終わらせ身体が温まった穂積は走り出した。

 

「おはよう」

「おはようございます」

「おはよう穂積君」

穂積はペースを落とさずにすれ違う人々と軽く挨拶を交わす。

13年間同じコースを走っていれば自然とすれ違う人の顔も覚えるもので、犬の散歩中の老人、店開きの準備をする店主、同じような装いの同業者などとはすっかり顔見知りになってしまった。

それに穂積はこの近所ではちょっとした有名人であり、名前もそこそこ知れ渡っているので挨拶をしてくる相手の中には穂積の名を口にする者も居る。

時々親交のある八百屋の店主などはスタローンの映画のようにリンゴを投げ渡してきたりもするが、今日は定休日らしくリンゴパスは無かった。

商店街を抜ける頃には心臓の鼓動が激しくなり始め、額に汗が滲み出してくる。

しかしペースは落とさずに走り続ける穂積は不意に向かいから歩いてくる顔に見知ったものを見つけ、ペースを落とした。

右手を挙げてアピールすると向こうもこちらに気づいたようだ。

「おはよう海未。早いな」

「おはようございます。穂積」

足を止めた穂積に合わせて止まったその人物は園田海未。

小さい頃から高坂兄妹と付き合いのある彼女は上の妹、穂乃果の親友の一人であり同級生である。

「今日も朝練?」

「ええ、新学期も始まりますし、新入部員勧誘の為もっと腕前をアピールしないといけませんから」

「真面目だな。弓道部のエースは」

海未は優等生らしくきっちりと着こなしたブレザーの制服に通学鞄、そして身の丈ほどの和弓を入れた袋を肩に下げている。

真面目で努力家、清楚で聡明な黒髪の似合うこの大和撫子は弓道部エースの期待に恥じないだけの腕前を持っており、全国大会優勝に向け精進中だ。

「今度予選会あるだろ?応援しに行くよ」

「本当ですか?」

10年来の幼馴染の提案に海未の顔に嬉色が差す。

「ふふっ、それでは尚のこと練習に力を入れないといけませんね」

海未ともう一人の幼馴染にとって穂積は小さい頃からずっと一緒に過ごして来た頼れる兄貴分のようなものであり、そんな彼にいい所を見せたいと張り切ろうと思ったのだろう。

「おう、絶対見に行くよ。朝練頑張ってな」

「穂積も。それでは」

二、三言葉を交わし、2人は手を振って反対方向に分かれる。

練習意欲を高めあう相手に会い、互いにこれから、今からの鍛錬に集中するのだった。

 

「ふーっ、ふーっ」

ロードワークを開始してから40分程。

8km地点で2km程はペースを上げて負荷をかける走り方をし、10kmを走破した穂積の息は流石に切れ気味でスウェットの襟は汗が染み込みその色を濃く変えている。

息を整えながら目の前の石段を見上げる。

穂積のランニングの終着点はこの神田明神である。

穂むらの近所にあるこの神社の石段は段数も多く、ランニングの仕上げにはうってつけだ。

時折野球部の坊主頭たちと一緒になって穂積も石段ダッシュをするのだが、時間が合わなかったようで現在穂積以外の人影はない。

「よし」

呼吸を整えた穂積はその場で何度か屈伸をする。

階段ダッシュの始まりだ。

「よーい、ドン」

誰とも無く小さく合図をすると石段を駆け上がり始める。

呼吸は乱さず、目先は階段。

脚と腕を回転させて石段をただ駆ける。

三つ目、最後の踊り場を越え鳥居を潜ると穂積はペースを落とし歩き始める。

呼吸は荒く、スウェットの染みは大きさを胸元まで広げていた。

これでロードワークは終わり、後は神社に御参りして帰るだけである。

「おはようさん。今日も精が出るなぁ」

立派な門を潜り、これまた立派な社の賽銭箱へ歩を進める穂積に声を掛ける掃除中の人物が一人。

「ああ、おはよう巫女さん」

自分に声を掛けた箒を持った少女は穂積に並び歩きつつ挨拶を受けた。

「希」

「んあ?」

「"巫女さん"じゃなくてウチの名前は希や。ずいぶん前にロッキーにはウチの名前教えてるやろ?」

穂積の三人称的呼び方は余りお気に召さないようで人差し指を立てて訂正する。

「そうだった。悪かったよ希」

「よろしい」

友人の訂正に希は満足気に頷く。

「服装の雰囲気に流されてつい、な。というか、それを言うなら俺をロッキーって呼ぶのもどうなんだよ」

「服装の雰囲気に流されてつい、や。そんな格好で走ってるんやから実際ロッキーを意識しとるんやろ?」

「…まぁ少しは」

「なら大人しく呼ばれることやな。ロッキー?」

「…む」

反論の芽を潰された穂積は少々憮然とした顔をして黙った。

腰の辺りで長髪を一つに纏めた彼女と穂積が出会ったのは2年前。

この神田明神で"趣味と実益を兼ねて"アルバイトをしているらしい、グラマラスな身体と清楚な巫女服というギャップが魅力的な東條希はいつも学校の始業前と放課後に神社に顔を出して境内の掃除をしており、朝のロードワークで神社を訪れる穂積と世間話をするようになったのが切っ掛けだった。

その時、穂積の格好が映画の主人公のランニングスタイルそっくりだ、と言い希は穂積をロッキーのあだ名で呼ぶようになったのである。

別段悪い気はせず、むしろ格好を理解してくれ、希が穂乃果の通う高校の先輩であることも判明して話も弾み、今では友人と呼べる仲だった。

「お互いそれっぽい雰囲気は出てるってこったな」

「せや。ウチもスピリチュアルな感じ出てるやろ?」

その場で希はくるりと一回転した。

よく手入れされている長髪が揺れる。

「感じは出てるけど、神道の巫女がキリスト教用語を使うってのはどうなんだ」

「まぁまぁ、その辺は和洋折衷や」

そう言うとおもむろに巫女服の袖からカードを取り出す。

「カードにもそう出てるし」

「"正位置の恋人"のカード。意味は…誘惑と戦う、とか自分への信頼だったか」

「へぇ。詳しいやん」

「会うたびにタロット占いされてればいい加減覚える」

希という少女は端的に言えばオカルトマニアである。

古今東西、占いや超能力といったものに目が無いらしく、穂積と会う度にタロット占いを仕掛け頼んでも居ないのに今日の運勢を占う。

本人曰く、『タロットは持ち歩きやすいシンプルな占い』で、自室に置いてある道具類を使えばもっと高精度な占いが出来るらしい。

「自分を信じて突き進めってことやね。どれ、ロッキーの今日の運勢は…」

「おい」

自分の和洋折衷オカルトちゃんぽん振りを後押しするかのような結果に押されたのか、希はいつものとおり、勝手に穂積の運勢を占うべく袖からまた一枚カードを取り出す。

「どれどれ…ありゃ」

「どうした」

やや渋い顔で取り出したカードを見た希は申し訳なさそうにそれを穂積に見せた。

「"逆位置の運命の車輪"や。ロッキーにとって好ましくないアクシデントが起こるかも…って結果やね」

「へえ」

「信じてないやろ?」

「半分な」

穂積のカードを見る目が流し目であることに気づいた希が憮然とした顔をする。

穂積は余り占いや風水を信じる方ではない。

希が生き生きとしているものだから付き合ってはいるが、カードごときで運勢を決められてはたまったものではないからだ。

「ま、占いに頼らずとも自分の人生ぐらい自分でなんとかするさ」

言うと穂積はジャージのポケットから取り出した小銭入れから10円玉をつまむと、希と話ている内に到着した賽銭箱へ銅のそれを投げ入れると手を合わせる。

「逞しいなぁ。ま、占いは絶対当たるとも限らんし」

「おう、運命の車輪だろうが地獄車だろうがドンと来いよ」

「…変に調子に乗ると大やけどするかもしれんで?」

占いをなめたらあかんよ~、と希は占いを信じない穂積を嗜めるようにカードをひらひらと動かす。

「わかったわかった。アクシデントな、覚えとくよ」

「ん、それでよろしい」

希は滅多なことで機嫌を損ねるほど狭量ではないことを穂積は知っていたが、それでも一応機嫌を損ねないように忠告を覚えておくことにした。

「っと、もうこんな時間か」

時刻は既に6時前、今頃両親は寝床から抜け出して朝食の準備を始め、雪穂はまもなく目覚めて穂乃果はあと1時間は夢の中だろう。

「本当や、もう6時前やな」

「俺はもう帰るけど希は?」

「ウチはもうちょっとお手伝いしてから学校行くよ」

「そっか。それじゃまた」

「うん。また」

帰路に就く穂積と別れた希は境内の掃除に戻った。

「アクシデントね」

門を抜け、鳥居を潜ったあたりで友人の忠告を復唱する。

馬鹿馬鹿しい、とは思わない。

希の感というか占いはよく当たる。本人のクジ運も相当らしいが、何よりあの神秘的な雰囲気、ただの不思議ちゃんでは出せない、というのが穂積の希に対する印象だった。

これもスピリチュアルパワー、とやらの影響なのだろうか?

そこまで考えて穂積は考えるのを止めた。

希の言うとおり占いは絶対ではない、逆に良いことがある可能性だってあるのだ。

「考えても仕方ねぇか」

石段を降りきった辺りで穂積は空を見上げる。

太陽はその姿を東の地平線から現し、頭上には雲ひとつ無い青い空が広がっていた。

「本当にいい天気だ」

こんなに良い天気なのだ、悪い占いなど吹っ飛ばして良い事が起こっても良い筈だ。




幼馴染その1、海未と顔見知りの巫女さん、希の登場回でした。

タイトルはDo As Infinityの本日ハ晴天ナリ。

アップテンポの明るい曲で、晴れの日のランニングには丁度良いと思います。
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