「スクールアイドルだよ!!」
穂乃果討死から丸一日経った夕方。
家に帰ってくるなり部屋に飛び込んできてそんなこと口にした穂乃果に穂積は昨日のデジャブを感じた。
「…何が?」
新作和菓子の研究中だった穂積は資料として買ってきた菓子のハウツー本を閉じて興奮気味に肩を上下させる妹に向き直った。
「だから!スクールアイドルだよっ!」
「落ち着けって」
「スクールアイドル!」
「お座り」
「ハイ」
壊れかけのレイディオのように同じ単語を連発する穂乃果を無理やり沈静化する。
穂乃果は大人しく穂積の前に敷かれた座布団に収まった。
「それで?」
「?」
「?じゃなくて何だよスクールアイドルって。始めから話しな」
「あのね、昨日雪穂のUTXのパンフレットにA-RISEの写真載ってたでしょ?」
「ウン」
「それで、今朝早起きして実際にUTXに行ってみたんだ」
「だから朝居なかったのか」
軽く流す程度のロードワークを終わらせ帰宅すると穂乃果は既に登校したという。
いつもは遅刻ギリギリまで寝ている穂乃果にしては珍しいこともあるものだ、と穂積は流したが、昨日話題になった超人気校の視察の為だったようだ。
「やれば早起き出来るじゃあないか。偉いぞ」
「エヘヘ…じゃなくて、ホントにUTX凄かったんだよ。駅の改札みたいなとこ通って登校して、校舎にはおっきなモニターがあったの」
「ほう」
駅の改札、というのは入校者に対するセキュリティ管理のものだろう。
モニターは学校前を通る通行人に対する宣伝用に設置したものだとも推測できる。
「でね、モニターには昨日載ってたA-RISEの人たちが歌ってる映像流れたの。穂乃果もそれ見てたんだけど、周り見てみたらUTX以外の制服の娘たちもいっぱい居てモニター見てたんだ」
「ふむ」
「それを見て私はビビっと来たんだよね。スクールアイドルやって、いろんな人に音ノ木坂をアピールすれば入学希望者も増えて廃校も撤回できる筈だ、ってね」
「成程な」
穂積は穂乃果の着眼点に頷いた。
昨今のスクールアイドルブームに便乗し、入学希望者を増やすというのは成程、確かに効果テキメンだろう。
雪穂の話ではUTXのA-RISEを始めとするスクールアイドル陣は若者を中心に絶大な人気を誇っており、現に雪穂のクラスメートの女子約半分はスクールアイドルデビューを夢見てUTXに願書を出すことを決めているという。
ならば音ノ木坂もスクールアイドル活動を始めてその夢見る少女達のハートを掴むことが出来れば廃校阻止は決して不可能ではない。
しかし…
「肝心のアイドルは誰がやるんだ」
「それは私がやるよ!」
「1人でか?」
「海未ちゃんとことりちゃんも誘ったから3人でやる!」
「…それ、2人はやると言ってるのか?」
「…海未ちゃんが反対してます」
これまで饒舌に計画を語っていた穂乃果の口が途端に固まる。
やはりか、と穂積は予想した通りの答えに渋い顔をした。
穂積の知る穂乃果、海未、ことりの幼馴染3人組の行動パターンはほぼ決まっている。
穂乃果が自分の思いついた行動を提案し。
海未があまりに突拍子もない計画に無理だ、と反対し。
ことりが穂乃果の提案を肉付けして調整、海未を説得する。
ずっと昔からその通りにしてきて何とかなってきた辺り、この3人の連携というのは絶妙である。
絶妙であるが今回は事の重大さが違う。
スクールアイドルをやるということは不特定多数の人の目に触れることであり、様々なリスクが伴う。
第一、次の入学願書受付まで1年もない今の状況、おそらく学校の認可も下りておらず、練習や曲の作曲も何も下積みのないゼロからの状態でスクールアイドルを始め、入学希望者を大幅に増やす、というのは途方もない計画だ。
海未が反対するのも無理はない。
「ことりは?」
「ことりちゃんは3人ならやってもいい、って言ってるけど…」
「なら恥ずかしがり屋の海未を説得しないと」
「だよねぇ…」
穂乃果は先程まで座っていた座布団に仰向けに寝転ぶ。
まるで降参するかのように手足を投げ出し、腹を中空に向けるその様はお堅い幼馴染にお手上げなことを物語っているようだった。
「因みに海未は何て言って反対してるんだ?」
「『穂乃果みたいに好奇心だけで始めても上手くいくはずはないでしょう!』だってさ」
「海未らしい」
「…えっと、お兄ちゃんも反対だったり?」
幼馴染の態度を思い出した穂乃果は上体を起こし、恐る恐る兄に問う。
「…きっと練習キツいぜ?嫌なこともたくさん言われるかも」
「…うん、わかってる」
メンバーも集まらず、持ち歌やダンスの練習もこれから短期間で多くのものをこなさなければならない。
その過酷さは穂乃果は重々承知しているようで、僅かに下を向く。
でも、と穂乃果はすぐに顔を上げ、穂積を見据えた。
「でも、やりたいと思ったんだもん。どんなに辛くっても大丈夫だよ」
見上げた穂乃果の表情は真剣そのもの。横一文字に引き絞られた口と真っ直ぐに兄を見据える瞳は強い意思を感じさせる。
「穂乃果、本当に学校が好きなんだな」
「ウン。大好き。お婆ちゃんもお母さんもきっと大好きだったと思うし、海未ちゃんやことりちゃんも好きだって言ってたもん。色んな人の思い出がいっぱいあって、これからも作らないといけないんだから。絶対絶対残さないとダメだよ」
視線は一ミリも泳がず。
いつの間にか伸ばしていた穂乃果の背筋はまったくブレはなかった。
「…わかった。なら俺は賛成だ。いいと思うぜ、スクールアイドル」
そんな妹の気持ちを汲んだ穂積は突拍子もない計画に賛同する。
「ホント!?」
「どうせ一生に一度だけの高校生活なんだ。お前の好きにやったら良い」
俺も好き勝手にやって何とかなったし、と穂積は実体験を交えて妹の計画を推す。
「お兄ちゃん…ありがとう」
どうやら始めて自分の計画にハッキリと賛成の意見を聞いたらしい穂乃果は感極まる。
「やるからにはしっかりやれよ?兄ちゃんも手伝えることあるなら協力するから」
「うん!私がんばる!」
「…の、前に海未の説得だな」
「あー…」
穂乃果の固まった決意の前に、一つ目の壁が立ちふさがった。
高坂兄妹の対海未説得会議は夕飯時まで続いた。
結局決定打は見つからず、明日の学校でちゃんと話し合うという結論が出た辺りで雪穂からの夕飯の知らせを受けお開きとなった。
何時も明るい穂乃果が輪をかけて明るいこと以外、特に代わり映えしない高坂家の時間が過ぎ、現在の時刻は23時である。
「アレ、お袋。まだ起きてたのか」
二階の自室から一階の居間に降りてきた穂積は、一人居間の卓に開いた何かの本を読んでいる母に声を掛けた。
「穂積。アンタは寝ないの?」
「俺は水のみに来ただけだよ…何読んでんだよ?」
「アルバム。私が高校卒業した時の」
「お袋の?」
アルバムに興味を示した穂積は母の隣に座り、丁度開かれていたページを覗いた。
「お袋これだろ」
ページの真ん中に載った写真に若かりし母を見つけた息子はそれを指差す。
壇上で演説している写真の少女は、静止画でも堂々と力強い演説をしていることが十二分に見て取れた。
「そうそう。お母さんね、生徒会長やってたのよ」
我ながら敏腕生徒会長だったわね、と過去を振り返り母は胸を張る。
「思い出話は老化の証拠…イテェ!」
そんな母を茶化す息子の台詞は、言い切る前に脇腹に入れられた突手で中断させられた。
「失礼ね。私はまだバリバリ現役よ」
「気の強さは昔からみてぇだな…」
これじゃ敏腕じゃなくて豪腕生徒会長だ、と脇腹をさすりながら憮然とした態度の母への冗談を止めないのはせめてもの穂積の抵抗だった。
「…何だかね、学校なくなるって聞いて、昔を思い出したくなっちゃってね」
2人分のお茶を用意した母はそう語った。
「まだ無くなると決まったわけじゃあないだろ。穂乃果や生徒会だって動いてるし、何とかなるさ」
「それって穂乃果がアイドルやるって話?」
「聞いたのか」
「ついさっきね。『お兄ちゃんも応援してくれてるし頑張るんだ』って張り切ってたわ」
「もう俺の事も言っちまったのか…」
言うタイミングが早すぎだろ、と穂積は内心で妹へ毒づいた。
最低でも海未を説得してからが良いだろうと穂積は思っていたが穂乃果はそう思わなかったらしい。
「…お袋は、その、なんて答えたんだ?穂乃果がスクールアイドルやるって話に」
「別に?やりたいようにやりなさいって言っといたわよ」
「意外だな」
てっきり反対するかと思い、どう母を説得しようか考えていた穂積は思わず拍子抜けした。
件の計画に母はあっさりGOサインを出したのだ。
「何事も若いうちに挑戦して失敗したり苦労した方が良いのよ。アンタだってガクセーの時分は色々やらかして痛い目見てたじゃない」
「ちゃんと高校は卒業したからいいだろ…」
先程の仕返しとばかりに母は息子の過去を掘り返す。
文字通り"痛い"過去を思い出した穂積は渋い顔をした。
「でも、正直な話はどーなんだよ。自分の娘が衆人観衆の前に出て歌って踊るってのはさ」
アイドルは媚を売る卑しい仕事だ、偏見を抱いている人々というのは少なからず存在する。
穂積は母親がそうだと思ってはいなかったが、娘がそのアイドルをやるとなるとどういう心境であるのかというのは気になった。
「良いんじゃないの?カワイイ服着てパフォーマンスしてお客さん楽しませるなんてすごい事だと思うわ」
穂積はその考えが杞憂に終わったことを「お母さんもあと20歳ぐらい若かったらやってたかもね」などとのたまう母を見て理解した。
「そうか、そう思ってるならいい」
安心したように穂積は程よい温度のお茶を口にする。
「そそ、廃校になっちゃっても思い出を残せれば良いわ」
「…お袋」
そんな母の発言を受け、穂積は湯呑みを置くと切り出した。
「お袋は音ノ木坂、無くなったら嫌か?」
"廃校になっちゃっても"。
真剣に学校を救おうとしている穂乃果の気持ちを知っても母の中にはどこか諦めの気持ちがる、と感じた穂積は母の本心を聞かない訳にはいかなかった。
「…そりゃあね、嫌よ。青春の思い出がある学校ですもの。アンタたちの子供や孫の代になっても残ってて欲しいわ」
「…」
両手で包んだ湯呑みに視線を落として語る母の言葉端はどこか寂しさを感じさせる。
昨日穂乃果が雪穂に言ったとおり高坂家の女性は代々音ノ木坂出身だ。
それだけ古くからこの町に根付き、思い出を育んで来た高校を簡単に無くされたくはないだろう。
「でも、しょうがないのかもね。古いものって言うのはいつか無くなっちゃうものだし、音ノ木坂ももう潮時って訳でしょ」
音ノ木坂を卒業した大人の意見はそういうものだった。
卒業生である理事長もそう考えて希たち生徒会に在校生の学校生活にのみ集中しろ、などといったのかもしれない、と穂積は考察する。
それでも
「でも穂乃果の考えは違う。お袋やお婆ちゃんたちの思い出を残したいし、これからの作る思い出の為にもあいつは真剣に学校を救おうとしてる」
今ではないだろう、と思った。
形あるものはいつか壊れるという諺通り、音ノ木坂もいつかは無くなる。
しかしそれは今ではない、音ノ木坂の生徒達が青春を送っている今、学校を無くしてはいけない。
希や穂乃果を思い出しながら、そう穂積は思った。
「あいつの熱意は本物だ。絶対上手くいくように努力するだろうし、俺だって協力する。お袋の思い出はキッチリ守るから安心しろよ」
「…そう」
「…んだよ、それだけかよ。俺結構イイ事言ったぜ」
母の薄いリアクションに穂積は不満げに口を尖らせる。
「いや?アンタもやっぱ穂乃果のお兄ちゃんなんだなーって思っただけよ?あの子同じようなこと言って来たから」
「何だ、天丼かよ」
折角カッコイイ台詞を言い決まったと思ったがどうやら先を越されたらしい。
母の感激の泣き顔を期待し、肩透かしを食らった穂積はやりきれなさから湯呑みの中身を飲み干し、立ち上がる。
「とにかく!なんとかなるからお袋は何時もどおりで居ろよ!」
もう寝る、と湯呑みを台所に片付けた穂積はそのまま自室へ足早に引き上げた。
「ホント、素直じゃないとこはお父さんそっくりね」
一人残された母はクスクスと笑う。
「…ま、嬉しいかな」
息子と娘の今後に期待する母は、アルバムを閉じて棚に仕舞った。
今回はちょっと長めでした。
タイトルの「Happy Go Lucky」はドキドキ!プリキュアのOP…ではなく一話に続きHIGH-LOWSの曲です
行き当たりばったりという意味で、思いつきで動く高坂兄妹の今後を暗示しています。