『篠ノ之束から見てティナ・ハミルトンはどう映った? 』
電話越しから気が弱い者ならばたったそれだけで気絶しかねない圧力が伝わってくる。さっきまでとは全くの別人の声音に束は冷や汗を流しながら、エドワードが友人モードから冷酷なマフィアのボスへ切り替わったことを確信した。
今のエドワードに普段のような茶化した言動は通用しないどころか逆効果だということを、過去に一度だけマフィアモードのエドワードの逆鱗に触れてトラウマになりかけた束は知っている。
「どうって言われても、実際に会ってみた印象はさっき言ったとおりだよ。女尊男卑に汚染されてないし、良識もある。けど──ただの世間知らずの甘ちゃんでもないみたいだね」
長い間人間の暗部に触れてきて、それなりに人を見る目を養ってきた束にはティナの人格は裏社会の人間にしてはかなり善良なものに映っていた。だが善良といってもそれは裏社会の人間として、が頭につく。
あれはファミリーを家族として大切に想っている反面、そのファミリーを傷つける敵対者には一切の容赦がない冷酷なタイプだ。
事実、ティナはメンバーを襲った女性権利団体を毛嫌いしており、既にそのメンバーを襲った当事者には苛烈な報復を行なっていた。
『ふぅん、嘘は言っていないようだね。でも僕が聞きたいのはそれじゃない。君のことだ、僕が言いたいことは分かっているはずだろう。ティナの戦闘データを入念に調べていた君ならね』
「……気づいてたんだ」
束がティナと会談する前からスコールとオータムの戦闘データに見向きもしないで、秘密裏にティナのあらゆる戦闘データを収集し分析していた。彼女が分析してたのは主に襲撃事件時の戦闘データだったが、中には厳重なセキュリティで守られていたはずの研究所でのゲイレールの実験データなども含まれていた。
ビジネスパートナー相手にハッキングとは非常識極まりないが、普段はともかく知的好奇心の赴くままに突き進む束に常識なんて通用しない。
『気づいたのはただの偶然さ。ハッキングについてはあまり感心しないけど、今の君に何か言っても無駄だし、その話は一旦置いておこうか』
「何気に束さんの扱いが酷い件」
『自分の行動を振り返ってみたらどうかな。君は普段は常識人(?)なのに、一度たがが外れると途端に非常識になるのだから始末に負えないよ』
「非常識とは失礼しちゃうね。束さんはただ知的好奇心に正直なだけなのだ(ドヤァ)」
『オーケー、しばらく黙っていようかポンコツ』
「ポンコツ!? 」
束はプンスカしているが、知的好奇心に正直になりすぎて暴走し、結果として非常識な行動をとるのがいつものパターンだと知っているエドワードには全く通じない。
しばらく束はギャアギャアと騒いでいたが、話が進まないことに苛立ちはじめたエドワードの様子を察知したのかようやく口を閉ざした。
『さてやっと静かになったところで本題に戻ろうか。これ以上の誤魔化しも話の脱線も必要ない。素直に質問に答えてもらおうか、束』
「ぐっ…… わかったってば」
先に釘を刺されて束は苦い顔を浮かべてたが、どうやら観念したらしくしばらく沈黙した後、重々しく話しだした。
「正直エドには言いたくなかったし、今回のことは私の心の中に留めていようかと思っていたけど、実は──」
◇◇◇◇◇
執務室にて
束との電話が切れて受話器を置いた瞬間、緊張から解放されたからか、エドワードの身体から力が抜けて椅子の背もたれに沈んでいく。
全体重を背もたれに預けながら、エドワードは遠い目をしながら部屋の天井をじっと見つめた。
「イレギュラーか…… 」
IS開発以前から篠ノ之束と付き合いがあり、時折ふざけた言動があるものの彼女が基本的に嘘を吐かないことを知っているエドワードからしても、今回束からもたらされた情報だけは素直に信じることができなかった。
『実はなーちゃんは世界にとってイレギュラーとなりうる存在かもしれない』
あまりの荒唐無稽さに最初は冗談かと思っていた。だが束の表情は真剣そのものだった。
『ごめん、突然イレギュラーって言われても分からないよね。エドはドミナント仮説って知ってる? あ、知らないか。まあ、聞いてよ。ある科学者がそのドミナント仮説にてドミナントというのを提唱したのさ。で、そのドミナントというのは先天的な戦闘適応者のこと。ドミナントには先天性と後天性の二種類があって、前者が純粋に高い戦闘能力の所有者、後者が強化によって戦闘能力を得た者を指すんだって。そしてそのドミナントは総じて世界にあらゆる形で変革をもたらしてきたらしいよ。でも具体的にどんな存在をドミナントに定義するかは不明だし、確実な証拠もないことから仮説自体は信憑性の低い妄言扱いだったけどね。うん? それとイレギュラーに何が関係あるかって? 関係なくはないけど、これはまだ前置きに過ぎないんだ。話の本番はここから。何故束さんが妄言扱いされてたドミナント仮説を持ち出したのか。それはね
──篠ノ之束がドミナントだったからさ。
尤もそれを自覚したのはドミナント仮説を発見してからなんだけど、妙にしっくりくるんだよね。ISの方に注目されがちだけど、束さんは戦闘能力も凡人やただの天才とは次元が違う。私は天災だから。それにISを生み出したことで私はある意味世界に変革をもたらした。まさにドミナントそのもの。そして世界を変革した
ここまできたらエドももう理解できているよね。うん、そうだ。君の愛娘ティナ・ハミルトンもドミナントの一人さ。束さんほどではないけどね。でも安心して、束さんやなーちゃん以外にもドミナント仲間はいるからさ。箒ちゃんとかちーちゃんとか。
でもね、ひとつだけ言っておくよ。これは篠ノ之束ではなくなーちゃんと同じドミナントとして言えることなんだ。なーちゃんはね、ドミナントとしても異常なところがある。
それは、精神の成熟性。束さんにはまるで精神だけ大人のように見えたよ。まあ、これもただの妄言に過ぎないけどね! 話が長くなったね、じゃあ、また』
今思い出してもあのときの束はまるで嵐のようだった。しかも地雷どころか核のような置き土産を残すというタチの悪さ。
仮に束が言ってることが全て事実とするならば、ティナは世界を変革できる素養の持ち主だということになるが、束はドミナントにも能力に差があるようなことも言っていた。
凡庸或いはそれ以下なら問題はない。だがもしティナが
(いや、これ以上考えるのはやめにしよう)
一瞬浮かんだそれを振り払うかのようにエドワードは首を横に振った。
たとえ正体が何者であろうとも、ティナは自分の可愛い娘に違いない。そう考えると一気に気が楽になった。
どれだけ力を持っていようが、その使い方はティナ自身で決めることだ。
自分達大人はその力を向ける先を間違わせないように見守れば良い。
「そうと決まれば、早速ティナに会いにいこうじゃないか」
思い立ったら吉日。ここ最近は父娘としての触れ合いが減り、ティナ欠乏症になりかけていたエドワードは欲望に従ってティナのもとへ向かった。
「やあ、ティナ。調子はどうかな? 」
「良好だ…… とでも、言うわけねぇだろ! 風呂から出てけえええええ!!! 」