ティナ出撃からおよそ二時間前。
『WARNING!WARNING!WARNING!』
アメリカ某所に位置するとある隠れ家の警報が鳴り響く。隠れ家の外に設置されてるセンサーが侵入者を感知したのだ。監視カメラには隠れ家に向かって進軍している複数のISの姿が映されている。
「くっ、予想以上に敵の数が多い!セキュリティを最大レベルに移行し、迎撃システムを作動」
隠れ家の主人——篠ノ之束はコンソールを介して隠れ家中に仕掛けてある迎撃システムを作動させる。
通路を遮断する障壁を全て降ろし、大量に設置している遠隔操作式の機銃が侵入者を待ち受ける。だが相手がISだと機銃では火力不足で効果は薄い。
「資材不足とはいえ、この束さんがあんな奴らに後れをとるなんてね。でも多少は時間を稼げる。今のうちに
束の視線の先には液体で満たされた医療ポッドの中で眠る銀髪の少女の姿があった。
彼女は束がドイツの違法研究所を潰した時に救出した実験体の一人だった。彼女以外にも実験体を数人確認したが、束が着いた時にはほぼ息絶えており、唯一救出できた少女も過剰な薬物投与や非人道的な実験によってかなり衰弱していた。
束はすぐに医療ポッドを作製し、隠れ家へ連れてきた少女をそれに入れさせて治療を行なった。急遽作ったせいで、隠れ家にある資材の多くを消費してしまったが、後悔はなかった。
だが彼女の状態は束が思ってる以上に酷く、二週間が経った今でも目が覚めていない。
そして、そんな時にこの襲撃である。
「やっぱり敵は女性権利団体か。あれほど協力はしないって言ってるのに本当にしつこい」
束はこれまで女性権利団体に何度も襲われてきた。向こうの狙いは篠ノ之束の身柄。彼女らは自分達の利益の為に世界で唯一ISコアの開発ができる束を利用しようとしていた。
最初は甘言を弄してくる程度で束も相手にしなかったのだが、どうやらそれが女性権利団体のプライドを傷つけたらしい。次第に対応が過激になっていく女性権利団体はついにISで束の身柄を拘束するという強硬手段にでた。
束からしたら女性権利団体はわけわからない主張で自分を祀り上げ、利用してこようとする組織でしかない。元々女尊男卑に否定的だった彼女にとって迷惑極まりない話だ。
「何が『篠ノ之束は女性の救世主で我々の理想の体現者だ』だよ。勝手に人を政治の道具にすんな。大体私は宇宙開発の為にISを作ったのに、みんなして兵器扱いしやがって。いや白騎士事件が原因なのは分かっているけどさ……」
本当なら女性権利団体の妄言を訂正したいところだが、下手に介入すると再び世界中から狙われかねない。別に自分だけなら構わないが、最悪家族が狙われる危険性もあった。
ISコアを停止させるという手段もあったが、長年の研究によってISコアに自我があることに気づいた束にはそれはできなかった。その為、ここ数年表立って動くことができなくなっていた。
『くそっ、何なのこの壁! 硬すぎるでしょ!』
『IS相手でもビクともしないなんて。流石篠ノ之博士の隠れ家ね』
襲撃してきたISは入り口付近に集まっているが、入り口の扉(束特製の五層の障壁)に苦戦してるようだった。いくらISと言えどもしばらくはこの障壁を破れないだろう。だが障壁と貧弱な機銃では結局時間稼ぎにしかならない。
資材不足、燃料不足のせいで脱出用のロケットは使えないし、たとえ無理矢理稼働させたとしても少女がロケットのGに耐えられそうにない。少女を見捨てれば脱出の可能性があるが、束の中にその選択肢はなかった。
「どうしよう……って、これは!?」
頭を悩ませていると、ふとコンソールの傍に貼られていた一枚のメモが目に入った。それにはある番号が記されていた。その番号に束は憶えがあった。
「この番号、まさかエドのやつじゃ……」
メモに書かれていたのは、かつて学会でISの発表をして参加者から嘲笑を浴びせられた時、その中で唯一ISとISによる宇宙開発に理解を示してくれて、意気投合した友人の電話番号だった。
彼とはここ数年会っておらず、このメモは白騎士事件前に会った時の別れ際に友人から受け取ったものだった。
『これは?』
『そのメモには私の電話番号が書かれている。何かあったらそこに電話しなさい』
『ええ!? それは悪いよ。エドには十分お世話になってるから、これ以上迷惑はかけられないよ』
『迷惑じゃないさ。ただ僕は心配なんだよ。たしかに君はとても優秀だ。大抵のことは自分一人で解決できてしまう。だけどそのせいで誰かに頼ることを苦手にしている。違うかい?』
『ううっ、それはそうだけどさ。でもエドには十分頼ってると思うんだよ』
『あれでかい?なら一度君の【頼る】という概念をぶち壊した方がいいみたいだ』
『や、やめてー!』
今となっては懐かしい思い出。
結局、彼から受け取ったそのメモを使ったのは一度だけだ。それも唯一使った用途は白騎士事件後の謝罪だったのだから泣けてくる。彼とはメモを渡された以降、罪悪感もあり会えていなかった。
(今電話したらエドは助けてくれるのかな……って何考えてるの私は!こんなことにエドを巻き込めるわけない!それに私には彼を頼る権利すらないよ。白騎士事件を起こして彼を裏切った私には……)
頭では分かっているのに、どうしてもあの時の彼の言葉が束の頭から離れない。もう五年以上も前の出来事なのにエドと過ごした日々は鮮明に憶えている。
基本的に日本にいた束とアメリカに住むエドワードの二人が実際に会えるのはごく稀だ。唯一会えるのは束がわざわざエドに会うためにアメリカを訪れる時だけだった。
交友関係が乏しく、同い年か年下しか知り合いがいない束にとってエドは兄的な存在であり、また話も合うことからよく懐いていた。束自身にも分からなかったが、何故かエドワードの傍にいると日本にいる時と違って素直に甘えることができた。もし日本にいる束の親友がそんな姿を見たとしたら卒倒するか、別人格かと疑うに違いないだろう。
一方、エドも束のことを歳の離れた妹のように可愛がり、彼女の親友ですら辟易する束の壮大な話をいつも面白そうに聞いていた。
時間としては短かったが、ISや互いの日常生活について二人で語り合った日々はいつしか束の中でかけがえのないものになっていた。
「なんでこんなことになっちゃったんだろうね……私はただ、みんなで宇宙に行きたかっただけなのに」
ISを開発したことに後悔はない。
だがあの時のことを思い出すだけで心が引き裂かれるように痛く、そしてつらかった。
隠れ家の警報の音がまた大きくなる。監視カメラを見ると、敵のISは頑丈な入り口を破壊して侵入に成功していた。続々とISが隠れ家に侵入してくる。中にもたくさんの障壁があるが、入り口ほど堅固ではない。
束に残された時間はそう多くはなかった。
気合いを入れ直すために束はバチンと両手で頬を叩く。叩いた場所が赤くなり顔がヒリヒリと痛むが、さっきまでの悲壮感は吹っ飛んでいた。
「うん、やっぱり篠ノ之束に悲しみは似合わないや。……“天災”はやっぱり大胆不敵でないとね。もうウジウジするのはやめやめ」
(そう、篠ノ之束が今できることは最善を尽くすだけ。それにあの子もいる。私一人の命じゃないんだ)
投降という選択肢はない。束は基本的に女性権利団体を信用していない。たとえ自分が協力する代わりにあの少女の命を助けてほしいと懇願したとしても、おそらく向こうは約束を守らないだろう。
束は自作の携帯電話を取り出すと、一瞬躊躇したが、すぐに迷いなくある番号を押した。
「もすもすひねもす?……うん、久しぶり。突然ごめんね、ちょっと頼みがあるんだーー」
◇◇◇◇◇
四機のISが一列に並んで、長い通路を進んでいた。途中には侵入者達によって破壊された十メートル毎に設置されてる障壁の残骸が転がっている。
破壊した障壁が軽く十を超えたところで漸く長い通路から部屋へとたどり着いた。強固な入り口を何とか破壊し、さらに数えるのも億劫になるほど障壁を突破したせいか、侵入者達の顔には疲れが滲んでいるように見える。
部屋はIS四機が余裕で入れるほどの大きさで高さもかなりあるアリーナのような形をしている。だが部屋には白い壁があるだけで他は何も置かれておらず、どこか殺風景な印象だ。
ガシャン、ガシャン!
「なっ!?」
特に何があるわけではないと判断した侵入者達が次の場所へ向かうべく、部屋に完全に入った途端、突然壊したはずの障壁が現れ、先程の通路と部屋を遮断する。
『侵入者達ヲ捕捉。迎撃システム作動シマス』
慌てる侵入者達を嘲笑うかのように無機質な機械音声が部屋に響いた。
ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ
声をきっかけに、それまで何もなかったはずの部屋から無数の機銃が姿を現す。機銃は侵入者達を囲むように三百六十度全てに展開されていた。銃口の先は勿論侵入者達だった。
「まずいっ……!正面突破だ!今すぐこの場から離脱しーー」
侵入者の一人が咄嗟に指示しようとしたが、その声は爆音のように響く機銃の一斉掃射によってかき消されたのだった。