ルイズの聖剣伝説   作:駄文書きの道化

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序章
紡がれた神話


 長い夢を見ていた。とても長い夢を。

 これはとある神の夢。それは想像であり、そして創造である。

 想いを重ねて像となし、神は世界を生み出した。

 考え、思い、悩み、笑い、怒り、悲しみ、楽しみ。

 積み重ねた。破壊した。再生させた。そして世界は廻る。何度でも、何度でも。

 どれだけ長い時間も永遠には届かない。いつか終わりは必ずやって来る。

 永遠は無い。永遠はあり得ない。だから、時を重ねれば劣化していく。

 だからこそ終わりが望まれた。望まれた終わりの担い手。その名は……―――。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「――本当に、長い夢ね」

 

 

 ぽつり、と小さく呟き。呟きを零したのは女性だった。風に靡く髪。その色は桃色がかったのブロンド。遠くを見つめるように細められた瞳の色は鳶色。

 身に纏うのは白の外套に銀色の軽鎧、背には風に靡く黒いマント、手足には装具。胸元には五芒星を刻んだペンダントが揺れる。腰には剣が括られていて、鞘越しに撫でるように剣に触れながら口元を笑みに変える。

 

 

「だけど覚めない夢はない。だって、夢はいつか終わるもの」

 

 

 あぁ、と吐息が零れる。

 ようやくここまで辿り着いた、と。彼女の心の中には万感の思いが詰まっていた。ここは始まりにして終わりの地。ようやくたどり着けた地を眼に移す。胸を満たす想いには自然と表情は笑みに変わる。

 彼女が立っている場所は巨大な木の根元。その大きさは、自分がまるで豆粒に見える程だ。見上げても尚、まだ上を見上げる事も出来ない大樹。

 大樹を見つめながら彼女は思い出していた。この地に至るまでの日々の事。それはあの“始まり”から綴られる、彼女のとても長い夢物語。

 

 

「さて、行きますか」

 

 

 笑みをそのままに。踏み出す一歩に力を込める。物語の終わりを紡ぐ為に。

 “彼女”について軽く話をしよう。彼女の名はルイズ。とある世界において”ゼロのルイズ”と蔑まれた者。恵まれた環境と由緒正しき血統を持ちながらも、彼女は無能であった。

 だが、彼女はかつての姿とは大きく懸け離れていた。やや控えめとはいえ、その体は女性特有の体付きに変化を遂げていた。

 手に握るのはかつて“誇り”であった杖ではなく、彼女の長い旅路の果てに得た力。それは剣。かつては平民の武器と蔑み、この世界では何より頼りにして来たもの。

 それでは、少しばかり語ろう。彼女がここまで至る物語を。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ハルケギニア。そう呼ばれる世界こそが、この物語の主人公であるルイズの生まれた世界である。

 ルイズはハルケギニアのトリステインと呼ばれる王国の貴族の娘であった。まず前提として、ハルケギニアでは貴族は魔法が使える。これがハルケギニアの常識であり、彼女の両親や姉妹もその例に漏れず魔法を使う事が出来た。

 ただ1人、ルイズだけが例外であった。ルイズは貴族でありながら魔法が使えない。どんな魔法も爆発という結果を引き起こしてしまう。ルイズは当然の如く誹謗中傷の対象となってしまった。

 貴族でありながら魔法を使う事が出来ない無能者。誰もがそんな彼女を蔑み、同情し、見下した。だが、そんな逆境の中でもルイズは前を向き続けてきた。自分は貴族なのだと言い聞かせ、小さな体に曲がらぬ誇りを抱きながら。

 さて、そんな環境の中でルイズはトリステイン魔法学院と呼ばれるトリステインの貴族の子供達が通う学院に在籍していた。誹謗中傷に塗れた日々だったが、ルイズはどれだけ蔑まれようとも貴族であろうと努力をし続けていた。

 トリステイン魔法学院に通い始めて1年。ルイズは2年生へと進級する為の儀式を受けていた。トリステイン魔法学院では、1年生から2年生に進級する際に“使い魔召喚の儀式”というものを行う。

 それは自分にとって一生とも呼べるパートナーを召喚する重要な儀式だ。使い魔にはカラスやネコ、ネズミからドラゴンなどと言ったハルケギニアの世界の動物たちが選ばれる。

 その種族の格によって本人の評価も決まると言われる程、この儀式は重要だった。ルイズはこれに賭けていた。自分が召喚する使い魔によっては自分の評価を改める事が出来る。

 だが同時に、これに失敗すれば魔法学院を去らねばならないというリスクも孕んでいた。緊張で体が震えそうになりながらも、ルイズはそれを押し隠し儀式へと挑んだ。

 

 

 ――これが、ルイズの経験する長い物語の始まり。

 

 

 召喚の呪文を唱え、魔法を行使したルイズの意識は飛んだ。召喚によって繋がった存在によって、逆にルイズの意識が誘われたのだ。

 召喚によって繋がったのは遠い異世界の“神”そのもの。

 それは恐らく奇跡の始まりだったのだろう。“神”は驚いた。自らと道を繋ぎ、意識を共有するルイズに対して。そして“神”はルイズに問うたのだ。

 

 

 ――貴方が、私の“英雄”なのですか、と。

 

 

 これが“英雄”の生誕の物語であり、“女神”の再誕の物語の、その全ての始まりである。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 

 ルイズは駆ける。巨大な樹の枝を踏みしめ、眼前に立ち塞がる敵を切り裂く。先を進まんとするルイズの前に立ち塞がるのはドラゴンだ。

 堅牢な鱗と空を舞う翼を持つスカイドラゴンと呼ばれる竜種だ。逞しい翼を用いて自由自在に空を舞い、ルイズを焼き払わんとブレスを吐き出す。

 ブレスが眼前に迫りながらもルイズは臆さない。神速の勢いで迫り剣を振り下ろす。描き出された剣閃はいとも容易くブレスを掻き消す。

 そのままの勢いで跳躍し、スカイドラゴンを剣で斬り捨てる。ルイズに対し呪うかのように怨嗟の悲鳴を上げながらスカイドラゴンが墜落していく。

 墜ち行くスカイドラゴンに目もくれず、前へと踏みだすルイズ。だが、彼女の行く手を阻むかのようにに轟炎が吐き出される。

 ルイズは慌てる事無く、轟炎が身に触れる前に飛び込み、転がるようにして回避する。すぐさま体勢を立て直し、己の火を放った影を睨む。

 ルイズの道を塞ぐように立ち塞がるのはまたしてもドラゴン。しかし先程ルイズに牙を向けたスカイドラゴンとは違う。特徴としてまず翼がない。しかしその身はスカイドラゴンとは比べものに為らないほどの強靱さを秘めている巨躯。

 ランドドラゴン。ルイズの口から小さく呟きが零れる。呟きを聞き取ったか、否か、ランドドラゴンはまたしても轟炎のブレスをルイズに向けて解き放つ。地を蹴り、すぐさま飛び退きながらルイズは轟炎を回避する。

 飛び退いた勢いを生かし、そのまま前に転がりながらランドドラゴンへと疾走。そのまま勢いを殺さぬまま跳躍。地を蹴り上げ、飛んだルイズはランドドラゴンを頭上から強襲する。

 

 

「――――ッ!!」

 

 

 ずん、と。頭上から襲う一撃にランドドラゴンは反応仕切れず、脳天からルイズの剣を受けるしか出来ない。鱗を食い破る硬い感触に眉を寄せながらルイズは剣を引き抜き、ランドドラゴンの体を蹴って距離を取る。

 断末魔を上げる事も許されず、ルイズによって蹴られた勢いのままランドドラゴンは地に倒れ伏した。ルイズはランドドラゴンに視線を送り、動かない事を確認して一息を吐いた。

 

 

「……道のりは長いわね」

 

 

 ルイズが見上げる大樹の天辺はただ遠く、ルイズは剣についた血を拭い、再び歩みを進めた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 当初、ルイズは呼び出す筈の儀式が呼び出される結果に終わってしまった事に酷く狼狽した。右も左もわからぬ異世界での生活はルイズにとって心身を削るものであった。

 最初こそ、異世界に自分を放り出した“女神”の存在を憎悪した事もあった。そして憎悪を原動力にして“この世界”からの脱出を試みた。この世界で生きる術を学び、世界へと飛び出していったのだ。

 だが、ルイズは変わっていった。呼び出された世界、“ファ・ディール”と呼ばれるこの世界で生きていく内に彼女は得難い経験の数々を得ていった。

 “珠魅”と呼ばれる宝石を核とする種族の青年と少女と出会い、そこから彼等に纏わる闘争に関わり、人を護るという事の難しさと尊さを知り。

 “竜帝”と呼ばれる世界の席巻を狙う者に嵌められ、世界を滅ぼす一助をしてしまった後悔。そして巨大な力への恐怖と責任について思い。

 “悪魔”を廻る正義と悪についての争いと、人の思いの行方とその結末に涙を流し、正義とは何なのか、悪とは何なのかという疑問に胸を痛め。

 様々な人と出会い、様々な出来事を積み重ね、悩み、思い、ルイズは大きく成長していった。

 語り尽くすには、どれだけ太陽が昇るのを繰り返せば良いのかわからない。

 記し尽くすには、どれだけ紙とインクを消費すれば良いのかもわからない。

 それは一生よりも短い時間でありながらも、一生に匹敵する程に濃密な時間であった。未だに答えに出せぬ事も多い。故に、ファ・ディールへの未練もある。まだこの世界で生きる彼等と共に、と願わない訳じゃない。

 

 

「でも、夢は覚めるのよ」

 

 

 胸元で揺れる五芒星のペンダントを撫でる。唯一“ハルケギニア”から“ファ・ディール”に召喚されてから手放していない、“ハルケギニア”と自分を繋ぐ証拠。故に自分は帰らなければならない。

 何より自分には託された願いがある。この世界を終わらせるという“彼女”の願い。だから止まらず歩いていくのだ、と。“彼女”自身とも言えるこの大きな樹を。この世界を終わらせるその為に。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ――私を思い出してください。

 

 ――私は全てを愛します。私は「愛」です。この世界全てを愛します。

 

 ――誰もが忘れた「愛」をもう一度、思い出してください。私はここに居ます。

 

 ――だからこそ願いました。だから、貴方は私の前にいます。

 

 ――どうか示してください。この世界が再び「愛」を取り戻せるように。

 

 ――どうか世界が再び歩み出せるように。痛みに怯えず、力を失わないように、成長を促す為に。

 

 

 

「―――えぇ。だから、約束を果たしに来たわ」

 

 

 

 魔物の血に濡れ不敵に笑う彼女がこんなにも頼もしいと笑みさえ零れた。

 不意に彼女との最初の光景を思い出す。泣き喚き、憎しみに囚われ、滑稽とも言える姿を晒していた彼女。

 だが、今ここに立つ姿はまったく違う。強く地を踏みしめ、真っ直ぐにこちらを見つめる瞳。あぁ、正にその姿は待ちわびていた“英雄”の姿に他ならない。

 

 

「約束通り、アンタを終わらせに来たわよ。“マナの女神”」

 

 

 それはこの世界の終わり。そして、また始まる為に。この世界を導く為に。この世界を再び蘇らせる為に。この世界に一杯の“愛”を注ぐ為に。

 

 

 

 ――貴方が、この世界“ファ・ディール”で戦い続けてきた者達はこの世界の闇。

 

 ――それは即ち”私の闇”でもあります。この世界を再び光で満たすためには闇を祓わなければなりません。

 

 ――今から“私自身の闇”を見せます。

 

 

 

 それは願いだ。

 それは終わりの為。それは始まりの為。全ては、この世界の為に。

 言い尽くせぬ程のありがとうとごめんなさいを彼女に。そして、最後の我が儘を告げる。

 

 

 

 ――貴方はそれに打ち勝ち、英雄になってください。

 

 

 

 告げられた願いの言葉を彼女は聞き届ける。ふっ、と口元が緩み、笑みを浮かべている。

 

 

「……えぇ、任せなさい」

 

 

 待ちわびた“英雄”は誇り高く告げる。“女神”を相手にしても尚、不敵に笑みを浮かべる。

 

 

「救いを求める人々がいる。なら、手を差し伸べるのは貴族として当然の事よ。そして貴族じゃなくても私は戦いたい。ただ、この世界の為に。たくさんの思いをくれたこの世界の為に。――だから、貴方の闇は私が払いましょう」

 

 

 

 ――――そして、“英雄”の宣言を合図として、1つの世界の命運をかけた戦の火蓋は切って落とされた。

 

 

 

 かの戦いを一言で表すならば、それは正に神話の戦いと言うべきだろう。

 繰り出される女神の一撃。それは地を破砕せし慈悲無き一撃。受ければ身が砕かれる事は必至。

 しかし、相対すべき英雄は臆する事無く身を前に倒す。破砕の一撃が掠り、身を抉られながらも前へと進み、斬り捨てる。

 斬り捨てられた女神は身をくの字へと折るが、瞳から闘志は消えず英雄を睨みつけている。

 英雄は臆す事無く、叫びと共に剣を振り抜く。返す剣は女神の体を切り裂き、勢いのまま吹き飛ばす。

 吹き飛ばされながらも女神は抵抗を続ける。女神によって組み上げられた魔法陣より放たれるのは破壊の光。光の奔流は英雄を飲み込まんと迫り行く。

 体を転がすようにして英雄は横飛びに破壊の奔流より逃れる。英雄のいた地点から抉り取るように空間が弾け飛ぶ。

 弾け飛ぶ空間の中、態勢を立て直した英雄はすぐさま駆け出す。睨み、見据えるは狂乱の女神。迫り来る英雄を前にし、女神は手に剣を握りし騎士の姿へと変じる。

 一合、二合、三合、四合、五合! 斬り結ぶ剣は互いに決定打を得ることは出来ず、ただ舞うかのように両者はぶつかり合う。

 

 

「―――ッ!!」

 

 

 女神も悲鳴とも聞こえるような叫びと共に放たれるのは雷球。幾重にも放たれた雷球は宙を漂い、紫電を発する。相対する英雄を捉えんと、雷球の群れは英雄へと襲いかかる。

 

 

「っ、ァッ!!」

 

 

 気合、一閃。剣に凝縮した力を解放し、英雄は限界以上の引き出す。

 凝縮した力は光となって英雄を包み、残光を残す。雷球は1つ残らず掻き消される。次に響くは剣と剣の衝突音。再び剣舞は再開される。

 鍔迫り合いから斬り合い、まるでリズムを刻むかのように音は奏でられる。戦の音は高らかに二人しかいない決闘の地に響き渡る。

 女神は訴えるかのように荒れ狂い、英雄もまた応えるように迎え撃たんと剣を振るう。互いに願いと祈りを剣に乗せて。

 

 

「――――ッ!!」

 

 

 拮抗した戦いに焦れたのか女神が咆吼し、力の奔流が荒れ狂う。至近距離の力の爆発に英雄は押されるかのように吹き飛ばされた。

 女神はそのまま咆吼を上げながら天へと昇る。いつしか、二人しかいない世界の唯一の光源であった月が消え失せていた。

 月の光が失せ、世界が暗闇に包まれていく。闇に閉ざされる世界の中、輝きを放つのは女神だ。泣き叫ぶように女神は吠え続ける。身より溢れ出す力は、目にした者に絶望を与える破壊の光。

 しかし、放たれんとしている破壊の奔流を前にしても英雄は立ち上がる。鎧は砕け、マントも見る影もない。全身に浅くない傷を負い、血に染まりながらも英雄は立ち上がる。

 常人では立っている事すら出来ないだろう。もう限界が近く、死すら見えていたってなんら不思議ではない。だが英雄は臆さない。怯む事もなく、ただ真っ直ぐに女神を見据える。

 

 

「――大丈夫」

 

 

 絶望的な状況を前にしても、それでも尚、英雄は笑ってみせる。

 

 

「貴方の絶望は私が祓う。証明してみせるわ。貴方が生み出した“愛”が現実に立ち向かう力となる事を。貴方の“愛”が育ててくれたこの力で!!」

 

 

 宣誓の叫びと共に、英雄が眩まんばかりの光を放ち、輝きを纏う。

 女神が纏うのが絶望の光ならば、英雄が発した光はまさしく希望の光。

 破滅の光もまた、呼応するように光を強め―――世界は光に包まれた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

「そんなお話。めでたしめでたし……」

 

 

 パチパチ、とどこかで小さな拍手が鳴る。

 どこかで続きをせがむ声がする。

 どこかで誰かが感嘆の息を呑む。

 それは、どこかで、色々な、様々な場所で語り継がれる物語。

 それはこの世界を産み出した“マナの女神”と“英雄”のお話だ。

 

 

 ――さて、暫し紡がれた“神話”を語ろう。

 

 

 “ファ・ディール”を産み出したマナの女神であったが、世界を産み出した後はその姿を“マナの木”に変え瞑想に入った。

 その間にも世界は流動し続け、長い戦乱の時代が幕開けた。その戦争の最中、多くの物が失われた。マナの木も戦乱の中に焼け落ちた。人々は次第にマナの木の存在も忘れていった。

 マナの女神はこれを酷く悲しんだ。世界は緩やかな滅びを迎えつつあった。故にマナの女神は“世界の思念”を封印し、“アーティファクト”へと変じさせて、世界を保存させた。

 そうして世界は“夢”に沈む。夢こそ真。現は幻に。いつか人々が希望を取り戻すその日まで、長い長い眠りの中へ。

 だが、世界は希望を取り戻せぬまま、ただ傷付け合い、怯え、進む事を忘れていった。夢は覚めぬ。誰もマナの女神を忘れたまま夢に興じる。

 停滞を続ける世界。その最中、マナの女神はある1人の少女と出会う事となる。それが後に語られる“英雄”である。

 マナの女神は英雄に“世界”を与えた。“アーティファクト”に封じられた世界を思い起こし、繋ぎ、英雄は世界を歩んで行った。

 マナの女神の願いはただ1つ。もう一度、世界の人々がマナの木を思い出す事を。彼女は“愛”である事を。護り、慈しみ、育てる存在である事を。

 今や人々は彼女の手から離れ、希望も無きまま眠りに沈むだけ。故に女神はそんな世界を変える為に英雄に願ったのだ。

 そして、マナの女神の願いは叶えられた。マナの女神の闇は、英雄によって打ち払われたのだ。

 闇が晴れた世界には再び光が満ち始めていた。語り継がれる伝説は人々に希望を思い出させて行く。

 そうして、賢人として称えられる“語り部のポキール”は希望を紡ぎ続ける。紡がれた伝説を語り続ける事によって。

 

 

 

「僕は語り部。眠りから覚めた世界に真実を。そう、僕はいつまでも語り続けよう。この世界の真実を。賢人の一人として。

 あぁ、小さき英雄よ。幼き英雄よ。されど偉大な英雄よ。刹那にして永久なる英雄よ。僕は君の事を忘れない。

 さぁ、今日も語ろう。全てはマナの女神と英雄の為に。この世界に希望が溢れるように」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 開く事すら億劫な瞼を、ゆっくりと持ち上げた。

 目の前に映ったのは巨木。天を突かんばかりに巨大な樹。かつての戦乱の時代に焼け落ちてしまった”マナの木”。その在りし姿の記憶。

 そう。これは長い夢。終わりが無い時の止まった夢。人々は止まったとは知らない、終わりを迎えるしかなかった世界の夢。

 だが、世界は再び脈動を始めている。新たな命が宿り、時の針は再び時を刻み始める。かつての記憶を懐かしむ夢は覚め、人々は再び現実へと戻る。

 夢は現実に昇華される。その下準備。世界を整える準備が今まさに目の前で行われていた。

 

 

「これは、壮観ね」

 

 

 ルイズは小さく呟く。身に纏っているものは無惨にもボロボロ。鎧は砕け、外套は穴が空き、マントも引きちぎられ、無惨な有様だ。

 ルイズが見上げる先、そこには正に神秘的な光景が広がっている。樹のあちこちに灯りが灯り、光が無数に踊っている。まるで葉の一枚一枚が光っているようにも、葉の一枚一枚が燃えるかのようにも、樹が光の実を実らすかのようにも見える。

 この光景を一言で言い表すなど到底無理だろう、と。恐らく今、ルイズが挙げた例を全て含めたとしてもこの光景は言い表せない、と。ただ神秘的な光景に見惚れることしか出来ない。

 ほんの一部。だが、されど大きな一歩。全てとは言えないが、人々の手に希望の光は取り戻され、ようやく世界は再び歩みだそうとしている。

 その為に世界を再生させる必要がある。そう、これは世界の再生の儀式。再誕の儀式。かつて焼け落ちた”マナの女神”が再びその体を取り戻す為に。再びこの世界に生命を溢れさせるように。

 

 

「これで夢が終わるのね……」

『えぇ。夢は終わります。そして夜明けが来ます。人々は希望の光を胸に抱いて朝を迎え、時は再び刻まれます』

 

 

 独白するルイズの脳裏に直接響くような声が聞こえた。ルイズは声の主を知っている。口元に穏やかな笑みを浮かべてルイズはその名を呼んだ。

 

 

「マナの女神」

『ありがとうございます、ルイズ。これで世界は夢から覚める事が出来ます』

「そう。それは良かったわ」

 

 

 脳裏に響いていくるその声にルイズは安心したように、祝福するようにその一言を告げる。

 

 

『貴方には本当に感謝してもし足りない。本来、関係も無い貴方を夢に引きずり込んだ事、申し訳なく思います』

「何言ってるのよ。私も“ファ・ディール”で生きる事が出来て幸せだった。お礼を言いたいくらいよ。だから謝らないで」

『……ルイズ。ありがとう。私を、私の世界を愛してくれて』

 

 

 マナの女神。ファ・ディールの創世神。彼女はルイズに真摯に感謝の言葉を述べた。彼女が自分を呼ばなければ彼女に気付く事は無かった。彼女は私に気付いてくれて、身勝手な願いを叶えてくれた。

 どれだけの幸運だろうか。感謝などしてもし尽くせぬ程の大恩が彼女にある。だが彼女は笑う。自分は良い経験をした、と。怨む訳でも、憎む訳でも、責める訳でもなく心から感謝を述べている。

 あぁ。なんと心優しい事か、とマナの女神は喜びに打ち震える。この愛した世界を救ってくれた“英雄”に出会えた奇跡にただ感動する。

 

 

「コレで私もお役御免ね」

『はい。この世界はもう大丈夫。再び歩み出します。だからルイズ』

「何?」

『本当に、ありがとう』

「……うん」

 

 

 ルイズは自らの意識が重くなっていくのを感じた。どうやら眠りが近いようだ。ここにいる自分もまた夢の存在だ。

 ルイズにとっては何年にも及ぶ大冒険だったが、現実においては瞬きの間ほどしか時間は過ぎていない。何故ならば世界は今まで時を止めていたのだから。

 女神が眠りに付き、世界も形を失い。刻むものなどなく、ただ残されるだけの世界に命を吹き込んだのは他でもないルイズだ。

 だからこそ、それは夢の終わりであると同時に現実の始まり。それは同時にルイズが“ファ・ディール”との別れの時が迫っている事の証でもあった。

 

 

「私も、帰るんだ」

『えぇ。これはあくまで夢ですから。貴方のその成長した姿もまた元に戻りますね』

「残念、って訳でもないわね。今度はもっと大きくなれるように食事も考えて食べなきゃね」

 

 

 茶化すようにルイズは笑う。だがその声には力は無い。微睡みは強くなっていく。ルイズの役目を終わらせるように。眠りへの誘いは優しくルイズの手を引くように迫ってくる。

 

 

『ルイズ、改めて聞いても良いですか? ルイズ、貴方は何を願いますか? 貴方は何かを願って私と繋がった。貴方は何を願っていたのですか?』

「……何を、か」

 

 

 マナの女神の問い掛けにルイズは眠りそうな意識を保たせながらも考える。そして自然と願いはルイズの口から滑り落ちた。淡く微笑みながらルイズは笑うように告げた。

 

 

「昔は認められたい一心で頑張ってきた。ただそれだけ。

 でも私はたくさん報われた。ファ・ディールで私は掛け替えのないものを貰ったわ。

 だから、これ以上なんて望めない。それだけ大事なものを私は貰ったから」

『……ルイズ』

「なに……?」

『今は、ゆっくり休んでください。貴方の気持ちはよくわかりました。だから、私も望みたいと願いました』

「何の事……?」

『良いんです。目が覚めたらわかります。だから忘れないで、ルイズ。私は貴方に感謝している。この恩は決して忘れない。私もまた貴方を大事に思っている事を』

「どういう……――――?」

『――おやすみ、ルイズ。そして貴方の未来に私の祝福が届きますように』

 

 

 優しい声に促されてルイズは意識を手放す。眠りに落ちた始めたルイズには見えなかった。ルイズの頬をそっと撫でるように触れ、ルイズの唇ように重ねる何かの姿を。

 ルイズは、自分に流れ込むその感覚を、終ぞと知る事無く眠りに落ちる。こうしてルイズはファ・ディールから旅立っていった

 残されたものは光。そして新たな世界。再誕された世界。世界を再生する神秘の光景は、同時に世界を去る英雄に対しての見送りでもあるかのようであった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 撫でるような優しい風が吹く。

 ここはハルケギニア。トリステイン魔法学院の医務室。そのベッドの上に一人横になり、眠っている少女がいた。

 彼女の寝顔はとても穏やかだ。ただ少女は眠り付ける。目覚めの時が来るその日まで。

 そこから再び、彼女自身の物語を始める為に。

 


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